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第百六十九話 Third memory~悪魔と勇者と架空の見物人~



「・・・はっ!?」



 ピチョン・・・



冷たく冷え切った水滴が鼻のてっぺんを濡らす。衝撃で水滴は細かく弾け飛ぶが同時に俺も目を覚ます。



目に映ったものは黒。ただ真っ黒な世界が俺を見下ろしていた。



「・・・どこだここ」



ここがどこなのかというのはいささか愚問だ。過去に飛んだんだから過去の世界に決まっている。だけどその過去の世界の中でもこの場所は一体どこなんだろう。お花畑もなければ、草木もない。草原も湖もないしソラさえもここにはない。



ただ見上げているだけでは、どうやらここはいつかの無の世界と変わらないらしい。今はスカラーよりも、ベクトルのように向き方向が必要だった。



「よっと・・・イテッ」



手のひらをついて起き上がろうとした瞬間、手のひら、腰の部分に同時に痛みを感じた。なにかが刺さって、それもなにかゴツゴツしたものが皮膚に触れたような感触を覚える。



「・・・石、いや岩か」



その場に座り込んで直接地面に触れる。ゴツゴツと触れるだけでその痛みを感じる岩肌。この上で寝ころんでよく痛みを感じなかったなと自分にびっくりするぐらいだ。色は黒・・・といってもこの場所全体が暗いから本当の色はわからない。触ればひんやりと冷たくて、微かに湿り気を帯びていた。



そんな岩がそこらじゅうに点在している。地面だけじゃない、周りの壁という壁が全て同じような岩でできていた。ゴツゴツとしていて、冷たい空間。上なんか真っ暗すぎてなにがあるのか見当もつかない。わかるとすれば上から水滴が落ちてくるだけ。周りを見渡せばその上の先に穴でも開いてるのか、所々光の柱のようなものができていてそれがこの場における唯一の明かりだった。



洞窟・・・と言えばいいのかな。少なくとも外の世界から遮断された空間だ。なんでまたこんな場所に。募る疑問。ああそうかあの光景からこの場所へ繋がっているのか。募る不安。この場所に俺だけが存在していたらどれだけ良かっただろう。そう、思いたくても思えなかった。



「離してよっ!!」



「!!」



 その声は突然響いた。響いて響いて響きまくった。草原を突き抜けるつむじ風のようにその声はこの洞窟をつたい響き駆け抜けていった。



(今の声は・・・)



ジャリッ



衝動に身を任せてその方向を向く。無意識に足もその場所目指して歩きだす。



その声を、俺は知っている。忘れるはずもない。いや、その声が今この場所で聞こえるのをわかっていた。あくまで全部自然の摂理。それがあるから今この時は流れてゆく。



この世界でフェンリルに恋心を抱き、フェンリルと共に居た一人の少女。その声は、間違いなく彼女のものだった。



できるなら、その声をこんなとこで聞きたくなかったけど・・・



「灯り・・・それに足音。あいつらか」



ザッザッザッ・・・



静粛を邪魔する足音。暗闇を切り裂く灯。どちらも一人ではなく複数のものだ。その中の一人はあの少女として・・・ほかの奴らはなんだ。黒服のピチッと整った上下のスーツに陰険なサングラス。そんなこの場所には似つかないいかにもエージェント的な奴らが数人揃って歩いている。怪しさは100点満点だ。



「奴をおびきだす「餌」の分際で手間のかかる奴だ。もういい、そこらへんに拘束しておけ」



「了解です」



その黒ずくめの集団の先頭に立つ一人の男。そこに居る集団全てに指示を出すリーダー的存在。忘れるものか、同じ黒スーツに身を包み紳士を装う黒帽子。あの湖で少女に最初に声をかけた人物。冷たい存在、もしもあいつを例えるならば、その言葉が一番に出てくる。



「なんだ・・・なにをする気だ」



わからない。なぜこの場所に少女を連れてくるのか。それがフェンリル絡みであることは間違いないのだろうけど。だけどそれ以上がわからない。奴らがなにをしようとしているのか。なにがしたいのか。謎だらけすぎて逆に恐怖を覚える。帽子の下の冷たい視線を見る度に、心の中の闇がうずめきだす。



行かなきゃ・・・それがなにもかもひっくるめた結果導き出された答え。多分どれだけ同じ状況に出くわしたとしても、俺はこの答えを出し続けると思う。だからあらかじめ定められた自動プログラムのように、俺の足は一方向へと向けて動き出していた。



タッ・・・



だけど俺は知っている。



ダダダッ



それがどれだけ無意味なことであるのかも、その先にどんな結果が待っているのかも、なにもかもを俺は理解している。だけどそれでも足は止まらない。無駄だとわかっていても、やらなくちゃいけないことがあるから。



この世界の理を覆すことはできない・・・、が、見届けることはできる。例えどんなに幸せな光景でも。例えどんなに不幸な光景でも・・・。



ヒュワーン・・・



「くそっ、やっぱり駄目なのか」



すぐそこに、すぐ目の前に奴らと少女は居るのに。あの時と同じ、この世界のものとは思えない見えない壁が俺の手を反発し押し戻す。この空間は、俺という存在がその「領域」へ踏み込むことを許さなかった。俺ではなく、フェンリルが居た領域に。



俺は多分わかっていた。なぜ俺が領域に踏み込めないのか、答えは実に簡単。俺はこの時間軸の存在ではなく、本来そこに居るはずの無い「架空」の存在だからだ。



過去は変えられない。見ることはできても、知ることはできてもその軌跡を塗り替え、過去そのものを変えることはできない。それが自然の摂理、世界の仕組み。くそ・・・届かない。こんなにも近くに居るのに、あそこに居る少女との距離は果てしなく遠い。遠すぎてなにもできない。多分、どれだけ頑張っても届くことは永遠にないだろう。



なにもかもを知っている。だから悲しい。だからこそ悔しい。知らなければ、もっと希望を持っていてもなにもおかしくないのに。



今の俺には、見ていることしかできないよ・・・



ガチャン



「ふう、これでようやく「彼」に会いに行けますね」



 少女は捕えられた。幾重にも重なる鎖で荒く痛々しい面がむき出しの岩に抑えつけられた。もちろん、少女は激しく抵抗したが相手は大人の男達。一人の少女にはあきらかに限界があった。・・・そう、洞窟内にイタズラに悲鳴だけが響き渡っていくだけで。



「待って、彼ってフェンリルのことなんでしょ。あなたたちは一体、彼をどうしようとしているのっ!?」



それでも恐れない。それどころか更にも増して意志を強く持つ。なぜこんなにも彼女は強いのか。なにが彼女を強くするのか。



「どうする・・・?フンッ、本来このことはあなたのような平民に話すことではないでしょうが、一応は当事者ですからね。知りたいというなら教えてあげましょう」



ジャリッ



だけどその強さを、平気で踏みにじれる奴が居る。その存在をこの世界では、「人間」という。そしてまた、踏みにじられる存在も、「人間」だ。



なぜこうなる・・・。これをおかしいと思わない存在がいるのか??でもそんな存在が居るから実際争いは起きる。だけどわからない・・・、俺にはなにがなんだかわからない。なにが人を揺り動かし、なにが人を悪魔とも言うべき醜き存在へと変貌させるのだろう・・・。



「あなたは彼の正体を知っているはずです。彼は普通の人間ではない、いや、人間でもない。彼は我々人間と共に生きてきた竜族の長、竜王シリウスの息子です」



 低く老いを感じる絞り出したような声で話す男。捕えられた少女を見つめるその表情には心なしか笑みさえ浮かんでいるようにも見える。そしてこれは錯覚だろうか。灯りによって周りの岩肌に映し出された男の影が、少しずつ、大きく大きくなっているような気がした。



「かつてこの大地は魔族によって滅びようとしていた。しかしそれをその時の王メリルが竜王であるシリウスと契約を結ぶことにより大地は再び平和を取り戻した。今こうして、平穏に暮らせるのもシリウス率いる竜族のおかげです。どれだけ感謝しても感謝しきれません・・・が」



スッ・・・



「それは遠い昔の話。今のこの世界に彼らの力はもう必要ない。むしろこの平穏な大地には、彼らの力は強すぎる・・・もはや危険なのですよ。彼らの力は強大で、完全無欠で・・・傲慢です。もしもその刃が我々人間に向けられた時、そこにあるのは・・・なんとまあ無残な光景でしょうね」



「・・・・・・」



ナニヲイッテルンダコイツハ?



「実際既に竜族の者が起こした事件が多発しています。それもまだ幼い子供達の中で。幼い竜族の者が罪のない同じぐらいの年齢の子供を傷つけ、苦しめ、・・・そしてとうとう死人まで出た。彼らは生きる悪魔です。我々人間など、彼らからすれば弱くて小さな存在です。まだ子供のドラゴンなのに、もしも大人のドラゴンが手をだしてくれば、一体どうなるでしょうか・・・」



「彼らのような力を我々は持っていない。一度彼らが我々を敵視すれば我々人間に勝ち目などない。だからこそ、彼らがいるかぎりこの世界に本当の意味での平和など有り得ないのですよ!」



・・・間違ってる。その言葉だけが俺を揺り動かし、響かせる。



帽子を指でぐいっと上げて見えた男の表情は、先程までの冷たい目から憎しみへと。いや、もっともっと醜いものへと変貌していた。さっきの男が浮かべていた笑み、あれは笑顔なんかじゃない。壁に映った影が大きくなったように見えたのも、感情が高ぶることによってあいつの闇が表面に浮かび上がっていた証拠だったんだ。



嘘だ・・・例えそれが本当であったとしてもそれが一番の理由じゃない。具体的な理由と聞かれても知らねえ。だけどあいつの言っていることはなにもこちらに届かない。全部上っ面の、もはや言葉じゃなくてただの音だ。この洞窟内にただ響いて消えるだけの音でしかない。



「だから我々が生き残っていくには・・・」



こいつら・・・本当に人間か?姿形は確かに人間「らしき」存在だが、その内に秘められたものはとんでもない闇・・・そう前に健が倒したあの闇属性のターゲットのような感じ。だけど、なんだこの気配。



ピチョン・・・



まるで水滴が落ちて、波紋によって水面に映し出された絵が歪んでいくように、周りの景色が歪みぼやけ黒ずんでいく。気持ち悪い・・・なんなんだよこれ。これがあの少女と同じ人間なのか。学校や街に居る人々と同じなのか。今目の前に居るのは、全てのモノ、全ての大切なモノを歪め壊し消し去ろうとする存在・・・。



それを人々は悪魔と呼ぶ



「この世界に居るドラゴン全てを消し去る。それで世界は平和になる。人々は平穏な日々を勝ち得ることができる。それで人々は救われる。我々はそんな世界を志し、行動する集団です」



 わからない。一体こいつらはなんなんだ。突然少女を誘拐しこんな場所に連れ去って、あげくの果てに自分達は平和な世界を得るために竜族を、ドラゴンを消し去るだと?



あいつらの意図が掴めない。ただ物語的に悪役であることはわかるけど。大事な部分が暗闇の底に隠れていて手を伸ばしてもなにも掴めない。姿さえも見えない。くそ・・・今の俺がそれを理解したところで、この世界に変化が起きることはないのだけれど



知りたい。この時なにがどうなってこの場所に行き着いたのかを。そうだ、知りたいじゃない。俺は知らなければならないんだ。



この時間軸に飛ばされた今この瞬間の、全てに意味があるのだろうから・・・



「違うっ!!」



「!!」



 その時少女の声がこだました。その声は闇を切り裂き、洞窟内をどこまでも駆けてゆく。恐れなど一寸も混じっていない、とても澄んだ強き声だった。



もしもあいつらが物語の悪者・・・悪魔なのだとしたら、彼女はきっと




それに立ち向かう勇者だ。






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