第二十九話 戦闘後の歓談~強いということ~
<一之瀬 蓮覚醒後の屋上>
「どうですか伊集院さん。一之瀬君の二回目の覚醒をご覧になって」
その身を切り裂くような風が吹き荒れる中、その様子を上から眺める工藤と伊集院の姿があった。二人は屋上の塀の淵によりかかりながら話していた。
「・・・私になにを言わせたいの?」
その風に銀色に輝く髪をなびかせながら、伊集院さんは工藤に聞き返す。工藤に鋭い視線を向けて。
「いえいえ、素直にこの光景を見ての感想を聞いてるんですよ」
工藤はいつもどうりの笑顔で伊集院さんに返す。
「・・・別に、特になにも」
伊集院さんはそう言った。そして遠くを見つめるようにその視線を夜空に戻す。
「そうですか。私は驚きました。あのアビシオンとかいうターゲットを瞬殺でしたからね。正直私は身震いしましたよ。呪われたドラゴン、ブラックドラゴンの力にね・・・」
伊集院さんはその言葉を、聞いているのか、それとも聞き流しているのか、表情を変えずにただただ夜空を眺めていた。
「で、どうするんですか?」
「・・・どうするって?」
伊集院さんは視線を変えずに工藤に答える。工藤はそれをみて目つきを変えて答える。
「このブラックドラゴンの力を目の当たりにしても、あなたは自分の使命を全うするのですか、ということです」
その瞬間、この場に一層強い風が吹き荒れる。中庭や屋上にある木々の葉が夜空を目指して舞い上がっていく。そして伊集院さんは、その吹き荒れる風が収まった後に、工藤の方に鋭い眼光を向けて言った。
「・・・当然。そのために私はここにいる。この世界に存在している。そんな当たり前なこと聞かないで」
<戦闘後の保健室前にて>
「ふう、これで後は蓮が目覚めるのを待つだけだな」
真夜中の保健室。誰もいないポッカリと空いた空間。とりあえず覚醒後の意識を失った蓮君を保健室のベットまで運び、目覚めるのを待つことにした。前の覚醒した時も朝には目覚めてた。今回も朝には目覚めるだろう。
(本当にいつもの蓮君と変わらない。さっきまであんなんだったのに)
今目の前にいる意識を失っている存在。それはいつもの一之瀬 蓮だった。先ほどまでのあのアビシオンを瞬殺したフェンリルとかいう人の面影はもうない。すうすうと息を立てる蓮君の姿。それを見てると、さきほどまでの戦闘がまるで夢だったかのような錯覚を覚える。
(人殺しドラゴン・・・か・・・)
今目の前で眠っている一之瀬 蓮という一人のドラゴンは、私たちには計り知れないなにかを背負っている。そう考えると、確かに目の前にいるのに、なにか遠くにいるような感じがした。
「さて、部室に戻るか」
健の言葉と同時に私の足が動く。真夜中の学校。コト、コトとただ歩く音が廊下に響いていく。薄暗い廊下。外の方が幾分明るいような気がした。
「で、見たんだろ。その・・・蓮の覚醒した姿を」
健が歩きながら話しかけてくる。
健はあの時、アビシオンの波動を受けて気絶してしまった。だからあの時のことはなにも覚えていない。あれ、そういえばなんであの時私は気絶しなかったのだろう・・・
先程まで全く思いつかなかった疑問が突然頭に浮かぶ。あの時確かに私も波動を受けた。だけど体は硬直したけど意識は確かにあった。
ひとり歩きながらもんもんと考えていると、それを見た健がまた話しかけてくる。
「おい玲、聞いてっか?俺の話」
「え、あ、ごめん。なんだっけ?」
完全にマイワールドに突入していた。おもわず慌てて健に返事を返す。
「たく・・・まあいいや。覚醒した時の蓮はどうだったって話だ」
「覚醒した時の・・・」
玲の頭の中でまたあの時の場面がフラッシュバックする。アビシオンからの攻撃から守ってくれたこと、蓮君と共に蓮君を刺したこと、ターゲットを瞬殺したこと、そして・・・
(あの人の過去・・・)
アビシオンがただ人殺しと言っただけだけど、初めて私はあのフェンリルとかいう人のことを知ることができた。人殺しというのは確かに真実かもしれない。だけど望んでそうしたわけじゃないということぐらいは自分でもわかった。あの人の心の中に足を踏み入れる、それは誰にも許されないことなのだろうか。
(あ・・・)
玲はまた一つ思いだした。あの人、フェンリルが言った言葉。
「お前にしかできないことがある」
「いづれこの一之瀬 蓮はこの真実を受け入れなければならない。その時は玲、お前が助けてやってくれ」
そして
「俺は強くなんかないさ。だから俺は一つの過ちをおかしたんだ」
一つの過ち。私にもそんな過ちがあった。自分の自己満足のために蓮君を犠牲にしたこと。それは確かに決して許されないことだ。自分のために他人を犠牲にする。それは最も卑劣なことと言っても過言ではない。
だけどあの人の過ちは・・・
あの人がそう言った時、あの人はとても悲しげな姿だった。深い深いかなしみ。私たちでは計り知れない悲しみ。あの人の過ちがなんなのかは私にはわからないけど、あの人のおかした過ちは、自分のために他人を犠牲にしたということでは決してないのだと思った。そしてあの人は言った。自分は強くなんかないと。だから過ちをおかしたのだと。私からみればあの人は強い。だれよりも強い。だけどあの人の言う「強い」は魔力や戦う力のことではなかった気がした。
時は戻らない。それはどれだけ力があっても決してかえることのできない現実。一度踏み出した道を、戻ることは許されないのだ。それがたとえ、残酷で、血塗られた道であっても・・・
自分の道に、抗うことはできないのだ。
「おい大丈夫か玲?」
「え?」
健の一言に私は我に返る。いつのまにか私たちはもう部室のドアの前にいた。
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて・・・」
そして私は隣で私を見る健の顔を見て、無意識に健に質問してしまう。
「強いって、なんなんだろうね・・・」
健は突然の玲の一言におもわず聞き返してしまう。
「どうしたんだよ、突然・・・」
まあ普通に考えればそう言われるのが普通だ。だけど私はその時、その言葉を発さずにはいられなかった。強いということ。それが一体なんなのか。それがあの戦闘で得た私の疑問だ。
「いや、別にそんな深い意味はないんだけど。ごめんね、突然変なこと言っちゃって・・・」
思わずあやまる玲の姿を見て、健はなにかを悟ったのか、玲に優しく語りかけた。
「そっか。なんかわからねえけどあの戦闘で、なにか感じたことがあったんだな。しかし難しい質問だな。強いということか・・・」
そう言って健は上を向いてぶつぶつとなにかを呟いている。そんなに深い意味はないって言ったんだけど・・・まあ健らしいといえば健らしいけど。
そして思わず私はそれを見てプッと吹いてしまう。
「あーなに笑ってんだよ。人が真剣に考えているのに。まあいいや。久しぶりに玲の笑顔が見れたしな。今はそれでよしとするか」
そう言って健はドアノブに手を伸ばす。
強いということ。それが一体なんであるのか、それを見つけ出すのが私の道なのかもしれない。




