第二百十五話 王の紋章~背景という名の宿命~
「これを付けて」
なんとか工藤の水分補給を終えて、そろそろ動き始める空気が流れた頃。伊集院が――いや、口にしないところで堅苦しいのはやめよう。
ユッキーがなにやら薄っぺらいシールのようなものを手渡してきた。
「なんだこれ?」
「シール」
「いや、その通りだけどさ。ただのシールなのか?」
「ただのシール。けれど特殊な術式を施してある。それを付ければ言葉を口に出さなくても、同じものを付けた相手と心の中で会話をすることができる」
「心の中で会話って。それテレパシーじゃないか。すっげえ、そんな魔法もあるのかよ」
色々な奴の魔法を見てきたが、そんな術式は聞いたことがない。というかやっぱりただのシールじゃないじゃないか。
「あーもしかして、蓮に聞かれないためか」
「そう。不本意だけれど、今の兄さんにはあまり話さない方がいい案件が多くある。そのためにこれを使う。もう柳原 玲と工藤 真一には渡した。後はあなただけ」
言われて玲の方を見ると、確かに首元に同じシールが貼ってあった。
親友に堂々と隠し事か。正直引け目を感じるが、多分みんなも同じだろう。俺だけ逃げるわけにはいかねえ。
「これ工藤にも付けたのかよ」
「ええ。言葉を発するのが辛くても、心の中で思うぐらいならできるはず。意識が続く限り、彼には説明をしてもらう。その義務が彼にはある」
さすがはユッキー。容赦がない。まあ、実際問題ごもっともな話だけど。
あいつがなにかを告げたせいで、蓮がおかしくなったのは明白だ。事の顛末を知らないまま戦えば、なにか大事なものを失ってしまうような気がする。それに――
(俺も聞きたいこと、あるしな)
いまだ床に寝そべったままの工藤を横目にやりながら、俺はシールを首に貼った。
『これでメンバーは揃った。確認のため、全員名前と一緒に返事を』
『柳原 玲、OKよ。バッチリ聞こえてる』
『相川 健人、問題なーし』
『工藤 真一。いまのところは大丈夫そうです』
(お、本当にいつも通りの口調で喋れるんだな)
あきらかに苦しそうな姿でのその安定した物言いには、なにかシュールさを感じる。
『伊集院 有希、問題なし。これで確認は終了。ではまず……あっ』
『ん?』
急に言葉を詰まらせたユッキー。もしやと思い机に伏せていた蓮の方を見ると、案の定あいつは片目だけを覗かせて俺達のことを見ていた。
「準備は、終わったのか?」
「は、はい。一応あらかた終わっています」
先ほどから蓮に対して、妙にユッキーが萎縮している。俺の知らないところでなにかあったのだろうか。
「そうか。ならすぐに始めよう。一刻も早く進んで、工藤の毒を解かないといけないしな」
むくりと上体を起こし、無愛想な表情で蓮は言う。
なんとまあ感情のこもっていない、適当な言い方だ。もはや誰かに言わされているだけのような気さえしてくる。
(そんなんじゃ気合入らねえよ。まあ今のお前に言っても仕方ないか)
一応ユッキーにお伺いの視線を送ると、すかさずテレパシーが返ってきた。
『今、兄さんに反抗的になるのは得策ではない』
『だろうな。まだ工藤の名前が出ている内は安心だろうし』
『おや、いつのまにか良い基準になっているんですねぇ、私は』
『俺らが言うならともかく、お前が言うなよ。そもそもお前の』
『こら、喧嘩しないの二人とも。とにかく今は合わせるわよ』
気づかれない程度に小さく頷きあった俺達は、それぞれ蓮の言う通り戦闘態勢に移った。
「よっこいしょっと」
『いやはや、苦労かけますねぇ』
「おわっ!?」
「どうした健。なにかあったか?」
工藤を担ぎ上げようとした瞬間、いきなりテレパシーを送られて思わず声をあげてしまった。
「いや、問題ねぇ。想像以上にこいつの体が熱くてびっくりしただけだ」
「そうか。ならいいけど」
そこで興味なさげなところが、色々物語っている気がする。今回ばかりはそれに助けられたけど。
『たくっ、こんな体なのにいきなり呑気な声をあげるなよ。ギャップがありすぎてびっくりするわ』
『これは失礼しました。ですが一応、礼儀ですので』
本当にこいつは高熱をだしているのか? 実はこの体は工藤のものじゃなくて、本物がどこか別のところからアフレコしているんじゃないだろうな。
『しかしまあ、あなたにこうして助けられるとは。それも何度も』
『なにが言いてぇんだよ』
『いえ、謝らないといけないと思いまして。最初の頃、あなたや柳原さんにはひどいことを言っていましたから、私は』
急に真面目なことを言い出す工藤に、少々リズムを崩される。
(最初の頃というと、Bランクドラゴンはターゲットと戦えない、だったか)
他にも色々言われた気がするが、その中でもこれが一番記憶に残っている。
(でもさ、工藤。今ならわかるんだよ。あれは単に、俺達二人の実力から危険と判断しただけなんだよな)
もしあの時の忠告がなかったら、最初の一戦目で命を落としていたかもしれない。実際二戦目で俺達は痛い目に遭ったし。
(お前は結局、いつも俺達のことを気にかけてくれていた。それが偽物だったなんて、俺には思えないし考えたくもねぇ)
(なにをやったか知らんが、つまりは今回のこともお前は蓮のためにやったんだろ? 誰がなんと言おうと、これがバカな俺の結論だよ)
手を後ろに回してしっかりと工藤の体を固定し、準備を整えてから俺はテレパシーを返した。
『そんなことも、あったっけな。けど、そういうのは色々全部終わってからにしようぜ。今は頑張って俺にしがみついてな』
『……ありがとうございます。お願いします』
こいつ、こんなに素直な奴だったっけ。
あれこれ考えている間に、目の前では蓮が詠唱を始めていた――
「解析、完了。いくぞっ!」
教室から出てすぐに、蓮はターゲットの刃の大軍へ真正面から突っ込んでいった。
(おーお、すげえ。ていうかなんだあれ?)
こうして後ろから眺めていると、その無茶苦茶な強さがよくわかる。
剣を振るうたびに、バッサバサとおもちゃのように斬りおとされていく刃。それぞれ一つずつ不規則な動きをしているはずだが、完全に全ての動きを読んでいた。
(あれが、ブラックドラゴンの力の片鱗かよ)
傍から見ればもはや刃の動きに合わせているのではなく、刃が蓮に合わせているかのような錯覚を抱かせる。本当ならどんな初心者設定だよ、それ。
『あんなのみてると、この戦闘がえらく簡単なもののような気がしてくるな』
『そんなに凄いの?? まあ、後ろから聞こえてくる音で大体わかるんだけど.』
『ああ。チートだよチート』
玲とユッキーは後ろの刃を相手しているので直接は見れていないのだが。この、大量の金属片をばら撒いているかのような音を聞けば安易に想像はつく。
(なんていうか不謹慎だけど。あの刃共が可哀想にみえてくるぜ)
そう感じるのは単に蓮の力が突出しているから、という理由だけではなかった。
『あいつ、めっちゃ楽しそうだな』
『楽しそうって……』
『いやほんとほんと。笑い声は聞こえないけどさ。あいつ今、すっげえハツラツとした顔で戦ってるよ』
蓮は笑っていた。子供のように無邪気にはしゃいでいた。あんな弾けた笑顔、俺がゲームに夢中になっている時だってそう見せることはないぞ。
こういうのを、狂喜というのかな。むしろ、狂気と言った方がいいか?
『さて、その蓮のことをこれから話すわけだけど。そっちの方は大丈夫なのか?』
『問題ない。攻め込むわけではないし、最低限の防御なら私と玲で事足りる』
『そうね。油断はできないけど、こうして通信するぐらいなら問題ないわ』
はて、いつのまにユッキーは玲のことを下の名で呼ぶようになったのだろうか。
『では、これより工藤 真一に対する質問と、兄さんに関する話し合いを始める。誰か意見のある者は』
『玲、お前からいけよ』
『えっ、私?? いいの?』
『レディーファーストだよ、レディーファースト。どうせみんな聞くんだし、気にすんなって』
随分と前から、玲がそわそわしていることは知っていた。理由としては他にも、ユッキーからの場合いきなり喧嘩に発展しそうな気がしたから、というのもあるのだが。
『そ、それじゃあ遠慮なく。私からは、あなたが蓮君に一体なにをしたのかを聞くわ』
(ま、やっぱりそれだよな)
その質問の答えこそ、俺達が当事者になるために必須のものだった。
『なにをした、ですか。そうですね。言うなれば私は、一之瀬さんの決意と信頼を踏みにじりました』
『決意と、信頼?』
『はい。一から十まで説明すると長くなるんですが。私はあの時、一之瀬さんに自分を置いていくように告げた、と言えば想像はつきますかね』
『置いていくようにって、まさかあの教室に!?』
玲が語尾を強めて聞き返す。無理もない。俺も同じ気持ちだ。
つまり、仲間が死ぬのを容認しろってことだろ? なんてバカげた指示なんだ。
それにこいつはわかっているんだろうか。その発言が同時に、お前には自分を助ける力なんてないと言っていることを。
『なんつう惨いことをしてくれたんだ』
『そうですね。自分でもそう思います』
(自覚はあるのかよ。余計にタチが悪いな)
大体お前は、そういう発言をする奴を諭す側の存在じゃないのか。
色々納得できないところがあるものの、どうやら今のが信頼に当たる部分らしい。
『じゃあ俺からの質問として聞こうか、もう一つの決意について。なにか蓮とあったんだろ? この一連の戦闘が始まる前に』
『鋭いですね、その通りです。ただ如何せん説明がしにくいのですよ。どう言いましょうか……この戦闘を勝ち抜き、特定の条件を満たせば私にとって得になる、というような発言をしてしまったとしか』
『??? 意味がわからねぇんだけど』
『そうですよね。今のは私の言い方が悪かったです。もうこの際、もっと初期段階の話からした方がいいか……』
『ん?』
『いえ、なんでも。それで提案なんですが、どうもうまく説明できないので違う方向からいってもよろしいですか? おそらく伊集院さんは私の行動理念を聞こうとしているでしょうから、そちらから』
『!?』
図星だったのか、ユッキーは一瞬肩を震わせた。
『返事がないということは、当たりのようですね。私としてもまず事前の状況を知ってもらわないと発言についての説明がしにくいですし、こちらからいかせてもらいますよ?』
『勝手に、すればいい』
どこか気に喰わなかった様子のユッキーは、八つ当たりのごとく目の前の黒の刃を乱暴に弾き飛ばした。
『ではお話します。行動理念、つまり今までの私のとってきた行動は、全て竜王シリウス様より承った一つの命令に従ったものです。一之瀬 蓮が竜王へとなるためのサポート。それが私の行動理念です』
『竜王様からの命令が、蓮君を竜王に? え、どういうこと??』
玲が混乱している。というか俺も混乱している。
いきなり話がぶっとびすぎていて、訳がわからなかった。
『そう難しく考えないでください。シリウス様は息子である一之瀬さんに、竜王の座を継がせたいと思っている。と、こう言えばわかりやすいですか?』
なるほど、今度はぐっと理解しやすくなった。いわゆるあれだ、自営業でやってる店を息子に継がせようとするのと同じか。スケールはだいぶ違うけど。
『ああ。それならわかるな』
『納得していただけて幸いです。では次に進みましょうか。これまでの私の行動は、一之瀬さんを竜王にするための手助けというわけですが。そもそも竜王になれるのはどんな方なのか知っていますか?』
『竜王になるための資格ってこと? それはやっぱり、現竜王であるシリウス様の子供……』
『伊集院さんにはその資格がない、といえば答えはそれじゃダメですよね』
『えっ』
『なに?』
俺も玲も、かなり意表をつかれた。てっきり竜王の血を引く者とばかり思っていた。
(ユッキーは正真正銘竜王の娘のはず。なのに資格がない、だと)
『先程の息子という言葉を聞いて誤解したかもしれませんが、別に竜王の直系でなくとも条件さえ満たせば誰でもなれるのです』
『竜王になれる条件……。そんなの聞いたこともないけど』
『はい。これを知ったのは私もごく最近です。竜王になるための資格は大きく分けて二つ。一つ目は突然変異体であること。そして二つ目は「王の紋章」を宿していることです』
『王の、紋章?』
ここまでコメントを控えていたユッキーが、誰よりも先に声をあげた。それも疑問形、初めてのワードを聞いたような反応だ。
『やはり伊集院さんでも知りませんでしたか。無理もありません。なにせ超がつくほどの機密事項でしたから。私も辿り着くのにかなり犠牲を払いましたよ』
苦労とかではなく、犠牲。その表現にいささか不気味さを感じるけれど、今は聞かない方がいいだろう。きっと時間のことだ、うん。
『正直、私からしたら一つ目も二つ目も知らない単語なんだけど』
『順に説明していきましょう。まず一つ目の突然変異体ですが、細部まで知ろうとするととても難しくなるので端的にいいますと。両親が持つ属性とは全く別の属性を持って生まれた個体のことです』
『全く別の属性……つまり両親の属性を受け継がなかったってこと?』
『その通りです。これは一之瀬さんやその父君であるシリウス様を例にみればわかりやすいですね』
『一之瀬さんは闇属性。シリウス様にいたっては不明となっていますから。どれもあきらかに通常は生まれない属性です』
『そうか。伊集院さんに資格がないっていうのはこれのことなんだな?』
『ご名答。伊集院さん、それに一之瀬さんの母君は聖属性を持つ方でした。ご覧の通り、伊集院さんはしっかりと受け継いでいる。突然変異体ではないのです』
ここでようやくユッキーに資格がないという理由がわかった。つまるところ蓮は、誕生した時から竜王への道を歩んでいたということか。
『突然変異体は生まれながらにして、圧倒的な魔力の素質を秘めています。ああ、だからといって伊集院さんが劣っているということではないんですよ。あなたもまた、素晴らしい才能をもっている』
『別に、気づかいなんていらない。自分の力の度合いは自分がよくわかっている』
『そうですか。まあ事実を言っただけですがね。話を戻しましょう。これは突然変異体が条件に入っている理由になるのですが。もう一つの条件にある、王の紋章を宿すのにそれだけの器が必要だということです』
『ふむ。それぐらいの並外れた存在でないと、その紋章は持てないってことか』
『なんだかそこまでいくと、本当にあるのかも疑わしいレベルね』
確かに。そもそも俺や玲はともかく、ユッキーまで知らないとなるともはや都市伝説と言われても信じられる気がする。
『存在に関しては間違いありません。これまでとこれからの説明はすべて、竜王様からの確認がとれたものですから』
『竜王様直々のお墨付きってか』
『ええ。これ以上ない判断材料でしょう?』
実際の工藤は目を開けていることも辛い状況だが、もしも五体満足な体だったら絶対ドヤ顔をしていたと思う。どちらにせよ、反論もできなかっただろうが。
『この王の紋章、はっきり言ってとんでもない代物です』
『だろうな。これだけの制約があってショボい力なわけないわな』
『いえいえ、多分皆さんが想像しているものの比じゃないですよ? なにせその力は、一度だけ世界を作りかえることができる、というものなんですから』
『……は?』
『え?』
『っ!?』
一瞬にして、俺達の動きは止められてしまった。
この回は元々未完成の状態だったものを分割したものです。続きはまた後日に更新します。