第百八十九話 光のメッセージ~呼ぶ声、呼ばれる声~
「・・・リル、・・・と一緒に」
「・・・と一緒に居て・・・」
「・・・は寂し・・・り・・・・だから」
「ん、んん・・・」
突然目蓋を叩いた光に俺は目を覚ます。
「はあ・・・」
どことなく頭がボーっとして額に手をあてがう。
まだ眠いな・・・。昨夜は胸が痛くて寝返りをうてなかったからあまり寝付けなかった。かなり遅くまで目を開けていた気がするけど、いつ眠りに落ちてしまったのか全く覚えてない。
「また、あの声か・・・」
眩しすぎるほど明るい天井に目を細めながら、俺はぼそりと呟いた。
これはいつからだっただろう。夢なのか、現実なのか。それすらもわからないけど。誰かの声が眠っているはずの俺の意識の中に語りかけてきていた。
――――でも、肝心のそれが誰なのかは全くわからない。
かろうじて女の人の声のような気がするんだけど。いつも言葉は著しく途切れ途切れで数も少なくて。壊れかけのラジオのように何を言っているのか聞きとれないのだ。
なにかを伝えようとしてるみたいに聞こえる気がするんだけど・・・。
ダメだ。やっぱりわからない。
「あれ、そういえば今日はいつもより一言多かったような・・・」
「どうした少年。朝っぱらからうかない顔して」
ハイヒールの床を叩く音が聞こえて振り向くと、湯気がホカホカと立ち込めるコーヒーカップ片手に物珍しそうにこちらを見つめてくる三上先生の姿があった。
「あ、三上先生。おはようございます」
「ん、おはよう」
すぐさま起き上がって先生へ挨拶。
少しぼんやりしていた寝起きの頭も、コーヒーらしき香ばしい匂いを嗅ぐと自然と朝ってことを感じてはっきりしてきた。
うん、少し体にだるさは残るけど昨日に比べれば天と地の差だな。
「どうだ?体の調子は」
「はい、昨日に比べたら全然マシになりました」
そう言って俺は軽く腕を回して状態をアピールする。
もともと姿は人間であっても中身は竜族なので、一般の人間よりも体の回復力は圧倒的に早い、らしい。けれど一日であの大ケガをほぼ完治させるなんて、やっぱり三上先生の治療が凄かったことに尽きるんだろうな。
「三上先生にはほんと、助かりました」
「だから昨日も言っただろう?私は保険医であり生徒を直すのが仕事だと。礼なんて必要ないさ」
「大体、私の方が驚いているくらいなんだから・・・」
「え?」
「それよりそろそろ準備した方がいいんじゃないか?学園内とはいえ、のんびりしてると柳原達がやってくるぞ?」
三上先生に促されて壁にかかった時計を見てみると、針はもしここが自宅なら間違いなく大遅刻な時間を指し示していた。もしも頭がはっきりしていなかったなら、ちょっとしたパニックになってたりして。
「そうですね。じゃあ準備の方を・・・」
「私はこれから職員室へ行ってくる。後は好きなように準備をしたらいい。あー鞄類はその机の上に、制服は修復してそこのハンガーにかけてあるからな」
「あ、ありがとうございます」
「フッ、礼は違う奴にするんだな、少年」
軽く右手を上げて挨拶すると、三上先生はそのままドアの向こうへと消えていった。
一応は俺の準備等に対して気を遣ってくれたんだろうけど。結局また一人になってしまった。この保健室で。
「さてちゃっちゃと着替えるか」
布団から出て窓際にかかっている制服を手に取る。
なるほど。確かにポッカリ開いていたはずの穴が奇麗になくなっている。染みついていた赤色の血も完全に落とされてるし。
俺が寝ている間に誰かが洗濯して、しかも穴まで塞いでくれたのか。
・・・三上先生に誰が直してくれたのか聞いておけばよかったな。あれだけ無残な状態だったのに、まるで魔法をかけたみたいに元通りになっている制服。これはもう感謝しなければならないだろう。
「・・・あれ?」
ふと、穴が開いていたはずの制服の裏地を指で触れる。
おかしい。制服を縫ったような跡や、布を当てた感触がまるでない。
・・・そうだよ。冷静に制服を見つめて俺は気が付く。
破れた箇所なら縫ったりすればいいことだけど、あれだけポッカリと空いた穴をこんな奇麗に修復するなんてできるはずないじゃないか。
全体を改めて見てみると、もはや修復を通り越して新品に戻ったような輝きを放っているような気がするし。もしや、本当に魔法で・・・
「と、とりあえず着替えるか」
なにはともあれ修復されているんだから。嫌な予感までは言わなくても不可解な気持ちは充分あったけれど、それを押しこめるためにも俺は制服を手に取り、着替えていく。
時刻はもう既に学園に生徒が集まりだした頃。けれどなんの心配もなし。
起きたのは昨日だけど既に1泊してる身、本当は家に帰りたいところだったけど立つことさえままならない状態。加えて検査及び安静にしているためにも、結局またこの保健室に泊まったのだった。
つまり今、俺は既に学園内に居る。
だからこうしてのんびり着替えていても、遅刻というものがないわけで・・・。
「よし」
最後のボタンをつけ終え背筋を伸ばす。
もう何ヵ月も着ていたはずなのにまるで新品、それかクリーニング後のような堅苦しさを感じる。奇麗なことはいいことだけど、なんにせよ落ち着かない。
「おっと、そういえば携帯は・・・」
ふと思い出してポケットへ手をつっこむ。
もうくせみたいになってるのかな。洗濯した後なら、そこに携帯が入っているはずもないのについ手を入れて取りだそうとしてしまう。
「・・・あれ?」
けれど、なにも入っていないはずのポケットにはなにかが入っていた。
妙にふわふわとしてて、表面はサラサラで。
「これは・・・」
そこにあったのは一つの白い羽根。手を離してしまえばどこかへ行ってしまいそうなほど軽くて、自然のものとは思えない神々しい光を放ち続ける純白の羽根だった。
・・・これもいわゆる日々の積み重ねってやつか。
それをポケットから取り出してすぐに、俺の脳裏にはある人物が浮かんでいた。
「伊集院・・・さん?」
俺がそう呟いた瞬間
シュバッ
羽根は突然激しくフラッシュして俺の手から消えて、代わりに紙も壁もなにもない空中へと光がひとりでに筆を走らせていった。
「屋上・・・昼休み」
なんのトーンも付けずに棒読みで読む。
そこには素っ気ない、シンプルな書体で「屋上 昼休み」とだけ記されていた。
「・・・に来い、ってことか」
「なんか伊集院さんらしいな」
昼休み屋上に来て、たったそれだけで済むことなのに。これ以上ないぐらいに略された文は実に彼女らしくて思わず笑みをこぼしてしまう。無口というかなんというか・・・
あんなことがあったけど、彼女がいつもと変わってないことに俺は少し安堵していた。
「さてどうするかな。行くってのは決まってることだけど」
「これ、一人で来いってことだよな」
空中で輝き続ける文字。
もしも全員が対象なら、わざわざ俺の制服のポケットなんかに入れなくても机とかに羽根を置いておけば良かったわけで。こんなあからさまに限定的に入れる必要なんてまるでない。
でも彼女はこのポケットに羽根を入れた。まあもしかすると伊集院さんのことだからなんの意図なしに入れたかもしれないけど、これは俺個人へとあてたメッセージと見るべきだろう。
一度刺した相手を個別に屋上へと呼びだす・・・
普通ならまた危険が及ぶかもしれないところに行くはずもないんだろうけど。不思議と今の俺は行くことが決定事項のように最初から決心ができていた。
「雨、か・・・」
ふと窓の先へと視線を向ける。外はしとしとと雨が降り注いでいて、どこまでも続くどす黒い雲がこれからもっともっと雨を降らすことを予告していた。
「・・・・・・」
例えその時がドシャ降りの悪天候だとしても、伊集院さんは屋上で俺を待っているだろうか。自分の中でその答えを知っているのをわかっていながら、考えてしまうのはある意味現実逃避かな。
今日は長い一日になりそうだ。なんとなくそう感じながら俺は鞄を手に取った。