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第百七十話 誰も知らない物語~世界で最も美しきモノ~

※今回も長い話になってしまいました。スイマセン><



「そんなの間違ってる。竜族が・・・ドラゴンがこの世界の邪魔ものだなんて!!」



 暗い暗い洞窟で、一人鎖で抑えつけられ拘束されて、そして黒ずくめの男達に囲まれる。



怖いはずだ。怖くないわけがない。この状況に一人陥って、なにも感じない奴なんかこの世界には居ない。居たとしてもそれはよっぽど変った奴かそれともよっぽど特別な奴か。だけど少女は違う、本当なら震え泣き叫んでも足りないぐらいなはずなのに。



彼女はそれでも抗った。譲らなかった。この世界でたった一人、なにもかもを壊そうとする悪魔に立ち向かっていた。



怖いはずだ・・・だけどそれを押し切って前を向き続ける。一歩も引かずに、自らの強き意志を信じて。



「確かにあの時人は死んだ・・・。それが悪いことじゃないなんて言えない。だけどあれは、竜族・・・ドラゴンの子が殺したわけじゃない。それだけは自信を持って言える」



「あの時人が死んだのは事故だったのよ。あの日は強い風が吹いていた。それにも関わらずその子は崖に近づいた。危ないと言われていたのに、行ってはいけないと言われてたのに。そして強い突風が一瞬吹いた時、その子はバランスを崩して崖から落ちた。大人でも落ちれば大ケガを負うほどの崖。そこに子供が落ちれば命が危ない。だからその光景を見て、いち早く駆けつけた子が居た。それが・・・それが竜族の子供よ!」



ギュッ



自分でも気付いてなかったけど、いつのまにか俺の手はこれでもかと強い力で握りしめられていた。右手はダランと落としたまま、左手は凹凸の激しい岩肌に添えて。冷たく痛々しい岩肌、だけど今の俺にはなにも感じられない。もしこの場に知らずに入って来る人が居たらすぐさま気付くだろう。その異質な覇気に混じる怒りという名の刃に。



例えその領域に入れなくても、洞窟内という空間で俺はかろうじて彼女と繋がっていた。だけどそれだけで充分すぎた。それほどに彼女の言葉は・・・どこまでも届いていった。



「あの子は人間の子を助けたかっただけなのよ。種族なんて関係ない、ただただその子を助けたかった。だけど・・・その竜族の子がその場に辿りついた時、落ちた子はもう息を引き取っていた。多分落ちた時の衝撃が致命傷で、もうどうにもならなかったのよ。その子はその子なりに、一生憲命助けようとした。・・・だけど、運悪くそこに大人の人達が通りかかって・・・」



ピキッ



「あの子は、竜族の子はなにもしていないのに、それどころか助けようとしていたのに。大人達はそれを竜族の子供が殺したと決めつけた。なんの根拠もないのに、その場を見たわけでもないのに、ただそこに竜族の子が居ただけでそう決めつけたのよ!」



バキンッ!



「・・・くっ」



俺の左手が堅い岩肌の表面を握りつぶした。手のひらがズキズキ痛む。砕いた時に散らばった岩の欠片が皮膚に突き刺さり、そこから細い赤い筋が伸びていた。



誤解・・・そんな言葉で括っていいのか?いつだって関係が壊れるのは一瞬だ。たった一つのきっかけが亀裂を生み争いへと発展する。そんなのどこにでもありふれていることだ。だけどこれは、これはいくらなんでもあんまりじゃないか?非情すぎるんじゃないか??



「竜族は・・・ドラゴンはなにも悪いことしてない。悪いとしたら私達人間の方よ。どうして竜族の人達は私達人間と一緒に暮らそうと努力してるのに、私達人間の方は突き放すの?どうして受け入れようとしないの?どうして竜族だったら、危険な存在になるのよっ!!」



かつて竜族と人間が一緒に暮らしていたというのは聞いてたけど。その時どのようにして二つの種族が共存していたかは知らなかった。二つの異なる種族、完全に、パーフェクトにお互いの存在を認め合う事は難しい。だけど完全とまでもいかなくても、ある程度のラインは保ち続けていたはずだ。そうでなければ共存することなんかできるものか。そう、思っていたけど・・・



そこに・・・影は、闇は確かにあった。これ以上ないってぐらいに。ほんの少しの期待と、僅かに残った希望を惜しげもなくぶち壊してくれた。人間は、竜族という存在を受け入れてはいなかった。確かに己が持つ力の違いは歴然だ。姿は同じでも中身は全然違う。だけど、だけどそれでもこの世界に一緒に住む存在じゃないか。一緒に生きている存在じゃないか。・・・だがしかし、これも所詮は理想論だったか。



「どうして・・・」



だけどそれでも



「どうして、どうしてこんな悲しいことになってしまうのよ!!」



そんな人が造り上げた世界の仕組みに抗い続ける存在が居た。もし、少女のような存在が今ここにいなかったら、多分俺は自分の感情そのままに人を、人間を悪しき存在だと認識してしまっていたと思う。暗く闇に包まれようとしていたこの世界にも、確かに光は存在していたんだ。



「・・・ふむ」



たった一つの灯。大事に大事に守るべき光。だけど一度動き出した歯車は少女の強き意志でも止まらない。



「意外ですね。あなたのような方がこの世界にまだ居たとは。とっくの昔に消えうせた絶滅危惧種並みのものだと思っていましたが・・・まあしかし」



「残念ですが、もう止めることはできないのですよ。我々人間は、もう既に戻れぬ場所まで歩いてきたのですから・・・」



運命、心、憎しみ、怒り、刻まれし闇、積み重ねてきた想い。たった一人の少女がどうにかできるものではなかった。足りない・・・どれだけ強い光を放っていても一人じゃ強大な闇に立ち向かえない。闇を乗り越えるには、誰かの助けが必要なんだ。



もしもこの世界でその誰かが居たとしたらそれは・・・くそっ、なんでなにもできないんだよ俺は。わかってる、わかってるさなにもかも。だけどそれなら、なんのためにここに俺は・・・っ!!



「おい、ここにあれを持ってこい」



「はい」



 集団のリーダー的存在の男が、後ろに居た黒ずくめのエージェントのような男達に指示を出す。嫌な予感が体の底から湧きあがった。それもこれも、またあの帽子の下の表情が一瞬笑ったように見えたからだった。あの笑みがこぼれた先にあるものが、決して幸せを呼び込むものではないことを俺は知っている。



ドサッ、ドサドサッ



男達が乱暴になにかを次から次へと地面へと放り投げる。なにかが地面に叩きつけられてはその衝撃で弾みそしてまたすぐに上になにかがまた重ねられていく。あんまり手際が良かったから最初はそのなにかがわからず、てっきりなにかの荷物かと思っていたけど・・・



「なっ!?」



その全てが運び込まれ、自分の目でハッキリとそのなにかを見ることができたその瞬間、俺は絶句した。



「お父・・・さん?」



少女がなにを見たのかはわからない。だけどそれは多分、言葉の通り。その言葉を聞いた瞬間、俺の足先から頭のてっぺんまで体の中を激しい電撃がほとばしった。



「お父さんっ!!」



そこにあったのは・・・いわゆる死体。それも全て大人の人間。乱雑に積み上げられたその全て、着ている服はボロボロに切り裂かれある一部分は真っ赤に染まっている。手足はダランと垂れ下がり、肌は白く、なにより目は半開きで口も・・・ダメだ。これ以上は説明できない。したくない。



「なんて・・・ことを」



もう怒りなんて通り越していた。人間が、人間を殺す。そして積み上げられた人間の死体を見ても平然と立っていられる黒ずくめの男達。ああそうか、もはや彼らは人間であって人間じゃなくなっているんだ。誰に言われるまでもなく、自然に俺は理解した。



一体なにがどうなってこうなるかなんて知ったことではない。だけど目の前に居る男達は姿は人間でも中身は醜き悪魔そのものだった。恐ろしかった。たまらなく怖かった。人間というのは、これほどまでに狂い壊れ、悪しき存在へとその姿を変えることができるということを、俺はこの瞬間、知ってしまったから。



「なんで・・・お父さんが、それに他のみんなも・・・。なんで、どうしてこんな酷い事を・・・」



ポトリッ、ポトリ・・・



少女から溢れだした雫が一滴、また一滴と地面へと落ちていく。瞼をどれだけ強く閉じても、溢れだす雫は止まらずこぼれていく。それはこれまで必死に耐えて耐えて、耐えまくっていた少女の涙。今ここで泣いてしまえば、大切な人を失くす。多くの人間達が、いや、多くの竜族達が傷つき苦しみ、殺されることを少女は知っていたから。



本当ならとっくの昔にその涙は溢れだしていたはずだ。だけどたった一人で耐えていた。少女一人が、背負うには酷すぎるものだったのに。誰にも背負う事なんてできるものじゃなかったのに。それでも彼女は必死に耐えた。耐え続けた。だけどそれでも止められなかった。おそらく確かな絆を結んでいたであろう父親の無残な姿、死をその場で見て彼女の限界は超えた。



よくやった・・・なんて言っても、誰も救われないんだろうな。きっと。運命が作りだした非情さと、なにもできない自分の無力さに、真剣に泣けてくる。



「わかりましたか?もう来るべき場所に我々は来たのですよ。後戻りは許されない。邪魔をすれば例え人間でも消えてもらう。我々がすべきことは竜王であるシリウスを殺すこと。だが奴は有り得ないぐらいに強く、我々の攻撃では傷一つ付けられないでしょう。普通なら奴を殺すなんて不可能です。ですが」



スッ・・・



「ある現象さえ起きてくれれば、完全無欠の力にもひびが入る。そのためにはフェンリル・・・奴の息子の死が必要なのですよ。そして・・・そのためには」



「あなたの死が必要なんです」



もうなにもかもが狂ってる。まともな場所を探すほうが難しいぐらいだ。本当なら、俺が居る世界なら、そんなセリフ冗談としてなんでもなく流れていくのに。今のこの状況で、同じセリフを言われて冗談と思う奴はいない。



なぜ、どうして。過去は一体俺になにを見せようとしているんだろう。少女の悲しみか、少女の苦しみか。それを見せて俺にどうしようというんだろう。わからねえ、わからなさすぎて訳が分からない!



「さて、長話になってしまいましたね。我々はもう行かねばなりません。どうぞ最期の時を、ごゆっくりお過ごしください・・・」



ザッ、ザッザッザッ・・・



 黒帽子の男は改めて深々と帽子をかぶり直すと、周りの男達を引き連れてこの場所から消えた。彼らが向かう場所は、俺も少女も知っている。俺が知ったところでどうにもならないが、少女は去りゆく男達の背中を見つめることもなく、ただただ一人泣いていた。



ここに居るのは少女と俺の二人だけ。正確に言えば俺はここに居ない存在だけど。今この場に流れる時は、少女と架空の存在である俺の二人だけが見て感じて知ることのできる時間。だけど本来なら俺はここには居ない。だから・・・



誰も知らない時間、誰も知らない物語がこの瞬間流れ出す。たった一人の少女が奏でる、独奏曲が。



「ゴメンね・・・お父さん、みんな。私のせいでこんなことになってしまって。許してなんて・・・言っても許してくれるわけないよね。ゴメンね・・・ゴメンね・・・」



声を震わしながら少女は言葉を繋ぐ。洞窟内は太陽の光がほとんど入らないから冷える。それこそなにもしていなかったらプルプルと震えるぐらいに。体力的にも、精神的にも辛いはず。だけど少女はただただ涙で頬を濡らしながら言葉を繋いだ。自分の体のことなんか気付かないぐらいに、色々なことがありすぎたのだ。



この洞窟内に捕えられフェンリルが殺されることを知り、目の前で無残な父親達の姿を見て、最後には自らの死を知った。わけわかんねえよ、一体なにをどうやったらこんな残酷な運命を作り出せるのだろう。神様、あんたの仕業か?もしそうなら・・・なぜ?



「だけどね、お父さん・・・」



「え?」



一人怒りと悲しみで震えていた俺に届いたその声は、あまりにも予想外な声だった。声が震えているのは変わらないが、その声は・・・優しくて、やわらかくて、それでいて強くて・・・。なんで、どうして。この状況で、この場所でどうしてそんな声が彼女から流れる。



どうして・・・!



「私ね・・・初めて全力で想いを届けたいって人が、できたんだ。一緒に居ると楽しくて、一緒に居るだけで幸せで、胸が一杯になって・・・。初めてだった、こんな気持ちになれたのは。傍に居るだけですっごく安心できて、なにもかもが華やいで、嬉しくて仕方なかった」



「想いを・・・届けたい?」



一瞬にして頭が真っ白になった。ずっと強く握られていた手はいつのまにか力が抜けていて、今なら誰かにつつかれただけでこけてしまいそうだった。今まで色んな場面を見てきてぐちゃぐちゃになっていた思考回路が、今はただ目の前の光景を見ることだけに動いている。



「でも彼・・・フェンリルはちっとも振り向いてくれないんだ。いつも一緒に遊んでいるけど、そんな私の想いに気付いてくれない。でも楽しかった。フェンリルと居ると楽しくてしょうがなかった。それに彼はいつだって傍に居てくれた。嬉しい時も、悲しい時も、どんな時だって一緒に居てくれた」



彼女の顔は涙でくしゃくしゃになっていた。だけど話す彼女の顔はなぜか楽しく見えて、笑顔にさえ見えた。もちろんなにを話したところで、誰かから返事が返ってくることはない。それは子供が人形を使っておしゃべりしてるのと一緒なことだ。



そんははずはない。そんなはずがない。だけど彼女は笑っている。さも楽しそうに、さも嬉しそうに語りかけている。どうして笑っていられる、なにが彼女に笑顔を与える。大切な人の死を目の前にして、自分の死さえ目の前にして、どうしてそんな優しい表情ができるんだ。



わからない・・・



「だからね、私決めたんだ。次に会った時に全部想いを伝える。正直にフェンリルに全力でぶつけようって・・・。だけど駄目みたい。想いを伝えるどころか、次に会うのが最後になっちゃうみたい」



ポタリッ・・・



「奇麗・・・だ」



それはあってはならない感想なはずだった。人の悲しみを見て嬉しがったり喜んだりする奴は最低中の最低だ。だけど今俺は、本当に自然に心からそう感じてしまった。薄暗い洞窟の中で、光は所々に点在する光の柱だけのはずなのに、少女の姿が柔らかい光に包まれ、それどころか輝いているように見えた。



闇のどん底に居るはずなのに、光り輝く。本来なら有り得ないことのはずだ。だけど、一つだけそれを可能にするモノがある。どれだけ深き闇に呑まれようとも、光輝けるモノが。そして俺はそれを、既に知っている。



「ありが~とう~・・・、あなたに出会え~て~・・・」



「歌・・・」



バラード、いやアカペラになるのかな。暗い洞窟内で一人、彼女は唄いはじめた。



「傍に~居て・・・、どれだ~けの~喜びを~」



透き通った声。洞窟内に響き渡るその声は光の粒のようになって広がり輝いていく。美しい・・・こんなにも暗く冷たい場所が、今はどんどん光り輝き始め彼女と一つになっていく。ただ耳に届くだけでなく、心に直接響かせるような歌。目を閉じれば、優しくて明るい情景が頭の中に浮かぶ。



「わすれ~な~いよ~、あなたと~過ごした日々を~。笑ったり、泣い~たり~・・・し・た・こ・と~~~、ぜんぶ」



そう、前に伊集院さんと一緒に魔法を放った時に見えた、あの光景のような景色。広がる草原の彼方に、白き羽根が大空を駆ける。そして今はそれを、二人の少年少女が手を取り合って笑顔で見上げている。



「青~空~!、手をつ~ないでーーー!」



その瞬間、確かに洞窟内は光に包まれていた。不思議な光、優しい光。そこにあったのは闇なんかじゃない。少女が持ち続けていた光は、深く冷たい闇そのものを乗り越え今きらめき輝いた。



「あれ・・・?」



頬をなにかがつたう感触を覚え手で触って確かめる。指で触れた瞬間、それがなんなのかはすぐにわかった。それは自然と流れた涙。いつどのタイミングで、そしてなぜ流れたのか自分でもわからない涙。でも確かに、俺は泣いていた。



こんな涙は、生まれて初めてだ。



「今あな~たに~伝える~。あなたと出会えて~・・・、幸せ~~~、でした~・・・」



彼女の最後の唄声がどこまでもどこまでも、この空間に消えてしまうまで響いて言った。美しくもはかなげに、心に染みわたっていく。



その唄は多分きっと、彼女の想いそのもので、だからこそこんなにも光り輝くんだ。彼女と同じように、溢れだす涙を抑えきれないまま俺は思った。



「お父さん・・・そしてお母さん。今まで大切にしてくれてありがとう。私は・・・すごく幸せでした。大切な人に出会えて、大好きな人に出会えて、そして・・・かけがえのない恋ができて、とても、とっても幸せでした」



「恋・・・」



そう、それは恋。どんなに冷たく暗い闇でも、切り裂き輝き、そして光を照らすもの。それが恋であり、「愛」だ。だからこそ少女は立ち向かえた。一歩も引かずに悪魔と戦えた。彼・・・フェンリルへの想いがあったから。そして彼に対する願いがあったから。



そうか・・・今回の過去が俺に伝えたかったことは。今までそれを知りたくても知ることができなかった。それがどんなものであるのかわからなかった。「恋」というものを・・・「愛」というものを。だけど今なら、その全部でなくてもわかった気がする。



愛する者が居れば、人はどれだけでも強くなれる。どんな闇にだって立ち向かえる。愛がある限り、人はいつまでも光り輝き続けることができるんだ。



「私は今まで何度となくフェンリルに助けてもらった。だから今度は私が助けたい、守ってあげたい。大好きなフェンリルが、生き続けてくれるだけで私は嬉しいから。ずっとずっと輝いていられるから」



グッ・・・



「私は、天使になります!」



ピキーン・・・シュウウンン!!



 その瞬間俺の周りで激しい閃光と共に辺りが輝き始めた。呆然と立ち尽くす俺を優しき光が包み込みやがて俺自身が輝き始める。



それはこの過去の世界からのお別れを意味していた。前の時は少女が何者かに捕まえられた時に、そして今度は彼女自身の想いがこの世界に響いたその瞬間に、光は輝き始めた。



「くそっ!!」



バチイイイッ!



どんどん体が光に変わり消えようとしている中、俺は全力で見えない壁にぶち当たった。体全身に激しい痛みが走る。だけど見えない壁はびくともしない。それでも俺は必死にへばりついて叫んだ。



「忘れないから!!お前の想いも言葉も、みんなみんな絶対忘れないからっ!!」



どんどんとぼやけていく目の前の光景。そして彼女自身も。届かないことぐらい知ってる、この世界になにももたらさないことも知ってる。だけど俺は叫んだ。力の限り涙を弾けさせながら彼女に向かって叫んだ。



「・・・はどこだっ!!」



遠くの方で誰かの声が聞こえた。先程までこの場に聞こえなかった声。それが多分、誰の声であるのかも、そしてその先に待っている未来も、俺は見ていなくても知っている。だけどそれでも、いや、だからこそ俺は伝えたい。



「必ず・・・必ずまた逢いに来るからっ!!」



また会える保証なんてどこにもない。だけど必ず、必ずどんな手を使ってでもまた彼女に逢いに行く。その時には今よりもずっと、俺は俺として確かな存在になっているはずだ。



だからその時まで



「・・・さようならっ!」



「・・・ウナッ!!」



ビシュンンン・・・!!



 もしもそこに俺が居なかったら、誰にも知られることのなかった物語。そこには、一人の少女の強き意志とかけがえのない愛があった。



確かに俺は感じた。愛がどんなものか、恋というのはどんなものであるか。俺が最も望んでいた感情、その片鱗を俺は感じることができた。



今なら自信を持って言えることがある。愛というものは存在をどこまでも強くすることと、そして



世界で最も美しいものは、「愛」であることだ。





「・・・ハッ!?」



 目を開けるとそこには見慣れた天井と、そして



「蓮君!」



俺にとって大切な、かけがえのない仲間達の姿。元の世界での第一声は、玲の心配そうに叫ぶ俺の名前だった。



「泣いて・・・いるの?」



どうやらこの世界に置いてきた元の俺の顔にも、涙は浮かんでいたようだ。心配気に話す玲の言葉と、頬に伝わる感触でそれはすぐにわかった。



「なにか、得られたようですね」



俺の様子を見てなにか悟ったのか、工藤は俺を見下ろしながらそう言った。そして俺は右腕で目に浮かんでいた涙を一回で拭きとると、力を込めて言った。




「・・・ああ、大切なものをな」






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