第二十四話 夜を待つ教室~チャンスは今しかない~
(・・・なんだこの空気は)
夜になるのを待つこの教室。今この教室は半端ないほどの気まずい空気の場となっている。
ぺラ、ぺラ
この教室で今音を発しているのは本のページを開く音だけ。それ以外は会話はもちろん、人の声など一切聞こえない状況だ。
伊集院さんはともかく、健も玲も本を読んでいる。なにを話すわけでもなく、ただただページを開くごとにやってくる本の中の物語の展開に目を通しているだけだ。そして無言の時間が過ぎ去っていく。
いや、どちらかというと誰かが話すのを待っている、という方が正しいのかもしれない。
ここまで異様な雰囲気になると、言葉を発するという動作が素晴らしく難しくなる。今保たれている偽りのバランス。偽りとはわかっていても、それをわざわざ崩す行為をするにはかなりの勇気が必要だ。
ましてや会話が発展してもおそらくそれでも気まずくなるであろう話題を持ちかけることは、どう考えても場違いなやつのすることだ。楽しい時に暗い話をしたり、悲しい時に騒いだり。まあ言ってみればいわゆるKYってやつなのかな。ようはみすみす自滅するようなことをするバカってことだ。
だけど今俺は、そのバカにならなくちゃいけない。
玲に事情を聞く。それを今俺はやらなくちゃいけない。
別にそんなのはいつでもいいような気がするが、今のこの時間はその事情を聞く絶好のチャンスだ。ただでさえ最近玲に避けられているような気がするし、こんなチャンス、なかなか来るものではない。
それは頭ではわかっているのだが、体は素直に動いてくれない。今から自ら作り出そうとしている空気に自己防衛機能が作動しているようだ。お前さすがにそれはだめだろ考え直せ、そう俺の体が俺に告げているようだ。
なにかきっかけがあれば・・・
俺はそのきっかけが来るのをひたすら待った。まるで獲物がやってくるのをただずっとにらみを利かせながら待つように。こういうのはタイミングが命だ。少しでも玉砕する確率を減らすためにも、この場の空気を見極めなければならない。
そんな感じで、俺はその時が来るのをひたすら待っていた。しかしそのタイミングがこない。そして来ないまま、ただただ時間だけが過ぎていった。そしてもういつのまにか時刻は21時。辺りはもう暗くなり、学校内に生徒がいてはいけない時刻になっていた。もう無理かとあきらめかけたその瞬間
突然その時は来た!!
「ふ~のどが渇いたな。お~い蓮、茶入れてくれ」
健の一言が、この場に超久しぶりの人の声を与えてくれた。ナイスだ健、さすが親友サンキュー!!
俺は心のなかで叫んだ。
(このチャンス、逃すべからず)
本来ならそんなことを言われたら自分で入れろよって感じで断る。健もおそらくそれをわかっていながらこちらに言ってくる。しかしせっかくのこのチャンス、逃すわけにはいかない。よ~し健、精一杯の力で俺が茶を入れてやる!
俺は机に置いてあるやかんでコップに茶を注いだ。コポポポっとコップに茶が入れられる音が部屋に響く。その音に健も気付いたのか、えっまじで?といった感じでこちらに視線を向ける。
「お待たせしましたお茶でございます」
俺は二コリと作り笑いを浮かべながら健にその茶が入ったコップを手渡す。例によってその笑顔はまたひきつった笑顔になってしまっている。
「え、あ、ありがとうございます・・・」
健がそんな俺を見てぎこちない手つきで俺からコップを受け取る。そして呆然とそのコップを見つめる。俺の突然の変貌ぶりにあきらかに驚いている。まあそりゃそうだろうな。自分でもびっくりだよ(笑)
さあやっと玲に話しかけるタイミングが来た。ここぞとばかりに俺は玲に話しかけた。
「玲もお茶いるか?」
やっとでた俺の玲への第一声。俺は心の中でやったーと叫んでいた。
「え、あ、別に私はいいよ・・・」
「そ、そうか・・・」
しかし玲の一言で、俺のつかの間の喜びは一瞬にして崩れ去った。そしてまたしてもこの場にきまずい空気が訪れる。
(・・・もう暴走するか)
俺の中でそんな気持ちが芽生えた。なんかこんな風にたった一言のタイミングを見計らっているのがばかばかしくなってきた。もうこうなったら当たって砕けろだ。もうどうにでもなれ!!
「あのさ、玲。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
その一言に、玲の体がビクッと反応する。次のページを開こうとする手がピタッと止まる。
「な、なに?」
そしてこちらに視線を向ける。物凄く不安そうな顔で。
さあどうする。今なら引き返せるぞ一之瀬 蓮。次の一言で全てが決まってしまうぞ。今ならここで「やっぱりなんでもない」と言ってしまえばこの会話を終わらせることができるぞ。どうするんだ一之瀬 蓮!!
俺の心の中で色々な思惑がうずめく。そして俺は口を開く。
「あのアビシオンと戦ってからの玲のことなんだけど・・・」
「・・・!?」
言ってしまった。とうとう言ってしまった。もう後には引き返せない。こうなったらもう前進する以外、俺には選択肢がない。
そして俺は唾をゴクリと飲んでから話し出す。
「なんかあれから玲の様子が変なような・・・」
「え・・・」
俺の一言に玲の顔が歪む。顔に不安の色がどんどん広がっていく。
「もしかして俺が寝ている間になにかあったとか?」
俺はそんな玲に目もくれず、ひたすら玲に問いかけた。もうなかばやけになっていた。
「別になにも・・・それに・・・」
そういって玲は俺から顔をそむけた。
「玲・・・?」
そう俺が言った瞬間
「どうもお待たせしました。それでは作戦を開始しましょうか」
工藤がドアを開けてやってきた。
そして玲は俺から逃げるように視線を断って、戦闘の支度を始めた。俺はただただそこに立ちつくしてしまった。
「おや一之瀬さん。どうしましたか?」
工藤が俺に話しかける。だが今の俺はお前に対して物凄い怒りが沸いている。
(またお前はなんていうタイミングで来るんだよ!!)
そう思っていた時、健が俺の肩に手を乗せながら呟く。
「ドンマイ、蓮・・・」
その言葉が、ただただ心にずっと響いていった・・・