第五十二話 空間制御~使用済みの一枚の札~
「空間を・・・繋ぐ魔法・・・?」
そこにある一つの札を中心に事態は動きだす。そこから広がる波紋を感じて皆の心が震え立つ。
原理、原則、現実、常識、理論、この世のすべてを捻じ曲げて貫くものが、今目の前にある。
まあ、今のところ俺だけがその波紋を感じられず、一人中心から離れているんだが。
「ええ。これはTime-space it connects interstice control gate いわゆる空間制御の魔法ですね」
さらりという工藤。そういう大事なことをさらりというのは工藤の得意技ではあるが。今回はいつもとは違う。
いつもなら笑顔だが、今回はその札を前にしてこれまで以上に真剣な顔つきでその札をみている。それだけで、これがどれだけ特別なものなのかがわかる。
「で、でも、空間制御なんて無茶苦茶な魔法、誰も使えないんじゃ・・・」
玲の口からこぼれるように、言葉が工藤に向けられる。
「ええ。確かに通常では「不可能」ですね」
玲の問いに答えながらも、視線はずっとその札、いやその札に描かれた模様に目がいっていた。俺以外の全員がそれに釘付けになっていた。
「な、なんで不可能なんだ?現にここにあるわけだし、やろうと思えばみんなも使えるんじゃないのか??」
魔力にいたっては魔族をも超えるとされている竜族。その竜族であるみんなならなんか普通にできそうな気がするんだが。特に工藤、伊集院さんあたりなんか。
「なるほど、一之瀬さんは魔法の修得、および発動にいたるまでの経緯を知らないようですね」
工藤はすっと体を起こすと、札に向けていた視線を俺に向けた。その視線はいつもの笑顔にもどっていた。
「魔法というものは、ただその魔法を知っているだけでは発動ができません。その魔法の意味を理解し、魔力の流れを読みとり、そしてそれを使うだけの素養を身につける。その全てがそろわないとその魔法はただの「言葉」でしかありません」
「魔法の意味・・・」
魔法を発動するということ、それまでにそんな過程があったなんて。俺は今までそんなこと考えてもみなかった。
いや待てよ、そうだとすると俺は・・・
「で、でも俺はそんなこと考えた事ねえけど一応「リファイメント」っていう魔法を使えるぞ。もしそれが本当ならなんで俺は魔法が使えるんだ??」
魔法の意味、流れ、素養。俺はその中で一つも考えたことがない。俺が唯一覚えている武器精製魔法「リファイメント」、これは入学してすぐの時に、昼休みに玲から教えてもらったものだ。無論、その時にそんなことを考えた覚えはない。その時はただ、頭の中で本をイメージしてそれから・・・
「あれは、あなたの素養が並はずれたものだったからですよ」
「っ・・・!?」
工藤の一言で、俺の反論は一瞬にして木っ端みじんに砕け散った。今まで俺の中で沸き起こっていた「反抗」という気持ちが一気に冷めていった。
目の前にある事実を、認めたくなかった。
「本来ならそのような初期魔法でも、ちゃんとした教えを受け、それから自分で鍛錬をつみ、そしてそれからようやく使えるようになるものなんですよ。普通はみんなそうやって魔法を覚えていくんです。そうですよね、柳原さん?」
工藤は目の前にある事実に戸惑う玲に話をふった。それに玲は一瞬体をびくつかせた。
「う、うん。私も「リファイメント」を覚えるのには一週間ぐらいかかった。それもちゃんと一から教えてもらってやっとで。あの時のような最小限のことしか教えられなかったのに一発で成功した時は、さすがに私も驚いたわ・・・」
そういえば、あの時俺が武器を精製した時、みんな大げさすぎるぐらいに驚いていたっけ。俺はあの時、てっきりこうしてできるのが当たり前なことなんだと思っていた。実際、俺以上に玲達は魔法を扱うことができるんだし。そして竜の刻印もあるんだし・・・
「ここにある札にかかっている魔法も「非常識」なものですが、失礼を承知で言わしてもらうと、あなたのその魔力の強さも一種の「非常識」なものなんですよ。我々の中の常識をいとも簡単に突き破るその力。それは覚醒した時のあなたも今のあなたも変わらないことです」
そう言って工藤はまた札に視線を戻す。
「あなたがその自分の魔力を制御できていたら、どれだけ力になったでしょうねえ~」
「・・・・・・」
返す言葉がなかった。実際、今の俺にはなんの力もない。いや、力はあるがそれを全く使いこなせない。だから自分がどれだけの力を秘めているのかもわからない。こうして人に言われないと自分の力を実感できないんて、俺はどれだけ自分という存在を知らないんだ。
そう思うと、途端に自分という存在が愚かなものに感じてくる。
「まあそれはさておき、とにかく魔法を使うためにはそれに見合う力と理解力が必要なんです。ですが、この空間制御という魔法は・・・」
工藤は机に置かれた札を静かに持ち上げる。
「この札に描かれた魔法を扱うには、並みの魔力の持ち主じゃ到底不可能なんです。この空間制御という魔法は、非常に強大な魔法であり、それを理解するのもそしてそれを扱うだけの力を備えることも、本来なら「不可能」といっていいほど難しいものなんです」
工藤の手の中でひらひらと舞う一つの札。そのどこにでもあるような紙で作られた札に、そんな強大な力が宿っていたなんて。
俺とは違って魔法の気配を感知できる玲達がその紙をみて騒ぐわけだ。そしてそれをみて俺だけがなにも感じないわけだ。みんなはその札に驚いたわけではなく、その秘められた魔力に驚いていたわけだ。
「しかし、ここにある札に描かれた魔法は、ちゃんと機能しています。いや、正確に言えば機能「した」ということでしょうか」
そう言って工藤はその札をまた机に置いた。
「機能した・・・?」
俺は工藤に尋ねた。
「ええ、この札はどうやら使用済みのようです。本来ならもっと強大な魔力を秘めているはずですが、この札には確かに強い魔力は感じますが、そこまでは至っていません。ですが、これには強い魔力の「痕跡」が残っています。本来なら魔力をつかってしまえば消えてしまうものですが、これは使った後でもこれだけの魔力を残しています。おそらく、もとの札は我々の想像以上の強大な魔力を宿していたのでしょう」
「確かに、ここまで強い魔力の痕跡が残っているのは、生まれて初めてみたもんな」
健が工藤の言葉に賛同する。今この場でその魔力を感じられていないのは俺ただ一人。だけど、それがどれだけ凄いものなのかは、みんなの反応で大体はつかめた。
一つのものに対してのみんなの反応。それはまさにこの札の魔力の強大さを物語っていた。
「さて。今問題なのはこの札ではなく、この世界、それもこの学校内にこれほどの強大な魔法を使いこなせる強大な魔力の持ち主が存在しているということです」
「この学校内にそんな奴が・・・」
この学校に関係者以外の外部の人間が侵入することは不可能だ。なんでもこの学校には密かに結界が張られていて、魔力を宿すものがその敷地内に入ればすかさず反応して知らせが届くらしい。それは前に玲から聞いたことがある。
そもそもこの学校の敷地に入るには、生徒、職員全員、自分の生徒帳についているIDパスを、校門前にある機械に通さないといけない。
それには生徒の情報はもちろん、いつ入っていつ出ていったかまで細かく記録される。
この学校、そのでかさにも驚くが、そのセキュリティの厳しさにも驚くところがある。
だけどこの札は学校内に張られていた。ということはつまり、この札を学校内に張れるのは内部の人間、つまりそれはこの学校内の生徒か教師ということになる。
「しかもその強大な魔力を我々に感知されないように制御できている。これは相当な力の持ち主ですね・・・」
わずかな魔力であっても、玲達やその本当にあるのかわからない情報部が嗅ぎつけるはずだ。それは前の荒木先生の件でわかったことだ。しかし、そいつはその包囲網もくぐりぬけ、完全にその魔力を隠してこの学校内にいる。その凄さは言わずともわかることだ。
「もし、そいつに勝負を仕掛けたらどうなる??」
俺は工藤に聞いてみた。すると工藤はそれを聞くとフフッと笑ってからこちらにその笑顔を向けながら答えた。
「それこそ瞬殺でしょうね。ここにいる全員で急襲、総攻撃を仕掛けても勝てる見込みは少ないでしょうね。まあ、誰だか全くわからないですから勝負の仕掛けようがないんですけどね・・・」
まあそうだろうとは思っていた。空間制御、だなんて聞いただけでもそれが凄いものだということがわかることをやってのける奴が、弱いわけがない。
それも、伊集院さんや工藤をもってしても勝てる見込みは少ないか・・・
それだけでも充分強いってことはわかるな。
「まあ、勝つ方法はあるにはありますが・・・」
工藤が聞こえるか聞こえないかギリギリの声でなにかを呟いた。
「ん?何か言ったか??」
「いえ、なんでもありませんよ。それと後もう一つ、良くないことがあるんですが・・・」
そう言って工藤は机に置かれた札をみつめる。
「な、なんだよ・・・」
そう俺が聞くと、工藤は札を指さして答えた。
「この札が、「使用済み」ということですよ」