第百七十九話 本物を求めて 2-3
すみません、本当は「本物を求めて」は二部で終わる予定だったんですが都合により三部に突入します>< あしからず・・・
「ふう、ちょっと休憩しようか」
人混みってやつはなんでこんなに疲れるのかねえ~。ただ歩いているだけだっていうのに体は正直に疲労をアピールしている。
店と店の隙間に収まるように置いてあるベンチを見つけると、思わず砂漠の中のオアシスとばかりに飛びつきたくなった。
「そうだね。一応あれから結構歩いたわけだし、さすがにぶっ続けは体に応える」
ドスンドスン、ストン
なだれ込むようにベンチに腰掛ける。固さゆえに多少の痛みがお尻に走ったがそれ以上に全身からじわじわと疲労の塊が浮き出てくる。ダラーンと手足を伸ばしていると思わずため息の一つ二つが出るのはもうご愛敬ってことで構わないかな。
「・・・・・・」
「ん、篠宮さん?」
同じように平然を気取りながらもグッタリ気味の及川を含む俺達男性陣がだらけている中、ベンチにちょこんと座りながら小刻みに口をもごもごしている篠宮さんの姿があった。
「え?あ、いやなんでもないよ。ただ、今のところあんまり収穫ないな~と思ってて・・・」
なんでもないと言いつつもある意味愚痴をこぼしている篠宮さん。この中じゃ一番体力なさそうなのに、今はそれ以上に悩んでいる様子。
なんとも真面目だよなあ~。それ故になんとか手を貸してあげたくなるのは一種の母性本能ってやつなのかねえ?
冗談はさておき、篠宮さんがなにで悩んでいるのかと言えば今のところの成果についてだ。
玲と健の二人と別れた後、俺達三人はとりあえずメイドや執事の衣装に使う生地を適当に探してみることにした。
あの二人が着いてそうそう突っ走っていったから言えなかったらしいが、手芸部である篠宮さんは今日のようにたまに仲間内で街まで道具や生地を買いに行っていたらしく、あらかたのそういう手芸店の場所を知っていたようだ。
なんとも申し訳ないことをしたもんだ。しかもその場所は健達が向かっていた方向とは完全に逆方向。はい、あいつらが適当に歩きまわっていたことが今ここで証明されましたね(笑)
無駄な距離を歩きながらもとりあえず俺達は篠宮さんの案内で適当にいくつかの店を回ってみた。
どの店にも色とりどり材質も絹からレースまで様々なものがあったが、それでも篠宮さんの表情が綻ぶことは一切なかった。
むしろしかめながらう~んと唸る一方、篠宮さんいわく「はっきりとしたイメージが湧かないからどれを選べばいいのかわからない」とのこと。
考え込む篠宮さんも可愛いものがあるが、ずっとその状態では逆に心配したくなる。
結局同じように数店回ったけど、これといった成果を上げることはできなかった。
(これは少し一息が必要かな・・・)
携帯の時計を見るともう12時を回っていた。
なんやかんやでかれこれ3時間以上歩いているのか。どうにも煮詰まってきたようだし、ここは一つ気分転換のためにも昼食といこうか。
「よし、とりあえず午前中はこんなもんにして、そろそろ昼飯食べに行くか!」
「ん、歩き続けてさすがにお腹が空いたしいい頃合いだね」
やはりさすがの及川も歩き疲れていたらしく、俺の提案に目を輝かせながら食いついてきた。さてさて、完全にるつぼにはまっちゃってる篠宮さんはと・・・
「え?でもまだ全然なにも・・・」
ぐう~・・・
慌てて言いかえそうと思ったところで、可愛らしいお腹の音が響き渡る。
「どうやら決定、だね?」
「う、うん・・・」
微笑みながら語りかけると、篠宮さんは一気に顔を真っ赤にしながら小さく頷いた。
「よし、んじゃあさっそく連絡を・・・」
「あ、私かけるよ。ここまでずっと付き合ってくれてたわけだし、それぐらい・・・」
そう言うと篠宮さんは持ってきていた小さな茶色のポーチから素早く携帯を取り出した。
正直さっき時計を見るために出してまだ手に持ってるから俺が連絡した方が良いと思うんだけど、せっかくの篠宮さんの好意を無駄にするのもあれなのでここは素直に従っておこう。
パカッ、ピッ、ピピ、ピッ・・・
左手で携帯を持つとすかさずリズムよくボタンを押していく篠宮さん。
携帯はピンクというより桜に近い薄ピンクで、小さなくまさんやウサギなど、メルヘンチックなキーホルダーが幾つもぶら下がっていてなんとも可愛い。
・・・って、あれ?
「あれ、篠宮さんって左利きだっけ?」
手早くメールを打つその姿を見てふと思う。本当に些細なことだけどなにか意外な気がして思わず聞いてしまった。
「え?あ、うん。というより基本的に私両利きなの。右でも左でも字も書けるし携帯だって操作できる。でも普段、特に食事の時はいつも右手を使ってるけどね。知らなかった?」
「あ、うん。知らなかった・・・」
・・・これはまずったな。
両利きだったことは一つの救いだが、それでも気休めにしかなるまい。
いつも学校で会う同学年のクラスメイト、いつも教室で会う隣の席のクラスメイト。
いかん、もう入学して半年をゆうに超えているのに、すぐ隣に居たはずの篠宮さんの利き腕すら知らないなんて。
これじゃあ今まで見ていなかった、いや最悪影が薄いと言われたと捉えられても文句は言えないじゃないか!?
ピロリロリン♪
「あ、メール来た。・・・一之瀬君、柳原さん達この近くに居るらしいから合流して一緒に行こうだってさ」
うう・・・。今はその無垢な笑顔がじんじんと心を痛めます・・・
「よお!蓮」
「おう、ってまたすげえ買いこんだんだな」
篠宮さんの案内でついていくと、開けた噴水のある広場に両手一杯に袋を掴んだ健と玲が居た。
「いやあ~回ってたらあれもこれもって感じでさ。しっかし腹減った~~!早く飯喰いに行こうぜ~」
にんまりと笑みを浮かべながらうなだれる健を見てると思わずため息をついてしまった。
人が今までどんだけ苦労してきたかも知らないで一人楽しみやがって・・・
まあそうして良いと言ったのは何を隠そう自分自身だ。そんなことは百も承知。それでも愚痴の一つや二つ言いたいぐらいに健や玲の満足気な顔が心底羨ましかった。
結局は嫉妬?
「確かにお腹減ったわね。じゃあみんな揃ったしそろそろ行こうか」
そう言って歩き出す玲、そして篠宮さん。
まるで最初っからどこで昼飯を食うかは決定事項であるかのように動き出す二人に、自然と男性陣三人が付いていく形となった。
いつぞやの初めてミサプラに来た時に寄ったしゃれたレストランか?それともなんかエスニックフェアとかやって繁盛してたファミレス?はたまた落ち着いた雰囲気の喫茶店・・・
まあどこでもいいや。とりあえず一休み出来て空腹が満たされるところなら。
そんな軽い気持ちで歩いていた俺。けれど予想だにしなかった「初体験」をすることになるのは、このすぐ後のことだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こ、ここは・・・っ!」
『メイド喫茶・Love and Cute♡』
店に掲げられている大きな看板を見上げて絶句した。
文字だけ見ればって文字だけでも大体想像できるだろうが、黒地にホイップクリームみたいな白のペンキを塗りたくった横文字、最後にピンクのインパクト抜群の大きなハート。
「おおおっ、ここは!?」
「そっ、本物のメイド喫茶ってわけ。これ以上の参考になるものはないでしょ?」
あからさまに興奮してる健、どうだとばかりに見せびらかす玲。
あれ・・・これってそんなに簡単に受け入れられることなのか?ここに案内したのは玲、篠宮さん。元からこういうのに興味ありげな健。もしかして動揺してるのって俺だけなのか?
いや、俺以上の常識人が後ろに控えているはずっ!
「ふむ、正直若干の抵抗はあるけど参考にするためには仕方ないね」
後ろを振り返ると顔をわかりやすいぐらいに赤らめながらにやける及川の姿が。
こんの裏切り者めえーーーーっ!!!
カランカラーンッ!
メイド一同「お帰りなさいませご主人さま・お嬢様っ!」
(いきなりキターッ!)
ドアを開け店内に踏み込んだ瞬間に轟くメイド達のお決まりセリフ。
テレビとかでたまに紹介されているが実際本物を聞くとかなりの迫力で、思わず顔が熱くなっていくのが自分でもわかる。
「やっほ~玲先輩。お久しぶりです!!」
「あ、真美。久しぶり~!」
突然店内に居る多くのメイド達の中から一人、くるくるのツインドリル、もといロールヘアのおさげをしたメイドさんが親しげに玲へと駆け寄ってきた。顔はどことなく幼さが残っていて、奇麗というより可愛い顔立ちとお姫様のようなロールヘアのおさげがメイド服と不思議なぐらいマッチしてる。
見たところどうやら知り合いのようだが・・・?
「あの娘は綾坂 真美。中学校時代の後輩の子で、特に玲に懐いているんだよ」
「へえ~・・・」
確かに凄い仲良さげな感じだ。最初ははしゃぎながら握手してるかと思えば、いつのまにか抱きついちゃってる。なにか仲が良いというだけで済まされる関係でもないような気もするな。
「篠宮先輩もお久しぶりです!あ、ついでに相川先輩も久しぶり!」
「うん、久しぶり綾坂さん」
「ついでにって。ひでえな、おい」
抱きついた状態のまま軽く会釈して篠宮さんと健に挨拶する。篠宮さんはともかく健に対してはついで&タメ口という始末。わかりやすいまでに玲との接し方との差が表われている。
その特徴的なツインドリルといい、なんともインパクトの強い娘だ。
「あれ?そちらのお二人方のほうは・・・」
綾坂 真美がちらりと健の隣に居る俺、及川の二人へと視線を向ける。
そうか、この中で彼女と面識がないのは俺達だけになるのか。
「あ~僕は及川 直人。ここに居るみんなとは同じクラスメイトだ」
「そ、よろしくお願いします及川先輩」
照れ隠しのように眼鏡をくいっと上げて自己紹介する及川。顔を見る限りなにやら満足気に笑みを浮かべているが、一方の綾坂 真美の方はえらく淡白な反応だった。
まるで、それ単体に全く興味がないかのような素振り。
「どうした?蓮。辛気臭い顔しちゃって」
「え、ああいやなんでもないよ」
まだ綾坂 真美とは会って間もないけれど、なにか言い表せられないような「クセ」のある人物のように感じた。まあ今は、無駄な詮索を入れる必要はどこにもないのだけれど。
「蓮・・・?まさかこの人、「あの」一之瀬 蓮さんですか??」
「この人って・・・。ああそうだよ。俺の名前は一之瀬 蓮。及川と同じく、みんなとは一緒のクラスメイトだ」
突然いきなり相手から先に俺の名前を出された。
なぜ俺の名前を知ってるんだろう。色んな疑問を抱えながらとりあえず自己紹介すると、綾坂 真美はあからさまに驚いた表情を見せた。いや、これは驚きを通り越してもはや恐れ・・・
さっきまでのあどけなさの残る笑顔から一転して歪む表情。思わずドキッとなにかしてしまったのかという罪悪感が俺を襲う。
そして綾坂 真美は一瞬目を泳がしてから確かめるかのようにスッと玲へと視線を向けた。
「大丈夫よ真美。前にも言ったでしょ?それに今の私達を見て大体のことはわかると思うけど??」
「そう、ですよね・・・。先輩が言うんですしわかってはいるんですが、まだ私にはなんとも・・・」
玲が優しく語りかけると強張った表情が微かに緩み、肩から力が抜けていくのが見ていてわかった。
それにしても一体なんの話をしているんだろう。一人首を傾げていると横からスッと、健が耳打ちしてきた。
「こんな場所だから詳しくは話せないけど、彼女も俺達と同類ってことさ」
「同類って・・・まさか」
慌てて視線を彼女に戻すと、そこにはもうさっきまでの彼女は居なかった。
「よろしくお願いします一之瀬先輩!では、こちらのテーブルへどうぞ~」