第三十六話 俺という存在~過去を知る、それが俺の目的~
この部室に、一つの衝撃が走る。たった一言なのに、その一言は果てしなくインパクトがある。こういう風に、一言でこの場を空気を変えるというのは一種の才能だと思う。そういう人がやっぱり芸能人とかいう人間の職業に適しているのだと思う。しかし、その才能も、この場の空気を良い方向に変えれるやつだったら、俺は喜んでそいつを仲間に引き入れたいものだが、現実はそうはいかない。
全く、よくこうもこの場の空気を悪い方向に持っていくことができるものだ。
「彼の父親はシリウス。つまり彼は竜王の息子なんです」
工藤の一言に、みんなはおろか俺自身も驚いている。あまりに驚きすぎて言葉もでない。というか良くこんな強烈な言葉をさら~と口にできるものだ。こんな強烈なインパクトの言葉を、こうさら~と言われると、なんか今一つその言葉が頭に届かない。だけど、時間が立つにつれてその言葉を頭が少しずつ理解してくると、その一言の衝撃が、より大きく感じるものだ。
「えーーーーーー!!!」
少し間が空いてから、玲と健、そしてプラス俺の驚嘆の声が上がる。まあそうなりますよね(笑)
俺が竜王の息子、その真実がいかに衝撃的なものなのか、それがこの状況でよくわかる。
「れ、蓮君が竜王様のむ、息子!?」
玲が慌てふためいたように声を上げる。あまりに驚いているせいか、言葉がかみかみだ。
そして玲はまじまじと目を大きく開けて俺の顔を見つめる。しかし、玲達が驚くのはもちろんだが、その真実に一番驚いているのは当の本人の俺だ。
親父と会ったのは、ここに来る前の、それもよくわからない所の部屋での一回きり。その時俺は、そこにいるのが父親であるということは、直感的になぜかわかったが、その父親が何者なのか、というところまではさすがにわからなかった。それにあの時は次々といろんなことを言われたから、親父についてのことまでは気が回らなかった。というより余裕がなかった。
それに親父自身も自分のことは一切語らなかったし。言ったのは俺に人間界に行けということと、俺の人間界の名前と後それと
俺がブラックドラゴンである、ということだけだ。
竜王っていうとつまりあれだ。竜族の王様ってことだよな?ということは親父は竜族で一番偉い人ってことか。俺は頭の中で親父との会話を必死に思い出して整理する。
正直、竜王なんていうそんな凄い人には見えなかったんだけど。ただ一つ、覚えていることは部屋を出ていく時の親父の背中の大きさ。その存在感だけだ。
「本当に・・・俺の親父は竜王なのか・・・?」
俺は驚いた表情で工藤に尋ねる。
「おや、当の本人であるあなたが知らなかったとは驚きですね。そうですよ、あなたの父親の名はシリウス、数千年もの間竜族を統ねて来た竜王、そして最強のドラゴン、それがあなたの父親です」
シリウス、そういえば俺は親父の名前も知らなかった。ただその存在が父親である、ということしか親父に関しては情報がなかった。
竜族の王、そして最強のドラゴン
そんなのが俺の父親だったなんて、信じろといわれても信じられるものではない。だけど、工藤がそういう面で嘘をつくことはない。そのことは今まで接してきて嫌でもわかったことだ。
俺は竜王の息子。それはやはり真実なのだろう。
「って、蓮君自分の父親のことも知らなかったの??」
玲が不思議そうに尋ねる。まあそりゃそうだよな。普通自分の親のことぐらい知っているものだよな。本来なら、長い間両親と接していけば、両親と硬い絆が結ばれるものだろうが、だけど俺は
まだその父親と三十分程度しか話していない。そして母親とは、その姿さえ見たことがない。
だって、俺の記憶はそこから始まっているんだから。その前の記憶は一切ない。
俺には過去というものがない。俺はからっぽだ。一つの存在に一之瀬 蓮という存在をかぶせているだけだ。ただ一之瀬 蓮として生きているだけだ。俺でいて、だけど俺じゃない。いや、そもそも俺には俺がないんだ。みんな過去があるから自分があるんだ。
だから俺はこうしてここにいる。このからっぽな存在に少しでも俺という存在を満たそうと、自分の過去を知るためにここにいる。そしてターゲットと戦っている。
俺が一人もんもんと考え込んでいるのを見て、工藤が近くにあったイスを引っ張ってきてそこに座り、俺にいつもの笑顔で語りかける。
「みなさんにお話ししたらどうですか?なぜ両親のことさえ知らないのか、そして何のためにあなたはこの世界にいるのか、ということを」
「俺の目的・・・」
そういえば、俺はみんなに俺という存在についてなにも話していなかった。みんなが知っていることといえば俺がブラックドラゴンであるということと、今教えられた俺が竜王の息子であるということ。今までさんざん一緒に過ごしてきたというのに、みんな俺のことをなにも知らない。そりゃそうだよな、俺以外に誰もそんなこと言うはずないし。つまり今まで俺達は、偽りの関係だったってことか。一緒にいるのに、その人のことを何も知らない。ただ上っ面だけの関係。それが今の状態。
今ここで、俺はありのままの自分をさらけださなければならない。みんなに俺という存在を知ってもらうために。
「蓮君・・・?」
玲がただ黙ってうつむく俺を心配して声をかける。その声で俺は決心し、大きく息を吸いこんでから吐き出し、呼吸を整えてから俺はみんなに視線を向ける。
「俺には、過去の記憶が全くないんだ」
その瞬間この部屋が静まり返った。皆、驚いた表情をしているが、誰も声に出すことはなく、ただ俺の言葉を聞いているだけだった。
「記憶が・・・ない・・・?」
玲がその静けさを切り裂いて俺に尋ねる。
「ああ。俺の記憶が始まったのは約一か月前。この学校に初めて登校した時の約一時間前ぐらいからかな。それまで俺は長い眠りについていたみたいで、目覚めてすぐに、この学校に行くように親父に言われたんだ」
「じゃ、じゃああの時私が声をかけた時、あなたは目を覚ましてからまだほんの一時間。つまり生まれたての赤ちゃんと変わらなかったってこと??」
玲が興奮気味に話す。まあそりゃ誰だって驚くよな。今の俺の話しを聞いても普通なのは、もともと知っていた工藤とそして伊集院さんの二人だけ。あれ?どうして伊集院さんは驚かないのだろう??
まあ伊集院さんが驚かなくてもなにも不思議じゃないような気がするんだけど、でも、なんでかは知らないけど、伊集院さんもこのことを知っていたような気がする。本当になんとなくだけどそう思った。
「ああ。そして俺の記憶はほんの一ヶ月ぐらいしかまだないってことだ」
そしてまたこの教室に静けさが訪れる。チクタクチクタクと、時計の針が秒を刻む音が響いていく。
「なるほどな。どうりで竜の刻印についてとか、その紋章についてとかそういう誰だって知っているようなことを知らないわけだ。まだ一ヶ月しか記憶がないんだからそりゃ知らなくて当たり前だよな」
健がイスに腰をおろして背中をもたれながら俺に言う。まさしくそのとおりだ。まだ記憶が一ヶ月しかない俺にとっては、こうして普通に生活するということだけでも全て斬新なものなのだ。だからみんなが知っていて当たり前のことも知らない。だって全部初めて聞くことなんだから。むしろそれでわかっていたらそれはそれで怖いものだ。
「て、紋章を知らないのはあなたもでしょうが」
「うっ。そこはスルーしろ」
すかさず玲のツッコミが入る。それを見て、俺は思った。俺とは違ってこうして何百年も一緒に時を過ごし、同じ時間を過ごしてきた二人のそんな関係が俺はうらやましかったんだ。俺にはその過去という自分の歴史がない。そういうような時の積み重ねがない。欲しくても決して手に入れることができないもの。だから俺はその関係が俺には眩しく見えたんだ。
「じゃあ、蓮君の目的というのは・・・」
玲が神妙なおもむきで俺に尋ねる。俺は真剣な顔で、その問いに答える。
「ああ。俺がこの世界に来た目的。それは自分の過去を知るためだ」
俺は今、ようやく自分がここにいる理由を玲達に話すことができた。今思えば、なんで今まで玲達に話してこなかったのだろう。
今まで続いていた偽りの関係で満足していたから?それとも話すことでなにかが崩れるような気がしたから?
まあいい。とにかく今こうして話せたんだ。それだけで今は充分だ。そのことについて深く考えるのは別に今じゃなくてもいいだろう。俺はそう自分に言い聞かせた。
「でも、どうやって過去なんて探しだすの??」
玲が俺に尋ねる。俺は机に置きっぱなしになっている二つのカケラがつながった一つのカケラ「ソラノカケラ」を手に取り、玲の前に差し出す。
「このカケラ。通称「ソラノカケラ」これを集めることで、俺は自分の過去を知ることができるらしい」
「ソラノカケラ・・・」
俺の手の上で、怪しく、そして不気味に青白く光るそのカケラを見て、玲はぼそっと呟く。
「やっぱり、みんなこのカケラのことは知らなかったんだ??」
俺はみんなに尋ねる。ウィスパーの時もそうだったけど、みんなこのカケラがなんであるのか知らないようだった。まあ俺も親父に教えられただけなんだけど、このカケラは、そんなに知られていないものなんだろうか?
「うん。そんなの初めて聞いた。それで、このカケラはどうやって集めるの?」
「このカケラは、魔族、あのターゲットを倒すことで手に入るらしいんだ。今この手元にあるのはウィスパーとアビシオンを倒した時に出てきた二つのカケラだ」
まあ実際、俺もこのカケラについて詳しいことは知らない。ただこれを集めれば過去を知ることができる。俺が知っているのはそれだけだ。後知っているのは・・・
「ではそのカケラは、二つで一つ、ということですか」
工藤が突然口を挟む。そう、俺もさっき初めて知ったことだけど、このカケラ、どうやら二つのカケラで一つのカケラが完成するらしい。この変な形のカケラがこうして奇麗につながるなんて偶然にしてはできすぎている。
「ふむ、では次は先程の出来事について説明してもらいましょうか」
工藤が手を顔の前で組み合わせながら俺に尋ねる。先程の出来事、それはカケラをつなげた瞬間に俺の身に起きたことだ。
あの時起きたこと、それを俺は記憶を頼りに、みんなに話しだした。