第百九十一話 追いかけっこ~時に悪戯は疑問へと繋がる~
「くそっ、くそくそくそ!」
昼休み、賑やかに話す声を耳に入れながら廊下をひたすらに走り続ける俺、いや俺達。
行けば行くほどに押し寄せてくるのは人、人、人。ただでさえ苛立っているのに、さらにそれを避けながら走るだけでも相当ストレスがたまるもので。
ご覧の通り、今俺荒れてます。
「どうした蓮、いやに荒れてんな」
「別に・・・っていっても今は信じてもらえないだろうな」
隣で一緒に走ってる健の問いかけにも、今は突っ張って応えることしかできない。
健に当たるのも筋違いというのはわかってるんだけど、それならこの湧き上がる苛立ちと怒りはどこへ向ければいい?冷静になんていられるものか。
時間がないんだよ。本当に・・・
「くそ、なんでこんなタイミングで」
事の発端は、俺が屋上へと走り出した直後までさかのぼる。
「出動ですよ、一之瀬さん」
「・・・しゅつどう?」
「ええ、まあとにかくここで詳しいことを話すわけにもいかないので、ちょっといいですか?」
そう言って工藤はチラッと廊下へと目を向ける。いわゆる口ではなく目でものをいうやつ。ここは今一般生徒がひしめく教室、そして廊下も同様。そんなところでターゲットのことを話すなんて俺達にとっていわば自殺行為。なんのために今まで気付かれないように戦ってきたのかわからなくなっちまう。
だからこそ場所を移せということ。
まあ、その言わなくてもわかるよね的な小馬鹿にした態度が気に食わないが。
「さて、この辺でいいですかね」
工藤に連れられてやってきたのはとある廊下の一角。
昼休みでどこも生徒で溢れかえる中、なぜこんなにも閑散としているのか不思議になるほど辺りは静まり返っていた。
また、なにか人為的なものを感じるな。
「出動ってことは、ターゲットが現れたってことか・・・」
「ちょっと待って、今結界を張れない状態なんでしょ?そんな中でどうやって相手をするっていうの??」
たどり着いてすぐさま、紐解かれたように健と玲が声を上げた。
「ふむ、いい質問ですね・・・」
「確かに我々の中で唯一結界を張れる存在、伊集院さんが居ない今、結界のないこの一般生徒がひしめくこの学園内でターゲットと相手しなければいけません」
「ですが・・・」
そこで微かに口元を緩ませて俺をチラリと見る工藤。
どうやら健達から質問が飛ぶこの展開を充分すぎるほどに予想していたらしく、憎たらしいほどの余裕を工藤は残していた。
「なぜかこのターゲット、我々に探してほしいとばかりになんの悪さもせず、ただ学園内を移動し続けているんですよ」
蓮・健「・・・はあ?」
目を丸くして顔を見合わせる俺と健。
「え、なにそれ・・・。つまりそれって、私達に見つけてほしくて学園内を逃げ回ってるってこと?それじゃあどこか近所の小さい子供と変わらないじゃない」
「はい、まったくその通りですね。まさしくこれは子供のおふざけと一緒・・・」
「そこで、これからみなさんにやってもらうのはそのターゲットとの追いかけっこです」
・・・な~にが出動だ。
ダダダッ
そして今、まさしく工藤の言うとおり俺たちはターゲットを探すために学園内を走り回っている。
「次の角を曲がった先の2年C組の教室前に反応は止まってる」
「了解、すぐに向かうぜ」
携帯越しに飛び交う会話。
工藤の提案で、現場で追いかけっこの追い役は足の速い健、そして俺が担当。残りの玲と工藤が情報部からの情報を元に、ターゲットまでの道のりを案内する形となった。
実際工藤も玲もかなり足の速い分類に入るんだけど、半ば強引に話を進まされたのは言うまでもない。
「蓮、次の角を曲がった先だとさ」
「了解。けど、本当にこんな一般生徒の真っただ中にターゲットがいるのか?」
「・・・わからん」
互いに半信半疑のまま、指示された場所へと急ぐ。
俺は刻印がないせいで魔力というものを感知することができない。いわばこのターゲットとの追いかけっこでは役立たずだ。
そうなってくると健だけが頼り。けれど場所に近づいてもいまだ健にもターゲットの存在・・・魔力に気付けていないようだ。
どこかに隠れているのか?それとも魔力そのものが弱いとか。
・・・嫌な予感がするな。
「到着~・・・んん?」
「あれ?」
指示を元に2年C組の教室前へとたどり着く俺たち・・・だったが。出迎えてくれたのは予想に反していつもと、そしてどことも変わらない昼休みの廊下の風景だった。
教室内から聞こえる賑やかな声、何人か連れだって廊下を歩いていく人達。あるいは廊下で壁にもたれかかりながらジュースのパック片手に喋っている人々・・・。おかしいところなんてどこにもない。
「工藤、指定された場所にたどり着いたけど別になんにもないぞ?」
「そうですか。しかし確かにその辺りから本当に僅かですが魔力の反応がでているんですよね。もしかしたらどこかに隠れているのかもしれませんし、もう少し探索してみてくれませんか?」
「・・・了解」
一言だけそう告げると、俺は携帯を耳から離した。
健のオペレーター役は玲、そして俺のオペレーター役は工藤。若干どころかかなりの温度差がある気がするが、ここは工藤の指示に従うしかあるまい。
ほんと、いいように使ってくれるよ。
「健、もう少しだけこの辺りを捜索してくれってさ」
「・・・健?」
「・・・・・・」
俺が通話している間先に少しだけ歩いていた健が、俺の声にも反応せず体も微動だにしないで立ち止まっていた。
「おい、どうしたんだよ健」
「・・・今、一瞬だけ魔力を感じた」
「えっ・・・」
精神を研ぎ澄ますようにじっと目をつむったままそう告げる健。
すぐさま辺りを見渡すが、周りに特に変わったものは見受けられない。むしろ何一つ変わらない日常の一コマが広がっていた。
「どういう、ことだ・・・?」
「一之瀬さん、聞こえますか?一之瀬さん」
一般生徒が行き交う中を呆然と立ち尽くしていると、図ったようなタイミングで携帯から工藤の声が聞こえてくる。
「ああ、聞こえてる。たった今健が魔力を感じたと言ったんだが、辺りを見渡してもなにもない。一体どうなってるんだ??」
「そうですか・・・。ですがこちらからの報告はその逆です。今までそちらにあった反応がついさっき消えました。跡形もなく」
「な、なにっ?」
思わぬ展開に一瞬鼓動が跳ね上がった。
「そしてその代わりにまた別に反応が現れました。場所は体育館。すぐにそちらへ向かってください」
「ちょ、ちょっと待て。どういうことだ。それじゃあさっき健が感じた魔力はなんなんだよ」
「わかりません。ですがさっきまでそこにあった僅かな魔力が消え失せたのは確かです。それ以上のことは今のところまだ・・・」
携帯の向こう側の工藤の声が珍しくこもる。どうやら本当にわからないらしい。どんな時でも一人状況を把握していた工藤でさえわからないなんて、これはただの追いかけっこと思っていたらいけないのかもしれない。
「わかった。じゃあ今すぐ体育館へと向かう」
「お願いします」
そして俺はまた携帯を耳から離すと、いまだ目を閉じたままの健の肩を軽く二回叩いた。
「健、どうやらここにあった魔力はどこかに消えちまったらしい」
「・・・ああ、俺も今ずっと意識を集中させてたんだけど、さっきの一回きりだけで消えちまったみたいだ」
そう言って目を開けて何度か瞬きをする健。
どうやら本当に魔力は消えてしまったらしい。いや、まあそれがさっきの一瞬だけ感じ取れた魔力と繋がるのかどうかはまだわからないけど・・・。
「今度は体育館だとさ。状況はよくわからないけどどうやら急いで向かったほうがいいらしい」
「わかった。じゃあ行こう!」
健を合図に再び俺たちは今度は体育館を目指して、廊下を走り出す。
最初は半信半疑でここまで来たけれど、今は完全に疑問だけへと変わっていた。
(なにか、嫌な予感がする・・・)
走りながらでも感じる胸騒ぎ。
まさかとは思うがこのかけっこは所詮これから続く出来事の前座で、本当はもっと大きく大変なものが待っているんじゃないか。そんな思いがふと頭をよぎった。
けれど、その予感は不幸にも的中する。
これらはこの先にある、とてつもなく大きな出来事の序章にすぎなかった・・・