第二十話 一つの過ち~健の決意、玲の戸惑い~
※今回の話は一之瀬 蓮の意識がまだもどっていない間の話です。また、伊集院さんはその一之瀬 蓮の治療をしているという設定です。
「くそっ!!!」
俺が蹴ったイスは、まるでおもちゃのように跳ねて激しい音を奏でながら転がって行った。
「俺は・・・俺はなんてことをしてしまったんだ・・・」
シーンと静まり返ったこの教室でただ一人、俺は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。俺は最低なことをした。友達を・・・仲間を俺のせいで傷つけてしまった。ただ俺の自己満足のために。
そんな最低な自分が歯がゆかった。なにかにこの感情をぶつけることしか俺にはできなかった。
「あいつは・・・蓮は俺たちを守ってくれた。自分の命をかえりみず守ってくれた。なのに俺は・・・俺はそんな奴を自ら突き放し、あまつさえ俺達とは別の世界に住むやつだなんて言ってしまった。俺は最低だ・・・どうしようもない最低やろうだ・・・」
俺は教室にある机に手をついた。机に手をついた音が教室に響き渡る。そしてまた、静けさが帰ってくる。今聞こえるのは外で振り続ける雨の音と時計の針が秒を刻む音だけだ。それ以外はなにもきこえない。
「くそっ・・・くそっ!!」
もう一度強く机を叩く。俺は自分が許せなかった。ひどい言葉で突き放した俺を・・・そんな俺を自分を犠牲にしてまでかばった奴を俺の勝手な自己満足で傷つけてしまった自分が許せなかった。
だけど時は戻らない。俺の過ちは一生消えない。俺は友達を傷つけた。その事実が変わることは決してない。それがたとえ神様だったとしても、その事実が消えることは許されない。俺は最低なクズだ。どうしようもないクズだ・・・
俺がもう一度机を叩こうとした時、突然ドアが開く。
保健室に寝ている蓮の様子を見に行っていたみんなが部室に戻ってきたようだ。
「蓮の様子はどうだった・・・?」
俺はみんなに尋ねた。
「変わらないわ。まだ目を覚まさない。声をかけてもなんの反応もないわ」
あの後、伊集院が聖魔術で蓮を迅速に治療したおかげで一命はとりとめた。だけどあれからまだ一度も蓮は目を覚まさない。まるで死んだかのようにずっと眠っている。この世界に目を覚ますことを拒んでいるかのように。
「そうか・・・」
俺はまた机に視線を落とす。机に映っている俺の顔は本当に情けない顔をしていた。まるで親と離ればなれになって悲しむ仔犬のように。
「まあ命に別状はなかったんですしいいんじゃないですか?」
工藤が俺に嫌味をいうように声を上げる。しかし俺はそんな言葉にも反応する力がなかった。
「おや、嫌味にも反応しないとは。これは重傷ですね・・・」
工藤が哀れ見るように話す。そんな工藤にさすがの玲もただ聞いているだけというわけにはいかなかった。
「ちょっと工藤君。それぐらいにしてあげて」
玲は悲しく、そして重い声でそう口にした。そんな一言に、俺は本当に自分が情けないと感じた。俺と同じように、玲も悲しいはずのに。だけどそれでも俺を気にかけてくれる。それなのに俺はどうだ。男だっていうのに俺はただうつむいているだけだ。本当に自分が情けない。
そして一時の静けさが続いた後、工藤が再び声を上げる。
「ふう~全く、そんなに落ち込まれるとこちらまで暗い気分になりますね」
それでも俺の反応はない。そんな俺にしびれを切らしたのか、工藤が今度はやれやれといった感じで話しだす。
「なぜあなた達二人をターゲットとの戦闘に参加させなかったのかわかりますか?」
そんな工藤の問いかけに、俺はようやくその重い口を開く。
「俺達がBランクのドラゴンだったから・・・」
その俺の答えに工藤は大きくため息をついた。
「やっぱりあなたはなにもわかっていませんね」
その一言に俺の体は反応した。
「なにもわかってないだと・・・」
この教室に張りつめた空気が流れる。そんな空気を察したのか、玲が口を挟む。
「ちょっと二人とも、今は喧嘩してる暇はないでしょ!!」
しかし玲の言葉はその張りつめた空気にかき消された。そしてまた工藤が話しだす。
「そんなランクごときで私たちがあなたたちを区別するとでも思っていたんですか?」
「え・・・」
俺はその言葉に思わずそう言葉にしてしまった。だけどそれは・・・
「やれやれ、やっぱりそうだったんですね・・・」
工藤が一度間を開けてから話しだす。俺はさきほどの工藤の一言に呆気にとられている。だってウィスパーのあの時、ランクについて言ったのは工藤自身じゃないか。俺はだからそれで・・・
「あなたたちにAランク以上でないとターゲットとの戦闘に参加できないといったのはターゲットとの戦闘にあなたたちを巻き込むわけにはいかなかった、ただそれだけです。理由なんてなんでもよかった。あなた達がターゲットと戦闘しても現状では敵わない。今戦えば必ずあなたたちは命を落とす、それがわかっていたからそう言ったのです。それはその身で体験したと思いますが?」
「・・・確かにそのとおりだ」
工藤が言ったことは真実だ。俺と玲、二人の全力を合わしてもターゲットに傷一つ付けることができなかった。ましてや一人ならなおさらだ。そのことはこの身が一番わかっている。
だけど・・・
「それじゃあ俺は、勝手に思い込んで勝手にムカついて勝手にキレてそしてあいつを・・・蓮を勝手に戦って傷つけたってことか・・・」
「で、それであなたはどうするんですか、これから」
工藤が俺に問いかける。その時の工藤の目はいつもの笑顔ではなく鋭く、そしてこちらを見極めるような目だった。そんな工藤をみるのは俺は初めてだった。俺は身ぶるいした。
「俺は・・・」
このまま落ちぶれるわけにはいかない。俺が蓮を傷つけたのは事実。その事実から逃げることは許されない。いや、俺自身が許さない。俺には責任がある。俺はやらなければならない。たとえそれが罪滅ぼしになんてならなくても、そしてなんの役に立たなくても、俺はやらなければならない。そして
あいつと、蓮と一緒にいたい。共に笑いたい、共に喜びを分かち合いたい、共に同じ時を過ごしていたい。
そして俺はあいつと共に戦いたい!!
だけど・・・
「でも・・・俺には力が・・・」
そんな俺の言葉に工藤が答える。
「今はそんなことはどうでもいいんです。あなた自身はどうしたいかってことなんです」
俺はそんな工藤の答えから一つ間をおいてから答える。
「・・・やる」
「はい?なにかいいました??」
俺は再び拳を強く握りしめて今度は大きく叫んだ。
「俺はやる!俺の力なんてなんの役にも立たないだろうけど、それでも俺はやる。俺はあいつと同じ舞台に立ちたい!!」
俺の言葉が教室にこだました。今の俺はさきほどとは違い前を向いている。きっとそれが俺の本心なんだ。たとえ蓮に俺という存在を拒まれても、俺はあいつの味方でいる。あいつの助けになりたい。それが俺の願い、いや覚悟だった。
それを聞いた工藤がまた口を開く。
「ふう、やっとあなたにも覚悟というものができましたか」
「覚悟?」
俺は聞き返す。
「これから戦っていく上で自分としての覚悟が必要です。力がどうこうなんて二の次です。覚悟のない奴に戦う資格なんてありません。そんな奴は私たちには全く必要ありません。ですが一つ忠告しておきます。これは遊びではありません。ただの殺し合いです。こちらがやらなければこちらがやられます。そしてこの戦いからは死以外なにも生まれない。それでもいいんですか?今ならその殺し合いから逃げることもできますよ??」
工藤が俺に問いかける。俺はそれに力強く答える。もう俺には一つの選択肢しか残っていない。それが俺の道なんだ。そして俺はその道を歩いて行くんだ。俺はそう決めたんだ!
「それでも俺はやる。いや、やらなければならない。たとえどんなことが起きようとも、それが俺の選択なんだ!」
「あなたはこの一つの過ちを一生背負わなければなりません。それでもですか?」
「ああ!」
俺の声が教室に響く。自分の選択に迷いはない。だって俺自身が決めたんだから。
「・・・わかりました。ではこれからもよろしくお願いします。しっかしここまで持っていくのにこんなに苦戦するとは。全く私の見当違いでしたね」
そういって工藤は両手をやれやれといった感じに上げる。
「さて・・・それで柳原さんはどうするんですか??」
工藤が玲に問いかける。
「私は・・・」
そういって玲の言葉が止まる。
「どうしたんだ玲?」
俺は玲に声をかける。なんだか様子がおかしい。よくみると玲の体は小刻みに震えていた。まるで敵に脅える子リスのように。
俺が玲に近寄ろうとした時
ガチャ
部室のドアが開く
「・・・意識が戻った」
そこには伊集院さんが立っていた。そして告げたのは蓮の意識が戻ったこと。
そしてみんな外に飛び出した。
しかし玲はまだ残っていた。さきほどと同じように立ちつくしていた。
「どうした玲。いくぞ!」
「あ、うん、今行く・・・」
そして俺達は蓮のいる保健室を目指した。