第四十二話 知らない感情、知りたい感情~口に出したその名は~
「こ・・・告白!?」
澄み切った青空の下、俺と及川は中庭の噴水付近で語り合っていた。
全力でかなりの距離を走り、汗をだらだらとかきながら及川と話す。日ごろみることができない及川の姿をみて、俺は自分が思っていた及川という存在が間違っていたということがわかった。それに、なんだかこうして全力で走って、そしてこうして話しているところをみると、なんだかやっぱり俺も高校生なんだなあ~となんか年寄りくさいことを考えてしまう。それだけ、今の状況を俺は気に入っていた。心が満たされていた。
だがしかし
及川はこの状況の中で、まるで工藤並みの衝撃的な一言を口にした。
告白
その二文字が俺の中で回り続けていた。
「告白って・・・いわゆる異性に対しての告白ってことか・・・??」
俺は及川におもわず聞き返してしまう。
「そ、そりゃそうだろう。この場面っていえばその告白に決まってるるじゃないか。そもそもほかになにかあるのか??・・・!!って間違っても僕はそっち方向には興味はないぞ!」
「んなことわかってるよ!」
理屈ではわかってるんだ。告白、それは異性に自分の想いを伝えること。それがなにを意味するのかもわかってるんだ。だけど・・・
俺は、そういう恋愛、というものをそもそも知らない。
人を好きになる、ましてやそれを自分の想いに正直になってそれを伝える。表面だけをみれば好きな相手に気持ちを伝えるというだけの単純な動作だ。しかし、その動作には俺には計り知れないほどの複雑な感情が入り混じっていく。
そもそも人を好きなる、そういう感覚が俺にはわからない。
好き、その言葉を表現するするのは限りなく難しい。食べ物や物などに対する好き、ということなら俺にだってわかる。だけど、人を好きになる、それはこれとは違う「好き」というような気がする。いや、それはそもそも理屈で考えられるものではない。そんなことはわかってる。だけど俺は、そんな感情を今まで抱いたことがない。ましてや異性に対してなどもってのほかだ。そもそも人を好きになるってなんだ?
その人をとても気に入るということか?それともその人に心を奪われるということか?
それは、体感した者にしかわからないことなのだろうか。
だけど、目の前でこうして話す及川は俺とは違い、その感情を抱いている。異性を好きになる、そんな俺にとっては未知なる感情をこいつは抱いている。
なんだ・・・?もしかして俺、羨ましいのか・・・?
人を好きになる、そういう感情を俺は抱いてみたいのだろうか。自分ではわからないけど、俺はその感情に心魅かれているのだろうか。でも、どうして俺は・・・
おそらく、理由なんてないのだろう。そのことに魅かれるのは、生物としての本能なのかもしれない。だけど俺が、その感情を知った時、今までとは違う世界に辿りつける、そんな感じがした。今までみたこともないような世界。その世界に足を踏み入れたいという探究心、その世界の空気を体で感じたいという欲求。そんなものが、俺の心を揺り動かしているのだろうか。
「どうしたんだい?一之瀬君。突然黙りこくって」
「え??あ、すまん」
及川の問いかけに俺は我に戻る。今一瞬、またマイワールドに突入していた。だけど、人を好きになる、つまり恋愛という感情を知りたいというのは事実だ。でも、その感情を抱いた時、その時俺は、その想いをはたして告げられるのだろうか。好きという感情、その先には一体なにがあるんだろうか。
そして、俺がその感情を抱いた時、その先にはなにが待ち構えているのだろうか。
「ふう~突然驚かせるなよ。そういうのはもう少し手順を踏んでから言ってくれ」
「聞いてきたのはそっちだろ?」
及川はくそ真面目にそう答える。いやそうなんだけどさ実際。だけど、いざその言葉を聞くと、なかなかその状況を理解することができない。それが普通の感じ方だ。突然そんなカミングアウトをされて驚かないのはよっぽどそういうことに慣れている奴か、それかよっぽどアホな奴だろう。
「で・・・その告白する相手って誰だったんだ??」
俺は単刀直入に及川に聞いてみる。どっちかっていうと、今はそのことが知りたくて仕方なかった。この勉強が恋人って感じの奴が好きになったって奴は、一体どんな人なのだろうか。う~ん、全く思いつかない・・・
「な!?なんでそんなことまで言わなきゃいけないんだ!」
及川は顔を真っ赤にして怒った口調で声を上げる。なんかベタな反応だな。まあしかし、ここまできたら言ってもらうほかないだろう。ここはなにがなんでも聞かせてもらうぜ及川。
「いや~そこまで言ったらもう言っちゃえよ。どうせここには俺しかいないんだし。それに俺は結構口固いから安心しろって」
とりあえず俺は、お前の好きになった人を知りたい、ただそれだけだ!!
「・・・はあ~~~」
そんな俺を見て、及川は頭に手をついて深いため息をついた。どうやら観念してくれたようだ。
「・・・誰にもいうなよ」
「言わないって、俺を信じろ!」
今の俺はとにかく及川の好きな相手を知ろうとやっきになっていた。て、なんで俺はこんなことにこだわっているんだ?及川の想いを寄せる人を知ったってなんのネタにもなりそうもないのに。おっといかんいかん、なんか俺どんどんワルになっていってるな。今は純粋にそのことを知りたいだけだ。誰が何と言おうと知りたいだけなんだ!!
「・・・C組の伊集院 有希さん・・・だ」
その瞬間
バアーーーーーー!!!
突然強い風がこの地一帯に吹き荒れた。
まわりにあった新緑に満ちた草や木の葉が舞い上がっていく。我先にと、葉っぱたちが競うように上を目指していく。その上に、なにかあるわけでもないのに、それでも、一番上を目指して葉っぱたちが舞い上がっていく。理由なんてない。ただ上を目指したいから上を目指すんだ。
「今・・・なんて言った・・・??」
今及川が発した一人の名前。俺の聞き間違いじゃなければそれは・・・いやでもまさか!?
「だから・・・C組の伊集院 有希さんだっていってるだろ。ただでさえ恥ずかしいんだから何度も言わせるなよ」
及川が発した名前。それはさきほど言った名前と同じだった。できれば、いやお願いだから違う名前であってくれと心の中で神様に祈っていたが、残念ながらその望みは叶えてもらえなかった。
そこにある真実、それは確かに目の前にある現実だ。
「もしかしてその伊集院とかいう人って、あの銀髪で無口でそれでいてどことなく可憐さを感じるあの伊集院のことか??」
もう一度及川に尋ねてみる。もうそれが現実であることは自覚しているが、どうしてもそれが信じられなかった。それほどにその名前は意外なものだった。
「ああそうだよ。お前の知ってるその伊集院だよ」
「・・・!?」
やはり現実は覆せない。だけどそれは・・・
「な、なんで、伊集院の事が好きになったんだ??」
俺はどうにかして話を進めることしか今はできなかった。もうこうなったら突っ走るしかない。その先になにが待っているかわかったもんじゃないが、もう俺は一歩を踏み出してしまった。もう後戻りはできない。ひたすら前に進むのみ!!
「え、いや~きっかけは大したことじゃないんだけど・・・」
そう言って及川は指で顔を掻きながら顔を赤くする。え~いそんな恥ずかしがり屋の乙女みたいな態度をとるんじゃねえ。こっちまで恥ずかしくなってくるじゃねえか。
聞いている俺でさえこの状況に参っているというのに、だがしかし、どうして好きになったのか聞かずに帰るわけにはいかない。
「あれは・・・たしか中学校二年の春の、模試の結果が届いた時だった・・・」
晴れ渡る空の下、及川は静かに自分の過去を話しだした。