第四十一話 勝負の先にみたものは~及川の爆走ととある決心~
「ふう、ふう。くそっなかなか追いつかねえな」
歓喜の声と悲痛な叫びが飛び交う生徒玄関前掲示板。俺はそのバーゲンセールのような人ごみの中をかきわけ、やっとの思いで外に出て、ロケットスタートを切って走り去って行った及川を追いかけていた。
しかし、この及川、意外に足が速い。
先程のスプリンター級のロケットスタートにも驚いたが、この及川の走りっぷりにも驚く。
その細い体格から繰り出されるダイナミックな走りは、なんだか素人じゃないような気がしてきた。後ろからみていてもフォームが凄く奇麗だ。まさに教科書のような走り。及川って、ガリ勉とか言われてるけど実はかなり運動神経がいいのかもしれないな。
とと、今はそんなことを考えている場合じゃない。今はとにかく前を走る及川に追いつかなきゃ。
て、あれ?なんで俺及川を追いかけてるんだっけ??
ずっと走っていると、自分がなぜはしっているのかわからなくなってきた。さっきの順位で俺の勘違いで及川を傷つけたことを謝るためか??う~んでも、なんか違うような・・・
確かにさっきのはちょっとまずかった対応だったけど、こうして追いかけてまで謝るようなことじゃないような。なんかこう、とにかく及川に追いつかなきゃっていう気持ちしか、今はないような気がした。それがなんでかはわからない。
(え~い、そんなことはどうでもいい!!)
今は及川に追いつく、それだけを考えていよう。
「はあ、はあ。ようやく追いついた・・・」
及川の爆走は、教室などがある棟を抜け、渡り廊下の途中にある中庭で止まった。
俺は足にはそこそこに自信があったが、こいつの走りもなかなかのものだった。 だがしかし、隣で息絶え絶えになっているところを見ると、どうやら体力的にもう厳しかったようだ。そりゃそうだよな、あのペースで延々と走れたら、そりゃあもう陸上部かなにかに入って上を目指してほしいものだ。ふう~、しかし俺も結構きつかったな。
俺はもう全身汗びっしょりだ。とにかく暑い!!どんな季節でもこれだけ全力で走ったらさすがにめちゃくちゃ暑い。涼しげに水を吹き出しているあの噴水にこのまま飛び込みたいぐらいだ。
しかしまあ、よくこの体格であんなに走れるものだ。一体どこにそんな力を隠していたんだ?
「全く・・・どんだけ走れば気が済むんだよ・・・」
俺は息を絶え絶えにして及川に話しかける。こうやって声をだすのも今の状態ではきつい。額からどんどん汗が噴き出てくる。
「はあ・・・はあ・・・そんなの僕の勝手だろ・・・そもそもなんで追いかけてくるんだよ・・・」
及川も言葉を詰まらせながらも俺の問いに答える。さすがに及川もきつそうだな。
しかし
なんでと聞かれても、実際俺にもわからないんだよな。どうしてかはわからないけどなぜか体は及川を追いかけなきゃって感じでずっと走っていたんだよな。なんでなのか俺が聞きたいぐらいだ。
「はあ、はあ、俺にもわからん!!」
そう言って俺は重い体を起こす。このままうつぶせていたらなんだかこのまま倒れてしまいそうだ。
「な・・・なんだよそれ・・・」
及川も俺に便乗して体を起こす。そしてまた再度及川の体をみていると、本当によくこの体格からあんなダイナミックな走りができたもんだなと感心してしまう。
「・・・よくわかんねえけど、なんかお前を追いかけなくちゃと頭が判断したんでな。俺にもどうしてかわからん。むしろ教えてほしいわ」
そしてふう~と深く深呼吸する。新鮮な空気が肺に満たされていく感触が心地いい。しっかし、あんなに全力疾走したのは久しぶり、てか初めてかもな。
ターゲットとの戦闘の時も確かに走っていたけど、今回のはなんか、なににも囚われず、ただ純粋に走るという動作を繰り返していたような、そんな感じがした。
並みいる人ごみを突きっ切り、そして風を切って走る爽快感。ただ目の前にいる奴を目指して走るという単純な動作なのに、なぜか心は心地よいもので満たされていた。なんか、周りにあるものが全てきらきらと輝いているように見えた。太陽の光を反射しながら水を吹き出し続ける噴水、美しい新緑でぐるりと囲む草花、光を放ちながらしたたり落ちる汗。全てが美しく、そして輝いているように見えた。
「大体、なんで突然走りだしたんだよ」
ようやく息も戻ってきたところで、俺は本題に入ろうとする。そうだ、俺はそれを聞きたかったんだ。
突然のロケットスタート、普通の状況なら思わず笑ってしまうほどの変貌ぶり、一体及川になにがおきたというんだ。
「・・・ふ~」
及川もようやく元の状態に戻り、大きく息を吐き出してずれたその度の強そうなメガネを直してから大きく背伸びする。
「そんなに俺に負けたのが悔しかったのか??」
俺はそんな及川に聞いてみる。確かに及川は俺との勝負に相当意気込んでいたようだし。だからこその三位だと思う。だけど、その三位というとてつもなく良い成績で勝利を確信したところでの俺の二位、というのは確かに相当衝撃的なものだとは思う。だけど・・・
あそこまで変貌するほどのものかと言われれば、う~んというしかない。
「ハハハ。確かにそれもあるけど、それとは少し違うかな」
そして及川は今まで見たことのないような爽やかな笑顔を見せる。それを見て俺は少し驚く。
てっきり勉強だけに身を費やす根暗なガリ勉なのかと思っていたら、そこにいたのは気持ちのいい汗をながしながら爽やかスマイルをみせる、そう絵にかいたような爽やか少年だった。前までの及川の姿とはまるで別人のようだ。
もしかしたら、これが本来の及川の姿なのかもしれない、俺はその時直感的にそう思った。
「ん?そうじゃないってことはほかになにかあるのか?」
俺はそんな及川に聞き返す。あの時俺の勝負に負けたって事以外なにかあったっけ?俺はあの時の風景をもう一度頭に思い浮かべてみる。
・・・。さっぱりわからん(笑)
俺が及川が三位だってことを聞いて話しかけた時、すでに及川はなにやら険しい顔をしていた。ということはあの時及川は俺の二位という数字を見て、勝負以外のことを考えてあんなことになったってことか。う~んそうなると手掛かりが全くないんだけど・・・
俺が一人うなっていると、及川はそれを見てふう~と溜息をついて腰を静かに下ろす。
「あの時僕が悔しかったのは、せっかく決心したのに、その決心に僕自身が応えることができなかったからさ」
「決心??」
なにやら及川はいきなり謎めいたことを言い出した。だけど、その表情を見るにあたって、差し当たりなにか大事なことのようだ。
そして及川は、一度間を開けてから、またメガネをすっと直すと、なにやら遠くを見つめながら口を開いた。
「君に勝ったら・・・ある人に告」
そう言って及川は突然顔をうつぶせる。
「ん?ある人になんだって??」
すかさず俺は及川に尋ねる。及川ももうあきらめたのか、顔をすっと上げて言った。
「ある人に・・・告白する・・・こと」
その瞬間
ブアーーーーーー!!
噴水の勢いが最大になってけたたましい音を放ちながら水を強く噴き上げた。そのしぶきが俺達にも降りかかる。そして俺達は一時、その音にただ耳を傾けていた。
やがて、及川の言ったことが鮮明に頭に届いてくると
「告・・・白・・・?」
俺の頭の中でその二文字がぐるぐると回り始めた。
え~と、確か、告白というのはそれ単体なら心の中に思っていたことや隠していたことをうちあけること、だけど、今こいつが言っているのはおそらく異性に対しての告白・・・いわゆる一般的にいう告白・・・
その瞬間
「えーーーーーーーーーー!!!」
俺の驚嘆の声が中庭に響き渡った。