第百七十三話 裁きの光とカウンター~決意のち、紅茶を一口~
長きけじめと始まりの一日 後編
※また長くなってしまいました。スイマセン><
シュバッ
一つ一つの動作の全てから、一音一音噛みしめるように響き渡る。
ピキーンッ・・・
私の刃が彼の刃にぶつかった。彼の刃が私の刃にぶつかった。その度に甲高い音、耳鳴りのするような根底まで届く音の波、弾けてはすぐに居なくなる火花が、何度も何度も、飽きることなくまき散らされていく。
ズザアアッ・・・
結界によって時が止まったこの空間では今こうして私と彼の戦闘音しか響かなくて。短く一瞬だけの音はすぐに消えていって、余計にむなしさが増していった。
「・・・・・・」
剣を握る手には異常なまでに強い力が働きがっしりと剣を握りしめている。自分でも簡単には外せそうにないほど。ちらりと見ると剣自体も先程よりは幾分か光の濃度も増しているようだった。
そんなに、彼と戦いたかったのかお前は?
「ふむ、なにやら今日の伊集院さんの太刀筋には今までにないものがありますね。いつもと違うというかあなたらしくないというか。まあ、私が言えた話ではありませんけどね」
これだけ激しく交わり、剣を振るい、相手の刃をかわし、相手の動きを予測し読みとりまた剣を振り抜くなど、一寸の集中力の途切れが許されない戦いが続く中、それでも私の息はまるで切れず、疲労という色もまるでなかった。
それは彼も同じようで、こうしてなんの途切れもなく喋ることができているところを見るとなんの体力の消耗もないようだ。これだけ静まり返った場所で、息の吐く音でさえ聞こえてしまいそうなこの場所で、響くのはなんの他愛もない会話だけ。
「いつもの私って・・・なに」
私はいつのまにかそんなことを口にしていた。声に一切の高低もトーンも付けず、おそらく無表情でありながら視線だけを前に移して、言葉というよりただの音のようにそう呟いていた。
この結界の外では、いつも通りなんら変わらない日常が流れている。この学園で言えば、生徒達は昼休みという束の間の休息に浸り、会話を弾ませたりお弁当に舌鼓を打ったり、スヤスヤと昼寝をしたり。
それぞれがそれぞれのやり方でくつろぎ、楽しんでいる。どんなにやることもなくても、どんなに退屈だったとしても。この場所よりかはずっとまだ温かみはあるはず。
それが普通。それがいつも通り。そして私も今まで同じように、そんな変わらぬ日常の中に私は私のやり方で過ごしてきたはずだった。
今この瞬間も、それは変わっていないはず。だけどどうして変わったと言われるのか。どうしていつもと違うと感じられるのか。一体なにが違うというのか。
そもそも、いつもの私ってなんだっけ。・・・わからない。そしてどうして私は彼と戦っているのか。どうしてここまで奮い立っているのか。・・・わからない。
ただ、守りたいものがある。ただ、戦う意志が体に宿ってる。今わかるのは、それだけだった。
「・・・どうでもいい。ただ、私はあなたに負けるわけにはいかない。今はそれだけで・・・充分」
ギュアッ、ダッ!
思いっきり足を踏み込んで前へと飛び出す。コンクリートの地面の堅さと微かな凹凸が靴底に擦れて伝わり、確かな手応えとなって全身へと伝わった。
そしてすぐに全身に叩きつけられる風の抵抗という名の壁。身を切るような冷たい風が顔をつたい髪へと流れていく。そんな冷たさも強さも痛みも気にせずに、私は両手に握った剣を横に広げたまま、前傾姿勢で風の層を一つの弾丸のように真っ正面から突っ切った。
「なぜそうまでして自分を拒絶するのか、私にはわかりませんね。まあ今はそんなことも、言ってられませんがっ」
ジャキーンッ!!
体をスピードに乗せながらジャンプして横に一回転、更に遠心力を剣に乗せて工藤 真一に叩きつける。その振り下ろすたびに空間に残像を残す光り輝く刃を、工藤真一が深緑の刃に手を後ろから添えて抑える。その瞬間、火花が一層激しく飛び散り彼と私の間で舞い上がった。
「あなたがどうしようとあなたの勝手です。ですから私も勝手に言わさせてもらいます。こうして私と戦うあなたは・・・、間違いなく以前までのあなたではないっ!」
そう言うと工藤 真一は添えていた手に一気に力を込めて私の剣を弾き飛ばした。
フワア・・・
反動で私の体は宙を舞った。後方へ一回転、目に見える景色が下から上へぐるんと移り変わっていって
「・・・空が、遠い」
宙を舞いながら目に映った空。確か今日の空は快晴、奇麗な青空だったはず。だけど目に映る空は結界という名の自然に反し、摂理をひん曲げる力に支配された空。うっすらと茜色に染まり、夕暮れかと思い見上げれば心に不安と恐怖を滲ませる色。おおよそ、この空が好きだなんて人は居ないだろう。
だけどその空を、私は何度も何度も飽きるほどに見上げてきた。だからこそ今、この空を見たとしてもなにも感じないし驚かない。不安にも怖がったりもしない。
だけどなんでだろう。今見える空は、とてつもなく遠い。どれだけ頑張って手を伸ばしたとしても、背中に翼を生やし大空を駆けようとも、あの空に届く気がしない。虚空の果て、虚無の支配する幻想の極み。この茜色に染まりし空は、これがお前のなれの果てだと言わんばかりに私を見下ろしていた。
こんな空を、ずっと、ずっとずっと昔に一度だけ見たことがある。確か、その時はこれ以上にないぐらいに大きくて悲しい出来事があって。そして私は、一人孤独に泣いていた・・・。
ストンッ、チャキーン!
地面に着地すると同時に工藤 真一の剣が私のど真ん中を切り裂こうと振り抜かれた。すかさず両手に持つ二本の剣のうち右手の一本を上に引き上げ刃を食い止める。
またしても響く甲高い音。先ほどよりも少し乾いた音ながら、ぶつかる衝撃でできた波はずっと長く遠くまで伸びていった。
スッ、ガキーンッ!
すかさず細かなステップでするりと回転し、もう一方の剣で叩こうとするがこれをまた工藤 真一の刃が当たり前のように防ぐ。
「・・・・・・」
これではラチがあかない。彼は元々弓を使うのが主流のはずだが、なかなかどうしてその剣技も相当なものがあった。そしてそれ以上に完全に気をずらさない集中力とその持続力、相手の動きを把握し行動する洞察力など、戦闘に関する能力は平均から見れば異常なものがあった。
・・・まあ、まがりなりにも彼の素性を知っていれば驚くこともないのだけれど。しかしそんな彼とこのまま剣同士の戦いを繰り広げようとも、終わりなどそれこそ永遠に訪れないだろう。それだけこの勝負、「剣技」に関してはそう差はないということか・・・。
・・・おかしい。
「さあて、どうしますか伊集院さん」
彼の思考からすればそんなこといくらでも把握できているはず。ましてや非情なまでに効率、結果主義的に見える彼が、こんな無駄な労力と時間を費やすわけがない。
大体、メリットデメリットを含めこの戦い自体ほぼ無意味な戦いであるのだから・・・
「今のあなたがなにをしたところで状況は変わらないと思いますが。いい加減、諦めてはどうですか?そもそもなんのためにそんなことをしているのです。自らの自己満足のためですか?一応のカッコつけをするためですか?それとも・・・」
その時、自分でも気付かなかったけど私の意識は乱れていた。もはや戦いというより剣舞みたいなものになりつつある状況と、それに対しあちらがなにもしてこないことへの疑問。
それが彼の狙いかどうかは知らない。だけど確かに、プツンとほんの一瞬魂が飛んでいったように集中が途切れていた。
その一瞬がどれだけの状況の変化を生んだか。それを知るのはもう少し先のこと――
「それとも、ご自分の母親のためですか?」
「!!」
その一言が耳を通して脳をグサリと突き刺し、刺激し、意識が再びしっかりと繋がった時、私の目の前には既に剣に手を添えて構え、詠唱のほとんどを終えた工藤 真一の姿があった。
「それが、変化と言わずなんというんですか」
私の目の前で緑色の魔方陣が広がる。魔方陣に刻み込まれた文字、模様、絵、その全てが回転しながら鮮明に目に映り、そしてある一点に到達した瞬間、急激に魔方陣は縮小して
超至近距離、半径1m未満の真っ正面でそれは炸裂した。
「くっ・・・!」
シュバアアッ!!!
炸裂と同時に腹部に強烈な圧力と勢いが加わった。
例えそれの元が実態のない風であったとしても、圧縮し極限のスピードで射出されたそれはもはや一つの弾丸、いや砲弾クラスの威力を誇っていた。そんな凄まじい威力の攻撃を、今これ以上ないほどの近さで思いっきり放たれた。
ギュリリリッ!!!
もしそんな攻撃を全くの無防備で喰らっていたら、おそらく間違いなくこの身を貫通し体にポッカリと奇麗な穴が開いていたことだろう。
だからただ一つの救いとしたら、とっさに両手に持っていた剣でその魔法に触れる・・・防ぐことができたことだ。そのたった一つの行動が私の命をかろうじて繋いでいた。
(防ぎ・・・きれない)
だけどもちろんなんの代償もないなんていう超ラッキー&ハッピーな展開になるわけもなく。防げたとしてもそれだけで相手の攻撃がパッと消えたり、華麗に滑るように受け流すことなどもあの至近距離、プラス意識が通常に戻った直前の時に、そんな高レベルな行動がとれるわけがない。むしろまだ命を繋げていられること自体が奇跡。
ピシッ
手元の剣がバイブレーション以上に激しくガタガタと震えている。更には表面に小さな亀裂が入りだして、そこから眩い光が漏れだしていた。
・・・限界だ。剣はもうこれ以上無いぐらいに悲鳴を上げている。このままでは力に耐えきれず粉砕し粉々になってしまう。そうなれば一瞬にして魔法が私の体を喰い尽して世界とサヨナラすることだろう。
「・・・聖なる加護は、守りし力を時に虚空の扉を打ち砕く一閃へと注ぎこむ」
わかってる。ここでなにもしなければ、私はなにもしないままこの世界から消えるって。
言葉が暗闇のビジョンに白い文字で浮かび上がる。
だけど画面はジジジッという音を立てながら歪んではぼやけて、今にも消えそうだった。
「Holy punishment of spear・・・」
一瞬だけ、浮かび上がるんじゃないかと思った。
本当に、サヨナラしたいんじゃないかなって・・・
ピキーンッ!!
脳裏まで響き渡るような音。その音が空間に響き渡るのに付いていくように眩い閃光が手元からほとばしる。
今度は光が剣を壊さんと突き進む風を覆った。圧縮された風の弾丸をそれ以上の圧縮と密度で私の光が包み込んだ。凝縮して凝縮して、全部押し潰して風の弾丸は光の球へと姿を変え、いつしか後ろへ向かっていた力のベクトルは次第に弱まっていき、とうとう前へと向かおうとしていた。
そして抱えている二本の剣を交差して深々と構えると、光の球をこれでもかと切り裂くように一気に剣を振り抜き、炸裂させる。その瞬間瞬く間に激しいフラッシュがたかれ
キイインン・・・シュバアアアッ!!!
空間を切り裂き、究めて真っ直ぐに疾走する光の光線が放たれた。
「なるほど、あそこから攻撃を防ぎきるばかりか、自らの攻撃へと転じるとは・・・。規格外というかなんというか、さすがですね。・・・しかしまあ」
チャキッ
工藤 真一が剣を構える。真っ直ぐに猛然と迫りくる光線をなんの動揺も見せずに、緩んでいた表情を最後の五文字で突き刺すような視線と、剣に込める力に変えて
「あなたには悪いですが、決めさせてもらいます」
カツーンッ!
そして力強く、地面に剣を突き刺した。
「これより吹くのは向かい風。大地を駆け止まることの知らない風よ、お前はどこに行く。右か左か上か下か。この風は気まぐれ。これよりこの風が全てのものの行き先を決める先駆者となる」
「Wind of direction directions letter・・・」
ピキーン・・・ッ!
剣を突き刺した地面に大きな魔方陣が現れる。かと思えばそこから緑色の閃光が溢れだし、その光が猛然と迫りくる光線の全てを凄まじいスピードで包みこみ始めた。
「魔力反転矯正制御術!?」
私が魔法を放った衝撃で態勢を崩しながらその言葉を口にすると、彼は微かに口元を吊り上げた。
魔力反転矯正制御術。通称「カウンター」 簡単に言えば相手からの魔法自体の力はそのままに、その中に刻まれた情報だけを書き換え文字通り自分の魔法として逆に相手に攻撃を与える魔法のこと・・・。
魔法にはあらゆる情報が刻まれる。方向性、意志、特性などなど・・・、多くの情報から成り立つ命令文のようなもの。魔法はその命令文に従い発動し、効果を発揮する。
カウンターはこの情報を書き換えることで相手の魔法を変換し自らの魔法へと転じて攻撃する上級魔法。けれど魔法に含まれる情報というのは果てしなく膨大で、読みとることは至難の業どころではない。故にカウンターを扱える者など並はもちろん、特に秀たる者でも扱う事は不可能に等しい。
「ご名答。今まで使った場面はありませんでしたが私は元々魔力反転矯正制御術が専門分野でしてね。しかしまあ、それでも今使えるのはあなたが今放った魔法が究めて単純かつ簡潔な魔法であるおかげなんですけどね」
そう、確かに彼のカウンターに関する技術は異常なほどに際立っていた。しかしだからといっていつでもできるわけじゃない。
情報を書き換えるには情報を読みとる必要がある。けれどそれを含め全ての処理を自分が攻撃を受けるまでに終わらせなければ結局なんの意味もなくなる。だからこそ、情報がより「簡単」なものでなければこの短時間で処理を完了することは難しい。
中学校、高校と少なからず長い期間を一緒に居たことで私の魔法としての特性は掴めていただろう。だけどそれ以上に、たった今放った私の魔法はあまりにも簡単で単純で、真っ直ぐすぎるものだった。
「私の属性は風。残念ながらどれだけ頑張っても光属性のあなたには敵いません。光に相対できるのは漆黒の闇。そしてもう一つ、あなた自身の光そのものだけです」
いつしか光線は放たれる前の光の球に戻り、彼の目の前にぷかぷかと浮かんでいる。
そして工藤 真一は新たに本来在るべき姿、深緑の弓を精製し弦を引き、光の球に照準を合わせた。
「・・・・・・」
確かにあんな単純な魔法を放ったのは私自身の責任だろう。だけどおそらく、こうなるように彼は誘導していたに違いない。あえて単調な剣技を続けたり、挑発するような言動をとったり、選択肢を考える暇を与えないほどの状況を作り出したり。
全てはこのためだったのか。なんとまあ、彼らしいというか彼そのものというか。・・・だけど
「これで・・・チェックメイトです!」
私の負けってことに、変わりはないか。
ビシュッ、キイインン・・・シュバアアッ!!!
彼の弓から矢が放たれた。放たれた矢は光の球を貫き、貫かれた光の球は弾け飛んだ。
破裂と同時にキラキラと光る眩い破片が飛び散った。宙を舞うガラスのような細かな破片、この寂しく冷たい空間に降り注ぐ、星屑のようにキラキラと、輝いていた。
「・・・・・・」
敗北、負け、絶対勝利の陥落、光の堕落・・・。そんな事実が激しく、無残に叩きつけられようとも、この口から言葉が発せられることはなかった。
グオオンンッ!!
迫りくる光線。迫りくる私自身の光。きっとあれを喰らったら、彼の言うとおりそれこそ私はこの世界から消滅するだろう。今のこの態勢から立てなおせる確率・・・0%。今この瞬間に魔法を放ち防ぎきる確率・・・0%。これこそ、まさに万事休すといったところだろうか。
きっと、それでも他人から見れば私の表情は無表情のままだろう。こんな状況でも恐れの色も見せず、焦りの色も見せず、ただただ迫りくる自分の最後を見つめている。
それが私。この世界で自分が望んだ私という存在の姿。
こんな状況の中でもあなたは、きっとなんら変わらない時間を過ごしているんだろう。私が得ることを拒絶したものの中で、私が得ることを恐れたものの中で。・・・でも、もういい。
もう、このまま消えてしまっても・・・。そんな想いで心を浸して、私は静かに目をつむった。
「いかないでっ!!」
「ハッ!?」
その瞬間、頭の中である少女の声がこだました。懐かしい声、悲しい声。どこまでも響き渡って残像を残す。頭から電撃がほとばしるように全身に伝わり、その衝撃で私の眼に再び世界が映った。
「天使化・・・発動」
ピキーンッ!!
「我ここに願う。我の光は絶対無二の光。ここにおける光は今から未来へと続く我の光のみで構成。その他すべての過去と幻想の光に、消失と共に白き羽根へと還らん・・・」
無意識に口からつい出た言葉。それに反応して眩い閃光が空間に何本もの筋となってほとばしり、足元から巨大な魔方陣がどんどん広がっていった。そして
ブワァアアッ!
「なっ、まさか」
後1、2mまで迫っていた光の光線が、一瞬にして白き羽根に変わり大きく舞い上がった。
辺りが光に包まれる。辺りが輝いていく。足元から広がった魔方陣は、もう屋上全体を覆い尽くすまでに広がった。
「これは、空間制御魔術・・・。さすが伊集院さんと言いたいところですが、いくらあなたでもこれはめちゃくちゃです。この短時間でこれほど大規模な魔法が組めるはずがない。だとすれば、元から組まれていたか、それとも・・・もしや」
工藤 真一の視線が私の右手の一点に向けられた。それに対し、その事実を証明するかのように右手をゆっくりとかかげ、手の甲を彼にかざした。
「そう、これが私の持つ聖なる光の紋章。Angel holy light Judgment crestの力。私に宿る光の・・・真なる力」
バッ、ブワァアアッ!!
言葉と共に眩い輝きで紋章が輝く右手を地面につける。冷たく硬いコンクリートの上に回り続ける光の魔方陣はそれに応えるかのように、一斉に閃光を放ち一瞬にしてこの屋上という名の空間を光色に染める。
温かな光に包まれるこの空間は、もはや最初に居た茶色の地味な色の草や木が生え、冷たい初冬の風が吹き込む屋上とは全く別の空間となっていた。
「完全に、あなたの空間ということですか・・・。にしてもこれは凄い。一之瀬さんの紋章の力も物凄い破壊力のインパクトがありましたが・・・。これが本当の、完成した紋章の真なる力・・・」
辺りを見渡す彼の表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。だけどその笑みはいつものような余裕漂う笑みじゃない。多分おそらく、それは苦笑いであり彼の初めて見せる動揺した表情なのだろう。
「私もこの世界で初めて使った。そして、あんなに完璧な魔力反転矯正制御術も初めて見た。だけどもう・・・この戦いも終わり」
フワアア・・・
言葉を口にして空間の光に浸るように目をつむる。すると私の背中から、真っ白で、柔らかくて、優しい光を放つ大きな大きな純白の羽根が二つ生えた。
それが、本当の私の姿。この身に宿りし光の力、母より授かりし聖なる力が織りなす天使の降臨。
たった今、私は光の存在そのものとなった。
「天上を駆ける白き羽根、聖なる夜に捧げるこの光・・・」
シュオン・・・
「唄え、叫べ、そして響かせろ。世界を希望と喜びの光に染める歓喜の賛歌を!」
シュオンシュオンッ!!
詠唱を唱える度に彼の頭上に具現化される魔方陣の数々。多くの魔方陣が組み合わさり、連結して形となり、そして最後には大きな円を描いて一つの巨大な魔方陣を作り出し、そして
「今こそ具現せよ。虚空の扉より現れし、神々の聖なる裁きの光よ!!」
私は両手を天へと掲げ叫んだ。
「Holy radiant Judgment!!」
チュイインン・・・ッ!!ズバアアアンンンッ!!!!!
雷の如く、天空に現れし魔方陣から聖なる裁きの光が叩きつけるように彼に振り注いだ。
衝撃で大地は激しく揺れて、強い風が吹き荒れ、凄まじい閃光と共に光は膨れ上がりこの場所全体を覆い尽くした。
キイイインン・・・ッ!!
全てを、光の中に閉じ込めて・・・
「・・・やれやれ、結局あなたの選んだ結果がこれですか」
光が薄れようやく辺りを見渡せるぐらいまでに視界が回復した時、工藤 真一は地面にべたーっと真上を見つめながら仰向けになって寝転がっていた。
辺りは悲惨な状況・・・というよりも、完全に、パーフェクトになにもかもが消え失せている状況。目の前に広がるのは地面だけが残ったさら地。草も木もここにあったなにもかも全てさっきの衝撃で吹き飛んだんだろう。
「今あなたを殺したところで私になんのメリットもない。あるのはあなたが死んだという事実からの彼らの悲しみというデメリットだけ・・・」
私はトドメをささなかった。いくらでも彼を殺すことなんてできただろうが、それを踏まえた上で命を奪うという選択肢は選ばなかった。
ただでさえ意味のない戦いに、犠牲なんて要らない。・・・いや、違う。もう既に意味があったからこそ犠牲は要らなかった。
「私を殺さなかったということは、自分の変化を認めるということですか?伊集院さん」
工藤 真一は態勢をたて直し立ちあがりながら私にそう告げる。
私は、それに視線を向けぬまま茜色に染まる空に手をかざしながら答えた。
「わからない。けれどだからこそ確かめる必要がある。彼が・・・一之瀬 蓮が、私にとってどんな存在であり、どんな道を辿っていくのかを・・・」
ピシッ、シュウンン・・・・
掲げた手に力を込めると、ずっとここに張られていた結界が一瞬して消えた。もちろん、元々の景色に復元してから。
太陽の光が差し込んだ。身震いするような冷たい風が草木を揺らした。そしてなにより、澄み切った蒼空が私達を見下ろした。
・・・奇麗だった。この世界がどんな世界だろうと、時が流れるこの世界は本当に美しく、奇麗だった。
「ふう。ま、それだけでも収穫はありましたかね」
「・・・まさか、それだけのために」
パタパタと服についた汚れを落としながら歩きだす工藤 真一は私の言葉を耳に入れると、いつもの笑顔の表情で言った。
「まあそれもありますが、本当の狙いはあなたの紋章の力を見たかったんですよ」
パタンッ
そして工藤 真一は扉の向こうへと消えていった。
「・・・やられた、ってこと?」
なんとまあ、私がそのまま喰らわしていたら自分は死んでいたのかもしれないのに。それをふまえた上で私の紋章の力を知るためにわざわざ戦闘を引き起こした・・・なんて。一体なにをどうやったらそんな行動を取れるんだろう。彼らしいことだが、改めてその凄味が伝わってきた。
「全てを決するのは次のターゲットの時・・・」
だけどそれでも、私にとってこの戦闘は大きな意味を担うものとなった。
だから・・・それは良かったんだと思う。
ゴクリ・・・
そして私は、ポケットに入れたままのもう冷たくなった紅茶を一口、喉へと通した。
※長きけじめと始まりの一日 後編となっていますが、次回にもその一日の最後の部分が少し入ります。