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第百八十三話 学園祭~悩ましき午後の部~


「お帰りなさいませお嬢様。どうぞこちらへ」


「あ、ありがとう・・・」


 さすがに何度も何度もやってきたおかげか、執事というか接客が板に付いてきた。


オープンしてどれぐらいの時間が経っただろう。絶え間なくやってくるお客さんのおかげで時間を気にする余裕もない。


「ふう・・・って、もう12時回ってるじゃねえか」


時計を見上げると針は12の数字を大きく通り過ぎていた。

開店してはや3時間以上が経過。朝の9時からあの客の入りだったんだ、昼時の今はピークとなり半端じゃない混雑さを極めている。


「とと。蓮これはどっちだっけ??」


「それは3番テーブルだ。ついでにそれ届けたら5番のオーダーもよろしくな」


「蓮君それこっちこっち。後ネクタイ曲がってるし解けてるよ?」


「あ、悪い。また間違えちまった」


慣れてきたなんて言いつつも未だに俺も間違えてしまう。

なにせ常に満員状態。オーダーが飛び交いすぎてどこがなんだったのかすぐにわからなくなってしまうのだ。


「あ~くっそ、これだからネクタイは・・・」


玲に指摘されてネクタイを直そうとするがうまくいかない。

制服は基本学ランだから基本的にネクタイに全く慣れてないわけで。こうしている間にも次々とお客さんはやってくるのに手間取って無駄に時間は経っていく。


そして急げば急ぐほど手元が狂って直せない!?


「貸して。私がやってあげる」


そんな俺を見かねたのかわざわざ足を止めて玲が俺のネクタイに手をかける。


「わ、悪い・・・」


こういうのはやっぱり女の子の方が得意なのか、器用にシュルシュルと直していく様は俺の何倍もの手際の良さだ。


しかし・・・あれだな。


(どこに目をやればいいんだろう・・・)


直してくれるのは非常にありがたい。

けれど玲の顔というか頭が近すぎて目のやり場に困ってしまうのだ。ネクタイを直してもらってるんだから当たり前といえば当たり前なのだが・・・。


金髪のツインテールから香る艶やかな女の子の匂い。そして一人無駄に鼓動を早くしてしまってる俺。こんなの知られたらまた怒られそうだな・・・。


「はい、完成」


「あ、ありがとう」


あっという間にビシっと整えられたネクタイが出来上がる。

もしもネクタイを自分で直せていたとしても、こんなに奇麗に仕上がりはしないはず。


「いいのよ、これぐらい。じゃあ私お客さんの案内に戻るから」


そして玲は軽くはにかむと、フリフリのスカートを揺らしながらどんどんとお客さんが溢れてくる教室のドアへと向かっていった。

本当なら凄く無駄な時間だったはず。整ったネクタイに手を当てながら、改めてその後ろ姿に感謝した。


さあ、俺も頑張ろう。


「ちょ、ちょっとやめてください・・・」


「ん?」


 気合いを入れ直して仕事に戻ろうとした矢先、微かに店内に似つかない声が耳に届いてきた。

尋常ではなさそうな様子。すぐさま声のした方へと視線を向けると一人のメイドさんがいかにも柄の悪そうな連中の一人に腕を掴まれていて・・・


「君可愛いねえ、ちょっと俺達と遊ばない?仕事なんて放ってさ。なんでも奢っちゃうよ?」


「ちょっとだけでいいからさ~」


執拗にメイドさんをナンパしている光景。人数は4人。私服のところを見るとどうやら部外者のようだがその雰囲気といいやり口といい、おそらくどこかの高校の生徒だろう。

ふむ、本物の不良の怖さを知ってるから、見れば見るほどに彼らが小物に見えるのは仕方のないことなのだろうか。


「って受けてる相手篠宮さんじゃないか!」


よく目を凝らしてみるとそこに居たのは篠宮さん。しつこく口説いてくる男達に必死に抵抗するも、やはり一人では分が悪い。玲とかならともかく、ただでさえ内気な篠宮さんに男4人は辛すぎる。


あれ。こんな光景いつかにも見たような気が。


「蓮」


「ああ、わかってる」


近くに居た健と目が合いアイコンタクト。

運が悪い事に今の混雑から来る忙しさとざわめきによって、篠宮さんの状況に気付いている人は俺達以外に居ないようだった。


もし千堂先輩達生徒会が居た時だったら間違いなく半殺しにされていただろうによ。

たくっ、あんまりおもしろくないものを見せてくれないでほしい。


「おいそこの・・・」


持っていたオーダー票を置いて急いで篠宮さんの元へと歩み寄る俺達。


スッ・・・


しかし、それよりも先に連中の輪に取り入った人物が居た。


「・・・お客さんの、邪魔」


「イテテテッ!」


 篠宮さんを掴んでいた男の腕が不自然に捻り曲がる。

あれはよく警官とかが使ってる犯人を抑えつける護身術的なやつか??無表情で、ただ相手の腕を掴みそんな並みならぬ技をかける銀髪の少女。


「伊集院さん!?」


「おいってめえ!女だからって調子こいてんじゃねえぞ!」


「それともなにか?お前が相手してくれるってのか~??」


突然の出来事に戸惑うもなんとかその場から逃れる篠宮さん。

けれど今度は伊集院さんが一人標的になってしまっている。周りに居た男達はみないきり立ち、威嚇するように視線を向けるが・・・


「・・・・・・」


ひたすらに無言無表情を貫き通す伊集院さん。


「ちっ・・・。さっきからガン無視してくれちゃってよ。調子こいてんじゃねえぞ!!」


ビュッ


そんな伊集院さんにキレた一人の男のパンチが伊集院さんを襲う。

危ない・・・はずなんだけど。なんだろうこの違和感は。


むしろ男の方が危ないような・・・?


ガシッ


「なにっ!ってうわああ!?」


技をかけている腕とは逆の腕で男のパンチを受けとめるのではなく手首を鷲づかみにし、そのままグルリと一回転。すると男の体も奇麗に宙を一回転して地面へと叩きつけられる。


ドッターンッ!


いやいやその細い腕のどこにそんな男一人振りまわせる力があるのかと。

伊集院さんを知っている人だからこそ驚かないが、一人の少女がいっぺんに二人の男を倒しちゃうのって普通に考えたらめちゃくちゃすぎる。


「・・・店内で迷惑行為はほどほどに」


「て、てっめえ~・・・。やりやがったな!!」


体を小刻みに震わしながらも必死に抗おうとするもう一人の男。

建て前というのは本当に難しい。店内は既に大きな物音のおかげで騒然となり、視線が一点に集まっているが、ここで逃げ出すわけにはいかないという悲しいさが。


頑張ってパンチを繰り出そうとするが、皮肉にもこのタイミングで憎たらしい「あいつ」を登場させてしまう。


「すみません。そろそろお開きにしませんか?でないと・・・」


「というよりもうアウトですけどね」


「ひいっ!?」


男のパンチをいつもの笑顔のまま易々と受け止める工藤。その眼は確かに笑ってるかもしれないが、言ってることは残酷極まりなく男の表情はみるみると恐怖色に染まっていった。


いや、工藤にってわけじゃないのか。


「ふん、この俺が居る御崎山学園学園祭でよくもまあ騒動を起こしてくれたものだなあ」


「この俺がってのはどうかって思うけど、まあ今回は健司が正しいわね。しかもうちの生徒に手を出そうとするなんて・・・」


「これはきつ~いお仕置きが必要ね。連行!」


取り巻き「はいっ!」


いつの間にか現れていた千堂先輩と四天王寺先輩。

なるほど、そりゃあ怖いはずだ。自分達がプロデュースしている学園祭。それにかける想いは大きくそれが荒らされるともなれば本気になるに決まっている。


ただでさえ怖い四天王寺先輩の本気の威圧に男達は完全に委縮し、いつも可憐でスマートな千堂先輩の容赦ない仕打ちに完膚なきまでにノックアウト。これが生徒会の本気か。

取り巻き達に連行されていく愚かな男達。この後一体どんなお仕置きが待っていたか、知る人は居ない。


「にしてもなんで千堂先輩達が?」


「ああそれは私が呼んでおきました。伊集院さんが騒動に巻き込まれた際に、丁度廊下ですれ違ったものですから」


「・・・てか伊集院さん単体で当てなくても最初っからお前も出たら良かったんじゃ?」


「いえいえ、ノーマルの時の自分にそんな力ありませんよ。それに一之瀬さんもなにもできなかったわけですし、おあいこということで」


なにごともなかったように男達が去った後の席に付いていく工藤、伊集院さん。

それを狙ったのかはわからないが、あれだけの騒動が起きていながらテーブル、椅子など装飾に関わるものは全て奇跡的に無傷だった。


まさか席を取るために・・・?なわけないか。


「優菜ちゃん大丈夫!?」


「あ、柳原さん。うん大丈夫。伊集院さん達が駆けつけてくれたから」


慌てふためきながら玲が篠宮さんの元に駆け寄ってきた。

多分物音がするまで気付けなかったんだろう。心配と申し訳ない気持ちが一杯で思わず篠宮さんを抱きしめちゃっている。


けど申し訳ないというのなら・・・


「なんか、今回俺らなんもできなかったな」


「だなあ。いくら伊集院さんだったとしても、ちょっとこれは情けないぜ」


 駆けつけたけれど結局出番のなかった俺達二人。

なにもできなかったというよりなにかする必要がなかった。全部伊集院さんがやっちゃったし。けど女の子にそういう野蛮なことさせて男である俺達がなにもしなかったのは情けないの一言に尽きる。


・・・なんだろうこの胸の痛みは。

目の前で抱き合ってる玲と篠宮さんの姿が、今は責め立てるように自分の弱さを訴えられているような気がした。


また、守れなかった。


「よっし!んじゃあなにもできなかったお詫びとして二人には最高のサービスを提供しよう!」


「健?」


隣に居たはずの健がどこからかティーポットとカップ二つを持ってきて机に並べ始める。


「ほら、蓮はオーダー取りだ。お客さんが待ってるぞ!」


「え、ああわかった」


健の勢いに後押しされて自然に伊集院さん達のテーブルへと足が向く。突然の転調に驚いたけど、健のハツラツとした姿を見てなにが言いたかったのかは充分に伝わった。


そうだな、下向いてても前に進めないよな。そして今俺は執事だ。


今することは、お客様に最高のサービスを提供すること!


「ご注文はいかがしますか?お嬢様、ご主人様」


「そうですねえ。では私はナポリタンを」


「・・・私はミートソース、カルボナーラ、ミックスピザ、ショートケーキ」


「はい、かしこま・・・ってええ!?」


最高のサービスとは言ったものの、予想外、いや一人にしては無茶苦茶な数のオーダーに思わず驚いて聞き返してしまう。


「えっ、いやでもそれは・・・」


「・・・食べたい」


じっと俺を見つめて訴えてくる伊集院さん。

なんって純粋で無垢な目を向けてくるんだ。これじゃあ断ろうにも断れない。いやむしろ是が比にでもその願いを叶えてあげたいという気持ちが奮い立ってくる。


「・・・かしこまりました。オーダー入ります!ナポリタン、ミートソース、カルボナーラ、ミックスピザ、ショートケーキ全部1つずつ!」


「いやいやそんなに一気に無理だよ一之瀬君。どう考えても人出が足りないよ!」


注文品を叫ぶと厨房から現在調理担当の及川から悲鳴が上がる。まあ一挙にこんなに注文が入れば、混乱するのは無理もないのだが。


「・・・よしわかった。じゃあ俺も厨房に入る!玲、ケーキの方を頼む。大変な目に遭った後で悪いんだけど、篠宮さんはできた料理を運んでいってくれるかな?」


「了解。まかしといて!」


「うんわかった!」


そして執事服の袖をたくし上げると、俺は颯爽と厨房へと駆けこんだ。

なんだろうこの高ぶる感情は。忙しくなって嬉しいはずはないんだけど、無性に心が満たされてわくわくして仕方がない。


「及川、ナポリタンとカルボナーラは俺がやるからそっちはミートソースとピザを頼む。ミートソースはもうソースが出来上がってるからかけるだけ。ピザも後は焼くだけの状態だから!」


「わ、わかった。でも二つもいっぺんに君の方はできるのかい??」


「大丈夫、まかせろ!」


目の前に置かれた二つのコンロにフライパンを置いて点火。パスタとソースはあらかじめ作られたものがあるから後は熱しながらからめるだけ。

二つのフライパンを両手で握りながら、俺は同時に二つの調理を始めた。


「ぬおおおおっ!!」


充実した一時。


これが誰かのためにすることの喜びなのだろうか。


いや、間違っちゃいないがちょっと足りない。


みんなで協力して一つのことをするから楽しいんだ。


「おっしゃあナポリタン、カルボナーラ上がったぞ!」


「え、もう完成したのかい??」


 御崎山学園学園祭一日目。

色々騒動がありまくったけど、最後までお客さんの絶えない大盛況が続いたまま時は過ぎていった。






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