第百七十四話 ヘンテコ二人の帰り道~はじめの一~歩っ!~
<放課後>
蓮Side――
コト、コト、コト・・・
「・・・・・・」
帰り道。行きとは反対に下の道まで石垣に沿いながらずっと続く長い長い下り坂。
急な坂だからか、頂上に御崎山学園ぐらいしか建物がないからか、この時間帯には学園の生徒以外の人はほとんど見受けられない。しかしそれでも、いつもと変わらぬこの道は今日はなんだか妙に閑散としていた。
坂のふもとからは近所の子供達のバタバタとした元気な足音と楽しげな歓声が聞こえてくる。
けれども一日の授業の全てを終えた一般高校生の疲労感たっぷりの体には、上り坂よりもこの下りの方が足腰により深く響いて、ちょっと気を放したら前に倒れてゴロンゴロンと下まで転がってしまいそうだ。
「・・・・・・」
俺を見下ろすは真っ赤な夕暮れに染まりし空。
奇麗だけどどこか心に染みこみ引き締めるその空は、今日が気持ちのいい晴れだったことを改めてそっと教えてくれる。そして、ようやく忙しかった一日もやっと一段落ということも、一緒に教えてくれる・・・はずだったんだけど。
(なんでこうなったんだ・・・)
いつもならポツンと寂しげに夕日に照らされた影が道に一つ映っているだけなのに。今日はもう一つ、同じく影が俺の真横で、一緒のペースで寄り添うように付いてきていた。
(くっそ~・・・健の奴。なんつう状況を残していきやがったんだ)
心の中で俺はずっと健の名をこれ以上ない恨めしい想いを込めながら連呼していた。
その度にあの時のあか抜けた満面の笑みが浮かんできて、余計にやるせない気持ちが沸々と湧いてきた。
こんな自分が情けない。だけど、それでもこの口から言葉は出てこない。いや、そもそも頭の中にさえ言葉が浮かんでこない。
・・・本当に、なんでだろ。歩きながら自分自身に問いかける。そしてからっぽの頭の中にため息をつきながら、俺は隣の足元にあるもう一つの影を見つめた。
コンクリートの道に映る影。歩くたびに頭の方から出ている二本の束がふわりふわりと揺れて、束の根元にある髪飾りの形もくっきり映った影。
そんな影でさえも、今はどこか恨めしく見えてまた一つ、俺はため息をつく。
「またため息・・・。そんなに疲れてるの?蓮君」
そんな影の主の声が柔らかく響いて、俺は咄嗟に視線を上げた。
「い、いやあそういうわけでは・・・ないんだけど」
必死に笑顔を作りながら答えてみるも、自分でも笑ってしまいそうになるぐらいに語尾がお辞儀していた。これじゃあなにかあるとしか思えないじゃないか。やってしまった感を充分に味わいながら恐る恐る隣に目を移すと
「・・・・・・」
あ~あ~もう。いわんこっちゃない。案の定めちゃめちゃ疑いの眼が俺へと向けられていた。
すぐ隣で俺を見つめるは柳原 玲、もとい玲の姿。夕日色に染まる中、その瞳はあまりにも真っ直ぐで、どんな嘘でも逃げでも許してくれそうにはなくて。完全に思考回路が麻痺している俺にはもうどうすることもできなかった。
夕暮れ色に染まりかけた景色に続くこの道を、俺は玲と二人っきりで歩いていた。
これといって会話を弾ませるわけでなく、テンポ良く響く足音に耳を傾けながらただ玲の隣という場所で俺は歩いていく。
いつも飽きるほどに歩いてきた道と同じはずなのに、今は景色だけが動く終わりのない果てしなく続く無限の道のりのように感じた。
・・・さて、なぜこんなことになっているのかと思えば、ほぼ間違いなく、いや絶対に健のせいだ。
それは全ての授業が終わり、今日は部活もお休みということを昼休みの終わりに突然工藤から知らされていて(なぜ突然休みになったのかなどは全く不明。しかし珍しく疲れていたようにも見えたけど)、元々玲や健達とは家が逆方向だったが偶然今日はそっち方面に用があったので、一緒に帰るか~っと玄関に俺と玲と健のいつもの三人が差しかかったとき、事態は起きた。
「あっ!」
自分の靴箱に手をかけた瞬間、健は突然なにか思い出したかのように声を上げて呆然と立ち尽くした。
「やっべえ忘れてた。今日は新刊の発売じゃねえかっ!!」
「・・・はあ?」
靴箱に向かってそう叫んだのも束の間、次の瞬間にはマッハのスピードで靴箱から靴を放り出し、靴箱の扉を乱暴にバタンッと閉めると、俺が次の言葉を言う間もなく
「わりい、急がねえとなくなっちまうから先帰るわ。またなーっ!」
「・・・っ」
満面の笑みを浮かべ声をルンルンに弾ませながらそう言うと、健は一気に駆けだし横を通りすぎて、台風のようにあっという間に居なくなってしまうのだった。
「・・・・・・」
もちろん言うまでもなく、取り残された俺と玲は当たり前だが二人で帰ることになるわけだが・・・。
女子と二人きりで帰り道を歩く~だなんて、普通なら嬉しいことだろうけど。なぜか、俺を支配するのは試合前のような緊張感と不安いっぱいの憂鬱な気持ちだった。
「あ、あれだ!今日は朝から色々と大変だっただろ?だからやっと帰れると思ったらなんかほっとしちゃってさ~」
我ながら苦しい言い訳だ。声は上ずるわ顔は引きつるわとって付けた理由であるかのように「あれだっ」なんて叫ぶわ。どう考えても動揺&一杯一杯な状態を存分に表に押し出している感じになってしまっていた。
クスッ
その必死さがおかしかったのか、その出来事を思い出して笑いがこみあげてきたのか。
隣で不思議そうに俺の顔を見つめていた玲はクスッと小さな笑みを浮かべた。
本来なら「なんで笑うんだ?」みたいなセリフが出てくるところだけど。茜色に溶け込む金髪のツインテールに包まれた奇麗な顔立ちに浮かんだその笑みに、ただひたすらに心の中で「可愛い」と感じる俺がそこには居た。
「そうね。今朝のあれは確かにインパクトが抜群だったわね。まああんな変人・・・じゃなくてとても変わった人だけど、悪い人じゃないんだよね」
視線を前の遠くの景色に移して話す玲はどこか楽しそうに見えた。
そのおかげか、俺自身も漂い始めた柔らかな雰囲気に刺激され、ようやく完全停止していた思考回路が働き始める。
「ふ~ん。まあ確かに悪い人ではなさそうだったな。俺への接し方も結局は自分の妹への優しさからだろうし。まあ少しいき過ぎかもしれないけど(笑) それに、健とも仲が良いみたいだしな」
四天王寺兄妹。
妹はあの闇属性のターゲットに襲われ、最終的な話合わせで俺が助けたことになっているショートカットに水色の髪留めが可愛い爽やかな女の子。
兄貴は威圧感漂う雰囲気、健をも凌駕する腕っぷしなど、いわゆる「本物」の不良。しかし意外に気さくで優しそうな人で、ちゃんと物事に白黒つけていそうな人。で、究めつけは「シスコン」
「四天王寺先輩は確かに見た目はちょっと怖い人だけど、本当は面倒見のいい優しい先輩なのよね。中学校時代の時も私と健も含めてすごくお世話になったし。それに健と四天王寺先輩はある意味悪友って感じで気の合う仲間なの」
中学校時代・・・か。道を淡々と歩き、玲の話に耳を傾けながら、その言葉に俺は少しだけの憧れと置き去り感を抱いていた。
きっと、中学校時代にもたくさんの、それこそかけがえのない色んな出来事を見て、聞いて、感じて、そしてみんなと一緒に過ごしてきたんだろうな。
そん時俺はなにをしていた?ずっと寝てました、なんて・・・笑えない冗談だよな。
鞄を握る手にぎゅっと、自然と力が少しこもった。少しだけ唇を噛み、肩に力が入り、今にも湧き上がる感情が表に出そうになる。
けれどハッと気が付き意識が正常に戻った時には、押し殺すように視線を落として一息つき、俺は必死に堪え、唇と肩と鞄を握る手にこもった力を同時にそっと和らげていた。
今はただ、こうして誰かと歩いていられる、たったそれだけで充分じゃないか。
噛みしめるようにアスファルトの地面を蹴り上げながら、俺は垂れ下がろうとする鞄をもう一度しっかりと持ち直して、また前へと向き直した。
「でも四天王寺先輩って、意外に思うかもしれないけどかなり頭良いのよね。中学校の時も学年順位でいつも千堂先輩に次ぐ二位だったし」
「へえ、そうなん、だっ・・・」
しかしその瞬間、俺は言葉を詰まらせた。
蓮・玲「あっ・・・」
俺が玲の言葉に反応して顔を向けた瞬間、そこには同じくこちらに顔を向ける玲の姿があって。そして完全に、目と目が合った。それに合わせて無意識に同時に全く同タイミングで同セリフの一言を口にする。
そのたった一つの出来事だけで、俺と玲、二人の間でなだらかに動いていた時が一瞬で静止した。
「えと・・・」
また、頭が真っ白になる。
目の前には玲の顔。女の子らしいあどけなさが少し残る可愛らしさと、モデルや雑誌に出てもおかしくない、キリリと整った奇麗で繊細な顔立ちを併せ持つ玲の顔。
俺は今までそれこそ数えきれないほどその顔を見てきたけれど。こんなにまじまじと、そして真っ正面で見つめ合うことなんてなかった。
だから・・・か?冷たい風に揺れた金色のツインテールからキラキラと輝く光の粒が舞い上がって、差し込む淡い夕日の茜色と混じり合い、奇麗を飛び越えて現実からかけ離れた幻想的な美しさが俺の目に映った。
ドクンッ・・・
それと同時に俺の心臓が大きく波打つ。自分どころか、目の前に居る玲にまで聞こえてしまいそうなぐらい大きな音が。
玲「ご、ごめん・・・」 蓮「わ、悪い・・・」
一体どれだけの静止の時間を刻んだことだろう。
元気な子供の声や車の音、それどころか周りにある景色すら見えなくなって数分後、俺達は堪えられずにまた同時のタイミングで、今度はそれぞれの言葉を弱々しく口にして顔を横へと背けた。
(今のは、一体・・・)
途端に頭の中にはてなマークが乱立する。脳裏にさっきの玲の姿がちらつく中、俺は必死に答えを探そうと思考回路をフル回転させた。
あんな玲の姿、初めて見た。玲は確かに元々かなりの美人だろうが、さっきのは群を抜いて奇麗・・・というより美しかった。周りの全てをそっちのけにして、自分の存在すら忘れてただただその姿に魅了されていた。
その衝撃がどれだけ大きかったか。その証拠に目線をふもとまで続く石垣に移しても心臓の鼓動は静まる気配を知らない。
(・・・・・・)
しかし自分でもびっくりするぐらいに、その答えはすぐに頭の中に浮かんだ。まるでその答えを最初っから知っていたかのように。そしてフルに働かせた思考回路を休ませるように、俺は一度大きく息を吸い込み、そして大きくゆっくりと吐きだした。
・・・最初、もしやこれが俺の知らなかった「恋」というやつなんじゃないのか、という想いが頭によぎった。
けれどどうもそれは違うらしい。頭と体、そして心と、満場一致でその答えを否定していた。そして自分でもそう思う。確かに今まで感じたことのない衝撃というか、心に響く感覚を覚えたけれど。あの、三つ目の過去の世界へ飛んだ時に感じた、とある少女の姿から得た感覚とは微かに似ているけれどどこか違っているように思う。
答えは簡単だ。だけど自分でもその答えを口にするのがどこか恥ずかしい。それは、知るには遅すぎるものであるから。けれども、とても大切なものであるから。
うっすらと赤みが増して地平線から暗転を始める空を見上げて、俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
俺は、今初めて男として誰かを、女性という異性として感じ取ったんだ・・・
玲Side――
(び、びっくりした~・・・)
慌てて首をひねって目線を変える。それに応じて画像がすり変わるように場面が蓮君の顔からガードレールの先の多くの立ち並ぶ家々、電柱とコード、ふもとの道を走る車などを見下ろせるこの坂道からの景色が目に映った。
いつも何気なく振り向けば見える景色が、今は心の底から有難いと切に感じる。だってもう、景色を見ながら自分の胸元に耳を傾けるだけで鮮明に心臓の鼓動が聞こえるほど動揺してるんだから。
もしもここに、動揺も雑念もない時に何度も感じていた「いつも」のなにかがなければ、それこそ混乱を通り越して頭が真っ白になってそして・・・、と、とにかく大変だったはずっ!
冷たい初冬の風を受ける両方の頬、いや顔全体がポカポカしてる。きっと他人から見れば私の顔は笑っちゃうぐらいに真っ赤に染まっているだろう。
・・・なんでまたいきなり。突然の出来事にそれまで緑に染まる平原のように平穏だった頭の中、心の中が一気に揺れ動いて、一瞬完全にフリーズして固まってしまった後にはもう訳がわからずいつのまにか蓮君から視線を背けてしまっていた。
どうにも苦手だ。何度も何度も蓮君の顔はずっと一緒に居たんだから見てきたけれど、あの時より見せる純粋でまっさらで、単純だけどそれだけ真っ直ぐで汚れを知らないあの表情を向けられたら、自分の裏も表もなにもかも見透かされそうで、思わず湧き立つようにビクッとして面と向かって見られなくなる。
それが過去に縛られず今、そして未来だけに生きる人の目、姿なのかな・・・。羨ましさにも切なさにも似た感情を抱きながら自分に落ち着け~落ち着け~と必死に言い聞かせ、私は胸に手を当てた。
トクンッ、トクンッと、手の下で心臓の音が響く。さっきまでの大きく激しい音が、今はだいぶ落ち着いてリズミカルに手のひらを微かに押し返す。そんなリズムと感触が心地よく、なんとか周りの景色をしっかりと見られるまでには回復していった。
(でも、さっきの目・・・)
それとは反対に、記憶の中に刻まれたさっきの出来事を落ち着いて思い返すと同時に、私の中である疑問が浮かび上がってきていた。
あの時の目・・・。今まで何度なくそれこそ色んな場面で見て感じてきた蓮君の目。ある時はなにもかもが初めての世界で見せた好奇心とちょっぴりの不安が混じった目。ある時は必死に誰かを助けようとがむしゃらに走り続けた時に見せた強き意志の宿った目。またある時は、大切なものを失い、大切なものが離れていってとてつもない悲しみに打ちひしがれた時に見せた絶望に満ちた目・・・。
それこそ出せば出すほど色んな目があった。そしてそれを私は近くで見続けてきた。
けれどさっきの目、私の目と完全に交わり、すぐ近くで私という存在を見続けていたあの時の目。それは、今までのどの目とも全く異なり、私自身もそして彼自身も初めて見せる目だったような気がした。
(もしそれが、今回得た過去からのものだとしたら・・・)
自分の中に一つの答えを見出して坂道から見える紺色に染まりかけた地平線の彼方の空を見つめる。
もしもそれが、過去がもたらした蓮君の変化から生みだしたものなら。一体蓮君はどんな過去を見て、そしてそこからどんなことを感じ取ったんだろう。ただ純粋に、知りたいという好奇心と欲求に浸りながら私は大きく息を吐いた。
冷たい風に乗っていくように、口から出た白い息がどこかへと飛んでいった。
それと一緒に体の中に溜まった余計な想いやわだかまりが抜けだしていくみたいに、景色が鮮明に移り、吸い込むと同時に新鮮な空気が胸を一杯に満たしていった。
玲(まあ、いっか・・・)
一人心の中で呟くと、自然と鞄を握りしめる手に力がこもる。それと一緒に今まで石のように固まっていた私の足が呪縛から解き放たれたように、ゆっくりと、移り変わりを感じながら確かに動いていく。
蓮(まあ、今は、今のままでいいよな)
見上げていた視線を下ろすと、ようやくいつもの光景が俺を出迎えてくれた。そんな些細な出来事にホッと肩をなで下ろし一息つくと、ようやく、止まっていた時をまた動かし始めるように自分の体を徐々に向けていく。
玲(これから先、ずっとずっと道は続くんだから・・・)
蓮(だから今は、答えなんて必要ない・・・)
御崎山学園からふもとの道まで続く長い長い下り坂。
そのど真ん中でたった一つの出来事から時が止まりお互いに背を向けて立ち止まっていた二人の少年少女が、ようやく、本来在るべき姿へと戻っていく。
蓮・玲(また、ここから歩いていけばいい)
そして動揺と混乱に満ちた表情から、喜びとちょっぴりの恥ずかしさを混ぜた笑みに変えて、新しい自分と決意と共に俺達はまたお互いに向き合う。
蓮・玲(明日も、きっと晴れだっ!)
<11月24日>
「では、今日のホームルームは・・・」
日に日に寒さが増す今日この頃。まだ11月だが冬というには充分な気温の低さで、雪でも降るんじゃないかと思ってしまうほどだ。
そのためか登校する坂道を登る生徒達は、一様に冷たい風が強く吹くたびに身を震わせながらも、この暖房の効き始めた学校目指していつもよりも早足になっているように見えた。
「う~、手が冷てえ」
第六のターゲット殲滅から最後の玲との帰り道騒動を含め、色んなことがありすぎた日々もようやく落ち着きを見せ始め、妙に集まる登校途中や廊下を歩くときの視線の数々にも華麗に耐えながら(?)、俺はしばしの穏やかな日々を存分に味わっていた。
寒いのは確かに嫌だが、その代償にしばしの休息が与えられるならそれも悪くない。
そんな一般高校生が普通考えないだろうことを考えながら、かじかんで力が入らない手を必死に動かして机の中を整理していると
「1ヶ月後に迫った、学園祭について話そうと思う」
「・・・え?」
ある一つのワードが耳に届いて、思わず情けない声でそう口にしていた。
「おおおっ、ついにキタアーーッ!!」
後ろの健の叫び声に反応するように、クラス全体からテンション高めの歓声が一斉に湧き上がる。
しかしそんな中、一人全く流れに付いていけてない人物が一人居るわけで・・・
「が、学園祭・・・?」
どうやら、落ち着いた日々はまだまだ先のようです・・・