第三十七話 あの空間は~忘れられないあの光景~
「あの時俺は、突然知らない空間に飛ばされて・・・」
俺はみんなに話しだす。あのカケラをつなげた時に起きたことを。みんなからすれば俺は突然意識を失った、ということなんだろうけど、俺はその時、色々な出来事に出くわしていた。
知らない空間、一人ぼっちの俺、そして少女と少年。
正直、自分でもあの出来事がなんだったのかよくわからないのだけれど、俺は記憶を頼りに、精一杯みんなに説明した。幸いにも、あの時の記憶は頭の中に鮮明に残っている。まるでその記憶が頭の中に無理やり焼き付けられたように。
「ふ~む。あのカケラには空間移動装置でも付いていたのでしょうか?まあしかしあなた自身の体は確かに我々の前にありましたから、あなたの意識だけがその空間に飛ばされたということになりますね」
「そうか、工藤にもわからないことがあるのか」
工藤ならこのことについてなにかわかると思っていたが、どうやら工藤でもよくわからないようだ。日頃無駄に俺達の知らないことをスパスパと言ってくるからどうかと思ったんだが。こいつにも人並みにわからないことがあるらしい。なんかほっとするな。
「おやおや。そりゃあ私にもわからないことぐらい沢山ありますよ。そもそもその「ソラノカケラ」とかいうもの自体、ここ数百年生きてきても聞いたことがないですからね。どうやら一般の竜族にはそのことは伝えられていないようですね。まあなんにせよ、情報が少なすぎます。これでは仮定もできませんね」
そう言って工藤はふうとため息をついて上を見上げる。まあたしかに、じかに体験した俺自身でさえもよくわからなかったんだからなおさら体験していない奴にわかるわけないよな。一番情報を持ってる俺がわからないんだから。
「それで、その空間はどのような空間だったんですか?」
工藤がこちらに視線を戻して、また手を顔の前に組んで俺に尋ねる。
「え~と。たしか広い緑の草原があって、まわりには色とりどりの草花、そして澄み切った青空、純白の白い雲。そうなんか田舎の景色みたいだった。あの空は、ここのような都会の空とはまるで違った。とにかくそこは懐かしいような、そんな空間だった」
あの時の空を、俺は鮮明に覚えている。澄み切った青い空。それはこの学校に来るときに見た空とは全く違う。あれが本来の空の色なんだ。純粋な空の色なんだ。ここの空は、別にそれが悪い事だとはいわないけど、人間達の高度な生活のせいで空は汚されている。本来の色を失っている。そしてもう一つ違うのは、ここの空はあの空に比べて圧倒的に狭い。高層ビルに囲まれた先にある空。あれを、人は空と呼ぶのか。
あの時の空。それは忘れたくても忘れられない空だった。
「ふ~む、広い草原に青空、白い雲。田舎のような空間・・・では、そこにはほかになにもなかったのですか?」
「ほかには・・・」
後あったものは、な~んて迷う必要はない。忘れようにもあんなことがあったら忘れられないぜ。あの俺の目の前に現れた村のことを。
俺はそっと自分の胸に手を当てる。あの時、俺はその村を見た瞬間、とてつもない激痛に襲われた。まるでなにかが俺の中で反応したように、俺はそれを見た瞬間なにかに襲われた。そしてそれを見て俺に芽生えたのは恐怖。なぜか俺はその村を見た瞬間、胸の中を恐怖の色が真っ黒に染めた。あの時の感触を俺は忘れることはできない。だからこうして、あの時のことを話せばまたあの激痛に見舞われるんじゃないかと、俺は不安になった。
「そこには、大きな一つの村があった」
俺は恐る恐るそのことを工藤に言った。幸いにも、俺に異常はないようだった。いつもどおり心臓が一定のリズムで鼓動する。
「ほう、村ですか。それはどんな村だったんですか?」
「どんなって・・・」
俺はあの時の光景を頭に浮かべる。だけどあの時、見た瞬間に激痛に襲われたからその村をじっくり見たわけではなかったし、いまいち覚えていない。ただ一つ覚えているのは・・・
「たしか、その村には大きな門があった」
「門、ですか・・・」
俺を見下ろす大きな門。その門はあるだけでなにか威圧されるようだった。
「後、それと・・・」
そこで俺は口を曇らせた。言いたいことはわかってるんだが思うようにその言葉が俺の口から出てきてくれない。
「どうしたんですか?」
そんな俺を見て工藤が俺に尋ねる。そのおかげで、その言葉がようやく口から出てくれた。
「なんでかは知らないけど。俺はその村を知っていたような気がした」
「ほう・・・」
確かに俺はあんな村なんて見たこともないし、そもそもあの空間自体見覚えがない。だけど、なぜか俺はあの村の姿を知っているような気がした。初めて見たはずなのに、なぜか俺の中のなにかが反応していた。
「そして・・・」
俺はそう言って一旦間を開けると、一度深呼吸をした。こういう時、深呼吸をすると気分がとても落ち着く。新鮮な空気が胸に確かに届くのを感じると、なぜか安心感が生まれる。
そして俺は工藤に言った。
「俺は・・・なぜかその村がとてつもなく怖かった。そしてその村を見た瞬間、俺をなにかが襲った」
「怖い・・・」
工藤は俺の言葉を聞くと、途端に目つきが鋭くなった。まるでその言葉でなにかが引っかかったように。
「そのあなたを襲ったものというのは?」
「俺もなにかはわからない。だけど、俺を物凄い苦痛が襲った。思わず立っていられなくなるほどの苦痛が。そして俺はたまらず草原にねころがったんだ。胸を手で強く抑えて」
今こうして思い出すだけでも気分が悪くなるあの苦痛。胸の中をなにかが支配するようなあの感覚。思い出すだけで寒気が襲う。
「それで、それからあなたはどうなったんですか?」
工藤が俺に尋ねる。先ほどと同じように鋭い目つきで。
「その後は・・・」
その瞬間、突然あの時の声が頭の中で響き渡る。俺の苦しんでいる時聞こえたあの声・・・
「突然、少女の笑い声が聞こえたんだ」
「少女の笑い声?」
工藤が驚いたように声を上げる。
「あれ、そこにいたのは蓮君だけじゃなかったの??」
それを聞いて玲が俺に尋ねる。
「ああ。俺もあそこには俺しかいないと思ってたんだけど・・・」
実際、あそこには人の気配どころか動くものの気配さえなかった。だけど、確かにそこにあの・・・
「その瞬間、なぜかそれまで俺を襲ったなにかが静まったんだ。そして俺がその声がした方向を向いたら、遠くの方に、一人の少女がいたんだ。そしてその少女が手招きすると、今度は一人の少年が現れて・・・」
あの時の光景を俺は忘れない。少女が満面の笑みで少年に手を差し出し、幸せそうに手をつないで歩いていくその姿を。その二人には、見ているだけでうらやましくなるほどの硬い絆が結ばれていた。
「・・・!?」
その時
「どうしました一之瀬さん?」
俺は思い出してしまった。あの漆黒の亀裂を。思い出すだけで体が震える。あんなに幸せそうな二人を切り裂いたあの亀裂、その光景を頭に浮かべるだけで俺の胸に恐怖が芽生える。
「その少女と少年が・・・手をつないで歩いて行ったら、突然その二人の間に黒い亀裂が・・・」
「黒い亀裂・・・」
俺はそこまでいうのが精一杯だった。だけど、俺は言わなければならない。それから起きたことを・・・
「そしてその黒い亀裂が大きくなっていって、最後にはガラスのように割れて、そして突然、今までいた草原から一転して俺は闇につつまれたんだ。ガラスのように割れたさっきの光景が赤い液体に染められていって、それからどこからともなく声が聞こえてきて・・・」
「声?それはどんな声ですか??」
二度と思い出したくないあの声。俺の頭に直接ささやきかけるような不気味な声。俺の心を恐怖の色に染めるあの声。俺は体を小刻みに震わせながら言った。
「冷たく、そして不気味な声だった。思い出すだけで気分が悪くなるような声。そしてその声は言ったんだ」
俺は一度間を置いてから、震える手を強く握りしめて声を震わせながら言った。
「俺のいるところには必ず血が流れる、死が訪れる。お前は呪われた存在、世界を闇に葬り、闇に包み込む存在、あらゆる者にとって憎き存在。そして・・・」
「その呪われた力を解放して、この世界を闇に染めろ。そうその声は俺に言った・・・」
「蓮君!?」
そう言った瞬間、俺はがくんとひざまづいた。もう立っていることができなかった。あの声が言った言葉、俺はそれが怖くてたまらなかった。自然と、俺の目からは涙がこぼれていた。
「そして、あなたは目を覚ましたと、そういうことですか」
工藤はそんな俺の姿に目もくれず、淡々と俺に質問する。相変わらず嫌な奴だが、今はそんな奴でも心強く思えた。
「ああ。それからさっきの赤い液体が俺を襲って・・・そして俺は目覚めたんだ」
俺がそう言った後、工藤はなにやら考え込み始める。
「緑の草原、澄み切った青空、大きな一つの村、それに芽生えた恐怖、一人の少女と少年、黒い亀裂、そして聞こえてきた声・・・なるほど。そういうことですか・・・」
そう言って工藤は立ち上がる。俺はそんな工藤を見上げて、まだ震えている声で工藤に尋ねた。
「なにが、なるほどなんだ・・・?」
工藤は、一度伊集院さんの方に視線を向けた後、今度はいつもの笑顔に戻って俺に話す。
「どうやら、一之瀬さんがいたその空間は、一之瀬さん自身の過去の世界のようですね」




