第百八十七話 背を向ける少女~想いと、交差と、現実と~
<1月8日 15時49分>
「・・・・・・」
「・・・ぱくっ」
冬休みが開け、登校初日の気だるい授業が終わった後の放課後。
別に集合がかかったわけではないが、俺や健、玲の1年A組のメンバーは自主的に部室へと足を運んでいた。
「ふわあ・・・」
まあ一応部活なんだから毎日来るべきなんだろうけど。魔族であるターゲット殲滅が活動内容であるこの部では、基本的にやることが全くない。
「蓮、そこのお茶とってくれ」
「ん~?自分で取れよそれぐらい・・・」
というわけで部室に来たもののやることがない俺達は、適当に持ちよった本などを読みながらダラダラと暇つぶし。読みたかった本が読めるというのはいいかもしんないけど、それなら家に帰ってからやればいい話であって。
結局、世間一般的にこれを時間の無駄と言うんだろうな。
「あー暇すぎる!」
「そうだなあ・・・」
「全く、自分で言い出したくせに嘆いてどうすんのよ」
「うるせえ。玲だって今日一日中気になってただろ?」
そう、今日部室に行こうと言いだしたのは紛れもない健だった。
普段面倒くさがりで、ゲームやらマンガやらですぐに家に帰りたがる健。けれど今日は授業が終わってすぐに部室へ行こうと言い出してきたのである。
一体どういう風の吹きまわし・・・と言いたいところだが。今回ばかりは健の言いたいことも充分にわかる。
「まあ、そりゃあ・・・ね。だって冬休み中に一度も集まらなかったし」
「言い出しっぺの工藤君はともかく、私や健や蓮君はよっぽどのことがない限り呼ばれたら集合するし。そうなるともう有希しか残らないじゃない・・・」
ため息交じりの玲の言葉。けれどそれはここに居る全員が今日一日中、いや、あの一人欠けた初詣後からずっと思い続けていたことだった。
伊集院さんの身に、なにかあったんじゃないかって・・・
ガチャリッ
「おや、やはりみなさん集まっていましたか」
「工藤!」
突然空いたドアに一様に体をビクつかせる俺達。その先に立っていたのは、本人以外では最も待ち望んでいた人物かもしれない工藤の姿だった。
「おや?この部室にやって来て歓迎されるなんて初めてですね。今日はまたなにかありましたか?」
「なにをすっとぼけたことを言ってんだ。俺達の言いたいことはわかるだろ?」
「すっとぼけたこと・・・ですか。それはそれで傷つくところなんですが。まあいいでしょう」
笑顔は笑顔でも苦笑いにも似た笑みを浮かべた工藤は鞄を机へと起き、静かに自分の席へと着く。
「では、聞きたいのは伊集院さんのことですよね?」
さすがに、俺達の反応でわかっていたのか真っ先に本題を切りだしてくる工藤。
なにか嫌な予感がしてこないこともないが、一刻も早く伊集院さんのことについて知りたい俺達はすぐさま頷いた。
「実は今日、伊集院さんは学校に来てないんです。けどまあここには顔を出すとは言っていたので、じきに来ると思いますよ?」
「学校に来てない?どういうことだ」
「そのままの意味です。まあ理由までは把握しかねますが」
「・・・・・・」
工藤のその言葉に、俺は変な胸のつっかかりを覚える。
なぜ、同じクラスなのに休んだ理由がわからない?
学校を休んだのなら風邪とか家の用事とか、それなりの理由を学校側に伝えてあるはず。先生にでも聞けばその理由ぐらいわかるはずだ。
それともなにか、ズル休みってやつか。
・・・有り得ない。俺や健ならともかくあの伊集院さんがズル休みなんて。
そもそも確かにここに来てくれでもしたらどれだけ安心できるかわからないけど。学校を休んでおいてなんでここに来れるんだよ。
「・・・じゃあ、待つしかないよね」
不安そうな声で玲が言葉を漏らす。
「そうだな・・・」
「大丈夫だって。伊集院自身がここに来るって言ってたんだから。あいつは自分で言ったことを破るような奴じゃねえよ」
そんな玲をすかさず明るい声で励ます健。さすがだな。ただ適当に言ってるんじゃなくて、伊集院さんに対する信頼感からくるその言葉はとても心地よい安心感に満ちていた。
俺は一緒に落ち込んでいたというのに。ほんと、頼れるやつだよ。これを女の子が聞いたら思わず惚れてしまいそうだ。・・・って、玲も女の子か、なんて言った時には半殺しにされそうだな。
(今は待つしかないか・・・)
この状況になってもなにもできないことがもどかしかった。
あのドアから、伊集院さんが現れてくれるだけでなにもかもが解決するんだけど。
・・・なんでだろう。なにか胸騒ぎがする。
<17時55分>
「・・・・・・」
「・・・・・・」
伊集院さんを待ち始めてかれこれ2時間が経過。
窓の外はいつのまにか暗闇に包まれ、教室はもちろん廊下などの蛍光灯も消灯。運動部はまだ汗水たらして頑張っているかもしれないが、この文化部の集まる棟は不気味なほどに静まり返っていた。
「有希・・・こないね」
「そうだな・・・」
全く空く気配のないドア。これまで廊下で足音が聞こえる度に、身構えては通り過ぎ落胆すること数回。最初こそその銀髪の少女の姿を期待して無理やりにでも明るく振る舞っていたけれど、今となってはそんな元気すらなくなっていた。
「ZZZ・・・」
「・・・・・・」
というより健はもう寝ちゃってるし。よくもまあこんな重苦しい空気の中眠れる。こっちは時が近づく度にため息をしまくっているのに、何事もなかったように寝れる健が正直羨ましい。
まあ、もしかしたら無理して寝ているのかもしれないけど。健の仲間を思う気持ちは、人一倍強いだろうからな・・・。
頼む、はやく来てくれ伊集院さん・・・!
「17時55分・・・ですか。時間も時間ですし、そろそろお開きにしますか」
「なっ!?」
しかしその想いとは裏腹に、残酷にもあっさりとタイムアップは告げられる。
「待てよ。まだ伊集院さんが来てないんだぞ」
「そうはいっても、もう下校時間ですからね。これ以上は・・・」
ガタッ
「なんで、なんでそんな簡単に示しがつけれるんだよっ!」
衝動的に立ち上がってしまう俺。勢いで椅子が床に転がった。
わかってはいた。この時期の下校時間は18時00分。これ以上居続けることは無理だってことも、それが正論だってことも。
けれどもあまりに簡単に終わりを告げられたことについカッとなってしまい、頭で考えるよりもずっと先に動いた右手が工藤の胸ぐら目指して伸びていってしまった。
「蓮君!」
「はっ!?」
突然聞こえた玲の声にピタリと止まる腕。
そこでようやく気付く。自分が、この手が工藤の胸ぐらを掴もうとしていたことを。
「わ、悪い・・・。ついカッとなってしまって」
「いえいえ、別に構いませんよ。あなたが動揺するのも無理ないですからね」
胸ぐらを掴まれそうになったというのに眉一つ動かさずじっと俺を見つめてくる工藤。なんだ、この予想していたみたいな余裕は。
まだ混乱が収まらぬ中、とりあえず俺は伸ばしていた手をだらんと下に下ろした。
どうしたんだ俺。なんでこんなに興奮しているんだ。
「彼女のことです。下校時間を過ぎてまでここに来ないでしょう。なにか急用ができたか、それともなにかトラブルにでも巻き込まれたか・・・」
ピクッ
トラブルという単語に反応してしまう俺と玲。
「とにかく、今日伊集院さんが来ることはないでしょう。また明日の機会にということで、本日はお開きに」
工藤が鞄を持って立ち上がると、俺達も読んでいた本を鞄にしまって帰り支度を始める。
おっと、そんな終了ムードが漂う中一人だけ机に突っ伏したままの奴が居た。
「ほら、健!もう帰るわよ」
「ふ、ふえ!?えーと・・・って伊集院は??」
情けない声を出して起き上がると、思い出したかの如くよだれを垂らしたままキョロキョロと辺りを見渡し始めた健。
たくっ、どんだけ時間差ができてんだよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガチャリッ
シンと静まり返った玄関を抜け、扉を開き外へと飛び出す。
途端に冬の身を切るような冷たい風が体を包み込んで、白い吐息を吐きながら思わず体を震わしてしまう。
「く~っ、眠気が覚めるぜ!」
まあ約1名、その冷たい風を喜んでるやつが居るけど。
「明日は有希、学校に来るかな・・・」
帰り支度を始めてからずっとうかない顔をしている玲。無理もない。いつだって伊集院さんは俺達と一緒に居たし、共に行動していた。その伊集院さんの行方がわからないともなれば、心配しない方がおかしい。
けれど、そんな玲に今俺ができることは健のように励ますことだけ。
「大丈夫。きっと明日は何事もなかったように学校へ来て・・・」
ふと、玲を励ましながら前へと向き直した瞬間、俺は言葉を詰まらせてしまう。
「伊集院・・・さん?」
目に映ったのは暗闇の中、風になびき煌びやかな輝きを放つ銀色の長い髪。
その髪を持つ少女はこの静まり返った夜の前庭でポツンと、一人背中を向けて立ち尽くしていた。
「え・・・有希?」
「そうだよ。あの銀色の髪、伊集院さん以外居るはずない!」
ダッ!
久しぶりに見るその姿に気持ちが高ぶって、ひとりでに走り出してしまう俺。
「伊集院さん!」
玲のことを励ましておきながら、今思うともしかしたら俺は人一倍伊集院さんのことを心配していたのかもしれない。
いつも無口で無表情な伊集院さん。圧倒的な力で敵を倒していく伊集院さん。屋台で買ってきたたこ焼きを手で抱えながら頬張る伊集院さん。
そして学園祭の時に見せた、ただクレープを見つめる普通の女の子の姿の伊集院さん。
思い起こせばいくらでも出てくる姿。そんな彼女が、突然どこにいったかわからなくなって。それで不安いっぱいになって。部室で待っていた時も、一体どれだけ彼女の姿を待ち望んで募る不安に耐えていたか。
「・・・この魔力の気配は。待ってください一之瀬さん!」
そして今、目の前にその待ち望んでいた少女が居る。それが嬉しくて、安心して。工藤の言葉なんか全く耳に届かないほど無我夢中で少女へと駆け寄っていく俺。
「天使化・・・発動」
シュオン・・・
今思えば、どれだけ俺は馬鹿だったんだろうと思う。
ダッ!
ただ一人背を向けて立っていた。そのことになんの疑問も持たなかったなんて。
グシャアアッ!!
「え?」
一瞬伊集院さんが振り向いたかと思えば、突然舞い上がった白い羽根がいくつも頬をかすめていく。
今・・・グシャッて言わなかったか?あまりに一瞬の出来事でなにが起きたか全くわからない。頭で考えようにも完全に真っ白な状態で、目の前に見える長い銀色の髪をただ見つめることしかできなかった。
「かはっ!?」
体の底からなにかが急激にこみ上げてきて、口から赤い液体を吐き出す。
赤い液体?なんだ、この液体は。妙に震える手で口元を抑えて離すと、手のひらはべったりと不気味な光沢を放つ赤色に染まっていた。
「・・・・・・」
恐る恐る視線を下げてみる。
まず白く細い腕があって、その先の・・・先のグーにした小さな拳が眩い光を放っている棒のようなものを掴んでいて、そのまま俺の胸に押し当てられている。
一体なにを持っているんだろう。どうして俺の胸に当てているんだろう。
不思議そうに眺めていると、白い拳が少しずつ赤く染まっていくのが見えた。
「・・・やっぱり、ダメだった」
ブシャッ!
少女が一気に腕を引く前に、俺のよく知る声が聞こえた気がした。
か細く、弱々しく、押し殺したような悲しい声。その声に導かれるように手を必死に伸ばすも、俺の両足は役目を終えたかのように力を失って立っていられなくなった。
ああ・・・なんでだろう、視界が霞む。目蓋が重くて重くて仕方がない。
目の前に待ち望んだ人は居るはずなのに、飛び散った赤い液体が景色を塗りたくってなにも見えない。
なんだ、これ・・・?
ドタッ
訳が分からない・・・
「蓮君!!」
「一之瀬さん!」
「蓮っ!」
どこか遠くの方で俺を呼ぶ声が聞こえた気が。
あれ、なんで俺はこんなところで寝そべってるんだろう。手も制服もなんかベッタベタだし、これは風呂に入って洗濯しなきゃ。
朦朧とする意識。
うん、その前にちょっと眠ろうかな・・・。体がだるすぎる。それに寒い。この身を動かしてなにもかもに目を向けるのは、少し休んでからでも許してくれるよな。
「・・・・・・」
溢れだす液体に身を濡らしながら、俺は静かに目をつむった。