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第百九十八話 Dear~それがすべての始まりで~

今回もまた非常に長くなってしまいました。スミマセン><

これで伊集院編は終わりです。


「伊集院・・・さん?」


 俺の目に飛び込んだ光景。

それはアスファルトに横たわったままの伊集院さんの体が淡い光に包まれて、そして少しずつ、体の一部が光の粒となって天へと昇っている姿。


「伊集院さん!くっ・・・!?」


急いで立ち上がろうとするも俺の体は動かない。

もはや消えかけようとするこの体はここに存在するだけで精一杯のようで。俺の意志なんてなにも受け付けてはくれなかった。


目の前に、俺より先にこの世界から消滅しようとする妹が居るのに。なんで俺は駆けつけてやれないんだ。動けよポンコツ!


「どうやらわかったようだね。じゃあタネ明かしをしよう。僕が狙っていたのは君じゃない。最初から彼女が狙いだったんだ」


「な、に・・・?」


「もちろんついでに君も殺せれば最高のグッドエンディングだったけど。残念ながらそれは叶わなかった。けれど、最低限の仕事は達成したよ」


「伊集院 有希、シリウスの娘であり君の妹を消滅させる。ってね」


その瞬間、俺にとてつもない嫌な寒気が襲った。

消滅・・・達成?伊集院さんが消える??頭の中で、最悪のシナリオに続く言葉がぐるぐると回り続ける。


「さて、もう時間のようだ。せいぜい残された時を存分に生きるんだね、一之瀬 蓮君」


「おい、待て!!」


パリーン・・・!


目の前で浮かんでいた光の粒が弾け飛ぶ。

これでディバイバルトは完全に消滅した。俺の勝利だ。ターゲットを、自分の力で見事倒すことができたんだ。


なのに、なんでだよ・・・


なんで、大切な人まで消えなきゃいけないんだ。


「くそーーーっ!!」


俺は空に向かって叫んだ。けれどなにも返ってくることはない。

雨はなおも降り続ける。顔を濡らして、体を包み込む雨は、このバッドエンディングにふさわしい冷たく悲しい雨だった。


どこで間違えたんだろう。ディバイバルトと戦った時?それとも伊集院さんと?はたまたあの文化祭でのデートまで遡るか?


記憶の中のビジョンに映る伊集院さんを見るたびに、俺は死にたくなるほど胸を締め付けられた。

やっぱり俺の力は、絶望しか生み出せないのか?喜びを、生み出すことはできないのか・・・?


答えろよ俺!教えてくれよ親父!!

目からなにかが溢れて視界が遮られるけど、これも雨の仕業だと自分に言い聞かせる。俺に、涙を流す資格なんかあるわけ・・・


「蓮!」


「ハッ!?」


 突然聞こえた懐かしい声に視線を向けると、そこにはいつのまにか息をきらしながら俺を見下ろす健の姿があった。


「大丈夫か?蓮。ようやく結界が消えてここに来れたぞ」


「健。健なのか・・・?」


「蓮君!私も居るよ、みんなちゃんとここに居るよ!」


「玲・・・。そっか、そうだったんだな・・・」


健と玲がそれぞれ俺の手を握る。温かった。本当に。目からもっと一杯なにかが溢れてきそうなほど温かいその手は、俺の思考を再び回転させるのに充分すぎるものだった。


そうだ。俺、そして伊集院さんには仲間がいる。


まだ、終わっちゃいない!


「健、玲。頼む。俺を伊集院さんのところへ連れてってくれ」


「蓮、こんな体じゃ無理だ。伊集院さんのところへは工藤が行ってる。だからお前は・・・」


「ダメだ。それじゃダメなんだよ。俺が、行かないと、いけない・・・んだ」


「蓮君・・・。健!」


「わかってるよ。そのかわりお前、行くからにはちゃんと落とし前つけろよ?」


「・・・たりめえだろ」


 俺は健と玲に肩をかしてもらい満身創痍で伊集院さんの居る場所を目指した。

遠い。さっきまであんなにこの屋上を駆け回っていたのに。今はどれだけ歩いても近づけないような気がした。


でも、行かなきゃ。たとえこの体が消え去ったとしても。魂だけになっても行かなければならない。


「工藤・・・伊集院さんは?」


「一之瀬さん・・・」


やっとの思いで辿り着いて、しゃがみこみながら伊集院さんを見る工藤に尋ねる。

けれど、そんな俺に対し工藤は無言で首を横に振った。


「これは「光の乖離」・・・です。普通自分の魔力を極限まで使いすぎると枯渇状態になり、著しく身体機能が低下するのですが。それは我々の話。伊集院さん・・・そして一之瀬さんの二人はこれと違うんです」


「どういう、ことだ?」


「あなた方二人の属性は光と闇。この二つの属性だけは一般的な属性と全く違う別物。その力はなによりも強力ですがなによりも負担が大きい」


「普通なら扱えません。だけどあなた方は扱える。それはなぜか?・・・あなた方二人は光と闇そのものであり、いわば結晶だからです。その身体も、能力も結晶により構成されている。けれどもし、結晶の元である魔力を使い果たしたら・・・?」


「構成していた結晶が消えて、身体も、消滅する・・・」


俺がそう答えると、工藤は今度は無言で頷いた。


「そんな・・・。なにか方法はないのか!?光は癒しの力を持っているんだろ?なら自分自身で回復する方法も・・・」


俺はその時気付かなかった。健も玲も、俯きながら表情を曇らせ歯をくいしばっていたことに。

みんな知っていたんだ。その事実を。


そして工藤もまた、やはり首を横に振った。


「これは光属性の特徴の中でも有名なものです。光は確かに存在を癒す力を持っていますが、自らを癒すことはできない。自分で自分を救うことはできないんです」


「残念ですが、もうどうしようもありません」


その言葉を工藤が口にした瞬間、雨足がまた強くなった気がした。

工藤の言葉も、俺の思いも。なにもかも吸い込まれていくようで。頭が真っ白になった俺はアスファルトを打ち付ける雨音に耳を傾けることしかできない。


そ、そん、な・・・

工藤の言葉、それはまさしく「死の宣告」だった。


「一之、瀬・・・蓮・・・」


「ん?伊集院さん!?」


 その小さな口が微かに動いたことに気付き、俺は慌てて傍に近付こうとする。けれど玲と健に肩を貸してもらっていたことを忘れていて思いっきりバランスが崩れてしまいそうになった。


「お、おい蓮待てって」


「ちゃんと有希のところまで連れて行ってあげるから」


玲と健に導かれて、俺は伊集院さんが横たわるすぐ傍、彼女に最も近い場所に座り込む。


「わた・・し、は・・・」


「え、なに?伊集院さんなんて言ってるの?」


「あ、な・・・た・・・の」


目をうっすらと開けながら、確かに口を動かしている。

けれどその口から絞り出される言葉はあまりにも小さくか弱くて。俺の耳に届く前に雨音がなにもかもをかっさらっていっていた。


こんなに、こんなに近くに居るのに。やっとこんなに近づくことができたのに!


「・・・ふう。仕方ありません、一之瀬さん少し離れていてください。わずかですが伊集院さんの手助けをしましょう」


「え・・・?」


「ちょっとした魔法ですよ。その人の心の声をそっと取出し、あなたに伝えられるようにします」


そう言うと工藤は消えかかっていく伊集院さんの体の上に手を置いて、静かに詠唱を始めた。


「風は運ぶ。汝が唄うしらべを。風は聞き入れる。汝が願いし言葉を。今ここに便りはそよ風と共に訪れる・・・」


「Dear breeze your phianthropy(彼方の便箋)・・・」


工藤の手から現れた優しい黄緑色の光が、伊集院さんの体全体を包み込んでいく。

だけど、詠唱を終えた工藤はすごく悲しそうな目をしていた。まるでなにか自分がしたことを悔いるような工藤の目。


「伊集院さん、聞こえるか?聞こえるなら返事してくれ」


「なあ工藤、今の魔法って・・・」


「バレましたか。そうです。一之瀬さんには言えませんが、これは死ぬ間際の存在が伝えたいことを伝えられるように手助けする魔法・・・」


「「遺言」用、ですよ」


魔法をかけられた伊集院さんは、それまでかろうじて開いていた口を閉じてしばらくの間音を発することはなかった。


俺はひたすらに待ち続けた。こんなにも一秒一秒が長いと思ったことはない。俺と伊集院さんが関わったのはまだこの一年足らずだけ。この体としてはもう何百年の付き合いだろうけど、それでもこれが一番長いと俺は言いたい。


待つのが苦しいんじゃない。待つのが楽しいんだ。

だって、まだまだいっぱい話さなきゃいけないことがあるんだから。


「・・・私は、母が大好きだった」


「!?、伊集院さん?」


それから何分経ったんだろう・・・わからない。

なんの前触れもなく、普段の伊集院さんの声が届いて少し俺は戸惑う。


「それと同じくらい、兄が大好きだった」


「・・・・・・」


「病弱でほとんど外に出れなかった私といつも遊んでくれて、いつでも私と一緒に居てくれて。強くて優しくてかっこよかった兄は私の誇りで、目標だった」


俺の気のせいだったのか。兄のことを話す伊集院さんの声は今まで聞いたことのない弾みがあって、目を閉じればそこに笑顔の伊集院さんが居るような気がした。


「だけど、いつの日か。兄に好きな人が出来た」


「とても綺麗で、明るくて。兄と同じようにとても優しい人。よく私に会いに来て兄と一緒に遊んでくれた」


頭の中に、あの過去の世界で見た少女の姿が浮かぶ。


「私は自分のことのように嬉しかった。竜族と人間、種族が違っても二人なら超えられる。必ず幸せになってくれる。そう信じていた」


「だけど・・・、その幸せを奪ったのは他でもない。人間」


「人間たちはあの人の命を奪い、兄を暴走状態に追い込み。そして結果的に私の母の命まで。大切なものをなにもかも全て奪っていった」


「私は人間を憎んだ。必ずこの報いはうけさせる、そのために強くなろうと誓った。けれど母が命と引き換えに繋いだ命は・・・一之瀬 蓮という「人間」だった」


「っ・・・」


「両親がどう考えていたのかはわからない。だけど私は、あなたという存在が許せなかった。なぜ人間のあなたが生きている。どうしてあなたのために母は死なないといけなかったのか。何回も、何十回も何百回も、私はあなたを殺したいほど憎んだ」


「でも・・・殺せなかった・・・」


「伊集院さん・・・」


その時俺は、伊集院さんの「涙」を初めて見た。

確かに技と技がぶつかって見えた過去のビジョンにも泣いている伊集院さんは居たけど、それは俺が知っている伊集院さんじゃない。


間違いなく、これが初めて俺、一之瀬 蓮の見た伊集院さんの涙だ。


「だって、あなたは輝いていたから。兄のように力はなくても、兄と同じ、いやそれ以上に優しくて。誰かのために全力を尽くして、誰かのために一生懸命になれて・・・」


「あなたと過ごして私はようやく気付いた。私はただ導き出されていた答えを必死に否定したかっただけなのだと。そのために私はとんでもない過ちを犯そうとしていたのだと」


「・・・お母さんゴメン。私、悪い子になってました・・・」


もうそこに、絶対的力を誇る光の竜、ホワイトドラゴンは居なかった。

そこに居たのは普通の、どこにでも居る家族思いの少女。そして人一倍さびしがり屋の少女。


どうして気付いてやれなかったのだろう。どれだけ凄い力を秘めていても、彼女が彼女であることに違いはないのに。俺は自分を呪い殺してやりたい。


小さく震える手を握ろうとしても、もう俺の手では掴むことさえできなかった。


「お前は悪い子なんかじゃない。お前は絶対悪い子なんかじゃない!ただ、誰かと一緒に居ることを望んでいただけだ。悪いのは苦しませていたこの俺だ」


「だから消えるな!もうお前にはみんなが居る。お前はもう一人ぼっちじゃない。これからもっとたくさんいっぱいいっぱい、色んなことができるんだぞ?」


「だから・・・消えるな伊集院さん!!」


自分でも気づいている。俺は今思いっきり泣いていた。子供のように、人目もはばからず大号泣していた。

悲しいんじゃない苦しいんじゃない。ただ、悔しいんだ。


やっと伊集院さんのぬくもりを知ったのに、俺はそれにもう触れることさえできないことが・・・っ!


「・・・いいの、もう。私も責任をとらないといけない。それにやっと、自分の答えを言葉にできるだけで私が生きた意味には充分だから」


目の下を満たしていた涙が、滴となって飛び散る。


「私は・・・今でもあなたが大好きですっ!」


伊集院さんがその時見せた表情は、またしても俺が初めて見る表情。

頬を赤らめて、涙を流しながらも満面の笑顔を浮かべる少女の姿だった。


パリーン・・・


「っ・・・ぁ・・・」


だけど、それはそのすぐの出来事。

一瞬時が止まった。そして突然、俺の目の前で弾けるように伊集院さんの体が無数の光の粒となって舞い上がった。


「う・・・そ、だ」


声になっているかもわからない小さな声で俺は呟く。

何度瞬きしても景色は変わらない。俺の目の前を、光の粒が舞い続ける。


「伊集院さんっ!?」


「有希!!・・・そんな、こんなことって・・・」


「・・・・・・」


隣に居る健と玲の声が耳に届くと同時に、俺はこれが現実だと知らされる。

これが・・・伊集院さん?俺達と一緒の学校に通い、一緒の部活に所属し、一緒に時を過ごしてきた伊集院さんだっていうのか?


もう、あの笑顔は見れないんですか・・・?


「うわああーーー!!」


「玲、しっかりしろ!お前が泣いたら・・・俺まで泣いちゃうだろ?」


「でも、有希が。有希が!」


泣き崩れる玲を、健が必死に支える。その健でさえも目に涙を浮かべていた。

俺は、今どんな顔をしている?泣いているのか?みんなと同じように。


俺の気のせいかもしれないが、両手は拳を握りしめているような気がする。俺の気のせいかもしれないが、これでもかと歯を噛みしめているような気がする。


「・・・・・・」


これが俺と伊集院さん、光と影、白と黒の物語の完結か?こんなもののために伊集院さんは苦しみ、生きてきたのか?


俺の頭の中で、誰かが囁く。


白と、黒。光と、影!


「健、あそこに落ちている俺の剣を持ってきてくれないか?」


「え・・・?」


「頼む、急いでくれ」


「わ、わかった!」


健は声を震わしながらきょとんとしていたが、俺の顔を見てすぐさま向こう側に落ちたままの漆黒の剣を取りにいってくれた。


「・・・?なにをする気ですか?」


「さあ。俺にもわからないよ」


「・・・ほら、取って来たぞ蓮」


「ありがとう」


 俺は健に手渡された漆黒の剣を手につかむ。

散々雨に打ち付けられていた剣はびしょびしょで、柄は触れるだけで痛くなるほどキンキンに冷えていた。


ジャキッ


「なあ工藤。光の特性ってほかにもあったよな?」


「あ、はい。まだいくつもありますが・・・」


「その中にさ。確かそこにある闇が大きければ大きいほど、それを照らそうと光は強く大きくなるんだよな?」


「そう、ですね。それが相乗効果で・・・ハッ!?」


さすが工藤。ちょっと聞いただけなのにもう俺がやろうとしたことに気付いた。

だけどもう遅い。俺は既に剣を振りかざし、渾身の力を込めているところだった。


「相川さん、一之瀬さんを止めてください!!」


「え?」


「もう遅いよ」


「蓮君!?」


これは紋章のおかげと、伊集院さんの魔力のおかげだ。

魔法の使えない竜族。人間以上竜未満でない今の俺だからこそできること。


「一之瀬さん!今のあなたがそれをしたら、あなた自身が・・・」


「それで、いい。これで消えるんならそれもまた運命だ」


「今は、伊集院さんがしっかり生きる時だ!」


そして俺は体に秘めているありとあらゆる力を剣に乗せて、さっきまで伊集院さんが横たわっていたアスファルトに思いっきり叩きつけた。


ガキーンッ!!


「魔力完全解放!伊集院さんを、返してもらうぞーー!!!」


ピキーンッ、シュバアアッ!!


俺の体から一斉に噴き出す黒い霧。一瞬にして全身を包み込み、やがて激しく爆発し煌めく黒き光となって空へ向けて突き抜けた。


やっぱり俺自身消えかかるほど魔力を消費していたから残っていた力は本来に比べれば微々たるもの。それでも、凝縮して一気に全開にすれば応急処置ぐらいにはなるはずだ。


『そこに強き光があれば深き闇ができる。そこに深き闇があれば、必ずそこに大きな光が存在する!』


「ぬうおおおおおおおおおーーーーーーーーっ!!!」


意識がどんどんと遠のき、剣を持っているのも限界になってきた。全身から力が抜けていく。なくなりかける意識に抗いながら、それでも俺は先ほど散らばった光の粒が確かに再び集まりだしているのを確認した。


もっと、もっと強く。これ以上やれば工藤の言うとおり間違いなく消えるだろうけど、それでも俺は剣に込める力を弱めることは決してなかった。


消えたらその時はその時。

今の俺の目には、ただ伊集院さんを助けることしか見えていない。気付いた時には俺の体はとっくの昔に限界を通り過ぎていた。


生きてくれ、伊集院さん。生きて生きて生きて生きまくってくれ、伊集院さんっ!!


ピキッ


そしてこの体を維持するための魔力が完全に尽きたとき、その瞬間はあっけなく訪れる。


パリーン・・・


「蓮君!!」


「蓮!!」


遠くの方で、健と玲の声が聞こえた。

またあの二人に心配をかけてしまったな。今度埋め合わせしないと。今消えてしまう俺の頭の中では、そんな他愛もないことが浮かんでいた。


もうなにも感覚がない。多分体がもう全部消えちゃったんだろう。

かろうじて生き残っていた意識と目でさえも、溶けていくように消えていく。


「伊集院、さん・・・」


最後にこの目に映った景色には、眩い光の中で天使のように優しく微笑む伊集院さんが見えたような気がした――――


「・・・ありがとう、一之瀬 蓮」


「大丈夫。私があなたを、死なせはしない」





数日後


「・・・・・・」


 いつもどおりの朝。今日は登校時から雪がちらほらと降っていて、風が吹く度に身を震わせるような、そんな寒い朝だった。


「・・・・・・」


だけど不思議と左腕だけが温かい。手袋をしているわけでもないし、ジャンパー等を着ているわけでもない。現に右腕や体、その他もろもろは充分に寒い。


さてどうして左腕だけが温かいのか。

その答えは左を向けばすぐに見つかってしまう。


「よう、蓮・・・って」


「おはよう蓮君・・・。あ」


いつものように校門の前で玲達と合流する。

けれどその視線の先は案の定、見事に俺の左腕・・・というより、左隣に居る人に集まっていた。


「あー伊集院さん?もう学校着いたぞ?そろそろ離れて・・・」


「・・・嫌」


「嫌と言われても、ほら周りにたくさん人居るし」


「・・・嫌」


そう、これがやけに左腕が温かい紛れもない答えである。

準備を整えて玄関を出たと思ったら、家のすぐ前になぜか伊集院さんが待ち構えていて。それからすぐさま捕獲、もとい俺の左腕にくっついて離れなくなってしまった。


そのためここに来る間ずっと俺は伊集院さんと腕を組んだまま。

非常に歩きにくいし周りの目は痛々しいし、なんかもう朝からすごく疲れました。


「ふふ、もうラブラブね」


「まあ兄妹でありながら数百年もの間兄に甘えられなかったんだから。無理もないかもしれないけどな~。にしても熱い熱い」


「・・・そういうもの、なのか?」


熱心に俺の左腕にしがみついている伊集院さんを見れば、なんとも幸せそうに目をつむっている。

こんな表情されちゃうと、離すことなど不可能な気がするんですが。


「まあ、いいんだけどさ」


俺もちょっと嬉しいし。なんて言葉は口が裂けても言えない。


「さあ行こうぜ。はやくしねえと遅刻しちまう」


「にしても有希かわいい~」


「それは同意、じゃねえ!はやく行くぞ」


――――俺が繋いだ伊集院さんの命が、母が繋いだ俺の命を再び繋ぐ。


 あの戦いから数日。こうしてまた、俺達の前に日常が訪れていた。

朝起きて学校に登校して授業を受けてみんなと駄弁って。そんな平凡だけどかけがえのない時間が再び流れていく。


けれど前に訪れていた日常と今の日常は、なにもかもが大きく変わっていた。


それは俺達兄妹のせい。そう言って間違いはないだろう。


やっと、数百年の時をえて俺と伊集院さんの時は動き出す。

白と黒、光と影。ようやく俺達兄妹の本当の物語は今、始まりを迎えた――――


「・・・大好き」







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