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第二百十七話 ブラックドラゴンという存在~目を背けた罰。しかし彼らは……~

大変更新期間が空いてしまいました。申し訳ありません。こちらが最新話となります。

 

 いつからだろう、体に異様な重さを感じ始めたのは。それまで群がる刃を切れば切るほど興奮し、心は歓喜に震えていたのに。


(……しんどい。苦しい)


 いつのまにかバテバテ状態。見えていた刃の予測軌道も点滅を始める。

 こんなにも、俺は疲れていたんだ。ここまで全然気づかなかった。

 されどそんなことはお構いなしに、心はさらなる喜びを求め続けている。


「かはぁっ、はあ……はぁ、んぐっ」 

(つらい、つらいつらいつらい!)


 どれだけ声にならない悲鳴をあげても、体は止まらないし止まろうともしない。まったく訳が分からなかった。俺の体なのに、俺の言うことをきかないなんて。終いには、視界だけがどんどん霞んでいく……。


「玲、すぐさま扉を。時間は私がかせぐ」

「OK!」

「超特急で頼むぜ玲。なんかやばそうだ」

「わかってるわよっ。ああんもう、なんでこうわかりにくい位置に作るかなぁ……あ、あった! いくわよみんな!!」


 不意に俺の耳に届く、慣れ親しんだ声。

 ああ、そうだった。俺の近くには仲間が居る。彼らに全てを委ねるだけでいい。それで俺は楽になれるんだ。


(仲間、ナカマ……)


 薄れていく意識の中、その言葉に対してだけ不可解なほど冷静に頭が働く。

 俺はさっき、その仲間とやらを殺そうとしたんじゃなかったか?

 どうして? ――だって、苦しみを与えてきたから。

 仲間なのに? ――そう、仲間なのに殺そうとした。仲間だから殺そうとした。裏切られたから、騙されたから、拒絶されたから。俺は殺そうとした、殺したかったっ。

 このどこまでも膨れ上がっていく苦しみから解放されたくて、俺は仲間を殺したかった!!


(そうか。仲間って苦しみを与えてくるものなのか。だから俺は)


 過剰なまでに冷え切った思考が、一つの結論を導き出す。

――俺は、自分に苦しみを与える全てのものを殺したいんだ。

 それに気づいた瞬間、俺の意識は強制シャットダウンされた。

 

「その言葉を、待っていた」


 


 

 ブラックドラゴン、それは死を司る竜。

 ブラックドラゴン、それは死に縛られる竜。

 死を与えること、殺すことでしか存在を証明できない憐れなドラゴン。その事実に、馬鹿な主共は気づかない。


 さて、そんな主共にはしばし眠っていただこう。

 

「ん、んん……」

「あっ」

「ん……?」


 目を覚ますと、そこには艶やかな銀髪を垂らす少女の姿があった。

 なんとも不安そうな眼で、俺の顔を覗きこんでいる。


「なにか、あったのか?」

「え??」


 定型文のような俺の質問に、少女はいかにも虚を突かれたとばかりに目を丸くした。


「なにも、覚えてない?」

「いや、なにもってわけじゃないけど。空き教室を出てからの記憶がいまいちはっきりしないんだ」


 俺がそう言うと、彼女はどこか喜びにも似た表情を浮かべた。

 なかなかにわかりやすい妹だ。それではここまでの間に、忘れてほしい程の不吉なことがあったと言っているようなものじゃないか。


「もう昼寝は済んだのか、蓮。大丈夫か?」


 少しの間が開いた後、妹の背後から快活な男、もとい健がやって来る。

 口元では笑みをつくっているものの、表情からは少々硬さが垣間見えた。


「おう、迷惑かけたな。それで、お前の方は大丈夫なのか?」

「うん? ああ、俺はこの通りピンピンしてるぜ。いまのところ大したことはしてないし、怪我もしてないからな」


 そこまで言って、健は俺の前に手を差し出してくる。


(いや、ここまでの距離男一人担ぎながらのダッシュは充分大したことだと思うが)

「サンキュー」

「なーにいいってことよ。あ、ちなみに俺が起こしてやったのは、伊集院さんだと安全面に不安があったからだぞ。使ったのは紋章だろうけど、一応な」

「??? お、おう」


 はて、今の情報は必要だったのか?


「それじゃ、俺はまたあっちいってるから」

「いやいやなんでだよ」

「なんでって。そりゃー兄妹で積もる話もあるだろうからさ。あんまりゆっくりもしてられねぇけど、ちょっとは二人だけで話しとけよ」

「まあ、そうか、そうだな。わかった」


 健がなにを示唆しているのかはいまいちよくわからないが、やれというのならそれに従った方が無難だろう。ここで波風立てるのは得策ではない。


「ほんと、お前ら兄妹って不器用――」

「っ!」

「いっ!? ……いや、なんでもねぇ。じゃ、ま、また後でな」

(なんか今、足元ですごい音がしたな)


 最後の方、思いっきり声も揺れていた気がする。

 結局、健は逃げるようにこの場から離れていった。向かった先に居た玲は、さっきから意味深に二ヤつきながらこちらを眺めているし。よくわからない雰囲気だな。


「兄さん」

「ああ、悪い」


 少女の声掛けで俺は視線を戻す。時間がもったいない。詮索はまた今度にしよう。


「ひとまず、今の状況を簡単に教えてくれないか?」

(まあ、実際はほとんど全部覚えているんだけどな)


 俺の思惑なんて知る由もない彼女は、従順にも静かに頷いた。


「兄さんのおかげで、天使回廊まで無事に到達できた。他のメンバーの怪我等もいまのところはなし。工藤 真一に関しては先程より若干衰弱が進んだものの、まだ死に瀕するレベルではない。もうしばらくは大丈夫だと思うけれど、油断は禁物」

「ふむ」


 俺は少し目線を外してチラリと見る。もちろんその視線の先はあの男だ。

 天使回廊の出入り口(といっても今は壁だが)付近に、その男は仰向けで寝かされていた。額の上にはすぐ近くに陣取っている玲の掌がかざされていて、青白い光を放っている。多分、水系の魔法で少しでも熱を下げようとしているのだろう。


「なんだ。あいつまだ生きてたのか」

「えっ……」

「うん? どうした」

「い、いえ、ちょっと。今のは、兄さんの冗談?」

「冗談? 俺なんか言ったっけ」


 なにやら妙に困惑している様子だが、俺にはその理由がわからなかった。

 少なくとも、ここまでで冗談を言った覚えはない。


「っ!?」

「おおーっと、そこのお二人さん! なにやら物騒な雰囲気だけど大丈夫かい??」


 今度はいきなり、健が俺達の間に割り込んでくる。

 よっぽど急いできたのか、半ば息切れしているようにも見えた。


「いや、別になにもなかったと思うんだが」

「本当か~? お前がなにか言ったんじゃないのか? 例えば、工藤に関してのこととかさ」

「工藤に関してのこと……? まあ、言ったといえば言ったっけ」

「ほうほう。それで、お前はなんて言ったんだ?」

「なんてって。それこそ大したことは言ってないぞ。ただ、あいつまだ生きてたんだな~って言っただけだ」

「っ!」


 俺が答えると、健は一瞬表情を歪めた。いや、この時点で既に怒りを含んでいたのかもしれない。真剣な眼差しで俺を捉えながら、健はさらに質問を投げかけてくる。

 

「念のため聞いておきたいんだが。その発言は本当に大したことないのか?」

「はぁ?」


 一体こいつはなにが言いたいんだ? まどろっこしい態度に、こっちもイライラしてきた。


「大したことない……じゃ、おかしいのか?」

「いやいや、おかしいに決まってるだろうよ! 今あそこで苦しんでるのは工藤、俺達の仲間だろ? その仲間に対して死んでもいいみたいな言い方をするなんて、さすがに冗談にも程があるぜ?」


 さらに厳しく、咎めるような目線を向けてくる健。語尾も強まりいよいよ襟元を掴まれそうな勢いだ。

 しかし、そんな健とは対照的に俺はというと、


(はーん、なるほど。言いたいことはそれか)


 冷めた反応、言い換えればがっかりしていた。


(あの男のあんな発言を受けてもその態度とは。いやはや……ぬるい。ぬるすぎて吐き気がしてくる……と思ったが、案外正しいのかもしれんな。五元素の直系が二人、忌々しい光が一人。どれも表舞台で堂々と生きていける者達だ。仲間を助け、共に生きる。こいつらにとって、確かにそれは正しい)


 いまだ俺を目で捉え続ける健に対し、心の中で中傷したことを謝罪する。彼らはなにも間違っていない。そう、ただ理解が足りていないだけなのだ。


(さっきの言葉、一之瀬 蓮に言わなくてよかったな。やつにさらなる絶望を与えるところだったぞ。感謝してほしいものだ)


 もう、一之瀬 蓮は根底にある事実に気づいてしまった。自分がなにもかも殺めてしまう異常者だと。他のメンバーのように、優しき人の心を持っていないと。

 羨ましく思うだけならまだいい。しかし、仲間と違うことに絶望してしまったら……。果たして一之瀬 蓮は、正気でいられるだろうか。


(このままこいつらの仲がなし崩し的に崩壊するのを見るのも悪くないが、それでは目的を達成するのに少々問題があるな。仕方がない)


 まったく柄ではない。だが、俺は俺のためにこれから説明をこいつらに与えよう。ああ、俺はなんて心優しき者なのだろう。


「はぁ……。それで? 俺がどう答えればお前は満足するんだ? 俺にはさっぱりわからないから教えてくれないか」

「なにぃ? お前ふざけて」

「ふざけているのはどっちだ。何度も同じことを言わせやがって。お前は俺の発言全てを否定するつもりか。まったく、そんなんでよくも仲間なんて言葉を使えるな」

「なっ、てめえ!?」


 ようやく健の手が俺の袖元を掴む。遅すぎる激昂だ。


「に、兄さん」

「ちょっとそこの二人。なにやってるのよ!!」


 玲の叱責が飛んできても、健は微塵もその態勢を変えようとしない。いくら睨もうが暴力を振るおうが、事実は変わらないというのに。

  

(おかしくなった仲間を正気に戻すために、こいつは必死だ。だが残念だったな。元々これまでがおかしくて、今が正しき姿なのだよ)


 俺は喉に近い健の手を逆に強く握り返し、見下ろす。けれど冷ややかな目を向けるのではなく、精一杯の暖かみ溢れる視線を向けてやった。


「お前、ブラックドラゴンがどのような存在か。忘れているだろう」

「は、はあ? なにを言って」

「大事なことだぜ。ブラックドラゴンとは、死を司る竜。死のみを与えられる者が、死を望む者に死を求めてなにがおかしい?」


 そのまま軽く健を跳ねのけると、不意をつかれてバランスを崩した彼は慌てて跪いて床に手を置いた。

 俺は、そんな彼をさらに上から見下ろす。


「お前は最初から知っていたはずだ。ブラックドラゴンがどんな存在か。だがお前は、お前達はいつしかそれを忘れてしまった。なぜこんな大事なことを忘れたのか、理由がわかるか?」

「……っ」

「自分達が思っていたよりも、俺が良い奴だったからだろう。そりゃそうさ。赤子同然だった俺を、お前達が染め上げたんだからな。さぞかし心地よい友人だったろうさ」

「やめろ……」

「本来決して手に入れられない人の心を見せびらかし、押し付け、期待させるだけさせておいて、その後当然やってくる絶望に俺が苦しんでも知らんぷり。とんだ仲間だよな、お前らは」

「やめてくれ!!」

 

 堪えきれず少年は悲痛な叫びをあげる、いい響きだ。彼の感情、想い、手にとるようにわかる。わかるからこそ今俺は言っている。

 彼らのおかげで一之瀬 蓮は気づけたのだ。俺は感謝しなければいけない。だからブラックドラゴン流のお返しとして、彼らとの間の友情に死をプレゼントしよう。


(さて、そろそろトドメといくか)


 いかん、口元の緩みを隠しきれない。訪れるであろう甘美な味わいに心が躍る。

 さあ言おう。一之瀬 蓮が壊れたのはお前達のせいだと。一之瀬 蓮は、お前達を憎んでいると。全身に伝わるゾクゾク感に舌鼓をうちながら、俺はいよいよ口を開く。

 

(……ん?)


 が、突如感じた強烈な気配に、俺は反応せざるを得なかった。


(この謀ったかのようなタイミング。いやまさかな)


 情けなく口を開いたまま唖然としている三人を尻目に、俺は剣を生成して矛先を彼らに……ではなく。出入り口へと向けた。


「この話の続きはまた今度だ。お客さんだぞ?」


 これまでウンともスンとも言わなかった役立たずのサイレンが、そこに寝そべっている男のポケットからこだまする。


「嘘、だろ。さっきまでなにも――」


 なにかの間違いでは? そんな些細な期待を打ち砕く、天まで昇るようなエンジンの始動音。

 存在を訴えている。奇襲をかける絶好のチャンスを、自分からわざと手放している。

 

(完全同位体、篠宮 優奈。この人数差でも余裕あり、か。まあこの幾重にも制限がかかった体だ。いささか不利なのは間違いない)


 自分の左腕を眺めていると、前方の出入り口という名の壁にチェーンソーの刃が生える。あの黒の刃をもってして、手も足も出なかった程の壁がまるで段ボールでも裂いているかのように切り刻まれていく。

 その強烈な光景に、メンバーの体は縛られてしまった。


「みーつけた♪」


 そんな中で彼女。篠宮 優奈は満面の笑みで降臨する。


「タ、ターゲット……」

「あれ、玲。どうしたの? そんなところで固まって」


 本来すぐにでも間合いを取らなければ命に関わる場面なのに。玲は地べたに座ったままの状態で篠宮 優奈と相対してしまった。

 そんな彼女に対して篠宮 優奈は斬り捨てるわけでもなく、ずっとニコニコしながら上から眺めている。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。不意打ちなんてしないもの、私」


「不意打ちする必要がないしね」と、付け加えるのかと思ったがそれはせず、ゆっくりと篠宮 優奈はこちら側へと視線を巡らせていく。

 

「あれ?」


 しかし俺を捉えた瞬間、狂気的な笑みを浮かべていた篠宮 優奈はなにか異物でも見つけたかのように顔を歪めた。


「……おっかしいな~。私は蓮君に会いに来たのに。来る場所間違えちゃったみたい」


 いや、彼女はここに居るのが異物だともう気づいているのだ。


「なんであなた、蓮君のフリしてそこに居るの?」

「っ!?」

(一発で見抜いただと……っ)


姿はもちろん、今の俺は魔力の流れすらも完璧と言っていいほど一之瀬 蓮と同じはず。そして俺はまだ口を開いてさえいない。しかし彼女は、ものの数秒足らずでそれを見破った。


「ごまかしても無駄だよ? この私が、蓮君を間違えるわけないじゃない♪」


憎たらしい程のドヤ顔で、篠宮 優奈はチェーンソーを振り回す。

 いや、この際こいつの反応はどうでもいい。本当に問題なのは他のメンバーだ。


「蓮、じゃない?」


 健がぼそりと呟いたのを境に、疑惑の目は一斉に俺へと向けられる。


(ちっ、せっかく一之瀬 蓮の激昂を利用して偽造したというのに。これではなにもかもご破算だ)


 本来なら彼らは当然気づくだろう。ここに居るのは自分の知っている人物ではないと。だが先程一之瀬 蓮はまるで別人のように変わってしまった。その印象はあまりにも強烈で、思わず仲間であったとしても恐怖を感じるものだった。

 だから俺はそれを利用した。異常が正常である今の一之瀬 蓮ならば、俺が表に出ても不自然には見えない。だが……、


(止むを得んな)


一度でも怪しいと思われればもう終わりだ。なにせこいつらは、ここまで俺が言った言葉、行動が間違いであってほしいと願っていたのだから。実に忌々しい。

 だったらもう、隠していても無駄でしかない。計画変更だ。


「確かに、俺はお前の求める者ではない。だが、これがこの体にとって正しき姿なのだよ」

「へえ~。その言い方だとまるで蓮君のやってきたことが間違ってるって、言っているみたいだね」

「いかにも。そのような意味で俺は言っている」

「ふーん。それじゃあこれから、あなたが私と相手してくれるの?」

「その予定だが不服か?」


 なにがおもしろかったのか、篠宮 優奈はころころと笑い、次には憐れみすら感じられる蔑んだ目をこちらに向けてきた。


「フフ、あははははっ。あなたがなにをしようとしているのか知らないし興味もないけど。私が一つだけ大きな間違いを指摘してあげる」

「ほう、言ってみろ」

「あなた、自分が蓮君より強いと思ってるでしょ。 だとしたらそれは大間違~い♪ あなたは、蓮君の下位互換だよ?」


 なにを言いだすのかと思ったら。とんだ指摘に今度はこっちが笑いそうになる。

 この俺があの小僧よりも弱いだと? ありえん。あのような経験も覚悟も足りない奴に、負ける要素を探す方が難しいというものだ。


「あ~、その顔は信じてないんだね?」

「まあ、その通りだ」

「じゃあ教えてあげる。あなた今、その左腕の力を使おうとしてるでしょ? それって今のままじゃ私に勝てないと自覚してるってことだよね? ……ほら、やっぱり蓮君の方が強いじゃない」

「よくわからないな」

「蓮君は、そんな力を使わずに右手一本で私の攻撃を凌いだよ?」

「む……」


 言葉を詰まらせた俺をみて、「ほうら、やっぱり!」と篠宮 優奈は破顔した。

 実際、一之瀬 蓮が黒の刃を撃退し、ここまで来れたのは99%紋章の力のおかげである。だが、それもあいつの強さと言われれば確かにその通りなのだ。

 紋章と宿主は完全なる主従関係にある。よって紋章の力は、宿主が命じないと発動しない。だが紋章そのものであり、使われる側の俺にはそもそも発動の権限がない。その点だけで言えば俺はあいつに劣っていることになるだろう。


「ああ、そうだな。確かに俺が間違ってたよ」

「あれ、意外と素直だね。でーも、きっとまだそれだけじゃ足りないよ」

「なんだと」

「どうせあなたは、その右手の力を使えるかどうかだけが蓮君に劣ってる部分と思ってるでしょ。私が言いたかったのは~、そんな甘いことじゃないの」


 そう言って篠宮 優奈は目を見開き、この日一番の狂いに狂った笑みをみせた。


「あなたは全てにおいて蓮君に劣ってるの。それを今証明してあげる!」

(くるっ!)


 圧倒的な気配を感じとり咄嗟に身構えたが、彼女が襲い掛かってくることはなかった。しかしむしろ、襲い掛かって来てもらったほうが良かったことを俺達は知ることとなる。


「こいつは……!」


 なにもなかった空間に突如浮き上がる無数の影。最初はただの塊にみえたそれはすぐさま形を変え……ええい、一挙手一動を説明するまでもない。

 それは篠宮 優奈だった。全身マネキンのように黒色。しかし形、風貌、武器であるチェーンソーまでご丁寧に持っているそれらが、周りに大量に現れたのだ。


「ま、まじかよ……」

「そんなに驚かないで、相川君。大丈夫、こいつらは物理攻撃だけで魔法は使えないから」

「魔法を使えるのは、こ~っち♪」


 再び激しくチェーンソーを振り回した後、刃を地面に突き刺す。

 一瞬ターゲットの体が震えたかのように見えたが違った。ただ重なっていたものが分かれただけで、本体から蜃気楼のような透明な体が三体、横へスライドし実体化する。

 今度のは色つき。ターゲットと完全に一致している個体であった。

 

「……危険」


 至極当たり前のことを忠告する銀の少女。しかし彼女ほどの力を持った者が、一歩出そうとした足を後ろに退くことに全てが込められている。


「正解だよ、伊集院さん。私としても一緒にされたら困るなぁ。やっと、邪魔者を取り除けたんだから」


 篠宮 優奈が見せつけるように、片手でもって差し出したのは……全く同じ姿の人間。眠り姫のごとく目を閉じたままの篠宮 優奈だった。


「優奈ちゃん!!」


 先ほどはその名前で呼ばなかった玲が、躊躇いなく親友の名前を叫んだ。


「そういうことかよ。量はともかく、さっきの刃に堅さがなかったのは」

「そう。ずっとこの娘が必死に抵抗してきたから、思うように力が出せなかったの。同じ存在なのに、共存できないなんておかしな話だよね。でももう、それも終わり」


 ターゲットはそう言い残した後、突如篠宮 優奈の首根っこを掴んだまま地面を一蹴り。ものすごいスピードで俺達の間を駆け抜けた。

 その刹那、俺は反射的に篠宮 優奈へ向けて手を伸ばしたが、後一歩のところで届きはしなかった。


(今、無意識に手がでやがった。完全に体のコントロールを支配しているというのに、まったく)


 俺はみくびっていたのかもしれない。あいつの意志という力を。だがここまできてしまえば、それも些細なことだ。


「この娘を返して欲しいなら、頑張って奥まで辿りついてね」

「さあ、楽しい殺し合いを始めましょ!」


 篠宮 優奈の合図と共に、もはや数えるのも億劫な程の大量のターゲットが始動する。

 後に俺にとって最大級の敗北となる戦いが、今始まるのだった。

 

 

 

「あなた達は工藤 真一のそばに。あの色つきは私がやる!」

「有希!」

「……傍に居れなくて、ごめんなさい」


 そう言い残した銀の少女は、周辺の敵をいなしながら群れという群れの中に消えていった。

 光とは本来、誰かを照らし誰かを導くもの。有り体に言えば誰かを守るためにある。しかし彼女はその職務を放棄した。放棄せざるを得なかった。


(一人であれと戦う気か。ま、現状最良の選択だが、必ずしも最良の選択が最良の結果に繋がるとは限らないんだぜ? 銀ピカさんよ)


 銀の少女を追うことはせず、適当にやられない程度に戦いながら俺は残された二人を見る。

 先ほどの黒の刃と同様、健はショットガンタイプの武器を乱射。これだけの数だ。狙いをつけるまでもなく、ただトリガーを引けば間違いなく命中する。


「くそっ……くそっ!!」


 が、ひるみはしてもターゲットが即時粉砕することはない。黒の刃とは比較にならない程の耐久力。加えてショットガンタイプは連射速度に欠ける。一体倒す頃には二体も三体も押し寄せてくる状況で、次第に健とターゲットとの間の距離はなくなっていった。


「このっ!」


 堪えきれずすぐさまマシンガンタイプに武器をチェンジするも、ショットガンで破壊できない相手だ。今度は時間稼ぎにもならない。急激に強まったターゲットの勢いに、健は反射的に萎縮してしまった。


(おいおい、あいつまさか)


 奴が次に精製したのは炎をまといし炎剣……よりにもよって近距離武器だった。


(バカのバカは治らんか!)


 まさに愚の骨頂である。中長距離に特化している者がわざわざ近接戦闘を望んでどうする。多少慣れているのならまだしも、あいつの場合は違う。全くの初心者、これは推測だが先程の一之瀬 蓮の戦いをみて、咄嗟に出してしまったのだ。


「ちっ!」


 ここでお前がやられては、我が計画に支障が出るだろうが。

 すぐさま俺は、手にもつ剣を健の眼前に迫るターゲット群に向かって投げようとする。が、


「バカ!!」


 力の籠った金の少女の叱責に、俺は引き留められた。

 同時にターゲット群が一斉に凍りつく。そして目を見開き、剣を構えたまま固まる健に、さらなる叱責がたたきこまれる。


「なにぼーっとしてるの! 撃ちなさい!!」


 単純明快な指示。例え気が動転していても、長い長い年月をかけてその行為が染みついている彼は、少女の言葉に動かされる。


「っ!!」


 たった一度、トリガーを引くのみ。それだけで先程あれだけ苦戦させられた色なしのターゲットは砕かれ、殲滅される。

 絶望的にみえた戦いに、偶然によって初めて手ごたえを得られた瞬間だった。


「あんた忘れたの!? あんたの持ち味は一定の距離からの重火力攻撃でしょ! それなのにわざわざ敵を懐に入れて……バカなの!?」


 少女のいわゆるマジ切れというものに打ちひしがれ、少年は本当に一瞬だけ目を瞑った。その一瞬になにを考えたのかはわからない。ただ、その時確かに、相川 健人の口元は笑っていた。


「悪い、こんなに大バカ野郎で。けどもう大丈夫だ。お前の氷があれば、こいつらは倒せるってわかったからな。こっからも頼むぜ!」


 しっかりと握られた大型の重火器を構え、健は玲へ視線を向けないまま応える。


「なに急に指図してんのよ。それと、そんな当たり前のこと言わないでよね!」


 健が玲の方を向かなかった理由はなんとなくわかったが、あえて深く考えないようにした。二人に見惚れていた俺に遅いかかるKYなターゲットを、腕だけ振るい吹き飛ばし、柄にもなく思いにふける。


(あれほど一之瀬 蓮が欲しがるのも、わかってしまうのが恨めしい)


 これは全て、なんの意味もない冗談である。

 とにかくあの二人はもう大丈夫だろう。偶然とはいえ、お互いに協力して一から見つけた弱点だ。俺が気にしなくても戦えるだろうし、いざという時には紋章の力もある。


(成長おめでとうってか。それじゃまあ、場所を移すとするか)


 彼らの元を離れ、最初に相対したターゲットに放った一撃は、どこか無駄に力が籠っていた気がした。






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