第二百十四話 未熟者の黒き竜~脱落、裏切り、崩壊。ただそれだけ~
更新期間&量が長くなってしまいました。申し訳ありませんm(_ _)m
次々と襲い来るターゲットの刃に対し、俺達は円形に広がりそれぞれで全方向をカバーしながら抵抗する。
今のところ、それで自らの身を守ることはできていた。だがこの数相手ではそこまで。抵抗はできても打開ができない。
「おい、このままじゃ――おらぁっ! ここから動けねぇぞ」
「健、左!」
「おっと、サンキュー。そういうお前の右からもきてる!」
左手の銃でかたっぱしから黒の刃を撃ち落としながら、健はもう片方の銃で玲へと迫る刃をぶち抜く。
「ありがと健!」
「いいってことよ。それよりほんとどうすんだ。このままここに居るわけにもいかないんだろ?」
「そう、だなっ。フンッ!――けど、これだけ来られると」
もはや現状維持が精いっぱいで、とても動けそうにない。
仮にここで全消しを使ったとしても、すぐにまた新たな刃で溢れかえるだろう。
「致し方ありません。ここは陣形を変えましょう。伊集院さんは強度優先で障壁を展開。迎撃は前後を挟むようにして私と相川さんが担当します。柳原さんは我々の補助を。確か相手の攻撃速度を落とす魔法がありましたよね?」
「え、ええ。あるにはあるけど。でもこれだけの数をいっぺんにやるのは無理よ?」
「それで構いません。できる限り止められればOKです」
「あれ、俺は?」
一向に名前が挙がってこないので、思わず尋ねる。すると、
「一之瀬さんは私と相川さんが打ち損じたものを処理してください。これぐらいなら魔法を使わずともできるはずです。くれぐれも、安易に紋章の力を使わないように」
釘を刺すがごとく、工藤に言われてしまった。
口にはしないものの、やはりさっき勝手に使ってしまったのを怒ってるんだろうな。この戦いが終わったら、謝っておこう……。
「せいっ!!」
耳障りな音を鳴らしながら、束になって襲ってくる刃をまとめて薙ぎ払う。
やはりこいつら、そこまで耐久力がない。ターゲットの攻撃にしてはいささか不安になる弱さだが、おかげで俺でもなんとかやれている。
(最初はどうなるかと思ったが、これなら…… あれ?)
その時ふと、工藤が視界に入る。
それも珍しい場面だった。絶え間なく放たれる矢によって刃が次々と撃ち落とされていく中、一本だけ標的を外れてしまう。
結局すぐさま武器を剣に変えて対処するのだが、工藤のミスなんてなかなかお目にかかれないものだった。
「ふぅ。さて、ではいきますよ」
「おっと」
「陣形変更です。行動開始!」
「「「了解!!」」」
合図と共に、散らばっていた各々が中央へと集まる。
「障壁展開、優先を強度へ設定――今回の耐久力は保証する。それでも、なるべくダメージは抑えた方が無難」
「わかってますよ。相川さん、柳原さん、そして一之瀬さん。いきましょう」
「おうっ!」
「ええ」
「全力でいくさ!」
有希を中心にして、前を工藤、後ろに健が陣取る。その間に玲と俺が控えて、回転しながら全方位に対応。サポートに回る。
見ての通り、この陣形は工藤と健の負担が凄まじい。確かに相手の力はそこまでだが、今まで5人が受けもっていた量を2人で賄えるものなのか? 不安だ。
「そちらは頼みましたよ、相川さん」
「まかしとけって。だてにここまで特訓してきたわけじゃないからな」
俺の心配とは裏腹に、健の言葉には余裕があって、堂々としていた。
それは開き直りでもなんでもない、真の自信。
その理由を、俺は瞬く間に知ることとなるのだった。
「さあ、カーニバルの始まりだぜ!!」
一発の乾いた銃声を皮切りに、マシンガンかと思うほどのスピードで弾丸が放たれる。
それも全弾必中。これだけの大量の刃が怒涛の勢いで撃退され、健たった一人に距離を詰めることができなくなっていた。
だがしかし、健の猛攻はこれで終わらない。
「ちっ、さすがにこれじゃ抑えるだけで精一杯か。――我願う。喰らう奴らは散りじりに。火は花火の如く、熱き弾丸の雨を降らせん」
(あれだけ撃ちながら詠唱!?)
刃を撃ち落とすスピード、精度は変わっていないにも関わらず、健はなにも苦とせずに詠唱を行っていた。
両手に持つ銀の二丁銃が、徐々に赤い光を帯びていく。
「ぶちのめせ! ブレイズバレット!!」
ほぼ赤い玉になりかけていた銃を、合掌するように胸の前で合わせる。
すると、一つになった赤い玉から新たに姿形を変えた銃――大きな銃口、重量感あふれる、黒色の大型ライフルが姿を現した。
「この威力、存分に味わえっ!!」
もはや爆発に近い銃声を轟かし、放たれる無数の弾丸が有象無象のターゲットの刃を容赦なく叩き潰す。
(す、すげー!)
その光景は圧巻だった。撃つ速度は先程よりだいぶ落ちるも、その分威力が桁違い。たった一発で、視界いっぱいに広がる大量の刃を駆逐していた。
そう。言うなれば、これは破壊力満点のショットガン。
粉砕された刃達が、キラキラ輝きながら飛び散っていく。なんてことだ。俺達は襲われている側のはずなのに、逆に健が押し返し始めているじゃないか!
「よし、少しずつならこっちから移動できるぞ! それと蓮と玲は工藤の方を重点的に援護してくれ。ここは俺だけで事足りる!」
「事足りるってあんた……」
「さすがですね。では、そちら側へ動いていきましょう」
陣形を保ったまま、ゆっくりと健側へ移動を開始する。
いやしかし、まさかもう停滞期を打開できるとはな。元々動くためにこの形をとったとはいえ、こんなにもはやく動けるようになるなんて。
「それで、今からどこにいけばいいの?」
「あ……」
そうだった。移動ができても、俺達にはまだ目的地がない。
工藤の言う通り、外はターゲットによって細工をなされている可能性が高いだろう。無論、一般生徒の居る体育館は論外。
俺達に必要なのはターゲットの手が及んでおらず、かつ戦闘を行うのに充分な広さの場所だ。
(そんな都合のいい場所、あるわけ――)
その時、俺はふと部室で交わしたターゲットとの会話を思いだす。
『ちょっとしたお願いだよ。以前同胞のエフィーを倒した時、なにか形に残っているものを手に入れたと思うんだが』
(エフィー……。そうかっ、あそこなら!)
脳裏に浮かぶ、長い通路の先にあった広い空間。記憶にはないが、俺が色々ぶっ壊したせいで体育館並みの空き部屋になったらしい場所が、そこにはあった。
「なあ、行くところがまだ決まってないなら天使回廊に行ったらどうだ? 確かあの先に、広い場所があっただろ」
「あーそういやぁ、そんなところもあったっけな。おりゃあっ!! ……けど、ここからだと結構遠いぞ」
確かに、ここからあの場所まではかなりの距離がある。なにしろあの長い実習棟の廊下をつきあたりまで。さらに追加で天使回廊も抜けなければいけないのだ。
普段でもなかなかの距離なのに、今のこの状況だと果てしなく遠く感じる。
「でもあそこなら、そう易々とは侵入されてないはずよね。あ、蓮君そっちお願い!」
「まかせろ!――よしっ。どうだろうみんな。他にアイディアがないなら俺はいいと思うんだけど」
「そうね、私は賛成。ていうかもう他に条件に合う場所なんてないでしょ」
「ま、そう言われると反論できねぇんだよな。OK。俺もそれに乗るぜ。ちと遠いが、不可能ってわけじゃねぇ。それなら突き進むまでよ!」
「私も、異論は特にない」
結局、みんなすんなり賛同してくれるのだった。
まあなにも思いつかないというのが、理由の大半を占めているのだろうが。
(よし。後は工藤か)
最後に工藤からの許しがでれば、いよいよ目的地の決定だ。
「工藤。これから天使回廊に向かうってことでいいか?」
「……」
「工藤?」
あれ? 問いかけても工藤はなんの反応も見せない。
まるで聞こえていないようで、変わらず一心に矢を放ち続けている。もしかして、会話をする余裕がないほど追いつめられているのか……?
(いや、おかしいだろ。今はかなりの強度の障壁があるし、それに俺と玲も援護してる。そこまで切羽詰まってはいないはずじゃ)
実際今なら、ほんの少しの間手放しでも障壁が守ってくれるはず。なにより自分の中の工藤真一という男の実力と、状況とがかみ合わなかった。
おかしい。なにかがおかしい。そう思った俺は工藤の元へと近づこうとする。
が、その時決定的な瞬間が訪れる。
「えっ」
それはあきらかに不自然な光景だった。
今、玲が近くの刃を凍らしたのに、工藤はそれを狙わず別の刃を射たのだ。
さっきまで、凍った刃を優先的に狙っていたのに。あえて後回しにしたという可能性もあるが、それにしては時間が経ちすぎている。
(あいつ、なにして。あっ!)
案の定、時間の経過により刃を覆った氷が溶けだす。
しかしそれでも工藤は別の刃を攻撃し続けた。気にする素振りを、みせようともしないで。
(おいおいふざけんなよ!)
そんな馬鹿な。まさかあいつは気がついていないのか??
そうこうしているうちに、完全に氷が溶けきった刃は動きだし、障壁へと突き刺さる――やばいっ!
「兄さん!」
「わかってる!!」
俺は全速力で駆け寄り、小さなヒビを作ろうとしていた刃を砕いた。
いくら障壁があっても、限度はある。これ以上放置していたらどうなっていたことか。
「あ、危ねぇ。おい工藤! おま、え……」
すぐさま振り向いて工藤を見た瞬間、俺は絶句してしまった。
「え、え……?」
そこに居たのは頬を赤く上気させ、もうろうとした目で矢を打っている工藤だった。
尋常な量じゃない発汗。苦しそうな息。
なんだよこれ。なんでこんなことになってんだよ!?
「移動中止、緊急退避! 全員そこの教室へ」
「なんだと!?」
「どうしたの?」
「いいからはやく。早急に工藤真一の対処が必要。私が時間をかせぐ、三人は彼を連れて中へ」
俺の様子から事態を察したらしい有希が、すかさず指示を飛ばす。
当然ながらそれに動揺する玲と健。しかし工藤の名前が挙がった途端、すぐに緊急事態ということは把握したようだった。
「なんだか知らねえが、わかったっ。なら急ぐぞ! 蓮、そっちの肩持て」
「お、おうっ」
「……って、なんで矢打つのを止めないんだよこいつは!?」
俺と健が肩に手を回そうとしても、工藤は一向に態勢を変えない。そして、変えることもできなかった。
どれだけ俺達が動かそうとしても、反抗するが如く力が働く。
(工藤、お前……)
いつ倒れてもおかしくないはずなのに。恐ろしいまでの工藤の執念。意地。
俺は身震いがした。
「なんつうバカ力だ、びくともしねぇ。こうなったら……玲! 鎖の部分をこいつの体に巻きつけてくれ。俺と蓮で無理やりにでも引っ張っていく!」
「わ、わかったわ」
「よし。一気にいくぞ、蓮。これ以上は多分やばいからな」
「ああ、わかってるよ」
その意地を、今は尊重するわけにはいかない。
こうしている間も、容赦なく刃は有希の障壁を襲っている。周りを見渡せば隙間を埋めるように刃が突き刺さっていき、もはや真っ黒色に染まろうとしていた。
「有希、まだいけるか?」
「現在優先度を強度から範囲に変更中。臨界点までの時間を逆算……少し足りない。でも」
そこで有希は、俺達の方を向いて不敵な笑みをみせた。
「必ず、持たせてみせる」
そう言って、すぐにまた正面へと向き直る有希。
実際のところ、本当はもうギリギリのはずなのだ。先程までとは違い、近くの教室まで障壁の範囲を広げているせいで、強度はかなり落ちている。
「OK! 準備できたわよ」
「よっしゃ。じゃあいくぜ!」
「おう!!」
それでもなお、いけるというのなら信じるしかないだろう。
くさり鎌の持ち手をしっかり握り、俺と健は一斉に力を込めた。
「おりゃああああああ!!」
「せやああああああ!!」
玲が先に行って開けてくれた扉の先へ、俺達は全力ダッシュで駆け込む。
運ぶのは所詮工藤一人。男二人の力をあわせれば、もはや必要なだけの力をゆうにオーバーしていた。
「守ってばかりと思うな――フキトベ」
なんとか無事に避難した矢先、窓の先の景色が眩い光で埋め尽くされる。
すぐさま鳴り響く轟音。床がゴトゴトと揺れ、さらに至るところでなにか固いものが壁にこすれる金切音が響き、まるで悲鳴のように聞こえた。
「任務、達成」
そしてそれらが寝静まった後、悠々と有希が教室へと入ってくる。
息一つ乱さない有希。一瞬、なにか言いたげに俺と目をあわせたものの、すぐに反対を向いて再び詠唱を始めるのだった。
「障壁を再構成。範囲を壁に限定。強度を限界まで優先――」
「そうか。足りなかった分、障壁に続く術式を構成する魔力で補ったのか。新しく障壁をつくる時間はなかったし……。毎度ながら恐ろしいまでの発想力だぜ」
なにがなんだかわからないが、とりあえず有希が頑張ってくれたらしい。
おかげでここは、さきほどとは打って変わって安全な空間になっていた。
「工藤。聞こえるか、工藤!」
「ん……、ええ。ちゃんと、聞こえて……ます、よ」
床に横たえた工藤に呼びかけると、いまにも消え入りそうな声で工藤は答える。
やっと返事をしてくれた。俺はほんの少しの安堵を覚えたが、すぐにそんなものは吹き飛んでしまう。
「なんだよこれ、ひどい熱じゃないか! 一体なにがあったんだ」
工藤の額に手を置いた瞬間、あきらかに熱を帯びているのがわかった。それも尋常じゃないほどに。
「……ターゲットの、毒」
「え?」
「少なくとも戦闘前の工藤 真一に健康上の問題はなかった。変わったとすれば、その傷。おそらくそれが原因」
有希が指し示したのは肩の傷。工藤が俺を庇った時に負った傷だった。
「そんな……。じゃあ工藤は、あれからずっと熱出しながら戦ってたっていうのか?」
「それは違うと思う。あの様子から考えると、傷を負ってしばらくは自覚症状がでなかったと思われる。だから彼も、私達も気づけなかった」
第一工藤ともあろう人物が、みんなの生死に関わる重要なことを隠すとは思えない。幾分ニュアンスは違うが、有希はそういう風な言葉をさらに付け加えた。
「くそっ、なんてこった。……それで、治せるのか?」
一番聞きたかったことを、単刀直入に聞く。
有希はすぐに首を横に振った。答えはNOだった。
「私は外的損傷は治せても、内部……病気等までは治せない。それにこれは通常の風邪などとは全く違う。あくまでも、ターゲットによる魔法の効力」
「まさか、それって」
「この魔法を解く手段がない以上、元を断つしかない。ターゲットを倒す。それだけが彼を救える方法」
有希はそう断言し、みんなの視線が工藤へと集まった。
ただ苦しそうに白い息を吐きだし続けるこいつを、それぞれ色々な思いで見つめているように感じる。
その中でも俺は、
(なにやってんだよ俺! あの時もっと周りを見てればこんなことには。それにおかしいと思った時に行動していれば。くそっ。せっかく工藤が頼ってくれたってのに、なにもかもぶち壊す気かよ)
後悔と、申し訳なさと。そして自分の不甲斐なさでいっぱいだった。
「一之瀬、さん……」
そんな時、工藤は震えるような小声で俺を呼ぶ。
「ん? どうした工藤」
すぐに俺は工藤へと耳を近づける。
ほんの少しの間目を瞑り、気持ちを落ち着かせた工藤は静かに話し始めた。
「仕方が、ありま……せん。私はこれ以上、戦え……んっ、ないでしょう」
そして、その男は言う。
「私を……、ここに、置いていって……くだ、さい」
「……は?」
――イマ、コイツハナントイッタ?
(え、ちょっと待てよ。え??)
俺は唖然とした。というより混乱した。一瞬、テレビのリモコンの消音ボタンを押したように周りの一切の音が消え、頭の中が真っ白になった。
(置いて、いけ?)
心の中で、一人復唱する。何度も、何度も何度も。
そうやって繰り返すうちに、だんだんとある感情が浮かび上がってくる。そしてそれが真っ白な頭の中を赤黒い、見るからに醜いもので埋め尽くしていく。
「そ、そんなこと、できるわけないだろ。俺のせいでお前がこんなことになったのは謝る。いくらでも謝るから、後は俺達に」
「……一之瀬、さん」
俺は足掻いた。それ以上言わせないようにと一心で、抵抗していた。
その先を聞いて、堪えられる自信がない。やめろ、やめてくれ。こんなところで、俺を突き放さないでくれ……俺は何度も祈った。
なのに――
「もう、いいん……ですよ」
「!!」
この男は、いつも通りの微笑みを浮かべながら盛大に裏切ってくれたのだった。
「なにを……」
――怒、怒、怒、怒、怒
もう止められない、止まらない。怒りが爆発的に増えて一気に限界を超える。
気づいた時にはもう、俺はブチ切れていた。
「なにを言ってるんだお前はああああああああっ!!!」
教室内に突如轟く怒声。健も玲も、あの有希でさえもが目を見開いて驚いた。
だが関係ない。知ったことか。そこに居るのが病人だということを無視して、俺は工藤の胸倉を掴み、睨みつけた。
「お前……、自分がなに言ってるのかわかってんのか?」
自然と揺れてしまう声。あきらかに怒りを含んだ俺の声を聞いても、工藤はその生暖かい笑みをやめない。
俺はさらに、両手の力を強めた。
「だいじょう……ぶですよ。忘れたのですか。竜、族は、はぁ、はぁ……そう易々と、死にませんよ」
それを聞いた俺は、真っ先に有希へと目を向ける。
びくっと体を震わせる有希。なにか悪いことをしたわけではないのに、俺は無意識に彼女にも厳しい視線を送っていた。
「た、確かに竜族の回復力、頑丈さは人間の比ではない。けれど、それはあくまで外的損傷の話」
「内部の異常には人間同様、弱い。よってこれ以上症状が悪化すれば充分に命を落とす可能性はある。そして、私がここから移動すれば部屋の外に張った障壁もなくなる。そうなれば……」
「確実に死ぬ、だろ?」
普段よりもずっと低い俺の声に、有希は目をパチパチとさせながら二度頷く。
ほうら、みろ。これで確定だ。今さっきこいつが言ったことは、つまりはもう自分は戦えないから居ても邪魔だ。だから棄てていけ、ということになる。
「フフ……、クックック」
なんだそれ。なんなんだよ、本当に。
確かに戦えない奴が一緒に居ることは、俺達になんらかの悪影響を与えるだろう。いつだったか俺も、その戦えない奴の立場は経験したことがある。
(だから、それを許せとでも? ……笑わせるなよ)
だが、俺にとってそんなものはどうでもよかった。リスク? なんだそれうまいのか?
俺がこいつに対して怒りを覚えたのは、
「リファイメント」
簡単に命を投げ出すこと。やっと見つけた救いさえも、なにもなかったように諦めること。そして、俺達を信じようともしてくれなかったことだ。
「おい、もう一度聞く。そして答えろ。さっきの言葉、本気で言っているのか?」
「……」
「答えろと、言っている!」
「ええ。本気、ですよ」
「!! ……そうか。それがお前の、答えかよ」
脳内を占める怒りが失望へと変わり、そしてまた新たな怒りとして生まれ変わる。
俺は剣を構えた。刃先を、工藤に向けて――
「ああ、そうか。そんなに死にたいっていうなら、ここで俺が殺してやるよ!!」
本気で、刃を振り下ろした。
「待てっ!」
「!?」
しかし突如現れた銀の銃によって刃は押し出され、工藤の顔のすぐ横へと突き刺さる。
工藤には、当たらなかった。
「なんだよこれ! お前こそなにしようとしてるんだよ!?」
見上げるような形で、間に入った健が俺を睨みながら叱責を飛ばす。
健のそれは、至極真っ当な行動だった。仲間が仲間を傷つけようとする。そんなこと普通じゃない。
「なにって。見てわからないのか?」
だが残念ながら、今の俺はその普通ではなかったのだった。
ゆっくりと、床から剣を引っこ抜く。
「こいつはここで死ぬつもりなんだ。だったら、ターゲットよりこっちに殺された方がいくらかマシだろ」
「お前、それ本気で言ってんのか」
「ああ、もちろん。だから邪魔すんなよ健」
肩に置かれていた健の手をはたいて、見下ろすように目を向ける。
さっき有希がしたように、健もまた目を見開いて表情を強張らせた。
「お、お前。その目」
「ああ?」
「……いや、なんでもない。だけどな、蓮。今俺らがこいつのためにやることは、一刻もはやくターゲットをなんとかして、毒を消すことだろ。なのに殺しちまうなんて本末転倒もいいとこじゃねぇか!」
「……」
「なんか方法があるはずだ。今までもそうやって修羅場をくぐり抜けてきただろ? もっと考えようぜ。工藤を助けて、こっから進むための方法を」
いつもなら、ここは「そうだな」と言って納得するところ。でも今は、健の一言一言が頭にガンガン響いて、痛い。二日酔いになったことはないが、きっとこんな感じだろう。
本当に、お前は良い奴だな健。だけど、俺には理解できない。
(こいつを助けたいと思ったのはもちろんそうだ。必死だったさ。なのに、それをわかっていながら置いていけと言ってんだぞ、こいつは)
工藤の本音に触れてから、俺は固く決意していた。必ずこいつを救ってみせる。絶対に守ってみせると。
形は違えど、他のみんなも同じ気持ちだったはずだ。勝利以前に、誰一人として犠牲者を出さない。それが最優先だった。
だけどどうだ。当たり前のように、こいつは自分を犠牲にしてくれと言っている。それは逆に言い換えれば、俺達がお前へ死ねと告げろ、そう言っているのと同じじゃないか。
許せるわけがない。反吐が出る。
この一年は一体なんだったんだ。そんなにも軽く、終えられるものだったのか。俺達との繋がりは。お前の希望は。
(あの時の工藤は夢か幻、偽物だったのか。俺は信じていたのに。やっと距離が縮まったと思っていたのに)
距離なんて最初から変わっていなかったんだ。俺がただ、勝手にそう思っていただけで。勝手に、喜んでいただけで。
そして工藤は、それを利用しただけなんだ。
(俺達は、裏切られてるんだよ健。見限られてると言ってもいい)
だからこそ、俺はこの言葉を心に思い描く。
(今のこいつ、そこまでして助ける価値……ないだろ)
自分で考えた言葉なのに、なぜか目頭が熱くなった。しかし、それは間違いなく自分の本音だった。
行き場のない滞り。俺にはどうすればいいのかわからない。
とりあえず悟られると面倒だ。まずはとにかく、仮面を被ることにした。
「そうだな。ここでうだうだ言っても仕方ないか」
「!! ああ、そうだろ? ならはやいとこ次の策を考えようぜ」
どこか安心したのか、ほのかに表情を緩ませる健。
その姿に、ほんの少しばかりの罪悪感を感じた気がした。多分。
「いや、次の策ならある。要は負傷した工藤を連れていければいいんだろ? なら俺が紋章……第二の力を使って、一気に活路を開く」
「解析、魔眼」
「そっ。前は俺一人、これなら後ろも人数をかけられる。ターゲット本体ならともかく、あの刃だけなら解析するのはおそらく簡単だ。それで、工藤は」
「俺が担いでいくよ。お前にばっか負担はかけられないって」
「……そうか。じゃあ頼む」
健がまかせろと言わんばかりに親指を立てる。
相変わらず頼もしい奴だ。こんなことにまで頑張る意味はわからないけど。
(ああ、イライラする。なんだよこれ)
すさまじいスピードで膨れ上がる苛立ち。いつの間にか俺は、はやくこの気持ちをなにかにぶつけたい。発散したい。そう思うようになっていた。
そんな時、不意に俺は傍にあった椅子に足をぶつけてしまう。
「あっ、いてて」
「大丈夫?」
「え? ああ、平気平気。ちょっとボーッとしてた」
「そう、ならいいんだけど。……本当に大丈夫?」
「だから大丈夫だって。これからのことを、考えていただけだから」
頭の中では次々と、とても口にはできないような冷たい言葉が乱立するも、なんとか掻い潜って考えついたのがこの言い訳である。
不意にぶつけたなんて嘘だ。今、俺は間違いなく椅子を蹴飛ばそうとしていた。そのことに玲は、気づいていたのかもしれない。
(でも、今の……悪い気分じゃなかったな)
しかし建前とは裏腹に、俺はとある道筋を見出していたのだった。
蹴ったのは不発に近かったとはいえ、それだけでどこか気持ちが晴れたような気がしたのだ。
(もしかして、これがこのイライラをなくす方法か。それなら話は早い)
物にあたれば救われる。常人なら理性が働くところでも、俺は気にもとめない。むしろ救いをみつけて喜んだ。
そうとなれば、さっそくこの教室にあるもの全部ぶっ壊してみようか。
(いや、それだと健達に怪しまれる、か。じゃあ、あの刃共なら)
さすがに敵相手なら、いくらか自然に見えるはず。ついでにみんなの助けにもなる。
よし、これだ。そうと決まったら――
「なあ、それよりとっとと始めないか。ここに居ても時間の無駄になるだけだろ?」
「待って、兄さん」
「あん?」
「行動を開始する前に、工藤 真一の水分補給をするべき。これだけの生徒の鞄があるなら、おそらく一つぐらいなにか入っている可能性が高い」
「そっか、確かに水筒とかありそうね。申し訳ないけど事情が事情だし。じゃあ、私捜してくる!」
「……チッ」
「!!」
あ、いけね。はやくあの刃共を壊したいと考え過ぎて、思わず舌打ちをうってしまった。幸い離れた玲には聞こえなかったみたいだが、有希には届いたようで。
「に、兄さん?」
「ああ……悪い。ちょっと疲れたから、少し休むわ」
もう言い訳を考えるのも面倒くさかった。俺は、有希から逃げることにした。
なるべくみんなから距離をとりつつ、近くにあった席に座る。
(はあ~、くそっ。邪魔すんなよ)
机に突っ伏してみるも、体の震えは止まらない。ああ、壊したい。壊したい。なにもかも目茶苦茶に、壊したい。
いつのまにか俺の望みは、篠宮さんでもなく、みんなのためでもなく。ただ自分のために暴れたい。そんな身勝手なものに変わっていた。
(どいつもこいつも。はやく……はやく俺に壊させろっ)
だけど、俺は思う。なにも間違ってはいないと。
未熟者の黒き竜は、既に、どうしようもなく壊れていたのだった。
「ねえ健。蓮君をこのままにしてていいの?」
「そんなの、いいわけないだろ。あいつの眼、一瞬だけど赤く染まったように見えたんだ」
「赤い、眼? それって」
「ああ。なんとかして止めないと、やばいことになりそうな気がする。くそっ、どうすりゃいい。どうすればあいつを元に戻せるんだよ!?」
「兄さんに、なにをした。工藤 真一」
「はは……。さすがに、怖いですねぇ。しかしまあ、あなたはほとんど……答えをしっている、はずです」
「……これ以上私の兄さんを壊そうとするなら。その命、ないと思え」
「もうなにも、しませんよ。既に……終わり、ましたから。この展開は想定外でしたが、くっ、それでもわた、しは……」
「宿命を……果たすのですよ。どんな手をつかってでも、ね」
そういえば、屋上という手もあったのでは? と書いてから思いましたが、細工されている可能性があるということで納得していただけると幸いです。