第三十五話 刻まれる紋章~竜王の血を引く者~
「蓮君大丈夫??」
床に仰向けになって寝ころぶ俺の横で玲が心配そうに俺を覗きこんでいる。
「はあ、はあ・・・」
あれ、ここは・・・?俺は息を荒くしながら辺りを見渡す。質素な色調の部屋に長机、五つのパイプいす、そしてホワイトボード。そこはいつもの部室。無駄に律儀に毎日来ているDSK研究部の部室。
先程までいた空間はもうそこにはない。もちろんさっきのたちの悪い声も聞こえない。
「一体なにがあったんだ?あの変なカケラをあわせてから突然倒れて。さすがに驚いたぞ!」
健が俺を見下ろすように俺に喋りかける。そうか、俺は意識を失っていたのか。
俺はゆっくりと体を起こす。そして頭に手を当てる。額には嫌な汗が大量に噴き出ている。頭もすごく重い。全くなにがどうなったのかわからない、と言いたいところだったが、不幸にも、俺の頭の中にはさきほどの出来事が全て鮮明に記憶されていた。さっきのは一体なんだったんだ?
見たこともない美しい緑に囲まれた草原、俺の目の前に現れた大きな一つの村、そして一人の少女と少年。
そして
それを切り裂くように現れた漆黒の闇。どこからともなく聞こえた不気味な声。特にあの闇は、俺の頭の中に特に鮮明に残っている。一番忘れ去りたい記憶。無情にもその記憶が俺の中で一番残っていた。幸せそうに歩く少女と少年を切り裂いた闇、その光景が真っ赤な液体で染められていく光景。そして俺にささやきかける重く冷たく、思い出すだけで背筋が凍るような声。
「さあ、その呪われた力を解放してこの世界を闇に染めろ!!」
全く、幻にしてはリアルすぎる幻だ。
「おや、その手の傷はなんですか?」
工藤が俺の手に視線を向けながら言った。俺はその言葉を聞いて、自然と自分の手を眺める。
「!?これは・・・」
俺が自分の手を見つめると、手の甲に不気味な形をした赤い色をした引っかき傷があった。そしてその形をみた瞬間、俺に身の毛もよだつような寒気を襲った。
ただの傷なのに、その傷からは冷たく、そして邪悪なオーラが漂っていた。
「Dark smeared with blood crest・・・」
「え?」
伊集院さんが突然なにかを呟いた。しかし俺にはなにを言ったのかわからない。
「ほう、これがあの・・・噂には聞いていましたが私も現物を見るのは初めてです」
工藤が一人なにかを納得する。
「では、彼はもう力を解放できるのですか?」
「・・・まだできない。これ単体では不完全。よって本来の力のほんの一握りしか解放できない。つまり未完の紋章」
「なるほど。未完の紋章。さきほどのあれで彼に刻まれたものですか。なるほど、非常に興味深いですね」
・・・お~い、そこだけで話を進めるな。さきほどからの二人の話を聞いてても全くこっちに伝わってこない。本来なら、話を聞いていればおのずと話の流れは見えてくるものだが、あいつらの会話は全くその流れをつかむ手応えが感じられない。現に、玲や健も俺と同じようにその二人の会話に耳を傾けているが、玲はともかく健は話を聞いていてもチンプンカンプンといったオーラが感じられる。まあ健でなくても誰だって今の状況を理解することはできないだろう。なにせ会話に「主語」がないからな。
「で、結局これはなんなんだ?」
俺は勝手に納得している二人に尋ねる。自分の手に宿っているこの傷のことを自分は知らず他人だけが知っているのはどうにも薄気味悪い。それにどう考えても、この傷はただの傷じゃない。素人目の俺から見てもそれぐらいのことはわかる。
「おや、あなたは知っているものとばかり思っていましたが。まあいいでしょう。ご説明しましょう」
そう言って工藤は俺の手の傷を指さす。
「これは血塗られた闇の紋章。通称死を司る紋章です」
そう言った瞬間
「!?これがあの竜族に伝わる紋章なの・・・?」
玲が目を丸くして驚く。そしてまじまじと俺の手の甲にある傷を眺める。
「ん?玲知ってんのか??」
健が玲に尋ねる。しかし玲はその言葉を聞くと同時に、額に手を当てて深いため息をつく。まるで健の勘の悪さにあきれたように。
「健も聞いたことぐらいあるでしょ!竜王であるシリウス様からつながる血筋であり、そのシリウス様からその力を認められた者だけが得ることのできる竜族の紋章のことを」
「あ~そういえば・・・そんな話があったっけ・・・」
そう言って健は手で頭を掻く。どう考えてもわかっていない。話がわからないけどとりあえずわかったふりをしている時の健のしぐさだ。まあ健らしいといえば健らしいけど。しかしそうなると、ここにいる五人の中でこの傷について知らないのは健と本人である俺の二人だけ。しかし健は頭には残っていないだろうが(まあそれじゃあ全く意味がないんだけど)一度は聞いたことがあるというし。本当に何も知らないのは俺だけということになる。
「まあとにかく、そのような紋章を持っている者はほんの一握りであるということです」
工藤はそう言うが、俺は根本的なことがわかっていない。そう「紋章」についてだ。
「え~とそもそもその紋章があるとなにか良い事があるのか?」
そう俺が尋ねると
「え、蓮君も知らないの??紋章のこと。そんなの健ぐらいのものだと思っていたわ」
なんかかなり常識なことだったらしい。しかしこんな風に、知らないことを玲に驚かれることは前にも一度あった。そう竜の刻印の時だ。
竜の刻印について知らなかったことに驚かれた時と同じだ。つまりこのことはそれぐらい常識なことと言うことだ。しかしこの紋章、その刻印となにか違いがあるのだろうか??
「まさかそこから説明することになるとは思いませんでしたが、まあいいでしょう。その紋章は大半の竜族が持つ刻印とは似て非なるものです。そうですねえ、例えるならばゲームでいえば、竜の刻印がパッシブスキル的ななにかだとすれば、その紋章はアクティブスキル、つまり技スキルといったところでしょうか」
・・・全くわからん。ゲームで例えられても、そのゲーム自体がわからない。。そのなんだ、そもそもパッシブスキルとかアクティブスキル自体がなんのことかわからないし。わからない単語を聞いて、さらにわからない単語で教えられても全くわからない。まあ工藤にとってはかなり俺に合わせて説明してくれたんだと思うけど、残念ながら俺の謎は深まるばかりだ。
俺がキョトンとしていると、工藤もそれに気付き、ふうと溜息をついて先程の説明に補足をつける。
「ですから、竜の刻印は魔力そのものを制御するものですが、その紋章はその魔力を使って発動させる魔法を唱えるためのものなんです」
「へえ~」
俺はようやく理解できた。要するに魔法などの技そのものってことか。しかしそこで新たな疑問が浮上する。
「あれ、でもみんな魔法ぐらい使えるよな」
魔法ぐらい、魔力のある竜族ならみんな使えるだろうし、そうなると紋章の存在価値がなくなるような気がするんだけど。
「紋章を使わずに発動させる魔法と、その紋章から発動させる魔法を一緒にしてほしくないですね。紋章から発動させる魔法の威力は別格、もう違うものだと思ってくれてもいいほどの力の違いがあります。はっきりいって、紋章を持つものと持たないものとでは力の格が違うと思いますよ」
そう言って工藤は、一度間を置いた後、ちらっと俺の手の甲の傷を見てから、今度は伊集院さんの方向に視線を向ける。
「伊集院さん、あなたの紋章を見せてくれますか?」
「・・・・・・」
工藤がそう言うと、伊集院さんは何も言わずに黙って手の甲をこちらに見せた。
「これは・・・」
伊集院さんの手の甲には、優しく輝く光で複雑な模様が描かれていた。二匹の竜がからまり、そしてそれを円を描くように刻まれた模様の中に文字らしき形のものが幾つも刻まれていた。それは俺の手の甲に刻まれているものとは色も形も全く違っていた。
「これが完全な紋章です。このように紋章にも色々な形があり、それぞれ使える魔法の属性も違います。ですが一之瀬さんのは見ればわかるように紋章が未完成です。つまり本来の紋章の力を使うことができないんです。まあそれだけでも充分強力な魔法は使えるかもしれませんが・・・しかし、紋章が未完であるというのは・・・」
そう言って工藤は口を曇らせる。
「ん?どうした??」
「いえ、なんでもありません。とりあえず紋章についてはこんなところです。わかっていただけましたか?」
工藤はいつもどうりの笑顔で俺に語りかける。
「?まあいいや」
なんだかわからないけど、とりあえず紋章については理解できた。あれ?でもなんか忘れているような・・・
「って有希も紋章を持っていたの??」
玲が驚いたような声で伊集院さんに尋ねる。あれ?玲も伊集院さんが紋章を持っていることを知らなかったのか。
「ええ、伊集院さんは竜王の血筋を引くもの。聖なる光の紋章、Angel holy light Judgment crestの持ち主です」
工藤は玲の問いかけにすぐさま答える。ってなんで玲は伊集院さんに聞いたのにお前が答えるんだ。
「と、ということはこのDSK研究部には紋章を持つものが二人もいるってこと??」
玲が興奮気味に話す。
「そんなに凄い事なのか?」
「そりゃそうよ。そもそも紋章を持っているドラゴン自体が物凄く希少なんだから。あれ、じゃあ蓮君ももしかして・・・」
玲が俺の手の甲を見て、なにかに気付いたように俺に尋ねる。
「あなたも竜王の血を引いているの??」
「え、え~と・・・」
俺はどう答えて良いかわからなかった。そもそも俺が竜王とやらの血を引いていること自体今初めて知ったわけだし。
しかしそんな俺を見て、工藤がフフッと笑って答える。
「彼の父親はシリウス。つまり彼は竜王の息子なんですよ」