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第百八十話 本物を求めて 3-3


「さてメニューはっと・・・。おっ、案外普通だな」


 丁寧に折りたたまれたメニュー一覧を開き、目を巡らせる。

表にあった看板と似た感じに黒地に白い店名の横文字、それに大きなピンクのハートが描かれた表紙。しかしその割にはハンバーグやナポリタンなど、案外普通の喫茶店とそう変わらないメニューが並んでいた。


てっきりテレビで見たみたいにトンデモメニューばっかりだと思ってたけど。俺は少し拍子抜けしていた。


「一般的なメイド喫茶ならこんな感じがほとんど。多分蓮はいかにも萌え系というか、少し痛い名前を想像してたのかもしんないけどそれは観光客用。普通のメイド喫茶だと、メニューもそこらの喫茶店と変わらないんだぜ?」


「・・・いやに詳しいな」


 得意げに説明する健。その眼は妙に輝いていてむしろ興奮に近い。

なんだろうなこの事前の準備が万端な匂いは。いくらメイド喫茶に興味があるからって、少々気合入りすぎじゃないのかね?


「ご注文はお決まりですか?」


そうこうしているうちに一人のメイドさんが注文を取りに来る。スッとしゃがみ込むと白い太股がちらり、純白のガーターの紐の部分と境目のいわゆる「絶対領域」とが合わさって、実に男としての本能をくすぐられる服装だ。


って、そんなこと考えている場合じゃなかった。俺まだメニュー決めてないじゃん!


「じゃあ俺はハンバーグステーキで」


「私カルボナーラ」


「僕はナポリタンをもらおう」


「私は野菜サンドで」


次々とテンポよく注目していくみんな。完全に俺だけが流れに乗れていない。

とりあえず適当にとメニューのページをめくっていくがこれだっ、というのが見つからない。そりゃそうだ。今自分が食べたいものを俺自身が知らないんだから。


迫るタイムリミット、集まるみんなの視線。

あれ?なんで注文決めるのにこんなプレッシャーを受けているんだ?いつのまにか俺はメニューを決めるよりも周囲からの威圧に気を取られていた。


やっべ・・・。メニューに載っている数々の文字が全部同じに見える。

そんな焦りまくりながらページをめくっていくと、俺の眼に一つの写真が飛び込んできた。黄色くてふわふわで、赤いソースが鮮やかにかけられてて・・・


「お、オムライス!」


俺は無我夢中でその写真の下に書かれていた文字を、高々に叫んでいた。


みんな「お~・・・」


その単語を言ってからその言葉の意味に気付いた。当然、もう遅いのだが・・・。

思った以上に大きな声で叫んでいたらしく、店内が不自然に静まりかえって厨房からの調理音が鮮明に浮かびあがる。いたるところから熱い視線を浴びてるし、注文を聞きに来たメイドさんも一瞬目が点になっていた。


うん。やっちまったな、これ。


「くすっ、オムライスですね。かしこまりましたご主人さま、お嬢様」


今笑ったよね?絶対笑ったよね??

スカートの裾を両手でくいっと掴んでお辞儀のメイドポーズ、本来ならぐっとくるほどの可愛さがあるはずなのに今の俺には小悪魔的な悪戯っぽさが感じられた。


「くっ、まさか蓮がそっちをいくとは思わなかった。不覚!」


「・・・意味わかんねえし」


 注文を取りに来たメイドさんが席を離れると、店内にはまた穏やかな空気が流れ出した。

昼時というのもあってか店内のテーブルはほぼ満席。大きい店というわけではないが充分すぎるぐらいに繁盛しているようだ。


「でもまあちょっと意外だったかも。蓮君ならパスタ系か健みたくお肉料理系かと思ってたけど。オムライスって選択は私もなかったな~」


「一体どんなイメージを持たれてるんだ?俺は」


オムライス。洋食の鉄板といえば鉄板だが、若干の子供っぽさがあるのは否めない。

いやまあ普通に頼めばさほど問題はないんだけど。それを全力で店内に響かせれば誰だって恥ずかしくなるはずだ。例えるなら一人でプリンアラモードを頼むみたいな感じ?


今も自分でわかるぐらいに顔が熱い。きっと他の人から見たら見事に真っ赤に染まっているだろうな。


「に、にしてもまさか本物のメイド喫茶に来るとはな~。確かに一番参考にはなるだろうけど・・・」


今回街に出た目的は学園祭の出しものであるメイド喫茶の参考のため。

だからこそ今まで色んな手芸店を回ったりして(二名ほど関係ないことしてたけど)いたわけだが。でもまさか本物のメイド喫茶に行くとは思いもしなかった。


「出し物がメイド喫茶って決まった時から考えてたのよ。そういえば真美がバイトしてたなあって。それなら参考のために今度行っていい?っていう電話したら喜んでOKしてくれたわけ。まあメイド喫茶ならまだほかにもあるだろうけど、知ってる人が居た方が色々聞けるでしょ?」


玲が肘をつきながら自慢げに話す。まさしくその通り。

実際具体的なイメージがわかないということで行き詰っていたし、そこで本物がみられるだなんて願ってもみないことだ。


実際、俺自身の中でも多少のイメージはあったが本物を見るとやはりどこか違った。


「可愛い、よな」


 メイド服も所詮は服。けどされどメイド服。そこには普段着とは違う可愛らしさと雰囲気が存在している。

黒地の服に白い純白のフリフリ付きエプロン、同じく黒地にフリフリのふんわりとしたスカート。スカート丈は学校の制服とそう変わらないが、その下にあるニーハイ、もとい白いガータとスカートの間にあるいわゆる「絶対領域」が男としての本能を揺り動かす。


「あれ~?もしかして蓮君ってメイド萌え??」


「え?ば、違うよ!!」


「うんうん、わかるぞ蓮。男なら誰だってメイド服に惹かれるもんだ」


「だから違うって!」


と、言いつつも店内のメイドさんにバッチリ目がいっている俺がそこには居た。

わかってはいるんだけど、自然と視線が向いてしまうメイド服。それは想像以上の破壊力で、もはや一度かかったら逃れられない魔性のアイテムと化していた。


そんな俺を悪戯っぽい笑みを浮かべながらちゃかす玲。なぜか同志とばかりに頷く健。

いかん、これではこの二人の思う壺だ。だが実際気になってるから反論もできない。


いや、俺以上の常識人が・・・って、なんかデジャヴ?でもそんなはずは・・・

俺はふと確かめるように及川へと視線を向けてみた。


「メイド服。確かに・・・良いね」


そこにはほのかに顔を赤らめる及川が。度の強い眼鏡のせいでその下の目がどこを向いているのかはわからないが、なんとなく、いや多分間違いなく辺りのメイドさんを見ている気がする。

一人のメイド萌えの誕生した瞬間だった。テッテレー♪


「後で真美に相手してもらえるようにしといたから。その時に優菜ちゃんも色々聞けると思うよ?本職の人にね」


「うん、ありがとう!」


そう答える篠宮さんにはさっきまでの淡い疲労感は残っていなかった。

むしろうきうきわくわく、見ているだけでも心躍っているのがわかるぐらい嬉しそうな笑顔を浮かべている。まさしく今日一番の笑顔。


「どうする蓮。俺達もなんかメイドさんにやってもらうか?」


すると健が俺の前に食べ物のメニューとはまた違ったメニュー一覧を差しだしてくる。

表紙には「ご主人さま・お嬢様めにゅ~」と丸い可愛らしい文字で書かれていて、微妙に開くのに躊躇ってしまう雰囲気を醸し出していた。


「なになに。おしゃべりタイム、肩叩きタイム、応援タイム、耳かきタイム・・・」


バンッ


「いや、今回はやめとこう!」


メニュー一覧を開いて真ん中らへんまでいったところで俺は素早く折りたたんだ。

いや~ねえ、男として興味はなくはないけれど。これを玲と篠宮さんの二人の女子の前でやるほど俺は度胸はないよ。むしろ色んな意味で命削られる気がする・・・


「そうか・・・、それは残念だな」


折りたたんだメニューを健へと手渡すと露骨に残念がられた。

どうやらかなりやってみたかった節があったらしく、おもちゃを取り上げられた子供のようにシュンとしていた。

気持ちはわからなくもないけど、隣に玲が居るってことわかってんのかね?


(しかしこの服装をクラスの女子がするのか・・・)


 ふと、店内に居るメイドさんの服装を見て考え込む。

そして俺は無意識にメイド服だけをトレースして机をはさんで向かい側に居る玲、そして篠宮さんにあてがっていた。


・・・いかん、可愛すぎる。

普段内気でおとなしい篠宮さんが着れば、上品かつおしとやかでいかにもご奉仕しますな感じが和やかで柔らかい雰囲気を漂わせる。まさに癒し系。

もし玲が着れば、普段可愛いというよりもクールというかカッコいいイメージに対してのギャップが更なる可愛さを演出する。キリリと整った顔にふんわり可愛いメイド服、さらにモデル並みのナイススタイルが合わさりもうこれ以上、なにを求めろと言うんですか・・・っ!


「大丈夫ですか一之瀬先輩。そんなエロい視線を向けちゃってて」


「へっ!?」


 風船のように意識が弾けると、いつのまにかすぐ傍で綾坂 真美が俺を見下ろしていた。

手にはいくつかのパスタやハンバーグが乗ったトレイを持っていて、ああそうか注文した料理を届けに来たんだなあとわかるのだがそれよりも


「ん?どうかした?」


彼女の発言でいきなり窮地に立たされてませんか!?


「いいんですよ~先輩。玲先輩の魅力に惹かれるのは男なら当然。女の子だって思わず抱きしめてもらいたいぐらいなんですから。全然恥ずかしいことなんてないです!」


玲が俺の異変に気付いて首を傾げる中、綾坂 真美が机に持ってきた料理を配っていく隙にそっとささやいてくる。

やばい、嫌な汗が止まらない。玲のきょとんとした表情、綾坂 真美のささやき。凄まじいダブル攻撃に俺はもう気が遠くなってしまいそうだった。


「いやあなんでもないよ?全然。ちょっと疲れたなあ~っと思っただけで・・・」


「そう?ならいいんだけど」


とりあえず精一杯の言いわけで玲からの疑念を解いておく。

こんなこと知られるわけにはいかねえ。まさか一人玲や篠宮さんのメイド姿を想像して興奮、いや感傷に浸ってただなんて。


「でもいくら先輩でも負けるわけにはいきませんよ?」


「は?てかさっきからなに言っちゃてるんだよ!」


ホッと一息ついたのも束の間、俺の前に湯気がたちこめるホカホカのオムライスを置いた綾坂 真美がまたささやく。

その表情はニッコリ笑顔。けれど全然可愛いと思えない。むしろ怖いよ。この子、可愛い顔して絶対小悪魔だよ。そんな俺の気持ちを他所に、綾坂 真美はふわっとした卵の上にケチャップを器用にかけていく。


うにゅ~・・・


「玲先輩は、渡しませんよ♡」


そしてかけ終わると、一つウィンクを残して玲の元へ駆け寄っていった。

オムライスの上にはケチャップで描かれた大きなハートマーク。

ハハ・・・。女って怖いなと初めて実感した瞬間だった。テッテレー♪




「ここのこの部分ってどうなってるの??」


「ああここですか?ここは二枚重ねでボリュームアップさせて・・・」


「へえ、こんなんになってたんだ~」


「え、どんなのどんなの?俺にも見せてくれ」


「って近付きすぎよバカ健!」


 運ばれてきた料理に思い思いに手をつけ、とりとめもない会話をしているとあっという間に時間は過ぎていった。

今は女性陣+健が新たに注文したデザートを頬張りながら綾坂 真美を交えてメイド服談議に盛り上がっている。


俺はどうしてるのかって?今はコーヒー片手にそれを見守ってる。

というのは言いわけで、今はなんとなく綾坂 真美に近づくのが怖いのだ。それに久しぶりの再会のようだし同じ中学校同士で話をするってのも・・・。

って、これも言い訳か。


「いやあしかし、今日はかなりの収穫があったみたいだね」


「まあ、な」


満足気に言う及川だがその視線はまたどっか違うところをチラチラ見てる。

まあ何見てるのかは大体想像つくけど。収穫でいえばお前が一番あったんじゃないかとツッコミを入れたいのは俺だけなのか?主にメイド喫茶ではなくメイドに対してな。


「ふう・・・」


 ごくりとコーヒーを一口飲み込んで深く息を吐く。それだけで体中から疲労が抜け出していくような気がした。

賑やかにざわめく店内。それに浸っているだけでも充分すぎるぐらいに体が、そして心が癒される。

今日一日あわや交通事故とか慌ただしいことばっかりだったけど、なんやかんやでこの結論に達するんだ。


良い休日だった・・・ってな。





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