第百七十八話 本物を求めて 1-3~前方には注意しましょう~
「ん?お~っす、蓮。遅いぞ!」
11月も暮れ、吹き抜ける風はますます身を切るような冷たさを乗せていき、いよいよ本格的に冬という季節を迎えようとするこの街、この世界。
確かに夏に比べれば暑さによるだらだらじめじめとした汗は流れ出しては来ない。が、それでも無駄に足への容赦ない疲労を誘い続けるこの学園へと続くいつもの坂道を登った先で、健が大きく手を振り急かさせている姿を発見する。
携帯の時刻をちらり・・・、現在時刻は8時48分。
集合時間である9時までにはまだ10分以上時間があるが、そこにはもう俺以外のメンツはズラリと揃っていた。
みんなどんだけ意気込んでんだよ・・・。まさか最後の奴は罰金として昼飯奢り~だなんて、どこかのお約束はまじで勘弁してくれよ?
「おはよう蓮君♪」
その隣では朝ながら実に爽やかな笑顔を浮かべている玲の姿が。いつもながらの光景でもあるのだが、今日はなんだかそれ以上にゴキゲンな模様。
ここまでならいつものメンツであり、例の如く工藤や伊集院さんを含めてDSK研究部でのお出かけかな~?と思ってしまうところだろう。ちっちっ、だが今日は一味違うぜ。
「やあ一之瀬君、おはよう」
「おはよう一之瀬君」
そこに居たのは工藤でも伊集院さんでもない。
到底爽やかとは言えないガッチガチに律儀な挨拶の及川と、おとなしめながらもしっかりとその表情に柔らかな笑みを残す篠宮さんの二人。
「おう、おはよう。てかみんな早いな~」
プシューッ、パタン。ブウンン・・・!
このメンツと言えばもちろん、ご存知。1年A組学園祭実行委員の面々である。
篠宮さんの考えたクラスの出し物「メイド・執事喫茶」がみんなに受け入れられてから数日。
刻々と迫る学園祭に向けて目標が決まった今、着々と周りでは準備が進められていった。
まずはメインの衣装担当や店に出すメニューを決める調理担当、財務担当や店自体の構成などなど。幾つかの役割に合わせてクラスのみんなを分割、それぞれが実行委員を中心に一つの店、俺達の出し物を完成させるために取り組み始めた。
メイドだろうと執事だろうと、結局喫茶店には変わりない。
そのおかげでイメージが湧きやすいのか、メニューの思案や店の内装とかを決めるのは割かしスムーズに進んでいる模様。特に女子たちを中心に色々と試行錯誤に凝っているようだ。
その他諸々は順調。問題なのは「メイド・執事」の方である。
ただの喫茶店ならウェイトレス、最悪でも制服にエプロンでもなんとかやっていける。
だが「メイド・執事喫茶」ともなればそんな曖昧かつ適当なものでは勝負できない。
なにせそれがメインであり売りなんだからな。
一番手っ取り早いのは通販や店で全部買っちまうことだがもちろん余裕で予算オーバー。
そもそもせっかく一から作るのに買ってきたのでは意味がない。どうせならみんな同じデザインではなくオリジナルな感じの方が楽しいだろうし~ということで、衣装は全部手作りとなった。
と、言うのは簡単なのだがな。執事服はともかく(最悪スーツでも)、メイドなんてあんな複雑な服をいくら女子といえども素人がほいほい作れるわけもなく・・・。
結局クラスで唯一の手芸部だった篠宮さんが、衣装担当の責任者兼リーダーとなった。
「いや~、また久しぶりのみんなでのお出かけだな。なんか心躍るぜ!」
「あほか健。今日は遊びに行くんじゃねえんだぞ??喫茶店で着る衣装の参考ともし良い生地とかあったら買ってみて試作まで~っていう、大事な役目があるんだ」
しかし篠宮さんといえどさすがにメイド服なんてものは作ったことがない。
そこで今回その参考にということで、「本物」を直に見てあやふやなものからしっかりとしたイメージを持てるように、こうして今俺達は街へと繰り出そうとしているのである。
え?衣装担当は篠宮さんじゃないのかって?
もちろん他のメンツがそんなことできるわけがない。まあ玲は知らないがな。
でもどうせならみんなで言った方が楽しいし、それにどうも篠宮さんが一人で街へ行くっていうのは、いささか心配なわけで・・・。
いつぞやみたいな柄の悪い連中とか、居てもおかしくない場所だからな。
「んなことわかってるよ。でも街に行くってだけで、テンション上がっちまうんだよ♪」
(完全に浮かれてるな・・・)
一応何度も今回は遊びに行くんじゃないとは言い聞かせたのだが、やはり抑え切れていない様子。隣で子供のようにはしゃぎながら吊り皮を掴む健。どう考えても浮かれている。
だが問題なのはどっちかっていうとその隣かもな。
そんな健をいつもならツッコミか忠告でうまいことたしなめる玲さんなのだが・・・。
今じゃ陽気に鼻唄なんか歌っちゃってご機嫌どころかうきうきわくわく、街に近づく度に湧きあがるうずうずがたまらない感じになっちゃってる。
まあ正直なところここ最近DSK研究部の件で身体的にも精神的にも忙しかったし。そのせいで街なんかに繰り出してる余裕なんかもなかったし。
どんな機会であれ街に行くって聞いただけで楽しくなるのは仕方ないのかもしれないな。だからこそ、それを折ってまで無理に強いるのはどちらかというとしたくない。
・・・でも、心配だよなあ。
「やっほ~着いたぜ着いたぜ!」
バスに揺られて約20分。ようやく俺達は目的地である多くの若者達で溢れかえる「御崎シティプラザ」へと到着した。
またここかよ、って言いたくなるかもしれないがここら一帯じゃ間違いなく一番大きい街だし、なにより学園から比較的近い。遠出すればそりゃあここより大きな街はあるだろうが、それでは時間も金もかかる。
それにここならブランド物などのファッション以外にもあらかた揃っているし。俺達の探すメイドなどの衣装や生地を見つけ出せる可能性が高い。むしろここになかったらお手上げです。
「うわ、やっぱすっげえ混んでるな~」
本日は日曜であり休日、しかも肌寒さはあるものの天気は概ね晴れ。絶好のお出かけ日和である。まあお約束だがまだ9時30分にもなっていないというのに、御崎シティプラザはまさしくいつも通り人・人・人で一杯となっていた。
目をつむり耳を澄ませば聞こえてくるのは人が造り出した堅く薄く、そう温かくはない音。
賑やかな話し声、幾重にも重なる足音、次々と突っ切っていく無数の車達・・・
ここで自然の音を聞くのは難しい。むしろ無いと思った方がいい。
けどまあ、これはこれで一つの風景であり空間である。何度か来るうちにもう慣れてしまった。人色に染まったこの空間は、それでなくても笑顔と満足気な表情に満たされているのだ。
「しかし、やっぱこの中を制服で歩くってのはいささか恥ずかしいものがあるな」
街はこんなにもおしゃれな色とりどりの服を着た人で溢れかえっているのに。なんと今俺達は全員御崎山学園の制服ときたもんだ。
まあ制服自体が嫌いなわけではないが及川いわく、プライベートならともかく、これは学園の行事に関わることだから一応は課外授業の一環。制服着用が義務付けされる、とのこと。
そんなの律儀に守らなくても~とも思うが、よくよく考えてみればここまでのバス代も然り、そしてこれからなにか必要なものを買ったりする場合のお金もまた、実は学校から出ちゃっているのだ。なにせ「課外授業」だからな。まあ後者の方はどっちかっていうと出し物としての予算だが・・・
そんなこんなで、今回は学園の制服を着て街へ繰り出すことになったわけだ。個人的には制服の方がなに着てくとか迷わなくていいし楽なんだけどな。まあ女性陣の私服が見れないというのはいささか残念でもあるんだが。
「さあさあ行こうぜ!目的アイテム目指して出発進行~」
「だから遊びに来たんじゃ・・・ってうおい!?」
バスターミナルから店が立ち並ぶ通りへと繋がる横断歩道。その信号が青に変わるのを見計らうと、健、そして玲はこみ上げる衝動から俺の声も華麗にスルーしてすぐさまスタスタと歩き始めてしまった。
今日の予定をこれから確認しようとしたんですが!
「仕方ない。とにかくあの二人に付いていこう。このままじゃ到着早々に離れ離れになっちまう」
急いで取り残された二人に促す。及川はふうとため息、篠宮さんはうっすら苦笑いを浮かべながら頷き、なんとか追いつこうと走りにも近いスピードで横断歩道へと踏み込んだ。
まあ、こうなることはわかってたんだがなあ~。特に、バスに乗る前からな。
「あ~あれ、可愛い~!」
ようやく二人に追いついたのも束の間、そんなのお構いなしにズンズンと人混みの渦へと入っていく健と二人。ちょっと油断すればすぐに人とぶつかるこの混雑っぷり。それでも二人はまた器用にスイスイと縫うようにして前へ進むもんだから見失わず付いていくのがやっとな状況だ。
もはや俺達が居ることをちゃんと覚えているのか、凄~く不安になってきました。
こんな状況だから声をかけることもできない。というより二人がどこを目指しているのかの方がわからない。
ちゃんとお目当ての店を探しているのか、それとも自由奔放に好き勝手歩いているのか。
もう俺達は付いていくしかないからまさに神のみぞ、じゃなくて玲と健に全てはかかってるんだが・・・。不安だな。
「大丈夫?篠宮さん」
及川と俺の間を一生憲命歩くと言うよりもはや小走りになっている篠宮さん。元々小柄な体格が幸いしてか、あの二人のペースは正直きつそうに見える。
あの体育祭の時の玲との二人三脚時はよくあれだけ走れたな~と思わず改めて感心。けど頑張って平然としているようにも見えるが段々と息は荒くなっている模様。正直これだけの人混みの中で早足、しかもぶつからないように神経擦り削ってたら男でも結構しんどいよ。
どこかで一呼吸入れないと・・・おお?
思い切って二人の元まで走り出そうと思ったのだが、なんとラッキーなことに前方の信号が丁度赤に変わった。これなら否応なくあいつらに追いつける。
「おっ、あのシリーズの新作が出ていたのか!」
「きゃっ、新しいの入荷してるじゃない!」
「って、おいおいおい!?」
目の前が赤信号だと言うのに、全くスピードを緩める気配のない二人。いや、むしろその速度は上がる一方で今にも向こう側へと続く横断歩道へと突入寸前。ここから見える限りだが、あの視線の先からしてどうやら前の信号をまるで見ていないようだ。
な、なにを考えてるんだあいつらは!!いくら目移りしてるからってどんだけ周りが見えてないんだよ。ってこんなことしてる場合じゃねえ。早く止めないと!
「ちょっと悪い!」
「一之瀬君??」
ダダダッ
突然の出来事に思わず声を上げる篠宮さんを背に俺は走り出した。
歩行者信号に続いて車用の信号も黄色、そしてすぐさま赤色に変わる。そしてそのタイミングを見事に見計らったかのように二人はあくまで自然に横断歩道へと突入した。
あいつらにとっちゃ赤信号が進めなのか?さすがに異変に気付いた周りの人達が目線を向け始めるが止めようとはしない。ってか止めろよ唐変木っ!
ブオオオ!
「え?」
微かな地響きと共に唸るエンジン音。視線を向ければ車と車の間を通り過ぎていく白光りする物体。それが2車線道路の向こう側から、勢いよく横断歩道を横切ろうとするトラックであることに気づくまでにそう時間はかからなかった。
これも運命のイタズラか?エンジン音から察するに速度を落とす気配はない。
多分信号待ちで止まっている車の列に二人の姿が隠れてしまっているんだろう。
っておい、なんなんだよこの急展開。
交差点にたむろする人波を真っ向から切り裂き、やっとの思いで見えた健と玲の後ろ姿に向かって精一杯手を伸ばす。
次第に大きくなる背中。縮まる距離。
だけどそんな俺の手よりもずっと早いスピードで距離を縮める大きな影が一つ。
なんでだよ・・・。う、嘘だろ?
タッ・・・!
周りの景色がスローモーションのようにとてつもなく遅く、時は刻まれていく。
全ての力を足に集中させて思いっきりジャンプ。
体が宙を舞い続ける。手足をばたつかせてもがきにもがいて前へ、そして前へとひたすらに手を伸ばす。それに応えるようにゆっくり、ゆっくりと確かに二人の背中が近づく。
こうなったらどんな形でも良い。この手で、この手でさえ触れられたら・・・っ!!
けれど無情にも、俺の視線にはその悪魔が映し出された。
車の陰からスッと映し出される、黒いフォルムにオレンジの蛍光色が不気味に光るトラックという物体の先端の姿。
な、なんでなんだよっ!?
キイインンッ!!
「っ!?」
バッコーーーンッ!!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「のわあああっ!?」
ドンガラガッシャーンッ!!
「・・・あれ?」
今にも目の前で繰り広げられようとしていた悪夢に耐えきれず、必死に目をつむったまま地面へと着地。
今、確かに健の悲鳴にも似た叫び声が突っ切っていってあっという間に遠ざかっていった。
そして一瞬間が開いた直後になにかにぶつかり、転がり、いかにも痛々しい物音が耳元へと入ってくる。
・・・これだけなら脳内に一瞬映し出された最悪の光景が、今目の前で再現されているようにも見えるんだけど。
ゆっくりと手をグーパーグーパーと交互に動かしてみる。
動かすことにはなんの苦も痛みも感じないが、それ以上に自分の手に残る感触に確信を覚えた。
・・・さっき絶対に誰かの布、服に触れたよね?それも思いっきり。
なんでだろう。なんか無性に最悪な結果になっていないような気がする。
むしろ頭の中に大きなクエスチョンマークを浮かべながら、恐る恐る重い目蓋を開けてみた。
「・・・って、あれ?なにこの状況」
目蓋を開けると、そこにはなにもかもが茜色に染まった光景が広がっていた。
さっきまであれだけ煩いぐらいに響いていた人の声が、車のエンジン音が、今では微塵も聞こえない。そんな人の音のみならず、風の音などの自然の音さえも今は一切聞こえない。
というより、音が無い?
「時が・・・止まってる」
いきなりすぎてなにがなんだかわからなかったけど、視線を横へと向けるとすぐにその答えは否応なく浮かび上がった。
ちょっと突き出せば鼻先に触れるぐらい顔面スレスレで、トラックの前部分と思われる黒い金属板が何事もないかのように静止。近すぎてもはや視界は完全にそれに遮られている状態だ。
立ち上がって周りをきょろきょろと見渡せば案の定どこもかしこも完全に止まっている。
この冷たく寂しい茜色の空間。いや、目を閉じたときに一瞬感じた身の毛もよだつようなざわついた全身を突き抜ける感覚・・・。
「結界、ね・・・」
さきほどまでの興奮状態から妙に落ち着いた様子の玲が辺りを見渡して呟く。
そう、これは俺達が戦闘を行う際に人間達に気付かれないようにするための魔法。今まで何度も見てきたあの「結界」である。
「イテテ・・・。いきなりなにすんだよ蓮」
そんな玲を見ていると、交差点の向こう側から健が服をはたきながらトボトボとやってきた。
よく目を凝らしてみると向こう側の店の角にあった大きなプラスチックのごみ箱が酷くひしゃげている。どうやらあれに思いっきり突っ込んだらしい。
いっけね、またやっちまった。どうにも必死になりすぎて入学当初に絡まれた不良達と同じように、竜としての力そのままで相手を押してしまったようだ。最近は結構抑えられてたと思ってたんだけど、やっぱ刻印が無いとなにかと不便だよなあ。
あのごみ箱の状態から見て相当な衝撃があったと思うんだけど。回復するのが早すぎやしないか健? まあそのおかげで大事にならなくて済んだわけだが・・・
「ああ、悪い悪い。ってお前ら今めっちゃ危なかったんだぞ!?・・・まあそれは後でいいか。それよりもなんで今、結界が・・・?」
この結界がなければ今頃健と玲はあのトラックにひかれ、大変なことになっていただろう。
そういう意味では助かったわけだが。しかし逆に、今度は違う問題が浮上してくる。
結界というのは主にターゲットとの戦闘で使うもの。
そうでなくてもなにもない時に使うものじゃないってことは確かだ。
ってことはつまり、ターゲットが現れたのか!?じゃあこんなことしてる場合じゃ・・・
「多分、ターゲットではないと思うよ。もしそうなら連絡ぐらい来るだろうし、それでなくても今この辺りに結界以外の魔力は感じられない・・・」
「ま、おおよそなにか調べることがあったかそれともなにかの訓練か。どっちにしろ戦闘によるものじゃないってことは、確かだと思うぜ?」
玲も健も、さっきから不自然すぎるぐらいに落ち着いていることに疑問を持ってたけど、ようやくその理由がわかったぜ。
俺と違って二人は刻印があるため魔力を感じ取ることができる。この空間では魔力が無いものは動くことも出来ないし、魔力がある者でも戦闘になれば当然否応なく魔力を消費する。でも今その魔力はこの結界以外に感じられない。つまり、この一帯で戦闘は行われてはいないということになる。
まあ前みたいな闇属性のターゲットって可能性もあるにはあるんだが。
「そ、そうか・・・」
この結界が張られた理由がわかったわけじゃないが、ひとまず安堵のため息をついた。
腑に落ちないものはあるが、なにせこの人の数だ。こんなところで戦闘になればちょっとやそこらの犠牲じゃ済まされない。
それに・・・
ふと後ろを振り向く。もちろん俺達以外に動いている者はいない。完全に一時停止状態。
そんな静止した冷たき世界の中で、俺は同じように無数の人混みの中で一人固まる篠宮さんの姿を捉え、そして見つめていた・・・
「いや~悪かったな。ついテンション上がっちまってよ」
一応二人が危ない状況だったことを一通り説明すると、健は苦笑いを浮かべながらみんなに謝っていた。
結局あの後結界はなにも起きないまま数分後に消滅。何事もなかったかのように再びこの世界の時間は動き始めた。
なんだったんだろうな、一体。でも俺達の中で結界を張れるのって、伊集院さんしか居ないよな・・・?
「全く、はしゃぎすぎだよ」
「まあわからなくもないけど。でも何事もなくて良かったね」
とりあえず横断歩道を渡った先で一休憩。篠宮さんの息も上がってたし、なによりさっきの出来事のおかげでようやく二人に冷静さが戻ったからな。これで打ち合わせができる。
「・・・・・・」
「玲?」
だけどそんな時にも玲の視線はどこかへと。完全に上の空な状態だ。
「え、あっゴメン!つい・・・」
と言いつつもまたしても視線は違う方向へと戻っていく。
どうやら近くの店に気になるものがあるらしく、まさに心ここにあらずな感じである。よっぽど気に入ったものがあるらしいな。
チラリ・・・
携帯の時計を見てみると時刻はまだ10時にもなっていない。正直色んなことがありすぎてかなり時間がたったと思っていたが、どうやらまだまだ時間に余裕はあるようだ。
(まあ、我慢しすぎて前方不注意になって事故起こすよりかはいいか)
パタンと携帯を閉じて軽く肩を竦める。さっきアスファルトに思いっきり滑り込んだからかな、体中がジンジン痛むぜ。
「よし、んじゃあ出し物関係については俺と篠宮さんと及川とで行くから、お昼までそっちは自由行動で良いぞ」
「えっ!?」
どうやら相当意表をつかれたようで、玲は思わず体をびくつかせて驚いた表情でこちらを見てくる。けれど状況を理解するとみるみる表情が明るくなって目を輝かし始めた。
「い、いいの!?」
「ああ、正直大人数で行動するのは効率悪いしな。そっちももしなにか良いのがあったらチェックしておいてくれ」
まあ、出し物関係は全く期待してないけどな。
「あ、ありがとう蓮君!そうとわかったら、ほらいくわよ健。まずはあの店から・・・」
「え、お、おう。悪いな蓮」
「いいってことよ」
交通事故起こされるより全然マシです。
そして玲はこちらに大きく手を振ると、半ば健を引っ張る形で、そしてスキップでもしかねない弾んだ歩きで人混みの中へとさっそうと姿を消した。
やっぱりこれが正解だったかな?これだけ喜んでくれるんだったら、最初っからこうしておけば良かったかな・・・
「なんだか二人のお父さんみたいだね。一之瀬君は」
「いや~それは勘弁だ(笑)」