第五十五話 そして戦場へ~さようなら・・・俺の日常~
キーンコーンカーンコーン
「ふ~・・・」
3時間目の終了のチャイムがなる。数学という、非常に堅っ苦しい時間も終わり、教室に先程までのピリピリした雰囲気から、ほんわかと、リラックスした空気が流れる。
チャイムと同時にみんな立ち上がり、それぞれ友人の元へと駆け寄りぺちゃくちゃととりとめもない会話を始める。
まあ休み時間でも、勉強に励む熱心な奴もいるが・・・
本来なら、俺もここで一息入れてくつろぐところではあるのだが
だがしかし
「・・・落ち着かねえ」
時間が立つごとに強くなっていく「違和感」。それはもう、それを気にせずにほかのことに打ち込めるほどのレベルではなかった。
こうして1時間目、2時間目、3時間目と、淡々と授業を受けているようにもみえるが、その「違和感」が気になって気になって、授業に全く集中できない。
それにいつターゲットがでてきてもおかしくないわけだし。そんな状態で普通に授業にでろというのが無理な話なのだ。
・・・つくづく普通の一般生徒がうらやましい。今自分が知らないところでこんなに危険が迫っていることを知らなくていいのだから。
ふう~、愚痴を言っても始まらないか・・・
「どうしたの一之瀬君?なんだか顔色悪いよ?」
「え・・・」
隣の席の篠宮さんが話しかけてきた。
「いや~別になんともないよ」
まあなんともないわけがないのだが。
「そう?一応保健室で診てもらったほうが・・・」
「いや大丈夫大丈夫。このとおりピンピンしてるし」
そう言って俺は自分の元気さを猛烈アピールする。しかし、それはかえって空回りしているように、というより完全に無理してそう見せてるのがわかってしまう感じになってしまった。
案の定、篠宮さんもそれをみて先ほどよりも心配そうな顔をしてこちらを見てくる。
「本当に大丈夫??」
「はは・・・たぶん大丈夫だと思う・・・」
大丈夫なわけはなかった。近くに潜む恐怖と脅威。それを平然と受け流せるほど俺は図太くはなかった。だけど、ここで保健室にいったところでなんら変化はない。その「違和感」は学校全体に及んでいる。そもそも俺は別に体調が悪いわけでもないし、保健室に行ってもどう言って休ませてもらえばいいのかわからない。
なんか違和感を感じるので休ませてください、か??・・・絶対変な目で見られるな。
まあ普通に考えれば理由なんていくらでもあるんだろうが、今ここで保健室に行く必要は全くない。それよりも今はいらない心配をかけさせている篠宮さんをなんとかしなきゃ。
今のこの状況は、篠宮さんがどうこうできる問題じゃない。かといって、それで心配をかけるのも悪い気がする。
「なんだかすごく心配になってきたんだけど。熱は・・・」
そう言って篠宮さんが俺の額目指して手を伸ばしてくる。
「いやあ、本当に大丈夫だから・・・」
そう言って俺が少し顔を離して笑顔を見せた時
・・・グウォーン
「!?」
突然、この教室の時間が止まった。
正確にいえば、止まっているのは俺達竜族以外の一般生徒達だけ。俺は普通に動くことができる。
俺の目の前には、こちらに手を当てようとする篠宮さんが奇麗に固まっていた。
「結界・・・か・・・」
これはおそらく結界。工藤や伊集院さんが作りだしたものだ。この感覚は前に一度、ウィスパーの時にも感じたから覚えている。
俺達が戦闘をする時、一般生徒の混乱と俺達の正体を明かさないようにするための措置。
つまり、これからターゲットとの戦いが始まるというサインでもある。
「お、いたいた。お~い蓮!いくぞ!!」
後ろのドアのところから健が手をふりながら俺に向かって叫ぶ。
「て、あれ?もしかしてお取り込み中だった??」
健は俺の前で手を伸ばそうとしている篠宮さんの姿を見て言う。
「バ~カそんなんじゃねえよ。しかし、この結界がでたってことは・・・」
俺は後ろのドアで待つ健と玲の姿を見つめる。
手にはもう、自分の武器がしっかりと握られていた。
銀の二丁銃とくさり鎌。どちらも怪しく光を放つ。
「うん。どうやらターゲットに動きがあったみたい。有希と工藤君が先に行って待ってるから私たちも急ぎましょ」
「ああ、わかった」
玲の言葉と共に、俺は戦闘の準備を始める。
まあ、準備といっても自分の武器ぐらいなんだが。
「・・・リファイメント!!」
シュオン・・・
俺の掛け声とともに俺の前に漆黒の剣が現れる。その剣の柄が、俺がつかむのを待ち望んでいるように、くるくるとまわっている。
まるで自分の主を待ち続けるように。そして、こちらを誘うようにその剣は俺の前にただずんでいた。
ガシッ
俺は柄を強く握りしめた。
「・・・またこの剣をつかまなきゃいけないのか」
この剣をつかむ、それは今から戦場へと向かうということ。
どれだけ平穏な日々を暮らそうとも、そしてどれだけその日々を願おうとも、俺は必ずいつかは戦いの場へとその身を投じる。
それがいつものパターン。一時の日常と死と隣り合わせの非日常を互いに行き来している。
だけど、今回はなにかいつもとは違う気がした。
今から戦うのは紛れもないターゲットの一人だ。だけど、今までとは感覚が違う。
今まではそこにいるターゲットをただ倒すだけだった。しかし今回はなにか、それ単体だけが今の俺達に対しての脅威ではないような。
それはもちろん、今回の件の黒幕についても大いに関係している。
ターゲットの裏に誰かいる。そんなことが今まであっただろうか?
それだけではない、それに対する工藤の反応も謎のままだ。今こうして結界を張っても、工藤達は俺に姿も見せずに先に行ってしまった。これがあきらかに不自然な状況であったとしても、工藤は行動を起こしている。
今回の戦闘は謎が多すぎる。いつものように目の前の脅威に真っ向から立ち向かうことができない。
体が重い。目の前に広がる謎多き非日常へと踏み出すことを体が拒絶していた。
「ふう~」
俺は一息入れた。そして俺の目の前で固まっている篠宮さんを見つめる。
「・・・行くか」
俺は鉛のように重い体を無理やり動かす。
「必ず・・・あなたを守る」
俺なんかのことを心配してくれる篠宮さん。どんな事情があったとしても、優しく笑みを見せてくれる篠宮さん。そんな篠宮さんをターゲットとの戦闘で傷つけるわけにはいかない。
それは篠宮さんが玲の友達だから、というわけではない。俺個人として、篠宮さんを傷つけたくない。
ましてや、身動きが取れず、自分の意思で動けない無抵抗な人間たちの命が奪われるなんて、そんな残酷なことは許されない。
俺の手に、何百人という命がかかってるんだ。俺一人の目の前の出来事に対する恐怖なんて、それに比べたらちっぽけなものだ。
そして俺は健達のいるドアに向かって歩き出した。
ドアのところには俺を待つ玲と健の姿。近くにいて、遠くに感じるその二人目指して俺は一歩一歩確かめるように歩いた。
ふと、俺は後ろを振り向いた。
なにも変わらない教室。先程までいつもと同じように時を刻んでいた空間。
そこにさっきまで、俺の姿もあった。
「さようなら・・・俺の平穏な日々。さようなら・・・俺の日常。また、生きた姿で会おう」
そして俺はくるりと体を反転させると、健達のいるドア目指して走りだした。
その足取りは先ほどと同じように重かったが、確かに前へと踏み出していた。