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第二百話 絶対王者の福音Ⅰ~黄金色の理、最強の理~

※この回は色々長引きそうなので二本に分けます。


<1月12日 1時31分>


「失礼します」


 いつ来ても重苦しすぎる空気がのしかかる扉。その派手めの装飾も原因の一つではあるかもしれないが、それ以外の理由の方が大部分を占めている。

普段ならここを開けるだけでもそれなりの緊張が走るけれど。


なぜか、今日は普段よりも扉が軽く感じた。


「珍しいな。お前が遅刻するなんて」


「たかだか1分、誤差の範囲です。そんなこと気にしていたら何百年何千年と生きられませんよ、シリウス様」


入ってそうそう、もはや睨んでいるといってもいい鋭い視線を向けられる。

だけど実際怒っているわけではない。確かに本来なら遅刻してくれば怒られるのはよくある話でありそれ相応なのだが。


おそらく、私が今日わざと遅れてきたことを彼は知っている。故にここで言い訳などしてもなんの意味もなさない。


「ふんっ、余計なお世話だ。そんな減らず口叩いてないでさっさと報告を始めんかい」


「かしこまりました。では・・・」


案の定怒らないシリウスに促されて、いつものように報告を始める。

今回の報告はやはりあの兄妹のことだろう。もっとも、一之瀬 蓮、伊集院 有希の両名が今どんな状態かなんてもう充分すぎるぐらい知っているはずだ。


それでもなお、私にわざわざ報告させるのはなぜなのか。

こうして話している間にシリウスの顔を見ても、その答えは出てはくれない。


シリウスは私が話し終えるまで、なにも口出しせずずっとただ目をつむりながら耳を傾けていた。


「そうか・・・。とうとう、あいつらの間の溝は埋まったか」


「そうですね。間違いなく、今までよりも深い関係になったと思います」


「そうだな・・・。ここまで来るのに時間がかかりすぎた。だがこれで、ようやく良い報告があいつにもできるな」


「・・・よくやった」


目を開けたその顔に映っていたのは、この地上最強と呼ばれる竜族の長たる顔ではなかった。

心から心配し、願い。そして二人の関係が修復されたことを心から喜ぶ。


そこに居たのは、ただの一之瀬 蓮と伊集院 有希の父親。

それ以上でもそれ以下でもなかった。


「私を称賛されても困ります。私はただ見ていただけ。これはご本人たちと、それを支える仲間達の力の成果だと思います」


「たくっ、可愛くない奴だな。こんな時ぐらい素直に喜んだらどうだ。それはそうと、ついでに俺からもお前に良いことを教えておこう」


「はい?」


「偶然か、必然か。どうやら蓮のやつこの俺が作り上げたシナリオに気付いたらしい」


「なっ、それは本当ですか!?」


「本当だ。先ほど蓮にかけた封印が解けたのを確認した。やりやがったよあいつ。このタイミングでなあ」


不意を突かれて思わず驚きを露わにしてしまう。けれど当の本人のシリウスはというと、むしろ喜んでいるような不思議な表情を見せていた。


封印が解ける、それはすなわち一之瀬 蓮がこれまでの戦いがシリウスによるシナリオだったことに気付いたということ。

なぜ気付いたのか。それは彼にしかわからないが少なくとも我々の作戦が破られたということに相違ない。


しかし、その気付く「タイミング」があまりにも運命的過ぎた。


「工藤、お前はよくやってくれた。そのおかげでここまでやってこられたのだしそれは充分に賞賛に値する。ありがとう」


「・・・なにを突然。私はなにも、怒ってもいないし悲しんでもいませんよ」


「使命は、一応果たすことが出来ましたから」


これが、悔しいという感情なのだろうか。いいや何か違う気がする。

全身に力は入っていない。シリウスに向ける眼差しにもトゲ一つなく、ただただ素直に現実を受け止めているはずだ。


この一連の作戦を終えるまで、一之瀬 蓮に気付かれないようにするのが私の役目であり使命であり義務だった。

実際ここまで封印が解かれることはなかったのだから、その役目は果たしているはず。


だけど、それでもいわれようのない感情が胸に突き刺さる。


「情報はお前から聞いている。次なる目標がどんなものであるか。正直俺もこれは想定外の展開だ」


「はい。ですから、このタイミングでの封印解除はある意味好都合だったと思います」


「それでも、どうなるかはわかりませんが」


想定外と言いながら、その顔には心配や恐れの色は一切ない。

もしやこれ自体も知っている、いや、この事態の先にある結末さえすでにわかっているのではないかと疑いをかけたくなるのは野暮なのだろうか。


それほどまでに、シリウスの心が動く気配はなかった。


ならば・・・


「なあに、今のあの二人ならどうとでもなるさ。もちろんこれまでとは比にならない激しい戦いになるとは思うが」


「しかしまさかこんな「イレギュラー」が二度も発生するとはな」


「・・・・・・」


「ん?どうした工藤」


シリウスはその異変に気付く。何一つ音を発することもなく俯きながら目をつむり、小さく口だけを動かしている私の姿に。


「いえ、なんでもありませんよ。ただ・・・」


「あなたを、殺してみたくなっただけです」


パチン!


 指を一度鳴らしたと同時に、突然シリウスの真後ろに小さな緑色の魔方陣が現われ瞬く間にそこから一本の矢が放たれる。


ビシュッ、ガシッ!


しかし完全に死角から放たれたはずのその矢を、シリウスはこちらに目を向けたまま片手一本でいとも容易く掴み取った。


「おいおい、これは一体どういうつもりだ?工藤」


「言葉のとおりです。一応私も一段落したので、ちょっとあなたに刃向かってみたくなったのですよ」


「・・・ふんっ、ふふふ、フハハハハッ!」


この重苦しい部屋に高らかに響き渡る笑い声。

しかしそれでも微塵も空気は和らぎはしない。むしろ今度は恐れと威圧が交じり更なる混沌の場と化していた。


「いいねえいいねえ。そういうバカで無鉄砲で、無謀な行動は俺は大好きだぜ?工藤」


「じゃあその決意に敬意を表して、いいことを教えてやろう」


その手に握られた矢がミシミシと音を立てながら曲がっていく。


「この部屋の周りに結界、それこそあの二人ぐらいしか突破のできない結界を張ることは簡単なことだ。そうすればお前達は無論、誰もこの部屋には入れない」


「だが俺はその結界を張らない。なぜだかわかるか?」


グシャッ!


そして限界を迎えた矢が、手の中で折られるのを通り越してもはや木端微塵に砕け散った。


「俺が、「最強」だからだよ」


「!?」


一度向けられたその黄金色の眼光を前に、吹いてもいないはずの激しい向かい風に襲われたような気がした。

本気の目。それはさっきまでの父親の目なんかではない。


これぞまさしく竜王の目。最強という名にふさわしい圧倒的な威圧、プレッシャー。襲い来る寒気と痺れに言葉を失い、普通の人ならここでリタイアしてしまうことだろう。


それはもはや、生きている者としての当然の本能。


「今この世界で俺よりも力が上の奴は存在しない。故に襲撃があったとしてもなにも恐れることはない。むしろ大歓迎だ」


「だから工藤。お前のその意志も歓迎する。さあ来いよ」


「ただし、死んでも責任は取らないがな」


「・・・責任なんて、私が死んでも誰にも責任は問われませんよ」


俯きながら右手に持ったのは、普段使っている弓ではなく新緑の剣。

いつもよりも柄が冷たく感じる。それはこれから始まる戦いに対する高揚なのか。それともプレッシャーという名の畏怖なのか。


私には、わからない。


「俺に剣で挑むか。いいだろう。ではハンデとして俺は武器を持たない。そしてついでに」


「力を、10分の1に設定してやるよ」


そう言うとシリウスは小さく口元を吊り上げた。

10分の1と言われれば、普通ならそれなりに苛立ち、奮起するものだろうけど。今はそんな普通のものさしで測ることなど自殺行為もいいところ。


はっきり言えば、シリウスが100%の力を出せば間違いなくこの世界そのものが消滅する。これは大袈裟ではない。紛れもない事実だ。


10分の1。それはこの世界で、この状況で。今シリウスが出せる最も大きな値。見下すわけでもなく。やれるものならやってみろという挑戦的な眼差しがその彼の意志を物語っていた。


そもそも、彼の辞書に「容赦」の二文字はない。


「では、いきます・・・」


静かに目をつむりながら、剣を顔にかざし意識を集中させる。

一方は剣を、もう一方は悠長に座りながらそれを虎視眈々と眺める。なんとも愉快な絵面だった。


「・・・っ!」


パチン!シュイン、シュイン、シュインシュイン・・・・


「これは・・・」


剣をかざしたまま、再び空いているもう片方の手の指を鳴らす。

すると最初に現れた小さな緑色の魔方陣が、今度は瞬時にものすごいスピードで大量に出現し増殖を続ける。


シリウスを取り囲むようにして現れるその魔方陣は、やがてあっという間に彼を埋め尽くし姿が完全に見えないほどの数になった。


「Stupido wind(疾風の象限・乱)」


そして魔方陣から矢が、ただ一つの目標へ向けて一斉に照射された。


「第一段階終了。次・・・」


しかし何百本、何千本と放たれたはずの矢が命中する手応え、音がこの部屋に響くことは全くなかった。

今の流れを止めることはできない。だけどこの異様な静けさはなんだ?


「今紡ぐは風の道しるべ。荒ぶる烈風は我が前に白き刃となり・・・」


極度のプレッシャーとどうにもならない葛藤が襲い来る。

シリウスの動きが読めない。というよりも動いた気配が全くない。だがこちらの攻撃が命中した感触も遮られた感覚も一切ない。


だがここで攻めの手を緩めるわけにはいかない。

今シリウスと戦ううえで、唯一まともに渡り合える方法が先手必勝からの波状攻撃。これを破られる=敗北を意味する。


彼自身が言ったように、現段階で彼と真正面から戦える者など「まだ」存在しないのだから。


「Arrogante wind(疾風の象限・烈)」


詠唱と同時に、今度は突き出した左手の前に白い弧を描きながら辺りの空気が収縮していき、一つの丸い球体となって現れた。


(やるしかないか・・・)


空いている手も添えた剣でその白い球体を串刺しにすると、天高く掲げたのち、思いっきり振りかぶって地面へと叩きつける。


ガキン、キュイーン!!


剣先と地面の間で押しつぶされた球体は瞬く間に破裂して弾け飛び、無数の鞭の様な軌道を描きながら今だ先ほどの魔法の影響で姿が見えないシリウスへと襲い掛かかった。


だけど自分でもその時感じていた。今確かに剣を振り下ろす手に迷いがあったことを。

あきらかに動揺している。そしてその動揺の原因、答えは舞い上がった煙の先に悠然とこちらを待ち構えていたのだった。


「これは・・・」


そこにあったのは、数千の矢と先ほど放った風の鞭が宙に浮かんだ状態。いやまるで時が止まったかのように完全に静止している光景だった。

思わず近くの壁に張り付いている時計を見るが、秒針は何事もなかったように動いている。


「さて、ここで問題だ。なぜお前が放った魔法が止まってしまっているか。お前ならわかるよな?」


「・・・「絶対王者の福音」」


私がそれを口にすると、矢と矢の隙間から確かに彼はほくそ笑んだ。


「その通り。この世界の理は俺の理で理と成す・・・」


「それが、「絶対王者の福音」ってやつだよ」


グシャッ!パリーン・・・


シリウスが目を閉じると同時に、そこにあった矢も風の鞭もなにもかもが一斉にぐちゃぐちゃに潰れ、跡形もなく砕け散っていった。


ただ、一本の矢を残して。


ビシュッ


「・・・・・・」


シリウス目掛けて放ったはずのその矢は、見事に逆行し風を切るのと一緒に私の頬をかすめていった。

飛び散る血しぶき。切れ口からは流れ出した血が、ゆっくりとつたっていく。


だけど、痛みを感じている暇がない。


「先に言っておくぞ。この勝負、今の状況ではお前が勝つ可能性は0%。いやそれ以下。もうすでに、結果は出ずとも未来は確定しているのだ」


「・・・・・・」


「それでも続けるか、工藤。無駄という名の虚空に、その身を散らすか」


そんなことは最初から知っている。その言葉が口から出ることはなかった。


最強。その二文字を前に私は初めて不可能という言葉を用いたい。

なにしろこちらの攻撃は全て届かない。加えて圧倒的すぎる魔力の差。その上さらにシリウスの力はこれだけではないはず。


これだけでもお釣りで充分に暮らしていけるレベルだというのに。おそらく彼にはもう一つ大きな力がある。


「・・・すみませんシリウス様。今は少しばかり、悪あがきをしたい気分なのですよ」


私にはそれを、確かめる義務がある。こんなにも危険すぎるミッションはいつ以来だろう。

高鳴る鼓動を抑えるために一人静かに深呼吸をしながら、耳元に空いている手をかざした。


「リンク開始。後は頼みましたよ、三上先生」


ジャキッ


そして私は、剣を構えた。竜族を統べる王に。一之瀬 蓮、伊集院 有希の二人の父親に。


ついでに、これから私の命を奪うであろう存在に。


「いいだろう。では追加ルールだ。これから始まる俺の攻撃に耐えてみせろ。そうすればお前の勝ちだ」


「まあ、今のお前じゃ不可能だけどな」


 シリウスはゆっくりと右手をこちらに向けて伸ばした。黄金色の眼は更にも増して輝きを強め、突き刺さるようなプレッシャーを幾重にも重ねて殴りつけてくる。


「じゃあな、工藤。また会おう」


今この瞬間の一秒一秒が、こんなにも尊く感じたのはこれが初めてです――――







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