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第二百九話 青の覚醒~氷の女王はそっとほくそ笑む~

更新期間&それと同じく文が長くなってしまいました。すいませんm(_ _)m


「なにかと思えば」


 放課後。

 相変わらず閑散とした屋上へと続く廊下を抜けると、そこには結界が張られていた。


「健ってば、なんでまたこんな時に」


 少しばかり呆れ顔で、携帯に表示された文章に目をおとす。

 

『ちょっと屋上まで来てくれないか。大事なことがある』


 健はどんなことを思いながらこのメールを打ったのだろう。いくら考えても、悪いことを考えている憎たらしい顔しか思い浮かばない。

 いつもとはちょっと違う髪留めをいじりながら、私は盛大にため息をついた。


 もしかして私、なにかを期待してた? ……ないない。絶対にない。

 予想通りだった。自分にそう言い聞かせながら携帯をしまい、わずかに開けたドアの隙間から、その先の光景をもう一度見る。


「有希、だよね。やっぱり」


 部分結界なんてものを扱える人なんて、少なくとも私は有希しか知らない。

 けれどそこに居た有希は、本当に有希なのかと問いたいぐらい、初めて見せる姿だった。


「あんなに剣を振り回して。しかもわかりやすいぐらい感情任せに」


 静止した空間の中で、剣が風をきる音と、切断する音が入り乱れている。

 その音を奏でて、いや出しているのはなにを隠そう有希だ。

 たった一人で、がむしゃらに植え付けられている植物や物を斬りまくっていた。


 普段の有希の剣技は誰よりも綺麗だけど、今日のそれは鬼気迫るもの。

 なにより、歯を食いしばっているその顔は、いつもとは全く違う雰囲気をだしていた。


(こんなに感情を表に出してる有希、初めて見た。なんて言ったら怒られるかな)


 最近は、というより蓮君と居る時はわりと感情豊か(それでも人並み以下だけど)に接していたけれど。ここまで露骨に「怒り」を見せているのは初めてだった。


「あの甘えてる有希は、反則級に可愛いよね。って今は関係ないか、あはは……。ん?」


 突然、携帯の着信音が鳴り出した。

 やばい。有希に覗き見してるのがバレてしまう。慌てて携帯をまた引っ張り出すと、液晶にはメール受信の文字の下に、健の名前が表示されていた。


「こんな時にまた」

 

 嫌な予感がした。

 ためらいつつ、しぶしぶメールを開くと、


『後はよろしく。特訓の成果の見せどきだぜ!』


 たった一文、それだけが書いてあった。

 

「あのバカ。なに考えてんのよ!」


 一見わけのわからないメールでも、今の私にとっては特別な意味をもっていた。

 まさかそのためにここへ? 有希の真似をするわけじゃないけれど、怒りを通り越して呆れてしまった。


 それにしても、メールのタイミングが最高に良すぎる。

 もしかしてどこかから私を見てる?

 きょろきょろと辺りを見渡していると、不意に音が鳴り止んでいることに気がついた。


「……」

「あっ」


 悪い予感は的中した。

 ドアの先からじっと、こちらを見つめる有希。どう見ても、私が居ることに気が付いていた。


(ど、どうしよう。でもここで逃げたら後が怖いしなあ。……よし、こうなったら)

「え、えっと~、やっほー?」


 片手を挙げながら、私はおずおずと屋上へと足を踏み入れる。

 ただ黙ってこちらを睨みつける有希。もしかすると、いやもしかしなくても私はなにか判断を誤ったのかもしれない。

 有希は小刻みに白い吐息を吐き出していて、その頬は赤く染まっていた。恥ずかしい……わけじゃないよね。


「なにか、用?」


 それから程なくして、ようやく有希は口を開いてくれた。

 意外にも、怒っているのではなくあくまで平らな口調だった。


「用っていうか、なんというか」


 今更だけど、一体今の有希にどうやって接すればいいんだろう。

 実はノープランでここに来ていたことに、自分自身が一番驚くというとんでもない状況に陥っていた。


 でも、ここで有耶無耶にしてしまうと、なにか大事なものを取り忘れてしまうような予感はあった。

 とりあえず、まずはなにか話さないと。なるべく優しく、波をたてないように。


「有希がこんなことしてるの、珍しいなって。やっぱり、蓮君が絡んでるの?」

「!!」


 上下に動いていた有希の肩が、ピクリと反応する。

 うわあ、思いっきりストレートでいってしまった。一体今のどこに、優しさがあったというのだろうか。


 さすがに今度ばかりはまずいと思い、身構える。

 だけど有希はなぜか、困ったように俯いてしまっていた。


(ど、どうしよう。私のせいで。あーもう。今度こそ元気付けるような言葉を)


 気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐いてから、私は再び有希に話しかける。


「やっぱりそうなんだ。でもそれって、蓮君を利用していたことに対して? それとも私達にずっと黙っていたことに対して?」

「……」

(え、なんで)


 慌てて口を押えても、今さらどうしようもない。

 こんなこと言うつもりじゃなかったのに。元気付けるどころか、私はもっと有希を追いつめていた。


 どうしてこんなに、嫌な女になっているのか。

 もっとわからないのは、それが間違ってないと心のどこかで思っていることだった。


「……全部」

「えっ」


 不意をついて、有希のものとは思えない重苦しい声が放たれる。


「全部、全部……全部全部全部!! 私がやったことみんな、やっていいことじゃなかったのに。許されることじゃなかったのに! でも、私は。やり通してしまった」


 また、その小さな肩が震えだす。今度はさっきよりも大きく。

 

「こんなはずでは、なかったのに」

「有希……」


 それは、有希が私だけに見せた、心の叫び。

 怒り、憎しみ。真っ黒な感情が溶け合い、そこからドロドロと流れ出しているようだった。


(なるほど、ね)


 なんとなく、私にはわかってしまった。有希がわからなくて苦しんでいることを。

 けれどこれは――酷い言い方をすれば、これほど「いまさら」なことはなかった。


(有希。あなた、後悔してるのね。自分のしてきたことを)

 

 誰も有希を責めたことはない。一番影響の受けた、蓮君でさえ責めてない。

 じゃあなぜ、有希は悩んでいるのか。答えを見つけられないのか。

 ――前提から、間違っているからだ。


「ねえ、有希。じゃあそれ全部、間違いだったと思う?」

「それ、は……」

「違うよ。誰も間違ってなんかいない」

「っ! そんな簡単に言うな!」

「じゃあどこが間違ってたの? 間違ってないことが間違いと言うのなら、それが言えるはずだよね」


 我ながら、つくづく嫌な質問だ。


「……」

「まだなにも、終わってないんだよ? 有希の戦いも、私の戦いも。蓮君、健、工藤くんの戦いだって」


 私は迷う。ここで有希に、自分が悩んでいるものの答えを教えることが、一番いいのだろうか。いいや、ここで悩んでいるんだ。それでは絶対に間に合わない。

 今教えられたら、有希はさらに悩むことになる。その答えは、受け入れるのに時間のかかるものだから。


(今は、ごめん有希)

 

 以前までの有希なら、迷うことではなかった。そもそも迷ってたら、こんな大層なことできないよね。

 もしも、もっと時間があれば……。時というのは、本当に気が利かない。

 有希にはなにがなんでも、この問題を保留にしてもらわなければ。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

 今度の敵は、親友は、一人でも後ろを向いていたら戦えないから。


「有希。あなたはどうしたいの? もうやめる? 全部私達に押し付けて逃げ出す?」

「!! 榊原 玲。いくらあなたでも、その言葉は許さない!」


 怒りで埋め尽くされた有希の声は、思わず後ずさりしたくなるほどの迫力。

 良かった。怒るってことは、ちゃんと前へ進む意志はあるということ。それなら、後は前を向いて歩く手助けをすればいい。


「じゃあどうするのよ。どうしたいのよ」

「それは……」

「そもそも、こうして迷ってるあなたは戦えるの? 蓮君の、私達の大切な友達であるターゲットと!」


 自然と声が大きくなっていた。

 その言葉が有希のほかに、自分にも聞こえるようにするためだったのかもしれない。


(私はもう、戦えるよ有希。多分、ほかのみんなも)


 当然のことながら、私も優奈ちゃんがターゲットと知った時は、それはもう訳の分からない行動を繰り返した。悩みもした。今となってはそれも黒歴史。

 そう思えるようになったのも、またしてもと言うべきか、健のおかげだった。


『しっかりしろ! 戸惑って当然だけど、逃げるな。いつかの俺みたいに逃げるな!! 蓮を信じられたお前なら、ちゃんと前を、篠宮さんを見れるはずだ。今逃げたら、もう二度と篠宮さんとは親友でいられないぞ』


 そんなのは嫌。自分でも驚くほど、その時はっきりとした答えがでた。

 彼女は私にとっての希望。彼女と関わることは喜び。彼女と親友であることは誇り。それだけは、絶対に失いたくなかった。


 だから、私は優奈ちゃんと戦うことを選ぶ。

 私を心から受け入れてくれたあなたから逃げることは、私自身への最大の裏切りだから。


「たた、かえる」

「ほんと? 無理して嘘つかなくてもいいんだよ」

「嘘じゃない!」

「うーん、信じられないなあ。ほんとかなあ」


 わざと煽るように言うと、有希の肩はわなわなと震えだした。

 本気で怒っている。どんなバカでも、それぐらいのことはわかる。


「……どうしろと、いうの?」


 あらゆる負の感情を押し殺したその声は、まさしく恐怖の限界突破。私は思わず片唾をのんだ。


「そうねえ」


 だけど、引くわけにはいかない。耐えろ、私。

 もはやちゃんと言葉に出すことだけを考えながら、私は有希に告げる。


「じゃあ、私と決闘してよ」

「け、決闘?」

「そう。だってこれから私なんかよりずっと大変な人と戦うんだよ? 決闘とはいえ、私とも戦えなかったら話にならないでしょ」

 

 いつかの私なら、絶対に口にしないであろう単語が飛び出る。

 それはそうだ。誰がどう見たって圧倒的な力の差。指南ならされど、対等な戦いを望むなど自殺行為に近い。


 それでも、有希にはこの戦いを受けてほしかった。

 私自身も、それを望んでいる。そして、


「……本気、なの」

「ええ。これで本気じゃなかったら、むしろ自分に感心するわ」


 勝算も、ある。


「……」

 

 静かに目をつむり、有希は考えはじめた。

 その時間はとても短かった。


「わかった。それに申し込まれたのなら、私には受ける選択肢以外に有り得ないから」

 

 答えと同時に、目を見開く。眼差しの色が変わっていた。

 そうして有希はゆっくりと、両手を体の前でクロスさせる。

 まさしくそれは、これから戦うことを告げる有希の戦闘態勢だった。


「ありがとう。ルールに関しては、場所がこの屋上ということ以外には特になし。決着については――」

「そんなものはどうでもいい。はやく」

「……こういうの、結構大事だと思うけどなあ。ま、いっか。それじゃあ」


 私も見せつけるように右手を突出し、構える。これで戦いの準備は整った。

 もう後戻りはできない。一度深く息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、私は精一杯の想いを込めて叫んだ。


「リファイメント!」

「リファイメント!」

 

 続いて有希も叫ぶ。

 それぞれの刃が空気に触れたその瞬間が、決闘の始まりの合図。

 まずはただ相手という一点目掛けて両者は突進した。


「ふんっ!」

「ハッ!」


 初撃。有希にしては珍しく、渾身の力を込めての急転直下、二本の光の剣が振り下ろされた。

 それを受け止めたのはいいが、さすがにいきなりのこの威力は想定外。片方の鎌だけでは到底堪えきれず、もろとも地面へと叩きつけられた。


「っ!?」

 

 破裂するような金属音が轟き、鈍痛が腕に響く。

 いつもならまず連打等、速さで翻弄する有希が単調なパワー押し??


 予想外だったのはそれだけじゃない。

 こんなにも絶好の機会を、こんなにも早くくれるだなんて。思ってもみなかったのだ。


「氷結せよ。重く纏わり固く離さぬ水の拘束!」

「!?」


 くさり鎌に接していた有希の剣が、瞬く間に凍っていく。

 慌てて距離をとる間にも氷は広がり、丁度柄を握る有希の手の部分まで綺麗に氷結した。


「これは」


 まじまじと自分の剣を見る有希の腕が、小刻みに震えている。

 隙ありとばかりに私は再び突進。先ほどとはうって変わって、今度は有希が私の刃を受け止めた。


「くっ! 重い……」

「だろうね。私が重くしたんだからっ」


 強引に弾き飛ばすと、あえてくさりの前後についた二つの刃を両手に持ち、畳み掛けるように連続多段攻撃を繰り出す。


「くっ、甘い! ……避けた?」


 私の波状攻撃をかいくぐり、突き刺してきた有希の剣を、軽く首をひねって避ける。その瞬間有希の瞼がピクリと動いて、かすかに瞳孔が開いた。

 それもそのはず。本来の有希の一撃なら、間違いなく命中していたはずなのだから。


(見える。ちゃんと見えてる!)


 私が有希に、いいえ有希の剣にしたこと。

 それは剣に氷を付着させることにより、武器自体に重量を付加し、攻撃速度を低下させる魔法。


 有希のスピードについていくほどの力を、私はまだ充分に持ち合わせていない。だからこそ、まずは攻撃速度を遅くさせる必要があったのだ。

 だけど、

 

「こしゃくな手を」

「ごめんね。けどそうしないと戦えないからさ!」


 正直こんなにも上手くいくとは思っていなかった。

 せいぜいうまくいっても片方だけ。そう思っていたのに、今はどうだ。まさかの両方ともにかけられた。


(良い誤算というより、有希の心の乱れ?)


 いや、きっとそうだ。普段の有希がそんなミスを犯すはずがない。

 ならば押して押して。有希が次のカードを切ってくれるまで攻め続けるまでだ。


(いくよ!)


 バックステップで距離をとると同時に、私は左手に持っていた鎌を手放し、くさりの部分を握りしめる。


「凍える水、気さえも凍らす絶氷の刃!」


 詠唱と同時に、ミストのようなキラキラした粒が鎌を包む。

 

「エイッ!」


 そのまま左腕を振り被って力いっぱい投げ込むと、勢いよく先についた刃が有希に向かって放たれた。


「こんな攻撃で」


 当然、有希はそれを鋭い一太刀で弾き返す。

 だけど私の攻撃はそれで終わりじゃない。もう一つの脅威に気付いた有希は、慌てて二本の剣をクロスさせるも、

 

「くっ!?」


 直前まで迫っていた「氷の刃」の衝撃を抑えられず、その小さい体が軽く吹き飛んだ。

 そう、私の放った刃は一つじゃない。

 

「まだまだっ!」


 有希が着地したところを見計らって、すぐさま次の攻撃をしかける。

 弾かれ戻ってきた刃を、また投げ込むまでは同じ。さらに今度はもう片方の刃で宙を二回切り刻むと、その跡を型にして氷の刃が生成され、やがて有希へと襲い掛かる。


「小賢しい攻撃をっ」


 くさり鎌、そして氷の刃の応酬に、有希は防戦一方になる。

 小賢しい。その言葉は、私にとって褒め言葉だった。くさり鎌による独特の距離と攻撃リズム、それに時間差の氷の刃が合わさって、私の攻撃はとても嫌らしい、やり辛いものになっているだろう。


(それこそ、私の神髄!!)


 有希のただでさえ高ぶっている感情を、逆撫でするように。

 私は踊る、舞う。華麗に飛び上がり、妖艶に体をくねらせながら、この場の空気を染めあげる水の流れを体現する。


 そしてその流れに苛立つ顔を見て、そっとほくそ笑む。

 どうやら私は戦いの中でだけは、少々Sっ気が入ってしまうようだ。


「~~っ!!」

(ん……?)


 はっきりとした攻めと受けをある程度繰り返したところで、有希は今までよりも強く、私のくさり鎌を弾いた。

 なにかが来る。私は激しく飛ばされた鎌を引き寄せながら、その違和感を感じた。


(やっと、次のカードを使う気になってくれたのね)


 ここまで、有希は全く魔法をつかっていない。

 使えば自分が圧倒的に有利になるからか、それとも使わずに勝つことで、自分ができるということを認めさせたいのか。とにかく全部近接攻撃だけ。


 しかし、その均衡がとうとう破られる。

 対等に渡り合えるのは闇のみ。他の追随を許さない強力な光の魔法が今――


「我ここに願う。我の光は絶対無二の光……」

(んん??)


 いや、違う。これは違う。

 私の氷の刃を薙ぎ払いながら唱える有希の詠唱。それに応えて生まれる魔力は、普段使っている魔法とは比べ物にならないくらい大きかった。

 これ、ただの魔法じゃない。魔法は魔法でも、


(空間制御魔法だ!)


 私は身震いした。いきなり現れた大きすぎる力の前に、興奮さえした。

 あきらかに一つ、ステップを飛ばしてるでしょ有希。それだけで押し負かせる魔法を持ちながら、選択したのはさらに上……紋章による、最上級の魔法。


 それは私を、完膚なきまでに叩きのめそうとする意志の表れだ。


(健。あんたの思い通り、本当に特訓の成果をだすことになりそうよ)


 二つの鎌を戻し、片方の手に持たせる。

 緊張のせいか、何度か取り損なったけれど。持ち手を掴んだその手ごたえは、今まで生きてきた中で最も心躍るものだった。


(いきます。お願い、力を貸して。ブルードラゴン)

「我ここに願う。我の水から生まれる氷はなによりも冷たく、冷酷で、万物をも凍らす絶対零度の空間を造り上げる……」


 目を瞑り、胸に手をあてがいながら唱えるその詠唱は、これで使用回数が二回目になる魔法。健が特訓に付き合ってくれたおかげで習得できた――ブルードラゴンの持つ、「紋章」の力。


 いままで感じたこともない、大きな力の流れが私を襲う。

 こんな魔法を、私が使うことになるなんて。ついこないだまでの私なら、考えることも恐れ多かったなあ。


『すごいじゃないか玲! 今のはさすがの俺もビビったぜ』


(そうね、健。すごいよね……ほんと)


 先ほどまで聞こえていた、有希の声が途絶えた。おそらく詠唱が終わったのだろう。

 もうすぐ来る。有希による空間制御魔法が。そして同時に訪れる。私の、私による空間制御魔法を発動する時が。


 今の有希に勝つ方法はただ一つ。

 私が空間制御魔法なんてものを放てば、この決闘で最も有希が動揺する瞬間がくる。そこを狙うのだ。


(でもおかしいよね。私がそんな魔法使えるなんて)


 こんな重要な局面なのに、私はつまらないことばかり考えていた。

 ぐっと目を閉じる力を強める。はやく、はやくその時が来てほしかった。


 これ以上、恐怖に耐えるのは限界だったから。

 私は、私自身が怖くて怖くてたまらなかった。


「我が紋章よ、我に力を貸せ!!」


 そして、とうとうその時はやって来る。

 再び有希の声がとんだ瞬間――私の瞼を、激しい光が叩いた。と同時に全身が戦慄し、そのまま消し飛ばされそうなほど破壊的な魔力が、この場を覆い尽くした。


(……今だ!!)


 それまで嫌になるほど続けていた葛藤を振りはらい、目を開く。

 時はきた。視界に飛び込んできた眩いまでの光の中で、私は全身全霊をかけて、最後の言葉を叫ぶ。


「我が紋章よ。私に、力を貸しなさい!!」


 その瞬間、巨大な青の魔方陣が地面に描かれ、


「なっ!?」


 この空間を支配したはずの聖なる光ごと凍らす、氷の波が暴虐なまでに侵略した。

 光に満たされた世界が一転、凍てつく氷が幅をきかせる冷たき世界が現われる。


「これ、は……。く、空間制御魔法?」


 空間の上書き。そんなことをされるなんて思ってもいなかったはずの有希は、案の定口を半開きに、目を丸くして呆気にとられていた。

 もう、軽く押しただけで倒れてしまいそうなほどフラフラしている。


「これで決める!」


 私は力強く地面を蹴った。私による、私のためのこの世界を駆けた。

 どんどん近づいてくる有希。身体が軽い。一歩一歩を踏み出す度に、なにかが私を祝福してくれているようで。


 それが本当に……切なかった。


「はあーっ!!」


 これで最後。くさり鎌を持ち直し、大きく振りかぶる。

 そういえば、この決闘はなにをしたら終わるんだっけ。本当なら、最初に決めておくべきことなのに。今更決めなかったことを思い出した。


 まあ、致命打になりうる攻撃を示せば、それで十分か。

 棒立ちになっている有希の首筋に向かう鎌。それを見ながら、徐々にスピードを落とそうとしたその時、


「あれ……?」


 突然、大きな違和感が私を襲った。

 そうこうしているうちに、鎌は有希の首元に辿り着く。

 これで終わり、のはずなのに。なぜだろう。目の前に居る有希は私に目もくれず、ただただ上の空で固まっていた。


「???」


 さすがに不思議に思った私は、鎌を片手に預け、恐る恐る有希の頬へと指を伸ばす。

 ぷにぷに。柔らかい。すべすべで気持ちいい……じゃなくて! これは――


「惜しかったわね」

「え?」


 背後から声が聞こえて振り向くと同時に、右肩にコツンと、なにかが当たった。

 そこにあったのは神々しい光に包まれた、有希の剣。


「え、あれ? あれあれ??」

「決闘は終わりね」


 訳がわからず混乱する私をよそに、有希はすました顔で徴収を始める。

 まずは剣、次に軽く右手を挙げると、私が鎌を向けていたもう一人の有希が消えていく。


「あなたも、はやくこの魔法を解いた方が良い。これを長い間維持するのは危険」

「は、はい」


 言われるがまま、初めて実戦で使った空間制御魔法を解く。

 あっという間に、過酷な氷の世界からくたびれた屋上が浮かび上がった。


「ね、ねえ。これどういうこと? 私、負けたんだよね??」


 正直、負けたこともわからなかった。

 もう有希本人に聞くしかない。教えてもらわないと収拾がつかない!


「……そう、あなたは負けた」


 有希もそれがわかっていたのか、素直に教えてくれるようだった。


「あなたが使う前に、私が先に空間制御魔法を使った。この決闘を終わらせるために。完全勝利を収めるために」

「うん」

「その時点で私は、あなたにかけられた速度低下の魔法を解除。それと、自分の分身を作り出した。そしてあなたは、それを私だと思い込んで攻撃した」

「うん」

「……」

「え、終わり!?」


 思わず本気でズッコケそうになるところを、なんとか踏みとどまる。

 一方の有希はというと、今にも首を傾げそうにしているわけで。


「ん、んんっ。ゆ、有希? もうちょっと細かく説明してくれると助かるんだけど」

「……そう。わかった」


 あれ、どうしてそんな悲しい顔をするの有希。

 もしかして、今の説明でわからなかった私がおかしいのだろうか。急に自信がなくなってきた。


「もともと、私はあの光の世界で自分の体を複製し、数であなたを圧倒するつもりだった」


 またなんと恐ろしいことを。想像しただけで身震いする。


「けれど、一体作ったところであなたが空間を上書きした。全くの予想外だった」

「やっぱり、私のやったことは意味があったんだね」


 当然とばかりに、有希は頷く。


「ただ、むしろそれが違う方向に働いた。あなたはその私の複製を本物と勘違いして、攻撃。おかげで隙ができて、本物の私があなたの背後をとれたということ」

「じゃ、じゃあ。もしかして突進せずにあの世界で戦っていたら、私が勝っていたかもしれないの??」

「……そう。もしもあのまま戦っていたら、私は負け――危なかったかもしれない」

「……」


 絶対に、負けるつもりはないんだ。

 なんだかとても有希らしくて、それが無性に可愛く思えて。心の底からホッとした。

 

 こんな空気が、私は好きだ。蓮君のおかげで、やっぱり有希は変わった。


「でも、私も……ふわ~あ。あれ、なんか急に眠くなってきた」


 安心したせいなのか、急にとてつもない眠気が襲う。

 体から力が抜ける。体重を支えられなくなった足が、がくんと折れて、そのまま私は地面へと倒れそうになった。


「……」


 そんな私を、すんでのところで有希が支えた。


「少し眠った方が良い。あの魔法は、まだあなたには負担が大きすぎるから」

「zzz」

「もう、遅い、か」


 その後、どうなったかは私は知らない。目が覚めると、そこは保健室のベッドの上。傍に有希の姿はなかった。

 

 でも、確かに覚えている。

 眠る私を包んでいた、優しくて、気持ちのいい有希の匂いは――


「ありがとう……れ、玲」

「あなたは氷の女王。私にはまだ、答えを導けないけど。あなたが前を向くことを望むなら、私は従うしかない」

「……おやすみ」


 ――さあ、戦いを始めよう。この一年、紡いできた糸を結ぶために。


「さて、俺の仕事はこんなもんかな」

「それにしても、あれだけ激しく動いて一度もスカートの中が見えないとは……なぜだ?」









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