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第一話 出発 2-2



・・・気のせい、だったのかな。


 話す口調こそ変わらないが、自らの役割を語りながらこちらに向け続ける親父の背中が凄く、凄く・・・悲しく見えた気がした。


それまで大きすぎる存在に感じていたおかげで、その悲しみはより深く、より一層大きなものに。


「さてさて、最後にお楽しみの3つ目だ」


そんな思いを断ち切るかのように、親父は少し無理やりな具合に明るい声を振り絞ってこちらへと向き直す。

垢抜けた笑み、綻んだ表情。それはこれ以上踏み込ませないためのものか、はたまた自分の弱さを自分の息子に見せたくなかったのか。けど不思議と突きつめる必要もない気がする。


質問は後、今は黙って話を聞いていろと言われたんだからな。


「そこで、だ。お前にもその役目を担ってもらう。竜族として、そして「人間の一男子高校生」として今すぐに人間達の世界へと行ってもらう!」


「・・・は?」


前言撤回。黙って聞いているとついさっき決意改めたはずが、あまりにも衝撃的で色んな意味でぶっ飛んでる言葉に思わず声を漏らしてしまった。


「男子、高校生・・・?」


あれ、どうしてでしょうか。全く、意味がわからないんですが?


「い、今すぐに?」


「そう、今すぐに」


そして目の前には恐ろしく真面目に受け答えする親父。もはやその目と言葉は少年ともいうべき純粋さが伺えるほどに真っ直ぐで、どうやっても嘘とは思えなかった。


「って、えええええーーーーーっ!!?」


「そう驚くな。それになにもお前一人人間の世界へと足を踏み入れるわけじゃない。元々何人か既に行っているし、それに丁度お前と同じ年のやつらが数人、一緒に入学する。だから心配するな」


 落ち着いた雰囲気を漂わせながら親父は語りかける。

だけど今はそんなこと問題じゃない。今俺の頭の中にあることは、今、これからすぐにあの人間達がうずめく世界へと足を踏み出さなくちゃいけないってことだ。


「っておい、なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ!そもそもなんでそんないきなり・・・」


「いきなり・・・でもなんでもいい。だがな」


「今のお前はまだ知らない。だけどお前は確かになにかを犠牲にして今この瞬間を生きている。だからこそお前は自らの使命を全うせねばならない。・・・それにな」


「自分の過去を、知りたくはないのか?」


「自分の、過去・・・?」


 それを聞いた瞬間、ドクンッと大きく鼓動が波打った。


「そうだ。今から言うお前の使命、それをこなしていけばお前は自分の過去を少しずつ、確かに取り戻すことができる。どうして300年も寝ていたのか、寝ている前はどうしていたのか。そして、自分がどんな存在であるか、もな」


「!」


思わず俺はおもむろに包み隠さず驚きを露わにしてしまった。

だって、今親父が口にしたこと。それは全て俺が疑問にしていたことであり、俺が求める全ての答えであったのだから。


やはり親父は知っていたんだ。俺の思惑も、俺が欲していたことも。なにもかも全て。

そうでなきゃ、それこそエスパーとしかいいようがないじゃないか。


「さてさて、じゃあまずはお前にやってもらうことから話すか」


 まだ動揺が解けていない俺を気にせずに親父は話を続け始める。


「お前がやることは魔族から人間を守ること。具体的に言えば、魔族の中でも「ターゲット」と呼ばれる者を討伐することがお前・・・お前達の任務だ」


「ターゲット?」


「そう、魔族の中でも特に力が強い。まあ俺達竜族ほどではないだろうが、言うなれば魔族の大将格ってやつだな」


何度も言うが俺は「魔族」がどんなものであり、どれだけ強いかなんて知らない。

そして、自分もその一部である「竜族」の力の強ささえも、全く知らない。


俺はなにも知らないんだ。それなのにそんな討伐なんてことができるのか?そして人間を守るなんて大層なことをできるのか?

不安もそうだが、むしろ疑問の方が次々と荷物のように積み重ねられていった。


「そして、だ。これはお前だけだがな。このターゲットを討伐すると、「ソラノカケラ」というものが手に入る」


「ソラノカケラ??」


「そうだ。ちなみに今回お前達が討伐する「ターゲット」は全部で8体。つまりソラノカケラも8つ手に入れられる。そしてこのソラノカケラを集めれば、お待ちかね、お前は自分の過去を知ることができる。ってわけだ」


 ようやく気付いたぞ・・・親父の手口。


親父は俺がわからないことをわかってて話してやがる。面倒な質問の機会を与えないために、説明はすれど具体的な内容を全く伝えない。

今俺の手元にあるのは、まだ理解さえできない薄っぺらい情報だけだ。



――この時の俺は考えもしなかっただろう。いや、一瞬だけ偶然触れていたのかもしれない。

 この空間に流れた言葉の全ては、親父の、俺に対する小さな優しさであったということを――



「さて、もう結構な時間が経ってしまったな。では最後に、父さんから、そして母さんからのプレゼントを渡そう」


 そう言うと親父はイスの横に置いてあったテカテカの黒い袋をガサコソと漁りだす。

なにが出てくるのか。プレゼントだって言っても、今の話の流れじゃ得体のしれないなにかが出てきそうでむしろ恐怖感さえ感じる。


俺の防衛本能も随分敏感になったものだ。


スッ・・・


しかしその大きく分厚い手に持たれたのは、奇麗に折りたたまれた一着の制服だった。


「ほれ、これが今からお前が行く学園の制服だ。ピッカピカの新品だぞ?なかなかカッコいいじゃないか」


そして半ば押し付けるように俺の手元へと制服を手渡した。


「・・・あれ?」


制服自体は普通のどこにでもある黒の学ラン・・・でもないか。学ランには違いないが妙にスタイリッシュというか、おしゃれな雰囲気を漂わしている。制服っていうよりこれはこれで一つの服、スーツに近い感じかな。


胸元に付けられているボタンにはその学校の校章らしき模様が描かれて、肩元にはスッと縦に蒼色の線が入っている。

しかしそんな中でも、俺の視線は服の襟元へと釘付けになっていた。


「れ、ん・・・いちのせ?」


そこには小さい文字だが、ローマ字で「Ren Ichinose」と蒼い糸で丁寧に縫い付けられていた。


「ん?ああ気付いたか」


親父はおもむろにそう呟くと今度はなにやら白い平べったい長方形の箱をどこからか持ち出し、躊躇なく開ける。すぐさま現れた白色の包装紙を手早く振り払うとそこには


「ほれ、お前の学生証と学校に持っていく鞄だ。さすがにいきなり行くといっても、手ぶらってわけにはいかないだろうからな」


「・・・・・・」


鞄は学校指定のものなのだろう。黒色で中央には太い白線が横に入っていて、被せるようにカチッと蓋を止められるタイプのシンプルな革製の手提げ鞄。


スッ・・・


だけど俺の手はそんな鞄には目もくれず、無意識にその上にポンッと置かれた学生証へと手を伸ばしていた。


「一之瀬・・・蓮」


そこには俺の顔写真のほかに、くっきりと、「一之瀬いちのせ れん」という名前が刻まれていた。


「それが最後のプレゼントだ。人間達の世界へ行くなら、それなりの名前が必要だろう?本当は俺がつけたかったんだが、母さんに全部却下されてしまってな。その名前は母さんがお前にくれたものだ」



・・・なんでだろう、どうしてだろう。

この左手に抱えた上下セットの制服、目の前に見開かれた学校指定の鞄。そしてこの右手に持たれた一つの学生証。


「俺、は・・・」


うすっぺらいプラスチックのカバーの下に映る自分の顔をそっと指でなぞりながら、俺は密かに表情を緩ませた。


 なにが魔族を知らないだ、なにが竜族を知らないだ。


今の今まで、俺は自分の「名前」すら知らなかったんだ。


無意識に学生証を持つ手が小刻みに震える。それは怒りなのか悔しさなのか悲しさなのか。多分全部なんだろうな。


これが、これが「俺」の学生証であることを必死に頭で理解しようとするけど、今の俺にはそれすらも「他人」の物にしか見えなかった。


「・・・ふむ。これでお前はもういつでもあの窓の外の世界へと行けるわけだが。その前にいくつか注意点を与えておくとするか」



 なにかを察してか、ため息混じりながらも親父は一つの話を切り出す。

けれどそんな親父に一応救われて、俺はいそいそと頭を冷やすためにも渡された制服に着替え始めた。


「まず始めに、人間達の世界に踏み入れる以上「絶対」に自分の存在・・・竜族であることを知られるな。やつらは賢い代わりに自分達とは違う種族を否定する傾向が強い。もしも知られればすぐさまパニック状態に陥り、任務遂行は不可能になる」


「つまりは任務失敗。お前は人間達の世界から消えねばならない。もちろん、得られるはずだった自らの過去を永久に闇へと葬ってな」


ゴクリ・・・


胸元のボタンを留めながら思わず片唾を呑んで身震いする。

親父が言っていることは脅しでも冗談でもなんでもない。


だからこそわからない。そんな重大な危険がある中に、どうして記憶喪失状態で目が覚めたばかりの俺を半ば強引に放りだそうとしているんだろう。


腕や足を通してみるとサイズがピッタリな制服、手元に持った鞄、学生証。今思えば、300年も寝ていたのにも関わらずこの出来過ぎたタイミングでの目覚め。そしてあきらかに前もって準備されていたこの品々、展開。


あれ・・・?おかしいな。


これじゃあ偶然とかで片付けられないものを感じるぞ?

今まで疑問に思ったことがなかったことを疑問に思うと、なぜか思いもよらない思考が次々と俺の中で生まれ始めた。


まさか、俺がこのタイミングで目覚めることを知っていた?いや、それともこのタイミングで目覚めさせた・・・?


けど、もしそうならなんのために??


「そして二つ目」


「・・・っ!」


ギラッと向けられる親父の視線。俺の中に生まれた一瞬の疑惑を見透かしたかのように強い口調で叩きつける言葉。やましいことを考えていたのは事実だったからか、俺はビリリッと電撃が走ったかのように体をびくつかせてしまう。


「・・・これだけは忘れるな」


しかし次に親父の口からこぼれた言葉は、予想外に絞り出すように低く籠った声で、切実で、強い願いのようなものが混じったような言葉だった。


「確かにお前は竜族の一人だ。だがほかの竜族とは似て非なる存在。むしろ一緒にしない方が良いかもしれない。今のお前じゃなにもわからないだろうが、いずれそれを知る時が来る。だからこそそれを知る時、そこに悲しみが生まれていないように、覚えておいてくれ」


スッ・・・


「お前は死を司る竜、「ブラックドラゴン」だ。そこに絶大な力を秘めようとも、そこから新たな命は生まれない。お前の力は、命の灯を消し闇に葬る力だ」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ブラック、ドラゴン・・・」


 どうしてだろう。


なぜ、こんなにも響かない。いや、そもそもこんな話をなんでこうも平然と聞いていられる。


その理由は・・・多分大体はわかっている。


今の俺ではその言葉の1割も理解することができていなかったのだ。

自分がブラックドラゴンであり、その力は命の灯を消し闇に葬る力。それ単体の言葉に恐れは確かに感じるけれど、その力を見ていない俺にとってはなにもかもが空想の域を出ない。


それはなにも知らないことへの驕り。知るべきことを知らない罪。


だからこそ親父は強引に叩きつけるのではなく、ただ覚えていてほしいという柔らかい言葉で俺に伝えたんだ。


おそらくここから飛び出せばいずれの日か、その答えに辿りつく。

その時に、悲しみが生まれていないことを願い望むために。


だけど、その「悲しみ」ってなんだ?


・・・今の俺にわかることではない、か。



「さあもう行け。この部屋から出ればお前はすぐにでも人間達の世界へと足を踏み出すことができるだろう。ちなみにこの部屋には滅多なことがないかぎり戻っては来れない。だから忘れ物とかしていくなよ」


 俺が制服に着替え終わるのを見計らうと、両手にこれでもかとプレゼントされた鞄やら学生証やら、それ以外にもどこかの家の鍵や学校のパンフレットみたいな紙や注意事項がずらっと書かれた書類やらなんやらかんやら。とにかく必要なものは一気にこの手に容赦なく乗せてきた。


こういう時って宅急便っていう便利なものがあるんじゃないかと思うんだけど、親父いわくこれは全部今これからすぐに必要になるものらしい。

それでなくても生活に必要なありとあらゆるものは既に宅急便で郵送済みとのこと。


手配が整い過ぎてむしろ気持ち悪いぐらいだ。


「・・・ああ、じゃあ行ってくるよ。正直腑に落ちないけどどうせ無理やりにでも行かなくちゃいけないんだろうし。それに」


「このままだなんて、俺自身も嫌だからな」


この状態だとドアさえも開けられないので一旦整理して鞄に入れられるものは強引にでも捻じ込む。鞄自体はさほど大きいものではないが内ポケットとか収納スペースが豊富で、案外奇麗に詰めることができた。


(しっかしこんな展開ありえないだろ普通)


この部屋には戻ってこれない、あのドアを開けたらもう外の世界、だなんて。今この瞬間でも信じることなんてできない。今も実は夢の中の出来事なんじゃないのかと思いたいぐらいだ。


ケレドオレハタシカニココニイル。


「よしっと」


詰め終わった鞄を片手に立ちあがる。まだ少しフラフラ感は残っているがそれを気にする時間も余裕もどこにもない。


肩を一度竦ませてからため息をついて一呼吸。そして体をゆっくりと回転させると、その先に見える一つのドアへと歩み始めた。


「おいおい、行く前の挨拶ぐらいちゃんとやっていけよ」


そんな俺を親父は悪戯っぽく笑みをこぼしながら食い止める。

正直行く前の挨拶なら少し前に済んだような気もしたが、なんとなく、当分会うことはできない気がして俺は素直に立ち止まり、後ろを振り向く。


「・・・んじゃあ、いってきます」


「おう、いってらっしゃい。頑張ってこいよ」


自然な感じに微笑む親父。正直に言えば不安も不満もそれこそ数えきれないぐらいあるけれど、それでもその一言はこの上ない安心感と温かさを俺に与えてくれた。


やっぱり、どうあってもこの人は俺の父親なんだ。


ガチャッ、ギイイィ・・・パタン


そんな親父をどことも知らない部屋に一人残して、俺はドアの向こう側へと足を踏み出す。

自分の過去を知るために。そして自分の存在を、それを取り巻くあらゆる疑問を解決するために。



 これが始まり。これから続く、険しく長い長い旅の道のりの・・・






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