第百八十二話 学園祭~騒がしき午前の部~
<12月24日>
ドドーン、ドンドドーン
私立御崎山学園学園祭・・・開幕!
「お帰りなさいませご主人様」
「お帰りなさいませお嬢様」
開始時間である9時を周りとうとう俺達のメイド・執事喫茶がオープン。
ドアを開いた直後から次から次へと一斉にお客さんが舞い込んできていた。
「おいおい、ちょっと客が多すぎじゃねえか?」
「ああ、それは俺も思った」
お客さんが来てくれることは確かに嬉しい。が、予想以上にその数が多い。
ドアから絶え間なく入ってきて、教室内に設置したテーブルはあっという間に満席。なぜかオープン当初からフィーバー状態という謎の現象が起きていた。
「ほらっ、なにやってんのそこの二人。健はお客さんのご案内、蓮君はあっちのテーブルのオーダー取って来て」
蓮・健「は、はい!」
あまりの盛況っぷりにただ眺めていると玲の激が飛んでくる。
玲は最初っから決まっていたわけではないが自然にフロアリーダーのような存在になっていて、お客さんの対応からオーダー取りまでテキパキとこなすその姿は経験者にしか見えない。
っと、こんなことしてたらまた怒られるな。
「んじゃあ俺はオーダー取りに」
「俺はお客さんの案内に」
パンッ
一つハイタッチを交わして俺達はそれぞれの場所へと向かった。
「こ、こんにちわ~一之瀬君」
「おっ」
オーダーを取りに行った先に居たのは数人の女子グループ。その中でも水色の髪留めをしたショートカットの可愛い女の子が片言になりながらも挨拶をしてきた。
「ああ、四天王寺 明日香さん。来てくれたんですか」
そう、この人こそいつぞやのターゲットの際に運悪く巻き込まれちゃった同級生の女の子。前に会った時はそんなことすっかり忘れていてかなり申し訳ないことをしたから、顔はもうしっかりと覚えていた。
「もう、そんな固くならなくても。明日香でいいよ」
「そ、そうですか。じゃあ明日香さん」
「って・・・なんでさん付?それとなんで敬語?」
「いやあ~・・・」
ほのかに頬を赤く染めている明日香さんに対し、苦笑いを浮かべてしまう俺。
なんだろう、この影なき威圧感は。ただ話しているだけなのに周りを凄く気にしてしまう。
なにせこの可愛い女の子には一人怖~いお兄ちゃんがいるのだ。
本物の不良の貫禄。健でさえも喧嘩じゃ勝てない実力。しかも妹を溺愛してる周知のシスコンだという話。もしもこんな楽しげに妹さんと喋っているところを見られたりでもしたらどうなるか。
こうしている間にも背後から近づいてきているような恐怖感が・・・
「蓮!」
「ひいっ!?」
「・・・なにをそんなにビビってんだよ。とにかく玲からの伝言でお話は程々にってさ」
「え、ああ・・・」
背筋をピーンッと伸ばして情けない声を上げてしまう俺。
しかし振り向いた先に居たのはトレイ片手におかしなものでも見るような視線を向ける健の姿だった。
いかん、完全にビビりすぎだ。
「どうしたの?一之瀬君。あ、もしかしてお兄ちゃんがまたなにか迷惑をかけた?」
「え?ああいやそういうことじゃないんだけど」
心配そうに見つめてくる明日香さん。なにをやってるんだ俺は。
そもそも四天王寺先輩がやって来たところで、俺はただ一人の執事としてオーダーを取りに来ているだけなんだから。なにもやましいことなんて・・・
「よう健人。覗きに来てやったぞ~」
「あ、四天王寺先輩」
「!!」
またしても背筋がピーンと反り立つ。今度は足元から頭のてっぺんへとピリピリとした電流が走り、思わずオーダー票が両手からこぼれ床へと落としてしまった。
「あ、いけね・・・」
(頼む気付かないで気付かないで気付かないでーーっ!)
「あっ・・・」
(なんで突然びくっとしたんだろう・・・)
全くの同時に床へと視線を向け、オーダー票へと手を伸ばす俺、そして明日香さん。
タイミングを図ったわけでもない。合図を送ったわけでもない。ただ素で、お互いのことを気付かずに床へ落ちた物を拾おうと手を伸ばしただけのこと。
まさに天然と天然とが作り出した超天然恋愛シミュレーション的出来事。
ピタッ
蓮・明日香「あっ」
オーダー票の頭上で触れ合った手と手。予想もしていなかった感触に固まる二人。
指先に伝わるのは柔らかくすべすべとした女の子の手。男の手なんかと全然違う。別に女の子の手を触るのがこれが初めてというわけではない。実際玲の手とか握った(むしろ握られた)ことあるし。
けれど決して慣れているわけではない。それにこの不意打ち。ぴょこんと跳ねる心臓の鼓動。時が止まってしまったように二人の間に流れる静寂。
けれど今それは禁断のアクションだった。
「お~い蓮!」
「四天王寺先輩が・・・」
健が俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。けどすぐにその言葉の語尾は情けなく垂れ下がる。
ああ・・・わかってるよ全部。きっとお前は見たんだろう。そして、おそらくその隣にいるであろう怖~いお兄さんの方も。
手と手を触れ合いながら固まる二人の姿を。
「なっ・・・あっ・・・」
「なにやってんだ一之瀬!明日香!!」
蓮・明日香「わっ」
飛んできた罵声に固まった体が一気に解放されてお互いに飛び上がる。
「お、お兄ちゃん!?」
「えっ、あ、これはなんというか」
「~~~~~~っ」
四天王寺先輩の顔がみるみる赤くなってしかめっ面になっていく。
怒ってる・・・よね完全に。どうにかしないといけないと思えば思うほど混乱していく頭の中。このままではある種の命の危機が迫ってくる気がしてたまらない。
「せ、先輩落ち着いてください」
健が必死になだめてるがもう時既に遅し。四天王寺先輩の怒りはとっくの昔に臨界点を突破し、鬼の形相はいつ爆発してもおかしくないことを物語っていた。
あれ?もしかして俺ここで死んじゃうのか?
「~~~~~~っ」
こんなところで?
「~~~~~~っ」
「・・・アホか」
バチーンッ・・・
あきれたように呟く声。緊迫した空気に響く乾いた打撲音。
あれ?なんか前にもおなじようなことがあったような気がするんだけど。微かな疑問を抱きながら、目の前でなぜか崩れていく四天王寺先輩の姿を俺はじっと見つめていた。
ドッターンッ!
「図体のでかい男が入り口付近に陣取らない。他の人が入りにくくなるでしょ?」
「せ、千堂先輩!」
そこに居たのは床に突っ伏している四天王寺先輩を腕組をしながら見下ろす千堂先輩。
制服に映える黄色の腕章、そこには生徒会という三文字が色濃くプリントされていた。
「あっ、千堂先輩!来てくれたんですか?」
「ええ。まあメインは生徒会役員としての各クラス見回りだけど。ぜひとも玲のメイド姿ってのをおがんでおきたくてね」
少し前に行われた次期生徒会役員選挙で見事生徒会長に当選した千堂先輩。まあ前々からほとんどわかっていたことだしさほど驚くほどでもないのだが。実際本番でも大差で勝っていた。
ちなみに四天王寺先輩も副会長で当選していたり・・・?
この学園の伝統で新生徒会の初仕事はこの学園祭からということになっている。
けれどさすがにいきなりが学園祭だと荷が重いので、ベースは新生徒会でその補佐に旧生徒会が回るというスタンスが取られているのだ。
そして今、千堂先輩達は各クラスの出し物の見回り中とのこと。
そんな千堂先輩を見つけるなりすぐさま駆けつけるメイド姿の玲の表情はいかにも嬉しそうな笑顔で、千堂先輩との仲がよく伺える。
(仲が、良い・・・?)
ふと頭によぎった数々の場面。そして目の前の姉妹のように喋り合う二人に重ねる。
あれ、玲と千堂先輩ってそんなに仲が良かったっけ・・・?
頭の中に映る二人はいつでも真剣な眼差し。
「にしてもこのバカ兄貴どうしようかしら。ほら、さっさと次行くわよ健司」
「あ、あ、明日香~・・・」
床に顔をつけたままか細い声を上げる四天王寺先輩。
その風貌とは似つかない震えた声で妹を呼ぶ姿をみると、なにか罪悪感めいたものと同時に素直に可哀相だなという気持ちが芽生えてくる。
「明日香ちゃんも大変ねえ。あ、でももしあのままだったらどうなってたのかしら」
「・・・まさか、見てたんですか千堂先輩」
「当たり前じゃない一之瀬。こんなおもしろそうなこと、私が見逃さないわけないでしょ?」
ふふんと自慢げに笑みを浮かべてくる千堂先輩。
てことは前でしかめっ面浮かべてた四天王寺先輩の後ろにずっと千堂先輩は居たってことか。それもわざわざなにか起きるまで放置して・・・
うわあ。完全に悪魔だよこの人。
「玲も大変ね。色々と縁があるから」
「な、なに言ってんですか千堂先輩っ!」
突然顔を真っ赤にしながら声を上げる玲。
千堂先輩がなにかささやいていたような気がするが・・・。残念ながらはっきりと聞き取ることはできなかった。
玲があんなに動揺するのも珍しい。けどなんか可愛いな。
「じゃあそろそろ私達も行くわ。本当なら料理も食べてみたかったけど、まだ行かなきゃいけないところがたくさんあるしね」
玲と軽く会話を交わした後、床に伏せたままの四天王寺先輩(一体どんだけショックだったんだ)をまた周りに居る取り巻きが引きずりながら、千堂先輩が教室を出ていく。
元からカリスマ的雰囲気を醸し出していた人だがいざ生徒会長ともなるとなるほど、既に貫禄めいた余裕が漂っていた気がした。
「ふう・・・なんかえらく騒がしかったな」
「あ、最後に一之瀬」
「え?あ、はい」
出ていったかと思えばひょこっと顔だけ出して千堂先輩が俺を引き止める。
「二兎を追うもの一兎を得ず、よ!」
「・・・はあ?」
「じゃあね」
最後の最後に不敵な笑みを浮かべながら謎の一言だけ残して千堂先輩は去っていった。
一人呆然と立ち尽くす俺。そんなのお構いなしにまた通常に戻っていくメイド・執事喫茶。
「訳が分からん・・・」
なにやらまだまだ騒動は続きそうだ。