第五十四話 突然の異変~募る違和感と沸き起こる疑問~
<6月6日>
異変は突然起きた。
大勢の登校途中の生徒が行き交う人ごみの中、一人その中に溶け込みながらいつものように道を歩き、いつものように登校していた時だった。
やっと校門前に辿りつき、自分のIDパスを機械に通そうとした時
グウォン・・・
「・・・!?」
突然、不可解な気配、感触を覚えた。
「今のは・・・」
俺は辺りを見渡した。
辺りには、俺と同じように機械にIDパスを通して校舎を目指して歩く無数の人々。俺の横を通り過ぎる名前も知らない人たちが、機械の前で立ちつくす俺の姿をちらりと見てはまた前を向いて歩いていく。
その光景はいつもとなんら変わらない。恐ろしいぐらいにいつもと同じ風景だ。
だけどなぜだ?
俺の中で芽生える「違和感」
確かに同じ風景、景色であるはずなのに、なにかが違う。
目の前に広がる景色は確かに同じだ。だけど俺の目に映るその光景には、いつもとは違う「違和感」が渦巻いていた。
そしてその時、自分の心臓の鼓動が速くなっていることに気付く。
「これは一体・・・」
俺は無意識に空を見上げた。
空は青く澄んでいて、太陽の光が眩しい。まさに快晴だ。
もう梅雨という、雨が良く降る季節に入っているはずなのに、その気配を微塵も感じさせない快晴だった。
だけどなぜか俺は、その空に恐怖感を覚えた。
空に恐怖を抱く、そんなことがあるものなのか?
「・・・とにかく行くか」
今の状況を考えても、これは普通ではない。思い過ごしだと信じたいが、その気配は確かに俺に恐怖を植え付けていた。
<1年A組 教室>
ガラガラ
ドアを開けるとそこはいつもとなんら変わらない教室。友達となんでもない会話をしている人、一人静かに本を読んでいる人、そしてくそ真面目に次の時間の予習をしている人。
その光景はいつもの教室そのもの。だけど、俺はこの校舎に入ってから一層強い、「違和感」を感じていた。
「よう、蓮!!」
教室の入り口に立つ俺を見つけて健が声をかけてくる。視線をそちらに移すと、そこにはもう玲もいた。どうやらこのメンバーの中で俺が一番遅かったようだ。
「ふう~。なんだか今日は変な感じだな~」
俺が自分の席に辿りついて、鞄を横にかけながら誰に返事をしてほしいわけでもなく、無意識にそうぼそっと呟いた時
「この「違和感」、だろ??」
「!?」
俺はその言葉を聞いて、思わず心臓が飛びだしそうになるぐらいドキッとした。
健に、いきなり思っていたことの核心を正確に射抜かれしまった。なんだ?こいつ読心術でも身につけているのか??
「・・・お前らも感じたのか」
俺はそっとイスに腰を下ろすと、後ろの健達の席の方にぐるりと体を向けた。
「ああ、こんなに変な感覚が張りつめていると、さすがに嫌でも気付いてしまうよな」
どうやらこの感覚を覚えていたのは俺だけではなかったらしい。健がそういうことなら、おそらくは・・・
「そうね。学校に入った途端にこれだもんね。この状態で落ち着いていられる方がおかしいわ」
やはり玲もか。そうすると、おそらく工藤や伊集院さんも気付いているのだろう。
しかし、この感覚は一体なんなんだ??
「これは、ほかの一般生徒も感じていることなのか?」
俺は健に尋ねた。いや、おそらく答えはわかっていたと思う。だけど一応聞かずにはいられなかった。
「もしそうなら、こんなに教室が落ち着いていると思うか?」
そう言って健は教室にいるほかの生徒の方に視線を向ける。
そこには、いつものホームルームまでの時間を潰す、みんなの姿あった。
確かに、もしみんながこの感覚で気付いていたらこんな風におちおちといつもの生活を営むことはできなかっただろう。
そうなると、これは
「ということは、俺達竜族だけがこの感覚を抱いているわけか」
「正確には魔力を持っている人には、だけどね」
そう言って玲は廊下に目を向ける。
「さっき、工藤君がこの教室に来て、「おそらく今日はターゲットとの戦闘になるでしょう。充分に警戒してください」って言いに来たわ」
工藤が言うからにはおそらく、いや必ず、今日はターゲットが現れるだろう。あの空間を超越なんていうとんでもない魔法がかかった札が見つかってからもう3日が立っていた。その間にも、確かにターゲットはこの学校内に潜んでいただろうが、動きは全くといいほど見せなかった。
まるで、この学校内にターゲットはいるなんて嘘のように、それこそ夢オチだったんじゃないかと思わせるほどに。
しかし、今この瞬間、あきらかな「違和感」を俺達を襲っている。それも「強い」違和感が。
俺はそこが気にかかっていた。
今まで俺達に全く気付かれず、完全にその強力な魔力を制御していた。
それほどの実力の持ち主が、3日後の今日、今までなんの気配も感じさせなかったのに、突然学校内に入っただけで感じるほどの強い「違和感」をだすのだろうか。
むしろ、この「違和感」は自然なものではなく、もっとこう・・・そう一種の「演出」のようなもののように感じた。
なにかこう、こちらを誘っているような、そんな感じだ。
この間の札に残っていた魔力の痕跡の時もそうだ。そして工藤はその時言った
「これはトラップ・・・罠ですよ」
今この瞬間も俺達を襲う「違和感」。それはあの時と状況がよく似ている気がする。いや、むしろこれはあの時と同じ「罠」である可能性が非常に高い。
しかしそうなると、もう一つ、新しい疑問が浮上する。
なぜ工藤はそれに対してなにも言わないのか、ということ。
工藤が俺達に向けて発した言葉。それは「充分に気をつけること」、その一言のみ。
「これは罠だ」、とか「これは相手の誘いです」、とか、そういったこの不自然な状況に対する俺達に向けての注意が何一つない。
工藤がこの状況を不自然に思っていないわけがないし、まんまと罠に飛びつく奴でもない。
あいつはいつだって冷静だ。いや、むしろ冷静すぎる。
あり得ないぐらいに切羽詰まった状況でも、混乱する俺らをよそ目に工藤は常に全体を把握し、それに対して的確に行動している。
なにか、その起こることを事前に知っていたような気がするぐらいに、工藤はいつも落ち着いている。
そんな工藤がなにも言わない。これには必ずなにか意味があるはずだ。
罠と知っていながらそれに飛び込もうとする。その行為に一体なんの意味があるんだ。
くそっ。なにもわからない・・・
俺達と一緒にいながら、工藤や伊集院さんは俺達よりも一つ上の世界を生きているような気がする。ある物事に対して俺達が抱いている思いとは全く違う思いを感じているような気がする。
無論、今回も例外ではない。同じ状況下において、俺達の知らないところで事態は動いている。
それは俺の頭では到底届かないであろう高い位置で。
俺がどれだけ考えても、どれだけ行動しても、それは決して触れられないものなんだろうか。
そうなると、今回の事態の裏には、一体なにが隠されているというんだ・・・
俺が一人、そう考え込んでいると
キーンコーンカーンコーン
始業のチャイムが鳴った。それと同時に担任の教師がドアを開けて姿を現す。
くそっ・・・これまでか・・・
こうして、また俺達はなにも知らないまま、近くに迫る脅威と共に時を過ごしていくことになった。
ふと窓の先の景色を見つめる。今日は本当にいい天気だ。澄み切った青い空。朝の眠気をピシッと覚ます太陽の光。まさに理想的な天気だった。
だけど、今の俺の中の天気はどす黒い雲で覆われている。心の中で色んな思惑がうずめいている。
俺はその時の窓の外の空が、少しうらめしく感じた。