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第二百三話 並行活動のDSK~繋がる繋がらない交信~

例によって、今回も長くなりましたスイマセンm(_ _)m

後書きに微妙な告知があるのでよかったらそちらもよろしくです。


<12時37分 昼休み>


「はふう・・・」


「ん?」


 弁当を食べ終え、先ほどまで一緒に居た健や玲も用事があると言ってどこかに行ってしまい、することもなく退屈していると隣の篠宮さんがなにやら満足気に息を吐いた。


「どうかしたのか?なんか嬉しそうだけど」


「え?ああうん。今丁度図書室で借りてた小説を読み終わったんだけど、すごく良い終わり方で・・・」


そう言って篠宮さんは俺に本の表紙を見せてくれる。

「僕から君へ渡す恋」?全く聞き覚えのない名前だが、一組の男女が向かい合っている絵などを見るとどうやら恋愛ものの小説のようだ。


「実はこの本の著者さんのファンで、昔から読んでてね。ちょっと前にたまたま図書室に寄ったらいっぱいこの人の本が入荷してて、もう興奮しちゃって・・・」


興奮、という言葉があまり似合わない篠宮さん。

しかし確かに普段よりもずっと口数が多く、本当にその著者の本が好きなんだなと聞いていている側も納得だ。


「どうしようかな・・・また図書室行ってこようかな」


「そんなおもしろいのか。それ」


「うん。一之瀬君は読んだことないの?」


「そう、だな」


本を読む。自慢じゃないがそんな習慣や趣味は俺には存在しない。

度々起こる騒動に巻き込まれ、本を読んでいる暇も余裕もないことも一つの原因なのだろうけど。


今の俺の居る世界そのものが普通の人にとってはまるで物語の中の出来事のようなわけで。それに満足しているというのも理由なのかもしれない。


「でもまあ、興味はあるな」


「へえ~一之瀬君も恋愛小説とかに興味あるんだね」


それはどういう意味ですか?


「じゃあ一緒に図書室行く?」


「へ?」


「私も次の本借りたいし、ついでに色々紹介してあげる」


予想外の一言に俺は目を丸くした。

あれ、篠宮さんってこんなに積極的な人だったか?自分の好きなことを他人と共有したいという気持ちが、そうさせているのだろうか。


積極的になるのはいいことだ。けれど、僅かな自分の中の篠宮さん像とのズレを感じずにはいられなかった。


「じゃあ、よろしく頼もうかな・・・」


考えるよりも先に返事をしてしまっていた。まさか篠宮さんに勢いで負けるとは。これがギャップという力のパワーか。


「うん、頼まれました」


いや、このほんのりと恥ずかしそうに頬を染めながら笑みを浮かべる少女を前に一体誰が断れるのか。俺は逆に見てみたいよ。


「・・・対象の移動を確認。作戦開始」


 こんなにも早く事が進むとは思っていなかった。

いくら準備が整ったところで、対象が思い通りの展開を描いてくれることなどそうあるものじゃない。


これは幸運と思うべきなんでしょうね。


「では、動きますか」


こちらの姿を気付かれないように身を潜めながら、包帯が巻かれた左手を耳にそっと添えた。


「三上先生。そちらの状況はどうですか?」


『学校内で気安く通り名で呼ぶな。私とお前が怪しい関係だと思われるかもしれないだろ。・・・まあ、私は一向に構わないけどな~?』


「いえいえ、丁重にお断りしますよ。じゃあなんと呼びますか?」


『ふう、お前相手じゃおもしろみのかけらもないな。そうだな・・・では「ミカ」と呼んでもらおうか』


まさかその名前、考えたくないほど単純なところから来ているなんてことは?という雑念はこの際全て吹っ切ることにした。

あきらかに異性を誘う甘い声では、それが冗談なのかどうかも区別できない。


「・・・わかりました。ではこの通信の間はそう呼びましょう」


『おい、今の間はなんだ?言いたいことでもあるのか~?』


本当に最初の頃、彼女に初めて会ったときはこの吸い付くようなゆったりとした喋りに多少の不快感を募らせていた気がするが、今ではすっかり慣れていた。


「いえ、良い名前だなと思っただけですよ。そろそろ進めてもいいですか?」


『ふん、まあいい。こちらは逐次一之瀬 蓮とその周りの解析は行っている。マーカーがされた以上、僅かでも変化があればわかるだろう』


『とりあえず現在は特に異常は見られない。本当に僅かに一之瀬に精神の不安定さがあるが、それも無視していいレベルだ』


「ほう、精神の不安定さですか。それは言い表すならどの程度ですか?」


『全くお前は細かいな。そうだな・・・人間的にいえば「戸惑い」に値するんじゃないのか?』


その三上先生、もといミカの言葉を聞いて廊下を歩く二人の姿を見る。

戸惑い。今の状況において一之瀬 蓮がその精神に至るには、どんなパターンがあるか。一番の要因はやはり篠宮 優奈の存在だろう。


ならば一之瀬 蓮は、篠宮 優奈に対しなにを思って・・・と。


「いけませんね。これ以上いくと良い意味で過保護。悪い意味でストーカーになってしまいますね」


以前の彼ならともかく、今の彼に干渉する権限を私は持っていない。

そうですね、人間的に言えば「信じる」ということですか。我が主を。


「ミカ、もう一つマーカーをつけるのは不可能ですか?」


『無理だな。そもそも条件を揃えるには結局一之瀬 蓮次第なのだから、余計なリスクを払っても仕方がないだろ』


ごもっとも。どんな返事が来るのかわかっていながら質問をした自分の姿が、いつかの自分に重なって思わず笑ってしまった。


「ではこのままでいきましょう。長期戦になりますが、それも止む無しですね」


「良い報告を期待してますよ。ミカ」


「バーカ。お前のそれは悪い報告の方だろ。まったく・・・」


通信の先のミカがもう手遅れだと言わんばかりに気怠そうにしているのを感じながら、添えていた左手を静かに下ろした。


「いいえ、ミカ。これは良い報告ですよ」


「その過程で邪魔をする者がいたら、私はそれをこの世界上から消し去ります。地獄なんかには行かせませんよ、もったいない。ただ無に帰し永遠に存在を蝕まれればいいんです」


そして今度はポケットへと手を突っ込み、おもむろに携帯電話を取り出した。


「備えあれば憂いなし、ですからね。彼らにも一つ連絡を入れましょう」


<12時46分>


「もしもし。ああ俺だけど、どういうことなんだこれは。説明がなさすぎて全く意味がわからんぞ」


「なに?今は詮索するな?なんだよそれ・・・たくっ。まあいい、いずれちゃんと説明はしてもらうからな。ああわかった、それじゃあな」


「はあ・・・」


 携帯を下ろしながら、深いため息をつく。

さて、どうするか。蓮に用事があると言って教室から飛び出しておきながら、結局その果てにまた教室に戻ってきている自分がここに居た。


玲はまだ帰ってきてないようだし、蓮もいつのまにか居なくなってそして篠宮さんも居ない。昼休みにこの4席に誰も居ないなんて、珍しすぎて似合わず寂しさを感じてしまうほどだ。


「どうしたんだい?そんなにため息ついて」


律儀に俺の電話が終わるまで棒立ちしていた及川が、不思議そうに覗きこんでくる。そう、なぜかこの空間で一緒に居るのはこのMr.GBこと及川だ。


(訳がわからん・・・)


なぜ俺が今、この昼休みというオアシスタイムに及川と一緒に居るのか。その説明にはこれまたなぜか簡単に済んでしまう。


俺が今やっていることは、なにを隠そうこの及川の監視なのだから。


「別になんでもねえよ。それよりなんだったっけ?蓮のことだったか?」


いきなり及川が購買に居るからそれとなく近付き距離をとりつつ監視してほしいと言われ、ちんぷんかんぷんな状態で行ってみれば本当にこいつが居た。

しかしこちらが購買へ入ってすぐ及川が振り向いた拍子に見つかってしまい、逃げようかとも思ったがそれよりも先にマッハの速度で距離を詰められてしまった。


運動神経がどうとかではなく、単純に必死な及川に負けた。

そして挨拶をする間もなく、こいつが口にした言葉はこれだ。


「一之瀬君と伊集院さんは、つ、付き合っているのかい!?」


・・・おい蓮、この借りはいつか返してもらうからな。


「そう、最近毎日て、手を繋いで登校しているというじゃないか。廊下でだだだ抱き合っていたという噂もあるし・・・」


(メンドくせえ・・・)


「それでどうなんだい!?やっぱり付き合っモガモガ!」


「わかったよ、わかったからもうちょい音量絞れ!これ以上変な視線集めるなよ!」


咄嗟に口を手で覆ってなんとか言い聞かせると、及川はなにか言葉になっていない呟きを発しながら小さく頷いた。

ただでさえこういう時のこいつの存在は目立つのに、爆弾発言を連呼するんじゃねえ!


「落ち着いたか?ちゃんと教えてやるからそう焦るなよ」


「す、すまない。つい気が動転してしまって」


この絵面を見ると、いつもと立場が逆だと誰かに笑われそうだな。

まあ無理もないか。好きな女が男とこれ見よがしにいちゃいちゃしていたら、落ち着いてはいられないのが普通だ。むしろ同情さえしたくなる。


だがしかし、そこにある問題に同情している余裕など今の俺にはありもしなかった。


(どう説明すればいいんだろう・・・)


あの二人は兄妹である。本来ならその一言で片付くのだ。

確かに学園内ではあのとびっきり目立つ二人はもはやカップルとして認知されている(伊集院さんならしかたないという声多数あり)。だがしかし兄妹だ。


けれど工藤にそれを口止めされているし、なにより本人達がそれに従っているのに直接関係ない俺がばらしていいわけがない。


兄妹というワードを使わずいちゃいちゃしてる男女を付き合っていないと証明する。なんですかこの難問。俺の頭じゃこの場を乗り切る良い答えが全く浮かばんぞ。


「あーまあなんだ。結論を言えば付き合ってはいないが・・・。てかだからどうしたというんだ」


「え?」


「もし付き合ってたとして、お前はそれで諦めんのか?」


完全に意表をつかれた及川がぽかんとしている。もう無茶苦茶だ。


「好きなんだろ?それともお前には変な噂が立ってすぐに諦める程度の想いしかなかったのか?」


「そ、そんなわけないだろう。僕が今こうしていられるのは全て伊集院さんのおかげだ。この想いが、そんな生半可なものか」


「じゃあ必死にアタックしろよ。想いぶつけろよ。ここでうじうじしててどうする。なにも始まらねえし進みもしねえよ」


及川に向けて言っているはずが、全て自分にブーメランのように返って来ていることに俺はすぐに気が付いていた。


言えば言うほど自分が締め付けられる。追い込まれる。だけど俺の口は止まらない。与えられたはけ口にこれでもかと吐き出すように言葉が出ていってしまう。


「それで玉砕したらしたらでいいじゃねえか。なにもしねえより百倍マシだ」


「・・・・・・」


「お前は、ただ結果に怖がってるだけだ」


・・・今ほど自分の頭をかち割りたいと思ったことはない。

どの口がそれを言う。お前はどうなんだと聞かれて、俺に模範になるような答えを言える自信が1ミリたりともあるものか。


一度だって玲に好きだと言ったことがあるか。一度だって想いを告げたことがあるか。答えは否。何百年も一緒に居て、一度だってそんな場面はなかった。


蓮には言ったことがあるが、本人に言わなくてなんの意味がある。


俺こそ結果を恐れまくってるんだ。もしも想いを告げたら、今の関係がぶっ壊れて俺が俺でいられなくなるんじゃないかって。

玲を失うことを、玲と居られなくなることを俺は誰よりも恐れている。


俺は・・・恋愛に関してはただのクズなんだよ。


「そうか・・・そうだな。確かに、君の言うとおり僕はあまりにも軽率な考えをしていたのかもしれない」


やめろ、俺の言葉に同意するな。

チャンスがまだないのに比べ、いくらでもあったはずの俺よりはこいつの方がまだマシだ。


「ありがとう。助かったよ相川君」


感謝するなよ、気持ち悪い。不愉快だ。


・・・俺自身がな。


(なんなんだこれ。新手のいじめか?)


勝手に何度も頷いている及川のことなどそっちのけで、俺は椅子によりかかり天井を見上げた。


ああもう、このまま後ろに倒れてしまいたい・・・。


<12時49分>


「あ、もしもし私だけど。それで?やっぱり理由は聞かせてくれないの?」


「・・・うん、わかった。うん、じゃあこのまま続ける。後で説明よろしくね」


ピッ


「ふう・・・」


 三年の教室が連なる通りから少し離れた廊下の隅で、携帯を静かに下ろし急いで先輩の姿を確認する。

よかった。どうやらまだとりまきの人達とご歓談中のようだ。


「なーにしてんだろ。私」


誰に言うわけでもなくこぼれる問いかけ。

それほどまでにわからなかった。今の自分がしていること、千堂先輩を尾行する必要性が。


「いつもとなにも変わってる様子はないんだけど」


なぜ尾行する相手が先輩なのか。そしてなぜ今なのか。

確かに千堂先輩という人物から連想されることは他の人よりもずっとずっと多く、それでいて影響力のあるものだ。


おそらく、その中でも私達DSK研究部に一番関係してくることは「虎族」というキーワードなのだろう。


(でも私も、今の虎族は知らないしな・・・)


私が虎族を抜けたのはそう昔のことではない。

だけど私個人に与えられた情報、指令もそう多くはなかったことも事実。


そんな状態にもかかわらず脱退し完全に繋がりを断ち切った今、虎族について私がなにか知っているはずもなかった。


(だけどここで尾行ということは、なにかしらのことに虎族が関わってるってことよね)


監視役だった私が消え、その後健の行動もあった。

だけどそれ以降虎族絡みのいざこざは一切起きていない。こちらに接触することもなく、そして蓮君や有希にアクションを取るわけでもなく。


とにかく動きという動きがない。

むしろ、あえて静観しているようにも感じてしまう。


・・・この数か月で、私の中の虎族のビジョンと今の虎族はどんどんとかけ離れたものになっている気がする。


「じゃあ後はよろしく」


とりまき一同「はい、わかりました」


(動いた。あれ?先輩一人で・・・?)


先輩が一人、階段を下っていく。放課後ならともかく、昼休みにとりまきなしに出歩くのは先輩にしては珍しい。


「・・・いくしかないよね」


一歩を踏み出したその瞬間、胸がチクリと痛むのを感じた。

ああ、やっぱり。私は千堂先輩が好きだ。大好きなんだ。蓮君が現在の生き方を教えてくれた人としたら、先輩は過去の生き方を教えてくれた人の一人。


これは罪悪感。そんな先輩を裏切るような行為を私は今からやろうとしている。以前の私ならそれにためらいを感じ背を向けたかもしれないけど。


今ならわかる。それは大事な想いなのだと。千堂先輩がどう思っているかはわからないけど、私はあの人を一度も敵だと思ったことはない。この気持ちを持ち続けている限り、私はちゃんと前を向けているような気がする。


「いこう」


胸の痛みに反し、足取りは不思議なぐらい軽かった。


<中庭>


 文化部棟と一般棟を繋ぐ渡り廊下の丁度真ん中に位置する中庭。

暖かいうちはたまにここで昼食をとる生徒も居るようだけど、この極寒の中この場所に足を踏み入れる物好きはそうそう居るはずもない。


(さて、どうしよう・・・)


そんな中、追いかけていた千堂先輩はなんの躊躇いもなく中庭へのドアを開けそのまま吸い込まれていった。

そのせいかまだこの廊下には外からの冷たい空気がしがみついている。


困った。何が困ったって、ここからどうすればいいかわからなくなった。

こんな人気のないところにしかも一人で来るなんて怪しいにもほどがある。しかし、同じように中庭に入ろうとすれば気付かれるに決まっている。


「ここまで来たのに・・・」


窓に自分の姿が映り込まないようしゃがみながら色々考えてみる。

このドアを開ければ間違いなく見つかるから消し。鏡を使って映してみる?いやいや窓から鏡だけ見えるそんなシュールな絵、怪しまないわけがない。


ダメだ、どうやってもいいアイディアが浮かばない。こんな時有希や工藤君ならどうするだろう、なんてことを考えながらため息をつこうとしたその時だった。


「なんですって!?」


小さいながらも、確かに壁をはさんでいるここまでその声は聞こえた。

先輩に全く似合わない図太い声。思わず周りに誰もいないことを確認しながら、そっと窓から外を覗いてみる。


「・・・っ」


前庭とは違いほとんど手つかずに見えるほど雪の降り積もった中庭で、千堂先輩は携帯を耳に当てながらしきりに手を動かし感情を露わにしていた。

なにやら揉めている模様。幸いにもこちらに視線は向いていない。


「声が・・・、よし」


もう一度よく周りに誰も居ないことを確認して、私は窓のカギに手をかける。そしてそのままそーっと、カギを下ろし音をたてないように注意しながら横へずらしてみた。


「・・・なぜですか!?私は反対です。このタイミングでの行動はあきらかに自滅行為です。そもそも私がここに居る理由に反しています!」


「そもそもその行為が一体どれだけの・・・」


もはやこちらの気配などまったく気にしないぐらい取り乱している先輩。あんなに情緒不安定な先輩も、ものすごく久しぶりに見た気がする。


「タイミング・・・、自滅行為・・・」


携帯での会話の内容は、おおよそ日常生活からはかけ離れたものばかり。確証はないけれど、多分虎族に関わるものと思っていいと思う。


けど、先輩がここに居る理由って・・・?


「はあ。わかりました。これでは埒が明かないのでとりあえず首謀者が誰かぐらいは教えてください」


「・・・はい?私の聞き間違いですか?違う?なぜあの方が。いいえ、なぜあれほどの人物にそんなことをやらせようとするのです!」


「もしもし?もしもし!?・・・ちっ、完全に私達を無視するというのか」


一瞬携帯を地面に投げ捨てようと振りかぶるが、なにかを思い立ったように先輩はもう一度画面を開き乱雑にボタンを操作していく。


「あいつらにも情報を入れておかないとな・・・」


「・・・・・・」


これは間違いなくただごとではない。壁にへばり付きながら、私は静かに畏怖の念を抱いていた。


「なんか聞いちゃいけないこと聞いたような。でも、仕方、ないよね」


自分に必死に言い聞かせながらフラフラとした手つきで窓に手をかけると、携帯の画面に夢中になっている先輩を確認しながらゆっくりと閉め直した。


ここにずっと居るわけにはいかない。それに報告もしなくちゃ。

しゃがんだまま壁伝いに歩いていこうと一歩を踏み出すが、思ってもみなかったほどに足取りが重く、思わず床に手をついてしまった。


「ハハ。やっぱり私、こんなに怖かったんだ・・・」


もはや引きずるように進んでいく渡り廊下の床が、震えるほど冷たかった。


「そう、わかった。ありがとう」


「また、よろしく。ごめんなさい」


 携帯という媒体から響いていた彼女の声がやけに耳にへばりつく。

おそらく無理に平然を気取っていたのだろう。素直に恐れを伝えるよりも、隠した方が相手にはより深き恐れを与えるというのに。


彼女の声は微かに震えていた。辛かったんだろう――――知ってる。

一体どこの誰が彼女をこんな目に遭わせているのだろう――――わたし。


「もしも兄さんにこのこと話したら、怒られるかな・・・」


だから兄さんにはなにも伝えなかった。それも一つの理由。

けれど今回ばかりは兄さんから恨まれようと疎まれようと、非情にならなければいけない相手。


よく考えれば少し前とそう変わらない気がするのに、こんなにも胸が苦しくなるのはなんでなんだろう。過去の自分が、すごく羨ましい。


「・・・邪魔はさせない。兄さんと私達の邪魔は絶対にさせない」


彼女のからの情報は実に面倒なものだった。

ただでさえ長引く予感がしているというのに、なにがおもしろくてさらに複雑にしようとするのか。


いいえ、絶対に複雑にさせてはいけない。もしもこれ以上の負担が兄さんにかかれば、ようやくここまで来たのにまたしても悲劇を繰り返すことになるかもしれない。


「もしもそれでも邪魔をするなら」


だから、その仮定の未来を破壊するために。


「私は虎を狩る」


――――これが、この冬に訪れる最後の試練の約1ヵ月前の出来事である。


◇着信履歴

1月15日12時49分 柳原 玲

1月15日12時46分 相川 健人







次回小説内の日付が少し大きく飛びます。

※この度ツイッターを始めました。これからはこちらのほうにも活動報告等をしていきたいと思います。

ツイッター名は同じく「ハマ@KT」ですので、よかったら見てみてください。

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