第百八十六話 欠けた初詣~疑惑と共に動きだす歯車~
<1月1日>
「うい~っす、蓮。あけましておめでとう~」
「あけましておめでとう蓮君」
今にも雪が降ってきそうなどんより曇った冬の朝。
吐息を真っ白にしながら坂道を登っていくと、学園前バス停に俺以外のDSK研究部メンバーが出揃っていた。
いつも思うがみんな集合するの早すぎではなかろうか。一応まだ集合時間まで10分以上余裕あるんだけど。
「おう、あけましておめでとう。今年もよろしく・・・ってあれ?」
今年初めてのみんなの姿をゆっくり見渡してふと気付く。
「伊集院さんが居ない、ってことですか?」
「工藤・・・」
「あけましておめでとうございます一之瀬さん。今年もどうぞよろしくお願いします」
いつもの笑顔で丁寧に挨拶をしてくる工藤。なぜこのタイミングでしたのかとツッコミを入れたくてしょうがなかったが、今はそれどころじゃない。
昨日電話した時、健は今日の初詣はいつものメンバーで行くと言っていた。
それで連想されるのはDSK研究部のメンバー。俺、玲、健、工藤、そして伊集院さんの5人。いわゆるターゲットと一緒に戦ってきた仲間。
けれどそこには、長い銀色の髪をたなびかせる少女の姿がなかった。
「伊集院さんは今日用事があって来れないとのことです。あの方は名家のお嬢様なわけですし、元旦は色々と忙しいんじゃないですか?」
「まあ正直、今日全員集まれなかったというのは少々残念なことですが・・・」
珍しく言葉を曇らせる工藤。
「ん?なにかあったのか?」
「いえ、なにもありませんよ。とにかく今日は伊集院さんは居ませんが、我々は我々で楽しもうじゃありませんか」
いつもにも増して笑顔な工藤がそう言うと、微かに向こう側から車の轟音が響いてくる。
確かに、あんまり詳しくは知らないけどお嬢様というのなら、一般市民よりもやることは多いかもしれない。
そういえば夏休みの時に泊まった別荘って伊集院さんの家のものだったな。
今回はたまたまタイミングが悪くて来れなかっただけ。そんなの誰だってあるし特に気に留める必要もないだろう。工藤の言うとおり伊集院さんの分まで楽しめばいいだけのこと。
・・・なのになんでなんだ?
なぜか胸に引っかかりを覚える俺。本当に小さくて気にする必要もないぐらいだけど。
まあ、今は気にする必要はないか。
「おー・・・」
バスから降り立つとすぐに迎えてくれる大きな鳥居。そこをくぐった先に見える大きな本堂は、眺めているだけでも充分な迫力の大きさだった。
「そっか、蓮君は初めて来るんだよね。この御崎山神社は」
「ああ・・・」
初詣は神社や寺で行うものと健から聞いていたが、俺はてっきりいつぞや花火を見た時通りかかったあの神社でやるものと思っていた。
まああそこでの思い出って言ったら玲や健の攻撃を喰らったっていう、残念なものしかないんだけど。
「こういう時じゃないとあんまり来ないけどな。でも初詣と言ったらここが鉄板、一応テレビとかでも結構紹介されてるんだけどな・・・」
すみません。テレビ見てないです。
「まあまあいいじゃないですか。初めてというならその分楽しみがいがあるというものでしょう。では、行きましょうか」
「・・・?」
なんなんだこのポジティブシンキングは。てっきりまた健とかが騒いで勝手に先に行ってしまうのかと思えば意外や意外、なんと工藤が率先してみんなの先陣を切ってるじゃねえか。
実はこういう初詣みたいな行事が好きだったとか?
はたまた神社やお寺に興味があったり?
・・・まああいつのことだ、なくはないかもしれないけど。
結局いつものような笑顔のままでなにを考えているのかさっぱりわからない工藤。けれど俺はその時確かに感じてしまっていた。
今日の工藤は、なにかがおかしい。
「蓮君?なにボーっとしてるの??」
「へ?」
慌てて意識を戻すと、不思議そうに玲が俺を覗き込んでいた。
いつのまにか俺の前には縦にいくつも穴が開いた大きな木製の箱。はて、これは一体何だ??それに変な太い紐までぶら下がってるし。
「これがお賽銭箱。まずこの紐を揺らして鈴を鳴らしてからここに10円でも100円でも1000円でもいいからお賽銭を入れて。その後に今年がどんな一年になってほしいかをお祈りするの。あ、お祈りの仕方の基本はニ礼二拍手一礼よ」
そう言って玲は促すように周りへと目を向ける。
なるほど、まずお賽銭を入れて鈴を鳴らして。その後二回お辞儀して二回拍手、そして最後にもう一度お辞儀してのニ礼二拍手一礼ってわけか。
よし、やってみよう。
チャリンッ、ガラガラガラ~・・・!
「・・・・・・」
「お祈りって、どんなお祈りすりゃいいんだ?」
「別に難しく考えなくてもなんでもいいわよ。健康に~とか、楽しく~とか。というより、そのタイミングで悩むことの方が私としては驚きなんだけど・・・」
苦笑いを浮かべている玲の視線でようやく自分の状況に気付く。
周りでは次々とお参りを済ませて立ち去っていく人々。確かに、普通これって祈ること決めてからやるものだよな。土壇場になって考える奴なんて俺ぐらいのもの。
と、とにかく早くお参りを済まさないと。
ずっと健康で・・・はちょっと普通すぎるというか、真面目すぎるような。
世界が平和で・・・ってなんか大切なことだけどスケールがでかすぎるような。それに今の俺は平和を願うよりも実現させる側のような気がするし。
(・・・・・・)
じゃあなにを。そこで思い出したのは玲の難しく考えなくてもという助言。
そうだ、今の俺が一番そうであってほしいと願うこと。それを一生懸命祈ればいいんだ。
俺は軽く息を吐き出すと、静かに目をつむって深く大きく心の中で祈った。
(みんなとずっと、仲良く一緒にいられますように・・・)
「おっ、やったぜ大吉だ!」
「私は小吉・・・。う~んなんか微妙ね」
お参りが済んだ後はおみくじへ。
なにか微妙に力を入れてないかと思うほど奇麗な巫女さんが出揃っている販売所でそれぞれおみくじを購入。
初めてだったものであの黒い筒からどうやって棒が出るかわからず、思いっきり穴のあいてない方を下に向けて振ってしまって赤っ恥をかいてしまったことはもう忘れた。
「吉。勉学、仕事共に好調。交友は度々亀裂を生むことはあるが、和解した後に更なる深い絆を築ける。待ち人は、来ない」
・・・なにこのバッサリ感。
「女難。自らの行いに限らず、度々大きな苦労と問題を強いられるだろう。女性に関しては慎重に事を運ぶが吉・・・」
「おやおや、今年の一之瀬さんは女性の方とのトラブルが絶えないようですね」
工藤が嫌味に笑みを浮かべながら哀れんでくる。なんでだろうな、こいつに哀れまれると落ち込むというより無性に腹が立ってくる。
「そういうお前はどうだったんだよ!」
「いえいえ。私はこの手の風水等は信じないたちでして。引いてないんですよ」
手のひらをパーにして見せびらかす工藤のその手には、確かにおみくじ等は握られていない。言われてみれば工藤におみくじってあんまり似合わないような。理論主義、現実主義、結果主義、工藤に対するイメージはそんな正反対のものばかり。
こいつに感情はあるのか、そんなことを思ってしまうほどに秀逸した冷静さ。
そして高校生とは全く思えない着眼点の鋭さや視野の広さ。
そんな工藤という存在に、今まで何度助けられてきたか。
けれどその工藤がもしも動揺するようなことがあった時、一体その瞬間どんな出来事が起きているのだろうか。
・・・想像しただけで寒気がしてくる。
「一之瀬さん」
「え、あ、はい」
突然名前を呼ばれて思わず敬語で返してしまう。
「もう少しで記憶が全て戻りますね。結構あっという間だった気がしますが、どんな気持ちですか?」
「どんな気持ちって・・・?」
「嬉しいとか、楽しみとか。そういう単純な話ですよ」
辺りを見渡すといつのまにか健と玲がどこかに消えていた。大方来る時に見かけた、屋台が出ているところにでも行っているんだろうけど。
それならそうと言ってくれればいいのに。工藤と二人っきりになってしまった今この時に、思うことはそれだけ・・・のはずだった。
(俺の記憶の全て・・・か)
フラッシュバックしてくる今まで過去へと飛ばされた時見た数々の光景。
幼い少年少女達の幸せ、少女と少年の恋、そして・・・少女だけが知り得る想い。
あと一回、過去へと飛べばその少年と少女の物語は完結する。そして同時に、俺は300年という長い長い眠りにつく前の全ての過去を知ることができる。
確かに工藤の言うとおりそれは嬉しいことなのかもしれない。楽しみなことなのかもしれない。
だけどなんでだろう。こうしてただ手に入れた過去を思い返しているだけなのに、こんなにも体が震えだしてくるなんて。
強く打ちつけながら早まる鼓動。締め付けられる胸の痛み。体は本当に正直だ。
俺は最後の過去を知ることを恐れている。さて、それはなぜか・・・?
「生き続けてくれるだけで私は嬉しいから。ずっとずっと輝いていられるから」
多分、この物語の結末は。ハッピーエンドではないことを知っているから・・・
「もしも、知りたくないことを知ってしまったら、どうしますか?」
「え・・・?」
「例えば、誰かを殺していた・・・とか」
「・・・っ!?」
突然話を切り出してきた工藤。けれどその口からこぼれた言葉は、あまりにも残酷で衝撃的なことで。不意をつかれた俺は思わずビクッとしてしまう。
やばい。息が・・・詰まりそうだっ。
「・・・冗談ですよ。例えばの話です。本気にしてしまいましたか?」
俺の表情を見てなにかを悟ったのか、工藤は笑っておどけてみせた。
実際かなり暗い表情をしていたらしい。顔を上げるとさっきまで見えていたものよりずっと景色が奇麗にはっきりと見えて、空気が澄んでいるようにさえ感じた。
(冗談・・・か)
こんなにも笑えない冗談を言えるのも、一種の才能ではなかろうか。
けど、それを冗談だと笑ってられる自信なんて今はもうどこにもなかった。
「いや、まだなにもわからないけど。もしそうだったとしても不思議じゃない」
「今まで何度か過去の世界に飛ばされて、なんとなく感じたんだ。俺の過去は、もしかしたらとてつもなく悲しい過去だったんじゃないかって」
「ほう・・・」
工藤の表情が笑顔から真剣な眼差しに変わる。
「でも、例えどんなに悲しい過去でも受け止めなきゃいけないんだ」
「それが、俺の過去であることに変わりはないんだし」
いつだったか、同じようなことを誰かに言ったような気がした。
今の言葉はむしろ工藤より自分に言い聞かせた言葉。
正直言ってめちゃめちゃ怖いんだ。ハッピーエンドじゃないなら、残っているのはノーマルかバット。そんなの進んで見たがる奴なんているか?少なくとも俺は見たくないよ。
最初は自分の過去が知りたくて仕方なかったのに。今じゃそれが俺に牙をむいてる。おかしな話だな。まさか自分の知りたかったことがこんなにも壮大なことに気付いてビビってるなんて。
でも、知らなきゃこれ以上前には進めないことも知ってる。
そしてもっと前に、仲間と共に先に進みたいという自分も確かにそこに居る。
・・・ほんと、大変なことに巻き込まれちゃったよ俺は。
「なるほど、ね」
「工藤?」
「いえ、なんでもありません。さて少々長話をし過ぎちゃいましたかね。時間も時間ですし、そろそろ帰りましょうか」
携帯の時計を見ると、なんやかんやで健達と別れて30分以上が過ぎていた。
まさか工藤と二人きりの状況でこんなに時間が潰せるとは。まあ決して話が盛り上がったおかげってわけではないんだけどな。
「じゃあ俺健達を呼んでくるよ。工藤は・・・」
「ここでみなさんを待ってますよ」
「わかった。じゃあちょっと行ってくる」
別に一緒に行ってもよかったんだけど、出口から考えれば無駄な距離を走ることになることを知っているからか、工藤はその場に留まることになった。
・・・ほんと、キッチリしてるよ。
タタタッ・・・
「・・・ふむ、やはり人並みに恐れを抱いていますか。まあそれはそうですよね」
「ですがなぜか彼なら乗り越えられるような気がするのはなぜでしょうか?これから先、彼にとってこれ以上ない険しい道が続くというのに」
「・・・ま、今はまず目の前の山を片付けるとしましょうか」
「よし、これで全員集合完了だな」
健達を探しに行って数分。案の定屋台コーナーでうまそうにたこ焼き食ってる二人を見つけると、渋る健を制して工藤の待つおみくじ売場前に合流した。
「そうですね。ではそろそろ帰りましょうか」
「まあもうやることはないしな。くっ、あのオムソバを食えなかったことだけが悔いだぜ」
「一体どんだけ食べる気だったんだよ・・・」
俺が行った時には既にカラの容器が随分とたくさんちらばっていたんだが。
「でも楽しかった。有希も来れたら良かったのにね」
「そうだな・・・」
家の用事で来れなかった伊集院さん。結構な数の屋台が並んでいたから、もし来れてたら喜んでただろうな。俺の頭の中では、たこ焼きを頬張ってる伊集院さんが鮮明に浮かんでいた。
「・・・・・・」
「ん、どうした工藤」
ふと隣で歩く工藤に目を向けると、珍しく笑顔じゃない神妙な面持ちで歩く工藤の姿があった。
まさか神社から去るのが憂鬱とか?ってそれは俺の勝手なキャラ設定だったか。
「いえ・・・。まあそうですね、冬休み中のDSK研究部の活動なんですけど。伊集院さんも含め、一度全員の都合の良い時にでも学校に集まろうと思うのですが」
「俺は別に構わないぞ?」
「私も特に異論はなし」
玲と健からすぐさまOKの返答。
「俺も別に良いけど。活動ってなにかやることがあるのか?」
「ええ、一応・・・あります」
あれ。いつもなら「ええ、無いのに集まるわけがないでしょ?」みたいな嫌味を存分に織り交ぜた返答が返ってくるのに。なにか言い渋ってるような、工藤らしからぬ答えが返ってきた。
ここに来る時にも感じた違和感。それを今再び俺は思いだす。
(なんかある、って感じだな・・・)
最初に思いつくのはターゲット関係の話。でもそれなら別に言い渋る必要なんてないだろうし。しかしそれ以外と言われて考えつくものなんて全く思い当たらない。
まあ結局集まった時にでも、工藤からなんらかの説明があるんだから今考えても仕方のないことなんだけど。
そう思いながら悠長に歩いていた俺。
けれど、その後冬休み中に部室に集まることは一度もなかった。