第二百一話 絶対王者の福音Ⅱ~禁術の果ては孤独か~
更新が随分と遅れました&今回は少々長くなりすぎてしまいました。すみませんm(_ _)m
ピシッ、ガシャーン!
「!?」
突如足元に亀裂が入ったかと思えば、そこから燦然と黄金色に輝く細長いなにかが一気に天井まで突き抜ける。
すんでのところでバックステップでかわして致命打は逃れるが、それでもかろうじて軌道から逸れた程度。そのなにかは唸るような轟音をたてながら左肩の衣服の破片と共に赤い液体をまき散らしていった。
「くっ、これは・・・楔?はっ!?」
地面に着地した瞬間、再び一寸の狂いもなく真下の地面に亀裂が入る。
急いでまたステップでかわすが今度も交わしきれず、一度目と同じように赤い液体を散らしながら右腕をかすめていく。
「避けきれない?ならば!」
バキーン!
これ以上の同じ動作は全く意味を為さない。
案の定次の着地点から現れた黄金の楔をかわしつつ、今度はこちらに届く前に剣で薙ぎ払う。
途端に飛び散る黄金色の楔の破片。キラキラと光を反射しながら舞うその光景はとても美しく、存在を殺めるものとは到底思えない。
だが当然それを悠長に眺めていられるはずもなく、そうこうしているうちに今度は真横から、そして少し遅れて左斜め後方から次々と楔が襲いかかってきた。
ガシャガシャーンッ!!
「攻撃は四方八方からか。それにしてもこれは・・・」
それから試すように数分間楔と相対してみた。
なにか攻撃のスピードが上がってきているのは気のせいだろうか。まだまだ応戦することはできているが、一刻も早く手を打たなければ致命的になるような言い得ない不安が頭をよぎる。
それにはまずこの黄金の楔の正体を解き明かす必要があった。
読み取れ、感じろ。この一つ一つの楔からの情報を一から十まで手繰り寄せるんだ。
まず一つの特徴としては四方八方どこからでも攻撃ができる。そしてこれはあくまで想像だが相手はあの竜王だ。この攻撃のスピードもいずれは計り知れない領域まで上げることができるに違いない。
だが、この攻撃の最大の特徴はその二つではない。
執拗な攻撃に必死に食らいつきながら、私はある疑問を絞り出していた。
(そもそもなぜ避けれない・・・?)
さきほどからこちらがかわした場所、正確には「かわそうとした」場所に待っていましたとばかりに正確無比な攻撃が襲ってきている。
そのせいでさっきから剣で片っ端から切ってしのぐことしかできない。そもそも完全にかわすということが現状不可能な状態なのだ。
そこでまず最初に考えられるのはこちらの動きが読まれていること。一番ベターかつ現実味のある答えだ。だが先程からどれだけフェイントなどを入れたり変則的な動きをしたとしても、その先に待つ結果は微塵も変わらない。
これだけ手応えがなければ、考えを改める外ないだろう。
では次に考えるとすれば「存在の心」を読んでいるということ。つまり次にどこへ動くかという本能的な意思を、シリウスに読まれている。これならどんな動きも筒抜けで先手先手で対応できるし、フェイント等が効かないのも頷ける。
実はこれが今まで最も私、私達が考えてきた結論だった。
だけど。
「くっ!」
ギュリリリッ!!
左右から交差するように襲ってきた楔を剣で受け止める。
花火のように飛び散る火花が頬をかすめて痛い、はずなのだがそれ以上にこの衝撃を抑えるのに必死で、痛みを感じている余裕さえなかった。
「考える時間など与えないということですか。しかしっ」
ガキーンッ、ガシャン!ガシャン!!
力の限り払いのけて剣を振るうと、すぐさま真後ろから襲ってきた楔を反転し受け流しつつ断ち切る。
(まずいですね・・・。このままでは)
わかっている。このままでは時が経つにつれて速さを増していくこの楔にいずれ対応が追い付かなくなってしまうことは。
だがどうしても、この理論の致命的な欠陥を埋めることができなかった。
もしも心を読む力ならば、速くなること自体がおかしいのだ。一手先を読むことはできても、二手三手先の情報は読み取れない。だがその先を読み取らなければスピードを上げられるはずがないのだ。
そもそも、なぜこんなにも攻撃位置が正確なのか。
正確なんてものじゃない、シリウスによる攻撃はこちらの着地点を不自然極まり程に完全無欠に捉えていた。
もはや完璧すぎて気持ちが悪い。
「・・・・・・」
剣と楔がぶつかる音が頭に鐘のように響き、いまだ答えを導けない思考を無理やりにでも叩き起こそうとする。
これ以上解答が長引けば、こちらはもう成す術がなくなってしまう。
自分の命などどうでもいい。だがなにも道連れにできないなんて今までの私の時の無駄さに反吐がでる。
どうして手を伸ばせば伸ばすほどに答えは遠ざかっていくのか。どんな可能性、ルートを辿っても待ち受けるのは欠陥という堕落。
もはや答えなど存在しないのではないか。そんなことさえ本気で考えるようになっていた。
(・・・それとも、私には答えに辿り着く権利もないということですか?まあ、確かに言い得て妙ですがね)
絶望に満ち満ちた笑みを浮かべながらぼんやりと思考を回転させる。
動きでも心でもない。それでいてこちらが動いた場所を正確無比に把握、しかも何手先までも読み取ることができる方法・・・。
そんな便利かつご都合主義なもの、そうそうあるはずがない。
彼に言わせてみれば俺が最強だから、か。ある意味それは正解か。
最初からそんなもの、存在するわけが・・・
わけが・・・
――――ある
「・・・っ」
声に出そうと必死になり過ぎて言葉が空回り。ただの口パクで、私は恐ろしくゆっくりとその四文字を呟いた。
未来予知――――
今こうして口にしてみてようやくこの事実に気付く。
私は、この答えを随分と前から知っていた。間違いなく。最悪もしかしたら初めから導いていたのかもしれない。
はは、どうりで答えに辿り着かないはずだ。
もう完成された絵を手にしているのに、私はその絵が嫌で嫌で仕方なくて無理やり目をつむり、わざわざその完成品を壊すが如く上から塗りたくっていたのだ。
ただ、こんな絵を描きたくはなかった。それだけの現実逃避のために。
「は、はは、ははは・・・!」
どうしてだろう。不意に込み上げる笑いを止めることができない。
自分の愚かさを笑っているのか。それとも虚しく染み渡る絶望を皮肉っているのか。
なるほど、確かにそれならば全ての説明に合点がいく。
私がどれだけ動こうとも考えようとも、それはその先に待つ結果の過程でしかない。
あの黄金の眼には見えていたのだ。「未来」という結果が。どれだけ足掻こうとも、結果を握られている以上否応なくそこに収束する。まさに滑稽だっただろう。この空間で必死に戦っていた私の姿は。
「やはりあなたは・・・最強なのですね」
それはあまりにも非現実的な力。だが信じるしかないだろう。
なにせ、彼は時空をも司る力を持っているのだから。もはや彼という存在自体が自然に反する存在なのだから。
目の前にある、有り得ないという言葉だけでは到底言い表せない竜王の力。それは世界の理を握る力。最強最高の魔力。そして未来予知という真理に反する以外のなにものでもない力。
こんなの・・・勝てるはずがない。
そういうの、こちらの世界でどういうか知ってますかシリウス。
「チート」っていうらしいですよ。
「私の、負けですね・・・」
戦意喪失。彼の言うとおり、最初から勝負は決していたのだ。
これまで一切休むことなく動き続けていた腕が、急激に力が抜けてだらんと垂れ下がる。体もフラフラと揺れて、眼に映る景色が弱々しくぶれる。
そんな状態の私を、なんの容赦も情けもなく黄金の楔は真っ直ぐ正確無比に迫ってきた。
(この期に及んで、情けを求めますか私は)
(いつから私は、こんなにも自分の命を大事にするようになったのでしょうか)
元々の任務、シリウスの能力の解析は一応は完了している。結果はとてつもなく残酷極まりないものだったが、初めて竜王の力の情報を外部に持ち出せたのは間違いない。
なにせ彼と戦った者はだれ一人再び姿を現すことはなかったのだから。
いつもの私なら、それだけで充分に満足できていたはずなのに。
いつしか、私も貪欲に生きたいと願うようになっていた。
それはこの世界で、願わくば彼等の覇道をささやかでも見続けられたら・・・と。
「ならば風になれ。兄弟」
「・・・え」
突然どこからか聞こえてきた声に一瞬にして耳を奪われた。あまりにも不意を突かれて、いつしか接近していたはずの楔が止まっていることにも気が付けない。
代わりに感じたのはなにかがとすっと、背中にもたれかかってくる感触。
「我は風。そして風が持つ最大の力は速さ、スピードだ。さて、お前が今望む力はなんだ?」
「竜王に、抗う力・・・」
似合わず素直に答える自分。
「そうだ。ならば風になれ。お前の命がどんな経過でここにあるのかなんてどうでもいい。我の存在の糸が微かでもお前に繋がっていることに変わりはない」
「竜王を、「あいつ」を超えるスピードに達してみたくはないか?」
「!?まさか、あなたは」
反射的に振り向こうとした私を拒むようにどこからともなく吹き荒れる風。ひんやりと冷たくあきらめ、活動を終えようとした頭を引き締めるような突き抜けた風だった。
「我がお前に与えるのは速さ。そしてお前が求めるのも速さ。表裏一体、目的一致。残念ながらまだ結びつきが不完全すぎるため今は一つしか与えられないが」
「それでも、あいつを超えるだけの力はある」
ようやく本来の思考を回復させた私の頭の中には、後ろに居るらしい人物の像がなんとなく浮かんでいた。
そうか、そうだったのか。竜王を超える力の意味を今理解する。
かつて、こんな逸話があった。
どんな相手にも屈することのない竜王にも、とある分野で負ける相手が二人いたと。
一人は聖属性の魔法で竜王を凌ぐ女性。そしてもう一人が彼。
「速さで竜王を超えた男」。それが今後ろに居る人物の正体だ。
「しかし、どうしてあなたは私なんかに力をくれるのですか?私が生きたいと願ったからですか?」
問いかけると、彼は微かに体を動かす。
私にはそれが、彼が肩をすくんで見せて不敵な笑みを浮かべているように感じた。
「それは愚問だな。理由など本来必要ない。だが、むりやりそれを具現化させようとするならば、もうお前にはわかっているはずだ」
「・・・まあ、大方はわかってますよ」
「その方が、おもしろいからさ」
「その方が、おもしろいからですか」
この一致はもはや、偶然ではなく必然だった。
「確かに、おもしろいですよね」
今まで感じていた背中の感触がいつのまにかふわりと消えていた。最後の捨て台詞がそれとは、実に私と趣味が合いそうな人だ。
彼はまた歩き出したのだろう。誰も辿り着くことのできない境地を目指して。
だけどそれは自分も同じ。同じように立ち止まっていた場所から一歩二歩細かくステップを刻みながら動き出すと、身体を徐々に回転させていく。
「こんな時は、剣なんて野暮ったいものは似あわないですね」
また動き出した黄金の楔を顔すれすれの距離で眺めながら、右手に持っていた剣に頭の中のイメージを当てはめる。
すると瞬く間に剣は無数の白い筋に分裂し、かき集められながら今度は刃が曲線を描いている小さなナイフに収束した。
「セッション開始。タイマー・・・セット!」
ナイフを逆手に持ち、振り上げた足を戻しながら重心を前へと傾けていく。
初めての魔法、初めての力。しかしそれでも不安も恐れもなにもない。むしろこの高鳴る鼓動は緊張ではなく好奇心だ。
さあいってみましょうか。
竜王を超えしスピードの彼方、「神速」の域へ!
「Dio vitesse sfida!(神速への挑戦)」
・・・バシュッ!
「ん?」
見えていた景色に一気に吸い込まれるようにして加速。しかし黄金の楔はというと変わらずこちらが行く先に現れ、それを俊敏性が増した小型ナイフで片っ端から切り裂いていく。
「イチ・・・ニ・・・サン!」
バシュッ!
「いや見間違いじゃない。奴のスピードが上がっている?」
おそらく、いや間違いなく彼は気付いているだろう。
一定の経過と共に、私の速度は上がり楔が壊されていく速度も上がっている。それも尋常ではないレベルで。
バシュッ!
「これは・・・まさか」
バシュッ!!
だがそんなことはどうでもいい。私はただ目指すだけだった。
「あの大馬鹿野郎のつくりだした忌々しい禁術」
「バカな、いくら繋がっているとはいえ早すぎる!」
「うおおおおおおおっ!!」
周りの景色なんてとうの昔にぐちゃぐちゃになって消え失せた。今あるのは正確無比な黄金の楔とそれを切り裂く自分の姿だけ。ほかは全部こちらよりも後手に回っている。そしてどんどんその距離は離されている。
究極のスピードの果て。そこはなにもない孤独な場所だとそういえば誰かが言っていたことを、私はふと思い出していた。
バシュッ!
「術式起動後、3秒経つごとに自らの速度を倍にする禁術。その効力によりたどり着ける速さはまさしく∞で、それだけを見ればこの術式だけで最強と呼ばれてもいいだろう」
「だがこれにはいくつもの弊害がある。その中でも特に致命的なのが、肉体の限界だ」
バシュッ!
「あと・・・半分だ」
これがおそらく6度目の加速。目標到達点まで残り半分と1つ。
既に感覚は追い付かなくなりナイフを持っているのが不思議なぐらいになにも感じられなかった。
本当にもつのか?この身体。心の奥底で芽生える不安を必死に消し去る。
この術式の力は無限大。だがそれは力のみであり身体は無限大にはならない。
かつてこの力を持っていた者が自らの命を引き換えにそれを試した。
結果は41秒。それが例え竜族でもこの力に耐えうる存在の限界。そしてそこが竜王を超え、神へと達する究極の速さの境地。
13回目だ。14回目はない。いくら最強でも、未来予知なんてチートな能力持っていても。彼の反応速度を超えるその2秒なら勝機がある。
初めてこちらが先手になるその瞬間に賭ける。その2秒の奇跡に!
「ちっ・・・なんでこうも俺の周りには自分よりも他人を優先する奴ばっかり集まるんだろうなあ」
「俺は、こんなことのためにお前に未来を与えたんじゃねえぞ!」
ガキはすぐに目の前にあるものに飛びつく。その無謀さがガキの良いところでもあるが、同時に周り考えずに一人で突っ走るのはただのクズだ。
もう人間の肉眼ではあいつの姿は見えない。ただ火花が溢れるように舞い、耳障りなほどに悲鳴をあげながら楔が床に叩きつけられていく。
俺は頭を抱えた。重く、出すのも疲れるぐらいのため息と共に。
「なあ蓮。お前のその影響力はとうとうこいつにも及んでしまったぞ。正直驚きだ。真面目半分親バカ半分でな」
「だがまだ新芽だ。花咲かせるのはまだまだだし、ましてや枯れるのはもっともっと先だ」
「だから・・・」
ゆっくりと、今でも俺の楔に必死に喰らいつきそして追い越さんとする工藤を細い目で眺めながら左手を前へと突き出して。
「ここで奇跡は起こらせない。まだ、起こらせない」
「自己犠牲のバカは、もうたくさんなんだよ!」
そして同じようにゆっくりと確かめるように、拳をぎゅっと握った。
ピキ、ジャキーンッ!!
「!?」
その姿を確認するのも束の間、工藤は反射的に必死に地面に足を食い込ませながら急ブレーキをかける。が、もちろん普通ならば有り得ないスピードに達していたため止まれるはずもなく勢い任せで前のめりになりながら吹っ飛んでいった。
「・・・ふん。前方へのベクトルを打消し、ただちにその場に停止」
ピキッ、とす・・・
くいっと目を向けると突如工藤の体は空中で急ストップし、一時の間宙に浮いた後力尽きたように地面へと降りていった。
「なんの、真似ですか?これは」
「こうしないと、お前壁に激突して体バラバラになっちまうだろ?後処理がめんどい」
その様はなにに例えればいいだろう。秋の小道を覆い尽くす艶やかな銀杏の群れ。それとも海底に眠る大量の黄金の金貨。どれもちとかっこよすぎるか?
それほどまでに、目の前に広がる景色は黄金一色だった。
だがよく目を凝らせばそれは無数の剣の集合体。どれもが工藤一点を向き、さあはやくとばかりに空間上に留まっている。
これは全て、さきほどまで工藤自身が切り裂いていた「楔の残骸」から精製されたもの。もはや床一面に転がっていた楔が今度は部屋一帯に広がる剣の群れと化していた。
まあ、いわゆるリサイクルってやつか?俺はエコ意識が高いんだ。
「工藤、とりあえずおめでとうと言っておこうか。お前は見事、誰も逃れることはできなかった黄金の楔を乗り越え、ここまで辿り着いた。これは充分に称賛に値する」
「・・・・・・」
「よって、一つ、いや二つの条件付きでお前に暇をやる。もう報告もしなくていいしここを訪れる必要もない。お前はお前のやりたいようにしろ」
「条件、とは?」
まるでこの展開をやつは知っていたかのようにその眼には余裕があった。
喜ぶわけでも怒るわけでもなく、そう、言うなれば虎視眈々と状況を呑み込み従う実にあいつらしいスマートなやり方だ。
「一つ。いずれ来るだろうその瞬間にお前は・・・」
そんな奴に、合わせるようにしてこちらも淡々と告げていく。
工藤は一切質問等は挟まなかった。おそらく、最初から口を挟まないことを決めていたんだろう。
「・・・承知しました。では、もう一つは?」
「ああ、最後の一つは・・・」
本当なら拒否すべき事案を、工藤は当然のように受け入れる。
そんな奴にこんなことを言うのはなにか間違っているような気がしたが、一つのため息と共にいろんな無理を流しきった。
「・・・死ぬな。その瞬間が来るまで」
「!?」
意外だった。また自分の感情など全て押し殺すと思っていたら、工藤はあからさまに驚いていた。
「確かに、お前に命を与えたのは他の誰でもない俺だ。だがな、俺がしたのはそれだけだ。そこからお前に生きる価値を教えたのはあいつだろう?」
「・・・はい。そうですね」
「じゃあ生きろ。そしてあいつについていけ。それがお前の望みでもあるしあいつの望みでもあるはずだ」
「あいつ・・・いや、あいつらを無駄に悲しませるなよ」
「・・・はい。承知しました」
その時の工藤は、幼い子供のように従順でギャップのせいか可愛らしささえ見出せそうだった。
(これで、いいよな・・・。お前)
(結局、俺は親バカだよ・・・)
不意に込み上げてきた笑いを最小限にこらえながら、俺はゆっくりと立ち上がる。
「じゃあな、工藤。またな」
それからどれだけ時間が経っただろう。実際には数分だけだったのかもしれないが、先ほどまでの激闘からの沈黙のおかげでとてつもなく長い時間が経ったような気がした。
「フッフフ、ハハハハ・・・」
自分以外誰もいない部屋。嘘のようにシーンと静まり返ったこの部屋で私は精一杯の自虐を込めて笑った。
ピピッ、ツー・・・ガチャッ
『真一か、随分と連絡が途絶えて心配したぞ。無事か?』
「ふふ、心配も何も最悪永遠に連絡がとれなくなることも予測していたじゃないですか」
『そんな予測、した覚えはないけどな私は』
他の知っている人の声を、身体が無意識に本能で嬉しがっている気がした。
全身がだるく体を起こしているのも疲れたので、私は冷たく冷え切った床にほとばしる痛みを堪えながら仰向けに寝転がった。
「とにかくまあ、無事ですよ。そして任務も成功しました」
「今・・・、帰還します」
後にも先にも、これほど帰れることの喜びを味わった瞬間を私は知らない――――