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第五十三話 繋がった3分間~動揺と黒幕の存在~

「使用済み」



 俺の中でその一言が大きく波打つように響き渡る。やがてその波は大きくなっていき、その波はやがて不安、焦り、恐怖など、マイナスな感情へと変わっていく。



それはおそらくみんなも同じだったと思う。まあここでいうみんなっていうのは工藤と伊集院さんを除いてのことだけど。



確実に、この部屋の空気が悪い方向へと変貌していっていた。




「使用済み・・・てことは・・・」




一応言葉にはしているが、その先をわかっていても言いたくなかった。そうであってほしくなかった。




だって、それが合っていたとしたら・・・



いかん、良くない汗がどっと噴き出してきた。




「はい。使用済みということは、少なからず、この世界と魔族のいるもう一つの世界が繋がっていた、ということですね」




「っ・・・!?」



俺は言葉を失った。



なぜそんなに冷静にものを言えるんだ。この世界ともう一つの世界がつながった、そんなあり得ないほどに聞いただけでやばいとわかるそんな重要なことを。俺はそれを考えただけで相当な動揺と不安が心の中で入り混じっていたというのに、目の前にいる工藤はいつもの笑顔で、動揺のカケラもみせずに淡々とした面持ちで語っている。



これは俺が思っているほどにそんなに危ない状況ではないのか?



工藤の様子を見ていると自分の中の不安や恐怖といったマイナスな感情が次第に小さくなっていった。それ以上に、今の状況に対しての疑問が大きくなっていた。



「そ、それでどうなったんだそれは??」



とにかく、今の状況を知りたかった。そうでないとどう対応していいかわからなかった。



「さきほども言いましたが「少なからず」繋がったということです」



そう言って工藤は鞄からなにやら数字がいっぱい並んだ一枚の紙を取り出す。



「これは、情報部がこの札を分析した結果なのですが、ここにある数字は今この札に宿っている魔力の痕跡を数値化して、そこから使用前の魔力を割り出したものなんですが・・・」



・・・説明されてもなんにもわからん。



言っていることは一応わかるような気もするんだが、それがわかっていてもこの紙に書いてある分析結果の見方と、それから導き出される答えが一体どういうものなのかがわからない。



 俺がそんな感じで首をかしげながら紙を見つめていると



「まあこれだけを見てもわかりませんよね。この分析結果を少し簡略化して私が説明いたしましょう」



そう言って工藤は説明を始める。というよりこれを出しても俺達が理解できないことを知ってただろ絶対。



工藤は間違いなく、初めから説明をする準備をしていたはずだ。



「この分析結果をみると、この札が効力を発揮したのは時間にすると約3分。つまりほんの一瞬だけしかこの札は機能せず、もう一つの世界とも繋がっていなかったということになりますね」



「3分・・・」



よくある市販のカップラーメンの出来上がりと同じくらいの時間。それと同じぐらいの時間に空間を超越だなんていうとんでもない事が起きていただなんて。



魔法というものは、本当にこの世界の「常識」というものを簡単に捻じ曲げてくれるな。



その「非常識」な世界に常に居続けている俺も、案外タフなやつなのかもしれない。



「だけど、なんで3分だけだったんだ?それだけの魔力があるんならもっと長い間続けることも可能だったんだろう??」



そもそもなんで3分なんだ??



「それは我々に極力気付かれないためでしょう。おそらく、3分というのはこの魔法において、最低限のものだったんでしょう。しかしこんな風に自由自在にコントロールできるのも、恐ろしいところではありますね」



そう言って工藤は分析結果の紙を鞄にしまおうとする。



「ちなみに聞くが、その3分でなにができる。予想でもいいから教えてくれ」



わざわざ最低限の効力にしたのにも、俺達に気付かれるという理由以外になにかあるはずだ。そうまでしても、やりたかったこととは一体・・・



「一つの物体を移動させる・・・ですかね」




 物体



工藤が発したその言葉で俺、いやこの場にいる全員がその存在がなんであるのか、おそらく考えはシンクロしていたであろう。



もう一つの世界に広がるもの、それは・・・



「まさか、それが今回のターゲット・・・」



みんなの気持ちの中にあるであろうそのワードを、俺が代表して口にした。



それ以外、この場面、この流れ、この空気から考えても、考えられなかった。



「そのとおりです。さすがですね」



・・・褒められても全く嬉しくない。



俺からしたらその予想が当たってなかったらどれだけ嬉しかっただろう。だけど、そんな魔族のいる世界から持ってくるものなんて良い物であるわけがないか。



みんなへのサプライズプレゼント~、な~んてことがあるわけがない。あったら逆に引くな。てかいらねえ~そんなプレゼント。




「この札の効力が切れた後、学校内で強い魔力を観測したようです。もう既に、この学校内にターゲットが潜入しているとみていいでしょう」



そう言って工藤はイスに腰掛ける。その様子を、俺はただ見つめているだけだった。



そして事態の緊急さにようやく頭が理解した。



「て、おい!!このままいいのかよ!もう学校内にターゲットはいるんだろ?倒しにいかないとやばいじゃないか!?」




 もう既にこの学校にターゲットが潜んでいる。そんなとんでもなくエマージェンシーでアンビリーバブルな状況でなんでこいつはこんなに平然といられるんだ。そもそも平然でいちゃだめだろこの状況。



実はこいつがやったことなんじゃねえか、と思えるほどに工藤は落ち着いていた。



「まあ落ち着いてください一之瀬さん。考えてみてください、そんなに強大な魔法を我々に見つからず、そして自分の魔力でさえも隠し通せる実力の持ち主が、こんな風に魔力の痕跡が残った札をわざわざ残していきますか?」



「え・・・?」



工藤の一言で俺は我に戻った。頭の中でふつふつとわき起こっていた動揺が徐々に静まっていく。



そして事態の全貌を次第に把握していく。



「そ、それって・・・」



そして工藤は答えた。



「はい。これはおそらくトラップ・・・罠ですよ。我々がこれに反応して飛びつくのを見通してのね」




 今俺は、心からこう思った。



おそらく、工藤や伊集院さんがいなかったら、間違いなくその札を前にして冷静さを保てず、まんまとそのトラップに飛び込んでいっていただろう。



・・・俺はどれだけアホなんだ。



もしかして、俺一人だけが動揺していたのか??



「とにかく、今は様子をみましょう。こちらが先手を打とうにも、そのターゲットも召喚した張本人が隠していて行方がわからないですし、それにその張本人が誰なのかもわからないですし。あちらが動くのを待つしかありませんね」



 

 結局、俺達はいつも後手後手に回ることになってるな。しかし工藤の言うとおり、黒幕がだれなのかわからない以上、どうすることもできないしな。




やはり、どうしようもないのか。だけど、本当にこのままでいいのだろうか。



あきらかに事態は魔族側が優位な条件で話が進んでいる。今のところはその魔族の襲撃を退けてはいるが・・・



今回は少し、面倒なことになるかもな・・・



「それではみなさん。周りに充分気を配りながら過ごしてください」



そう言って工藤は立ち上がる。



「では、これにて今日の部活は終了です。明日からまた頑張っていきましょう」




 こうして、またターゲットのいる中での学校生活が始まろうとしていた。



いるとわかっていてなにもできない自分が、とても歯がゆかった。




夕暮れの光が窓から差し込んだ。そして俺の胸には、不安という気持ちが広がっていった。



こんな状態で、みんなを魔族から守るなんてことが、果たしてできるんだろうか。




<解散後の部室>



「なぜ言わなかったの??」



 皆が帰っていった後、そこには工藤と伊集院さんの二人だけが残っていた。



「ああ、あれのことですか?」



そう言って工藤は伊集院さんに背中を向ける。



「この事態の黒幕は我々の行動パターン、そして性格を良く知っている。つまり、その黒幕はおそらく近くの人間、であるということ。そのことですよね?」



伊集院さんはその問いに静かに頷く。



「確かに、このまま放っておくのは危険です。ですが、このことを伝えれば通常のように生活することは不可能です。人間、誰しも平然を装おうとしても、そこに脅威があるとわかれば、動揺するものですよ」



そう言って工藤は窓の先の景色を見つめて言った。



「こうして、冷静に物事をいえる私たちの方が、ある意味「非常識」なのかもしれませんね」



そして工藤はそう言った後、フフッと笑って伊集院さんの方を振り向いた。



「正直、自分は羨ましいですよ。目の前の事態にああやって素直に向き合えることが。まあ、それは我々には許されないことですが・・・」



伊集院さんはなにも言わず、ただ工藤の言葉に耳を傾けていた。



「今回の件。少々面倒なことになるかもしれませんね」




 夕日が差し込む部室で、深い意味をもつ会話が、二人の間で流れていった。




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