第百九十二話 その先、迷走あり~導きし答えの末路~
※今回は少し長めです
<体育館>
「・・・んん!?」
「どうした健。まさか」
「ああ・・・また来たぜ。ビビッとな」
また、一つ鼓動が跳ね上がった。
男子生徒たちが楽しげにバスケをしている最中、なにかに揺り動かされたように立ち止まり目を閉じて集中力を高める健。
「また、か・・・」
それに対し俺はというと、特に驚くこともなくむしろ冷めていっているような感じに一言呟くだけだった。
「工藤、たった今健が魔力を感じ取った。そっちの方はどうだ?」
「はい。こちらも動きがありました。先ほどと同様、さっきまでそちらにあった反応が消滅。代わりに新たな反応を感知。場所は3年C組の教室前です」
「・・・了解」
工藤からの報告に一言で返すと、思わず通話を切りそうになった指を慌てて引っ込める。
「健、どうやらまた反応が消えちまったみたいだ。そして今度は3年C組の教室へ向かえってさ」
「ふ~そうか。確かに反応は消えてるもんな~」
「やっぱりまた消えたのか?」
「ああ、綺麗さっぱりなくなっちまったよ」
どうやら健自身も変化を感じたらしい。閉じていた目を開けて首を傾げる素振りを見せながらその異変にじっくりと浸っていた。
例によって、俺はなにも感じていないけど。
「くっそ~これじゃあれだ。えーとなんだったっけ・・・そう、はたちごっこだ!」
「・・・健、そりゃいたちごっこだ」
なんだそのセンス溢れるボケは。今のはスルーのしようがないぞ。
健のことだから深くは考えていないんだろうけど、そもそもはたちごっこって色々と意味深すぎるよその言葉。
ちょっとピンク色の妄想した人、果たして何人居るんでしょうね。
「ふー、しかしここまで全力ダッシュして次は3年C組の教室か。さすがに堪えるな。なんか飲み物買っておけばよかったぜ」
ぐーっと背伸びをしながら悔しげな表情を浮かべる健。
その視線の先をたどっていくとそこにはこちらに見せつけるように(実際そんなわけないんだけど)パックのジュースを飲む男子生徒2人の姿が。
しかもよく見ると一人の奴が持ってるの、俺の好きなイチゴオーレじゃないか。
そんな光景見てたら、俺も無性に喉が渇いてきた。
「確かに。まあこれが終わったらいくらでも冷たい飲み物が飲めるさ」
「ふむ、それもそうだな。んじゃまあいきますか、その反応とやらがあるところに」
「ああ行こう」
進むことを何気に拒んでいる足を無理やり動かして、俺達2人は再び動き出した。
(これが終わったら・・・か)
なんてまあ適当なことを・・・。健の背中が微かに揺らぎながら進むのを眺めながら、俺は密かに後悔していた。
きっと知らずうちに感じ取っていたんだろう。俺たちはまだ、終わりのある道にさえ這い上がれていないってことを。
(なにか・・・忘れてるような)
その後、それが当然であるかのように俺達は現在に振り回される。
まず3年C組の教室を皮切りに、1年B組教室、グラウンド、前庭、2年A組の教室、渡り廊下・・・。それこそ学園の端から端まで何度もいったりきたりを全力ダッシュでひたすら繰り返していった。
「ハア・・・ハア・・・もう無理」
ドサッ
そして今、俺たちはなんやかんやで自分たちの教室、1年A組の教室前へとやってきていた。
「ぶはあ、ぐはあ・・・これは冗談じゃねえぞ」
ドサッ
廊下の壁にもたれるとすぐに体全体が崩れ落ちていった。息が苦しすぎて制御できない、鼓動も今にも心臓が破裂してしまいそうなぐらい激しくて。
もう軽くちょっとした長距離走並みの距離を走ってんじゃないのか?+全力疾走で。
人間の体にはある種の限界がある。本気でそう思った。
「大丈夫ですか?一之瀬さん」
「大丈夫なわけ・・・ない、だろ」
くそ、ダメだ。今のこの状態だと飄々とした工藤の声が全部嫌味にしか聞こえない。
「今度の反応はその辺りのはずなんですが」
「ハァ、ハァ・・・そうはいってもなあ」
携帯を頑張って耳に押し付けながら辺りを見渡す。
また間違い探しか。もううんざりするほど探してきたっての。それなのにターゲットどころか異変一つないからこんなにも疲れ果てているんだ。
(そもそも本当に答えがあるのかっていうね)
希望も何もあったもんじゃない。
現に辺りにおかしなところなんてなに一つない。いたって普通。時間的にも弁当やパンを食べ終えた生徒たちが思い思いに友達と会話を交わしているいつもの昼休みの景色そのものだ。
こんな平和空間に、ターゲットなんているわけないじゃないか。
そう、ターゲットなんて・・・
「・・・ん?」
待て、ターゲットなんてだと??
「く、工藤・・・。今俺達が捜してるものってなんだ?」
「また突然どうしたんですか?」
「いいから・・答えてくれ」
息を絶え絶えにしながら俺は強引に工藤に尋ねる。案の定工藤は不思議そうな声を上げるが今はそれ以上にその答えが欲しくて、ひたすら携帯から発する声に耳を傾けていた。
「そうですねえ。言うなればどこかに隠れたターゲット、もしくはそれに繋がる手掛かりですかね」
「手掛かり・・・、それってさ。別にターゲットに直接繋がるようなわかりやすいやつとも限らないのか?例えば身の回りにあるものとかさ」
「あまり仰っている意味がよくわからないのですが・・・。まあ身の回りのものに魔力を持たせるということなら可能ですね。まあそれなりの技術が必要になりますが」
「可能・・・か」
また、俺の中で一つ鼓動が跳ね上がった。
だけど今度はさっきまでの不安から来るものとは違う。俺の中での線と線とが結びつきあい、確かな手応えを感じた答えへの福音だ。
なんでこんなことに気付けなかったんだ俺は。
「くそっ、俺はなにを馬鹿なことやってんだ。健、答えが見えてきたぞ!」
「はあ?どういうことだよ」
「いいから今まで回ってきた場所を思い出せ。おかしなところでも共通点でもなんでもいい。きっとそれが答えに繋がるはずだ」
どおりで間違い探しの間違いがわからないわけだ。
ようは勝手に自分で問題を作り、それに勝手に悩んでいるだけ。根本的な見当違いをしていたんだ。
間違いなんて・・・そもそもない!
「人、声、ボール、時計・・・」
俺の頭の中で無数の物が飛び交い、消え去っていく。
なにもないと思っていたものが今では全てが容疑者だ。膨大な数のモノ、そして人にターゲットへの繋がりが生まれようとしている。
そしてそんな中、ふと俺の耳にするりと入り込んできたある言葉が、一つのキーとして俺に道しるべを与えてくれた。
「ちょっと喉乾いたから購買でジュース買ってくるわ」
「購買・・・待て、そういえば」
慌てて目を開けて辺りをぐるりと見渡す。
俺の記憶が正しければ、それがここにもあるはず・・・。どんどんと大きくなる鼓動が期待となって胸を高鳴らせていく。
「・・・やっと見つけたぜ」
そして見えた、そのピンク色のパックに俺は拳を強く握りしめた。
「健、答えがわかったぞ。イチゴオーレだ!」
「はああ??なに言ってんだ蓮」
「説明は後だ。とにかく今はあの女子集団の近くを横切ってみてくれ」
半ば無理やり押し出すように渋る健を楽しげに話す女子集団へと向かわせる。
まあ無理もないか。実際それだけ聞いたら意味不明だし。でも健、必ずその行為を後悔させたりはしない。
もはやこれは、確信なんだ。
「ん・・・また反応か」
「やっぱり」
数歩歩いた先で呟く健。その瞬間思わず飛び跳ねて喜びそうになったけどまだ本題にも入ってないのでなんとかぐっとこらえた。
間違いない。やっぱりイチゴオーレが反応の発信源だ。そうなると向かう先は・・・
「工藤聞こえるか?」
「はい、聞こえてます。今また反応が消えて別の場所に反応が・・・」
「いや、そっちはもういい。そのかわり悪いんだけど今から「購買」に向かう。説明はまた後でするからヨロシク!」
「え、それはどういうことで・・・」
ピッ
頭で考えるよりも先に、俺の指は回線を切るボタンを押していた。
「いくぞ健。目指すは購買だ!」
「ん、次は購買に反応が現れたのか?」
「まあようはそんな感じだ。さあ行こう」
完全に俺の独断で、半ば強引に購買へと俺と健は走り出した。
やっと手に入れた手応え。たとえそこにターゲットが居なくても、少なからず状況は進展するはず。いや必ずする。それだけで疲れ切っていたはずの足取りも軽く感じた。
あきらかにこの時の俺は気分が上ずっていた。
まあこれだけ苦労した末に手にした手がかりだし、無理もないか。それにまあ結局それ自体はあってたんだろうしな。
ただ、答えの先だけが違っていただけで・・・
「・・・ふむ、どうやら妙に先走っているようですが」
「さてさて、どうなっていくのか。おもしろくなってきましたね」
<購買>
「ふう、やっと辿り着いた」
またしても全力ダッシュでものの数分、いや数十秒で俺達は購買へとたどり着く。
もう昼休みも後半。それにも関わらず購買はたくさんの生徒で賑わっていた。
「さてイチゴオーレ、イチゴオーレ・・・あれ?」
「売り切れてるみたいだな」
なんだこの初っ端からの惨劇。
さっそく吸い付くように自販機のイチゴオーレのボタンへと指を滑らしてみたら、そこには赤い小さな文字で「売切」の二文字が浮かび上がっていた。
(そんな・・・)
・・・真面目に泣きそうになった。
考えてもみろ、ここまで散々走り回らされた末にやっと見つけた手掛かりだぞ?それが「売切」なんてそんなので納得できるわけないだろ。
「・・・・・・」
「蓮?」
心配そうな眼差しを向ける健をよそに、俺は無言で硬貨を自販機へと入れていく。
こういうの往生際が悪いっていうんだろうな。でも今は売切れだろうが品切れだろうが紙切れだろうがなんでもいい。
ただ、認めたくない。それだけだった。
ピッ、ガシャン!
蓮・健「あれ??」
そして今度は二人して顔を見合わせる。
なにかの聞き間違いだろうか・・・?確かに売切の文字が浮かび上がっているはずなのに、ボタンを押してみるとなぜかなにかが落ちてきた音がしたんですが。
「なんで売切なのに出てくるんだ??」
「と、とにかく出してみよう」
一つゴクリと唾を呑み込んで取出し口へと手を伸ばす。それこそとびっきりの危険物でも扱うかのように恐る恐る。今の俺達にとって、イチゴオーレはそれほど怖くて仕方ないものだった。
「・・・あれ?」
でもその恐怖心も束の間のものだったらしい。
手に取ったパックにくっついていたもう一つの感触を感じた瞬間、俺は取出し口をぶち壊すかの勢いで一気にそれを引っこ抜いた。
「これ、は・・・」
そこにあったのは、ピンク色のパッケージにストローの代わりにへばり付く、一本の「白い羽根」。
「白い羽根・・・これってまさか」
「・・・くそっ!」
俺は乱暴に白い羽根を鷲掴みにして一気にパックから引きちぎると、これでもかと強くそして強く握りしめた。
(俺はどんだけバカなんだっ!)
この怒りの矛先はどこへ向く。自分自身以外の一体どこに向くと言うんだ。
やっぱり俺は馬鹿だった。あまりにも情けなさ過ぎて、今はこの羽根に感情の全てを注ぎ込むことしかできない。
「健、お願いがある・・・」
答えなら俺はもう、最初から知っていたんだ。
「今から俺は「屋上」へ向かう。健は工藤と玲を呼んできてくれないか?」
「それは・・・いや、わかった」
「今すぐ向かう。蓮」
今の俺からなにかを感じ取ったのだろう。健はなにも言わずにでかかった言葉を呑み込んでただ一つ頷いて見せた。
本来呼ぶだけなら携帯でもできるのに。それでも健は頷いてくれた。
「ありがとう・・・」
だからこそ、この口から自然に感謝の言葉が生まれたんだ。
「・・・死ぬなよ」
一言だけそう言い残して一つ俺の肩を叩くと、健は一切立ち止まることも振り返ることもなく俺の背の向こうへと走り去っていった。
「・・・死なねえよ。てか死ねないんだよ、俺は」
上ずっていた気分を覚ますためにも、俺は2、3度両手で頬を叩く。
もう遅いかもしれない。間に合わないかもしれない。
「こっからが・・・本番だ!」
だけどそれでも行かなきゃいけないんだ。絶対に。
そこに、白き羽根の持ち主たる存在が居るから・・・
なんやかんやで前回の更新からあっという間に1ヵ月以上が経過してしまいました。スイマセン><
現在ようやく新しい授業にも生活にも慣れてきた頃です。少しずつ執筆の時間は取れてはきていますが、それでも今までに比べたら更新は遅れることになりそうです・・・
ご迷惑をおかけしますが、ここまで来たら絶対最後までやり遂げたいのでどうぞこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m