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第百八十八話 傷だらけの鍵~だから俺は先へと進む~


「・・・リル、・・と一緒に」


「・・・と一緒に居て・・・」





「ん、んん・・・」


 だるい・・・。

自分という体と意識がようやく繋がって最初に感じたことはまさにそれだった。


暗闇の中、どこも動かさずじっとしているはずなのに胸がムカムカして気持ちが悪い。腕も足も力を入れてもビクともしないし。体全体が起き上がるのを拒んでいる。いや、全身の細胞の全てがひどく疲れていると言った方がいいかもしれない。


今まともに動かせれるのは頭の中の意識だけ。

一応目蓋を開けようと頑張ってはいるのだけど、妙にカサカサな感触と僅かな光しかまだ確認できない。


「ん・・・」


ボンヤリとした意識の中なにかが顔、というより頬に触れる。

少しひんやりとしていてなんだかこそばゆい。でも凄くぷにぷにと柔らかい感触で、冷たさに慣れると実に心地よい感触だ。


一体なにが俺の頬に触れてるんだ?頬に意識を集中させてると次第に頭の中がはっきりしてきて、解れるように目蓋が自然と開いていった。


「ん~・・・んん?」


ようやく目の前の景色がおぼろげながら見えてくる。

白く、スベスベとしていそうな肌。理性を狂わしてしまいそうなほどプルッとした唇。そして、こちらの目を真っ直ぐに見つめて、誘うようないやらしい目つきの目・・・


「っておわあ!?」


出オチ!?なんなんですかこの状況!

あまりに衝撃がでかかったから思わず跳ね起きようとしたんだけど


「イテテテテッ!?」


突然胸のあたりに焼けるような激痛が走ってあっという間にベッドの上へと舞い戻ってしまう。


「そう無茶をするな少年。おい真一、一之瀬の意識が戻ったようだぞ」


「おや、思ったよりも早かったですね」


どこからともなく現れたのは一冊の本を片手に相変わらずの笑顔、いや今はおもしろいものでも見るかのような薄ら笑いを浮かべる工藤の姿だった。


「どうですか、今のご気分は」


「・・・最悪だよ。身体的にも精神的にもな」


「まあそりゃそうですよね。一人臨死体験した後の今ですからね」


なぜだがわからないけど恐ろしくやつれた声が口から吐き出る。

なにか寝る前にやつれるようなことしたっけ。ん、いや待てよ。今こいつ臨死体験とか言わなかったか??


「り、臨死体験って・・・?」


「おや、おぼえていらっしゃらないのですか?」


「・・・全く」


「ふむ。まあ確かに考える余裕はまだないかもしれませんね。いいでしょう」


納得したように一つ頷くと、工藤はベッドの横に手を伸ばしてなにかをまさぐり始めた。なにかを取りだそうとしているようだが、丁度ベッドの上からだと死角になっていて全く見えない。


「・・・さて、これでご自分の状況をご理解できますかね?」


「なっ、これは・・・っ!?」


工藤がひょいっと俺に見えるように掲げたのは一着の制服。

だけど一般人なら見るだけでもフラッと来るほど表面はべったりと赤く染まっていて、胸のあたりにはポッカリと穴が開き向こう側の景色を覗きこめた。


この赤く少し固まっているのは・・・おそらく血。そしてその制服が誰のものであるかを証明するように、襟には蒼い糸で「Ren Ichinose」と記されていた。


「そう、か・・・」


強引に頭の中に映し出されるあの時の光景。

最近あったばかりの出来事のはずなのに、もうだいぶ昔のことのように感じた。


「思い出しましたか?」


「ああ・・・一応」


「先に申し上げますが今回の事、いつかの相川さんの時のように有耶無耶にすることはできないんです。なにしろ私達の目の前、それもこの御崎山学園であったことですからね」


「・・・・・・」


「私個人としてはなんとかしたかったところですが、なにしろもう上の方はもちろん竜族全体にまで知れ渡ってしまっていることですから」


無言の俺に、あたかも予測しているみたいに釘を刺す工藤。上の方・・・というのがなにを指しているのか気にはなったけど、今の俺にそれを追求するほどの体力も気力も残っていない。


本当ならなにもなかったことにしたかった。

けれどそう願う以上に俺が体験した事実は厳しく、辛くて・・・


「あなたは伊集院・・・、伊集院 有希に胸を刺されました。こう、ザクッとね。大変だったんですよ?出血がひどく、もう少しで命を落とすところでした」


「なにぶん、いつも怪我を治癒してくれていたその伊集院さんが居ないものですからね」


手で体に触れてみると確かにどこもかしこも包帯の感触、指を胸に近付けるように這わしていると徐々に刺すような痛みが溢れ出てきて。


そう、今までどんな怪我、それこそターゲットの攻撃をモロに受けたり健や玲の攻撃を超至近距離で喰らったりと普通の人間なら間違いなく死んでるダメージを負ったとしても、目が醒めればいつのまにか元の体へと戻っていた。


それが、伊集院さんによる治癒魔法、聖属性の魔法による治療の成果。彼女のおかげで俺、いや俺達は今もこの世界で生き続けられているんだ。


だけど、今その彼女は近くに居ない。


「今あなたがこうしてまだ生きていられるのも、ここに居る三上先生のおかげです。今のところ私も含め、伊集院さん以外に治癒魔法を扱える者は居ませんから」


「そうか・・・」


キッチリ巻かれている包帯に触れているとそのありがたみを改めて感じる。

まあ目を開けた時にめちゃめちゃ近くまで顔を近付けてたのは正直心臓に悪かったけど、命の恩人であることは間違いない。


「ありがとうございました三上先生。おかげでなんとかまだ生きていられるみたいです」


「ん、まあそんなに気を使わなくてもいい。保険医なんだから、生徒を治療をして当たり前だ」


「それに君の体を調べることもできたしな」


そこで三上先生は口元を吊り上げたかと思えば不気味に舌を唇に這わせる。


な、なにを調べたんだ・・・。考えるだけで背筋に猛烈な寒けが。


「さて、問題はここからなのですが・・・」


「これから俺が、いやDSK研究部がどうするか。ってことか?」


「おや、さすが一之瀬さん。わかっていましたか」


「ていうよりそれ以外もうないだろ」


 胸を何度も何度も突き刺されるような激痛に耐えながら、俺はゆっくりと起き上がっていく。

途端に襲うのは二日酔いよりもさらに酷い、ずっと高速で回転し続けた後のような気持ち悪さとフラフラ感。


・・・いや、実際には二日酔いになんてなったことないんだけどな。


「あの時あなたが刺された後、伊集院さんは私達に目もくれずまたどこかに消えてしまいました。本当なら追跡するべきなんでしょうけど、何分あなたのことがありましたからね」


「・・・・・・」


いつもながら怪我人だろうと容赦ない工藤の一撃。


「冗談ですよ。一応情報部の方々に追跡は頼んでいますが・・・」


「ま、そんな簡単にあいつを見つけられるわけがないということだな」


工藤からのアイコンタクトにどこから持ってきたのかコーヒーカップ片手に応える三上先生。

前に工藤から教えられたことだけど、この三上先生という人物は学校の保険医でありながらなにを隠そう情報部という組織の一員、らしい。


正直情報部自体本当にあるのか今でも不思議なところだから詳しいことはわからないんだけど。


「ですが自ら近付いたとはいえあなたを刺して、我々に一切手を出さなかった事実。そして待っていたかのような素振り。これらの情報をかけ合わせると・・・」


「伊集院さんの標的は、あくまで俺だけだったということか」


「ご名答。さすがですね」


なにか誘導されたような気がしてたまらないけど、まさしくその通り。いやそれ以外考えられない。


理由がなんにせよ、伊集院さんの狙いは間違いなく俺だった。

そうでなければ俺をぶっ倒した後に消え去ったことの説明がつかない。単にムカついていただけ・・・で誰かを刺すほど伊集院さんは情緒不安定ではないだろう。


だがそうなると、また一つ疑問が生じてくるんだが・・・。


なぜ、伊集院さんは俺を狙っていたんだ?


「悩んでいるようですね。さて、ではここで一つ解決の「キー」となるようなことがあるのですが」


「キー?」


すると工藤はなにも言わずただ俺を指差してくる。

なんなんだいきなり。工藤に対して自然に身構えてしまう俺。


しかしその指先が差している方向をたどっていくと・・・


「・・・って血が滲んでるじゃねえか」


上半身を覆うように巻かれた白い包帯。その中でも胸の右側がうっすらと赤色に染まりかけていた。おそらくそこが刺された場所で、例え治療をしてくれてもこれだけ滲んでいるのを見るといかに重傷だったのかがわかる。


ん?待て。胸の右側・・・?


「あ・・・」


一瞬頭の中に電流が走ったような感触を覚えて、確かめるようにゆっくりゆっくり胸の左側を手で抑える。

そしてそれに応えるように手元に響く、トクントクンというリズミカルな鼓動。


「もし本気で殺すつもりだったなら、左側を刺していたはず・・・」


「Exactly. さすがですね一之瀬さん。その通りです」


ほとんどお前が教えてくれたようなものだけどな。


「思い出してみてください。あなたはあの時完全に伊集院さんに不意を突かれましたよね?」


「ああ、そうだな」


「つまり、あなたは全くの無防備だったわけです。それなのにあの正確無比な伊集院さんがその絶好の機会、しかも至近距離で急所である心臓を外すと思いますか?」


「・・・確かに」


有り得ない。なんの疑いもなくそう思った。


俺はあの時自分が刺されたことさえ気付くのに時間がかかった。それほどに伊集院さんの攻撃は反応できないほどの一瞬。なのに伊集院さんが刃を突き刺したのは心臓がある胸の左側ではなく、右側だったのだ。


全て伊集院さんのさじ加減だったはずなのに。なぜ?


「まあそのおかげであなたは今もこうして生きているのですから、ある意味伊集院さんに感謝しなければいけないかもしれませんね」


「ですが彼女は、我々に一つ情報を与えてくれました」


「・・・狙いは俺だったけど、なにかが原因で殺せなかった」


そう答えると工藤は満足気に一つ頷いてみせた。

なるほど。俺の中でなにかがガッチリと繋がる。忘れていたと思っていたけど、全貌が見えて連鎖反応である言葉を俺は思い出していた。


「やっぱり、ダメだった・・・」


今思えば確かにそう呟いていた気がする。

忘れもしないさ、あの感情を押し殺したような少女の寂しく悲しい声は。


「ま、今のところこんなものですかね。さてここでようやく本題です。我々の目的はあくまで出現したターゲットの殲滅。ですがもしかするとまた伊集院さんが妨害してくるかもしれません」


「・・・・・・」


「あなたは、これからどうしますか?」


 工藤が真剣な眼差しを向けてきた瞬間、思わず震えてしまいそうな冷たい風がカーテンを舞い上げながら窓から吹き込んできた。

冬なのになんで窓が全開なのか。そもそも、それに今気付いた俺って・・・


「ふう・・・」


でも、今の俺にとってその冷たい風がポヤポヤとした頭の中をスッキリさせてくれる。

今がどんな状況か、自分の立場は、そしてどうすればいいのか、どうしたいのか。


どんな未来に転がったって、考えは変わらないさ。


「やる。こんな状況になって、一人呑気に休んでられるかよ」


「ほう、本当にそれでいいのですか?伊集院さんは間違いなくあなたを狙っています。またあの時のように襲われ、今度は本当に殺されるかもしれないのですよ?」


「・・・ああ、それでもだ」


さっきまでのやつれた声とは違い、しっかりと芯の通った声で工藤へと告げる。


正直に言えば怖い。あの刺された瞬間の光景を思い出すと、今にも怖気づいて震え上がってしまいそうになる。


そしてもしもまた、伊集院さんが現れ襲ってきても俺にはそれを防ぐ術なんてない。伊集院さんが殺そうと思えば殺されるし、生かそうと思えば生きていられる。俺はそんな弱い存在だ。


だけど、俺はそれでも知りたい。


どうして伊集院さんが俺を襲ったのか。いや、どうして狙っているのか。


なんだろう。そこに知らなければいけない重大なモノが隠されているような気がする。

例えそれで命を落としてでも、知らなければいけないことが。


・・・っと、こんなこと言ってるとまた玲に怒られるな。


「・・・わかりました。私にはあなたを止める権利はありません。ですが、これだけは守っていただきたい」


「絶対に、死なないと」


「工藤・・・」


思ってもみなかった工藤の言葉に、いつかの玲との約束を思い出してしまう。


「あなたに死なれると、色々上の方への報告が面倒なので」


「・・・結局そっちかよ」


だけどいつも通り。工藤自身が作り出したしんみりとした空気を自分でものの見事にぶち壊していった。なんだろうこのいつもの展開。なにか安心して笑みをこぼしてしまう。


コンコン


「おっとではこのへんで。相川さんと柳原さんも凄く心配していたんです。顔を見せてあげてください」


 工藤が言うにはみんな帰らず一晩学校に泊まり込んでいたらしい。

もちろんそこに伊集院さんは居ない。そしてそこでようやく今が刺されて1晩経った後の朝ということがわかった呑気な自分が居た。


ガチャリ


「蓮っ!」 「蓮君!」


「悪い、また心配かけてしまったな」






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