第百七十一話 とある妹と兄と先輩達~朝は平和・・・なはず~
長きけじめと始まりの一日 前編
なにか大きな出来事、大きな変化があったとしても急に毎日が激変したり反転したりすることはない。そんなことになれば、たびたび日常が変わっちまって自分も、そしてもしかたら神様だってへろへろのくたくたになってしまうだろうからな。
日常ってのはそう易々と変わるものじゃない。だけどまあ、例え日常が揺るがなくても、自分が確かに確実に少しでも変われたのなら、それだけで充分すぎるだろう。それ以上を求めるのは贅沢ってもんだ。
だからそれはそのままに・・・
俺は今日も、この何回も何回も歩いてきた道を歩く。自分の中の変化に、確かな手応えを感じながら。
「あ、あの・・・」
「ん?」
っと、地味にマイワールドに突入していたせいで目の前に誰かが立っていることに気付かなかった。おかげでもう少しでそのまま突っ込んでしまうところ、危ない危ない。ん?しかし待てよ・・・
そこで俺は気付く、目の前に立ちながら俺に話しかけてきた人物。思わず声をかけられ視線を上げると、そこには全然知らないショートカットに水色の髪留めをした女子生徒が立っていた。なにやら顔を赤くしもじもじしながら鞄に付いている無数のキーホルダーを揺らしている。肩にスッと入った蒼色の線を見ると、どうやら俺と同じ一年生のようだが・・・
ハテ・・・?これは一体
「お、おはよう一之瀬君!」
「へ?」
突然の挨拶。それもわざわざペコリとお辞儀してまでの。いや今は朝だし登校途中だし、そんなの当たり前すぎて考える必要もない一言だが、あまりにも突然過ぎて思わず俺はキョトンとしてしまう。漫画の画だったら、きっと目は点になっているはずだ。
ダダダッ
「え、ちょ・・・」
そうこうしているうちにその女子生徒は俺の前から走り去ってしまった。思わず、というより訳が分からず戸惑ってしまう俺だが、よくよく見るとその女子生徒が走り去った先にはどうやら友達らしき3、4人ぐらいの集団が居て、女子生徒はそこに戻ったという形のようだった。
キャッキャッ
そしてなにやら盛り上がっている様子。こちらをチラチラと見ながらテンション高めに笑みを混ぜながら楽しそうに話しあっていた。
(一体なんだったんだ・・・?)
呆然と立ち尽くす俺。その集団はこちらを執拗に見てくるので視線を合わせようにも合わせられない。結局適当に視線を外しているうちにその集団は足早に校門へと吸い込まれていくのだった。
「な~にやってんだ?蓮」
またしても今度は前方から声をかけられる。だけど今度は安心極まりない、なにせその声を聞いたことがないなんて口が裂けても言えないぐらいに親しみのある声だったからな。
「ん、おお健か。それに玲も」
視線を移すとそこにはいつもどおりどこでなにをしたのか知らないが、先程の女子生徒のとは違い少し色褪せている鞄を左手で掴みながら、肩に乗っける健の姿があった。そのやんちゃな雰囲気といい姿勢といい、一見すると不良みたいな感じにも見えるが(まあかなりの進学校である御崎山学園だからなおさら)当の本人はそんなこと気にせずいたってマイペース。そのおかげで逆に大きな安心感さえ生まれていた。
「おはよう蓮君」
そしてその隣にはまさしくDSK研究部の華の一人とも言える玲の姿があった。いや~その煌びやかな金髪のツインテール、そしてなによりその柔らかかつ繊細でキリリとした雰囲気は、朝の和みには充分すぎるものだった。なんかやっと学校に来たって感じだな。こんなこと当の本人に言ったら殴られそうだが、とりあえず、とにかくごちそうさまです。
(あれ・・・?)
しかしその時、俺は自分でもわからないがなにかいつもと違う感覚を覚えた。普通にやってれば、なんでもないレベルでスルーしてもなんの問題もない程度の感覚。しかし確かに今、今まで感じなかったなにかを俺は感じていた。
目に映る健の隣という場所に居る玲は、異様なまでにしっくりというか、型にスッポリとはまったようなそんなこれ以上無いフィット感に包まれていた。まるでそれが当たり前で、それこそが本来在るべき姿であるかのようで、それが最も良き形のようで・・・。
あれ?おいおい、そんな・・・まさか俺は
羨ましい・・・。とでも思っているのか?・・・いやいや、そんなバカな話があるもんか。自分の中で自問自答を繰り返して空を見上げる。空は澄み切った青空だがさほど気温は高くない。むしろ肌寒いぐらい。日差しも夏に比べればずっと弱くて、それが当たり前だと言われればそうなのだが、同じような空でもこんなにも違いがあるのかと変に感傷にひたってしまう。
昨日の今日でなにもかもが変わることなんてない。それこそ現金すぎるってもんだ。だけど想いとは裏腹に、いや気付かないうちに俺の眼に映る世界は確かに変化を生んでいた。
多分きっと、良い方向にな・・・。
「えっと・・・ああそうだ。今突然声をかけられたんだけど・・・誰だか知ってるか?」
なにか後味は悪いがとりあえず俺はさっきの出来事について聞いてみる。あまりに突然過ぎてなにがなんだかわからなかったが、今こうして冷静に考えるとなにか引っかかるような・・・。白い実体化しそうでしないもやもやがずっと頭の中をかき乱していた。
なにか思いだしそうってことは、なにか心当たりがあるってこと?・・・ますますわからん。
「ん?ああさっきの子か。ってもう忘れてんのかよ蓮。そこそこに、てかめっちゃ記憶に残る場面だったように思うんだがな~・・・。まあその後色々あったからしょうがないか」
俺の言葉を聞いてうっすらと苦笑いを浮かべる健。その隣では同じく、いや健以上に驚いている玲の姿があった。それもどうやら両者ともにあの子のことを覚えていない俺に驚いているらしく、半ばあきれた感も少なからず混じっているようにも見える。まあ当の本人の俺は、それでもはてなマークを頭上に無限増殖させているだけなんだけど・・・。
「あの子はあれだ。ついこないだ戦ったターゲット・・・闇属性のターゲットに、襲われた一般生徒だ。え~と名前はたしか・・・」
「1年D組の四天王寺 明日香。って名前知らなかったらあんたも蓮君と変わんないじゃない」
出だしは好調最後はあやふや、いつもの健の調子にすかさず玲が補足を入れる。そんないつもの二人のやりとりに思わず吹き出しそうになってしまうが、そういえば俺は笑っていられる状態じゃないことを思い出す。それに、健が言ってくれた情報だけでも充分に事態の核たるものは掴めたからな。
「思いだした?蓮君。彼女はターゲットに襲われて、あなたと有希が力を合わせてターゲットを引き離して、その後保健室までおぶってあげた子。それが彼女。まあ、まさか忘れてたとは私も思わなかったけどね・・・」
「・・・すみません」
思わずその言葉が喉からつい出る。それもそうだ、自分でも覚えてなかったことにびっくりしているぐらいだからな。玲や健があきれるのも無理もない。今まで邪魔していた白いもやもやが一瞬にして凝縮して形となり、頭の中にその場面を映し出した。
そうかあの子はあの時の・・・。なんで忘れていたんだろう。確かに、あれだけのインパクトがあれば記憶の中に刻まれているはずだ。忘れている方がおかしい。あれほどに、衝撃的な・・・
そして俺の中の記憶は映し出す。実習棟の廊下の真ん中で、少女が闇のターゲットに襲われたあの時のことを。人がターゲットに襲われる、それだけでも絶望に打ちひしがれていた。だけど本当の衝撃はむしろその後で・・・
人から黒い霧が噴出し、死人が歩いているように体はダランとしていて、そして突然狂ったように襲いかかる。その時の表情はこわばり、目は見開きながら血走り、悲痛な悲鳴を廊下中に響かせる。その様子はもはや人ではなく、目を当てることさえ苦痛になるほどだった。
・・・時として記憶は人を苦しめる。そんなこと、ずっと前から知っていることなのに。ついさっき目の前で見えた恥ずかしさ混じりの彼女の笑顔と、あの時の憎しみと怒りに支配された醜き表情とが重なって、なにげない挨拶がどれだけの意味を担っていたのかを、改めて実感する。
あの子があの子でいてくれて良かった・・・。でも、俺は守れなかった。なにがなんでも守らなきゃいけなかったのに、俺は目の前でその悲劇を作り出してしまった。今どれだけ彼女に謝っても、許されることではないと思う。もちろんただ彼女がその時の記憶を無くしているからとかじゃない。なにがどうであろうと、守るべき存在であったことに違いはないのだから。
ギュッ・・・
もう二度と、あんなことさせるものか・・・。俺は強くならなくちゃいけない。身体的にも、精神的にも。なにもかも今よりずっとずっと。この世界が、今のままで居てくれるために、誰もが理不尽に傷つくことのないように・・・。
俺は戦う。誰かのために。そして、自分のために。
「あ~それでだな蓮。あん時のおかげでまただいぶ色々と影響がでてるみたいなんだけど。その中でも一つ特に面倒でめちゃくちゃ厄介なことがあるんだが・・・」
「ん?」
すると健はいつもの如く、人差し指で頬をポリポリと掻きながらなにか困ったようにそう話した。健がこのしぐさをするときは、なにか困ったことがあった時や面倒なことがあった時だ。それも今回は度を超えて厄介なことらしく、声まで上ずっているようだった。
・・・一体なにがあるというんだろうか。思わず悪い汗が噴き出してきてしまう。周りでは立ち止まる俺達を差し置いて多くの一般生徒が校門へと吸い込まれていく。会話する俺達を興味の視線が幾度となく浴びせられるが、今日は特にその視線が多い気がした。
「いや~実はさ、さっきの四天王寺 明日香って子いるじゃん?あの子には一つ年上の兄貴がいるんだけど、その兄貴ってのがこれまためっちゃ妹のこと・・・」
「ん~?明日香の一つ上の兄って・・・もしかして俺のことか?相川 健人」
その時、突然健の背後から声がした。
「え~っと・・・もしかして聞こえてました・・・??四天王寺先輩」
「四天王寺先輩?」
視線を向けると、そこには・・・なんというか、とりあえずどう考えても並みの相手ではないことを一瞬にして把握した。
制服はボタンが止められておらず、下に見える白いカッターシャツも胸元が大きくはだけていて、腕もまくってある。同じ学園の生徒のはずだが、着こなしのせいなのかどこか俺達の制服とは違って見えた。髪型は茶髪でワックスかなにかで立たせたウルフカット、顔はキリッとしたなにか歴戦を勝ち抜いたような顔立ちで頬にはなぜかばんそうこう。なにより目つきが鋭すぎてどう考えても普通の生徒ではなかった。
いわゆる・・・不良ってやつ?それも形だけでなくまくられた袖から見える腕っぷしはかなりの強さを誇っていそうで、パンチの強さはマジで計り知れない。変な言い方だがこれは多分本物ってやつだ。喧嘩になればただでは済まない。
「そりゃあもちろん聞こえたとも。で、なんだって?俺がこれまた妹のことをなにって言おうとしたんだ健人」
そして四天王寺先輩なる人はぐいっと顔を近付けて手を健の頭の上に乗せてグリグリしだした。覗き込むように健の苦笑いを見つめるしぐさは、なにやらただならぬ気配を彷彿させるがなぜかそういう争いみたいな気配はまるでない。だいいち四天王寺先輩の視線は確かに鋭いけど威嚇するほど鋭くはなく、声のトーンにもトゲなどはまるでない。
簡単に言えば、多分これがいつもの絡みなんだと思う。いわゆる悪友ってやつかな。元々面識もあるようだしな。
「そ、それはそうと先輩、その頬のばんそうこうはどうしたんですか?喧嘩で負け知らずの先輩にしては珍しいですね」
健は苦笑いを浮かべながら必死に話を逸らした。初めてかもしれないな、健が相手に対して下手にでるってのは。いつだってどんな相手でも闘志むきだしの健だが、どうやらこの先輩には頭が上がらないらしい。・・・よほど恐ろしい先輩なんだな。
「ん?ああこれか?もちろんそこらへんに居るヤロウから受けた傷じゃねえ。今朝明日香にやられちまってよう。たくっ、明日香のやつ。俺があいつのどこがいいんだ、やめておけって忠告したら急にキレだしやがって。枕やら鞄やら投げ込んできて挙句の果てに「お兄ちゃんなんか大っ嫌い!!」て言われちまった。くそっ・・・結構傷ついたぜ」
「へ?」
俺はその瞬間ポカンと立ち尽くしてしまった。なんというか、あんなに視線ビンビン、迫力のある先輩が妹の話をした瞬間、めちゃめちゃ柔らかくしかもなよなよしだして、そのギャップの差に唖然としてしまったのだ。そして俺は思わず隣に移動してきた玲に視線を向けた。
「えっと実は四天王寺先輩はシスコン、じゃなくて(笑)、妹のことをすっごく溺愛してるのよね。もう目に入れても痛くないって感じ。中学時代に知り合った人だけど、それはもう有名だったわよ。普段あんなに迫力あって近寄りがたい感じなのに、妹の明日香ちゃんが関わったらもうメロメロ。信じられないぐらいに角がとれちゃうんだから。でも見かけどおり喧嘩、それも明日香ちゃんが関わってきたらめちゃくちゃ強くて健でもお手上げってぐらいだけどね」
「へえ・・・」
思わず滑りかけた玲のシスコンという言葉に吹き出しそうになるが、ここで笑っちゃったらきっと大変なことになるな、我慢我慢。しかし人間誰だって変わった部分はあるが、四天王寺先輩のそれは特に群を抜いてインパクトがあった。まあ元とのギャップというのもあるけど、今朝のことを話す先輩はマジでへこんでたからな(笑)
「れ、蓮・・・、助けてくれ~・・・」
するとどうやら健でもどうしようもなくなったのか、俺にSOSの視線を向けながら助けを求めてきた。しかしまあなんとタイミングの悪い。この話の流れからいって、間違いなくややこしいことになることを俺は充分すぎるほどに理解していた。
「蓮だと!?・・・まさかてめえ、なにもかもの悪の根源、一年の一之瀬 蓮っていう奴なのか?」
ほらね、やっぱり。それも悪の根源って、ひどい言われ方だな。ああ・・・健、そのパスは絶対に今要らなかったよ絶対。現に、こんなにもややこしいことに・・・
「ちっ、明日香のやつなんでこんな奴のことを。まあいい、お前のせいで俺は可愛い妹の明日香からこんな目に遭っちまったんだぞ。もちろん責任取ってくれるよな?てか取れっ!」
「えっ~と・・・」
四天王寺先輩はその鋭い視線をこれ以上ないってぐらいに光らせながら俺の全身を見ると、闘志むき出しのまま無茶苦茶なことを言ってきた。てかなんで俺がこんな目に。いやいや今となっては無駄な詮索。さてどうしようこの状況。
妹が関わった時の先輩の強さは健でも敵わないって言うし・・・。もしかしてこれ、終わったフラグなのか?
「さあ覚悟してもらうぞ一之瀬 蓮・・・」
ああ、せっかく自分の中の変化に浸っていたはずのさわやかな朝が一転して絶体絶命のピンチに。一体どうやったらこんなめちゃくちゃなシナリオが出来上がるものかと思いながら、俺は色んな事に対して覚悟を決めていた。
ボスッ
しかしその時、突然鈍いなにか柔らかいものが当たるような音がした。
「な~に朝っぱらからやってんのよ、健司。もうチャイム鳴るわよ」
気が付けば四天王寺先輩の頭の上には俺達も持っている学校指定の鞄が乗っかっていた。あれだけ緊迫した状況が、一瞬にして真っ白に変わる。無言無音。時が止まったような空間に響いたのはあきれた感と冷静さが混じったよく知る声だった。
「千堂先輩!」
そこにはいつもの如く後ろや横に取り巻きを引っ提げながら鞄を押し付ける千堂先輩の姿があった。
「まあいつかの借りってわけじゃないけど。とにかくこの「悪ガキ」が迷惑かけたみたいね」
千堂先輩の鞄の下に埋もれる四天王寺先輩は、ムスッとした顔のまま完全に静止していた。と、いうより千堂先輩が動きを完全に封じていたという方が正しいか。
「千堂先輩と四天王寺先輩はクラスが同じなのよ」
なるほど、玲の絶妙なタイミングの補足に納得がいった。まあそれだけではないだろうが妙に二人は良い組み合わせというか、息が合っていそうだった。あれだけ興奮状態だった四天王寺先輩に何食わぬ顔で鞄を一振りだもんな。その後の様子からいっても、きっと関係を表せばこんな感じだ。
姉・千堂先輩 弟・四天王寺先輩
「って、なにすんだよ由佳・・ぐはっ!?」
バフッ!
そして四天王寺先輩が名前を言おうとした瞬間にもう一振り。それこそあやうく態勢が崩れ去りそうな勢いで。
「後輩の前でその名前で呼ぶんじゃない!さあいくわよ。あんたたち、お願いね」
取り巻き達「はいっ!」
千堂先輩が合図を送ると周りに居た取り巻き達が一斉に四天王寺先輩を囲み、そのまま手から肩から足から、それこそ至るところから掴み抑えてそのまま移動・・・というより連行していった。
「こらっ、離せ!俺はまだあいつに用が」
四天王寺先輩がどれだけ引き離そうとしてもビクともしない取り巻き達のフォーメーション。まあ要所要所を的確に捉えられてるからさすがの先輩でもどうにもならない。まさに多勢に無勢。それにしても、取り巻き達の連携はかなりの精度を誇っていて、こういう状況にはもう慣れているような感じだった。
「・・・一体なんだったんだろう」
なにもなかったはずの時間から、いつのまにか絶体絶命のピンチにまで陥って、最後にはなにもなかったように俺達は取り残された。まさしく台風のような出来事。
というより、もしかして千堂先輩って姉御肌?
「あ、いっけないもうこんな時間。私達も急がないと遅刻よ」
「まじかよなら急ごうぜ。これで遅れちまったらどう説明すりゃいいかわかったもんじゃないからな!」
ダダダッ・・・
そして俺達は走りだした。今日は余裕をもって登校したはずが、今となっては遅刻すれすれ。一体今の間だけでどれだけの出来事があっただろう。なにが起爆剤でこうなったんだか・・・
「はあ、はあ・・・」
でもまあ、ね。
新たな風が吹き込み、また俺達の世界は動き出したことは確かだった。
それが良いか悪いかなんて、俺が知ったことではない。
「なんでこうなるんだよっ!!」
世界が動き出したのなら、俺達はそれについていくだけだ。