第百六十一話 挑戦~自分自身をかける、試す、そして・・・~
「手掛かり?」
ホッとするのもつかの間、新たな風が部屋に吹き込む。
それもそのはずだ。どれだけ苦労してもどれだけピンチに陥っても、そしてどれだけ困難を乗り越えても、事態はなにも解決していない。今こうしている間にもターゲットは、まだどこかに存在し続けているんだから。
「あのターゲットを倒すためのヒント・・・ってところか」
健がいつになく真剣に言葉を繋げる。まあこんな状況で真剣にならない方がおかしいのだが、やっぱり、それでも今回のターゲットとの戦闘は色んな意味で影響力が大きすぎる。
もしあの時ターゲットを引き離せなかったら、工藤達の到着が遅れていたら・・・そう思うだけでぞっとする。昼休みの戦闘、俺達がこの世界から去らねばならない状況になってもおかしくなかった。むしろその可能性の方が大きかったはずだ。
今思うとここにこうして居られることって、ただ運が良かっただけのことかもしれないな。
「はい、そこでこのケースに入っているものなんですが。これがなんだか、一之瀬さんはわかりますか?」
そう言って工藤はずいっとケースを俺の前へと持ってくる。
「これは・・・あのターゲットの体の一部だよな」
透明なケースに入れられた物体。黒色に染まり、ごつごつとした表面に周りの光が反射して、ケースを傾けると怪しげに光沢を放っている。こうしてみると、なにか一つの鉱石、いや宝石かなにかのようにも見える。って・・・あれ??
「これ・・・みんなにも見えているのか??」
俺はふと思い出した。今回のターゲットは俺以外では肉眼で見えない。それは昼休みの戦闘で証明されている。だけどこれはどうだ。この物体は見えないはずのターゲットの一部、工藤の矢が突き刺さりターゲットから落ちたものだ。例え一部といえど、ターゲットのものにちがいはない。だけど今のこの様子は・・・
「うん、それは私にも見えるよ蓮君。あの時はなにがなんだかわからなかったけどね」
「俺もはっきりと見えているぜ」
けれど今俺の目の前に置かれているケースに入っているものを、ここに居るみんなが把握できている。その眼で見ることができている。どういうことだ・・・どうして見えないはずのものが今は見えるんだ・・・?
「そこが、今回のターニングポイントです」
スッ
工藤が真剣な眼差しをケースに向けながら手を顔の前に組む。なにか先のことを知っているかのように、そしてそれを見る傍観者のように、工藤の視線はある一点を見つめていた。
「ターゲットが人間に乗り移る・・・これは決してあってはいけないことです。しかし今回そのおかげで大きな勝敗を握る「鍵」を手にすることができました。不幸中の幸い、と言ったところでしょうか」
「あの女子生徒からターゲットを引き離す瞬間に、見えなかったはずのターゲットがこの目で確認できました。体からひょこっと顔だけ出している姿。女子生徒から完全に離れた時にはまたその姿は消えてしまいましたがそれでも、この眼で見えたことは事実です」
「ど、どういうことなんだ・・・?」
俺がそう尋ねると、組んだ手の下の工藤の口が少し緩んだように見えた。
「あのターゲット、どうやらその存在が持つ影、心の闇に入り込むようです。その者に宿る闇の部分を急激に増幅させ体を支配し、裏であるはずの闇の部分を表に出して自らの闇属性で存在をコントロールする。まあ確かではありませんがあの時の女子生徒の様子、そして悪い夢を見たという証言、可能性はかなり高いと思います」
「闇に、入り込む・・・」
ギュッ
その言葉を聞いた瞬間、無意識に手に力がこもった。
存在は光と闇を併せ持つ。両方があるから存在は保たれる。光を持たない存在は居ない。そして闇を持たない存在も居ない。皆が持っているもの、皆が持っていないといけないもの。
それをターゲットは利用した。自らの闇で存在の闇を増幅させ著しく保たれていたバランスを崩した。それがあの光景に繋がる。人間とは思えない、憎しみと怒りだけに支配された存在の姿。闇だけに捕らわれた存在の姿。
もうあんなの、二度と見たくない・・・!
「そしてこの体の一部と女子生徒の体から引き離される瞬間を見ると、どうやら存在の闇から引き離される瞬間、本来具現化していない闇が確かな形となって具現化するようです。一之瀬さん以外の人でも目視でき、こちらの攻撃も確実にダメージを与えることができる」
「我々があのターゲットを倒すには、その具現化した瞬間を討つ。それがあのターゲットを倒す方法です」
工藤がそう言った後に、誰かの言葉が繋がることはなかった。沈黙と静粛。いや、工藤自身もわかってて言ったんだと思う。俺以外姿が見えない伊集院さんの攻撃でさえ効かないターゲットを倒す方法、だけどその方法には、あきらかな「代償」が求められていた。
その代償とは・・・
「なあ工藤・・・」
俺は沈黙に耐えられなくなってその言葉を口にする。
「その方法って、誰かがあのターゲットに襲われないといけない・・・ってことか?」
その瞬間、沈黙の中に無言の反応が現れた。平然と淡々としている工藤と伊集院さん、しかし座りながらじっとしている健と玲はその言葉にピクリと反応した。わかっていても、口にすることができなかった真実を告げられる衝撃。
「・・・そのとおり、ですよ」
それはあまりにも残酷な現実だった。なぜ今回の戦闘ではこんなにも無茶苦茶な壁に突き当たるのだろうと不思議に思いたくなる。前代未聞の事態に一般生徒に世界を知られる危険から逃れ、そしてようやく辿りついた先がこれって・・・、どう考えても嫌がらせにしか思えない。
「一之瀬さんの言うとおり、また誰かにあのターゲットに襲われなければなりません。苦痛と絶望を味わうことを知りながら、ね・・・」
今回のターゲット、そのままでは見えないし攻撃も喰らわない。攻撃を当てるためにはターゲットを具現化させなければならない。そして具現化させるにはターゲットに誰かが自ら襲われなければならない。
なんだよこれ、そんなのってありか?あれだけの光景を見せられて、記憶にしっかりと焼きつけられた姿に自らもなれと?そんなこと、そんな簡単に出来るわけが・・・
「俺がやる」
「え・・・?」
その瞬間、健が突然立ちあがってそう告げた。自分から、なんの躊躇もなく変わらぬ真剣な眼差しのまま。
「け、健お前本気で・・・」
「本気で言っているのですか?相川さん」
俺の戸惑いの声をその威圧的な声で制して工藤は健に尋ねた。この場に緊張と威圧を張り巡らせるように鋭き視線を健へと注ぎながら。
「今回のターゲットに襲われれば、あの時の女子生徒のように自らの闇に呑まれ並大抵ではない苦痛を味わいます。場合によっては人格すら破壊されるかもしれません。これは脅しでも何でもない。それでも、あなたは本当にやると言うのですか?」
「・・・ああ、やる。あのターゲットに襲われることがどれだけ苦痛か、そして危険なのかも全部わかってる。それでも俺は・・・やる!」
工藤の執拗な威圧にも、健の意志が曲がることはなかった。むしろ最初っからわかっていた。あの俺がやるという言葉の時点で、健はもう自分の中で決心をしていたということは。その言葉と、真剣な表情と眼差しで充分すぎるぐらいに伝わってくる。だけど、だけどそれでも・・・
「健、本気・・・なんだな」
「ああ、それに俺自身にとって良い機会だと思うんだ。自分の闇を増幅してくるってんなら、それに俺が負けたらその時は俺はもうあきらめる。なにもかもをな。試してみたいんだ、そしてけじめをつけたいんだ。お前との、勝負もあるわけだしな・・・」
もう俺が、なにを言っても健の意志は変わらないだろう。いやもはや止める必要がないのだ。健はターゲットからの苦痛よりも、自らの存在としての挑戦を優先したんだ。今俺にできることといえば、そんな健を応援してやるぐらいのことしか残っていない。
「わかった、なら止めやしない。お前自身がそれを望むのなら」
「ああ、ありがとう蓮」
なんでお前が礼を言うんだ。お前がやろうとしていることは、並みの存在ができることじゃない。一体どれだけの勇気があったらその一歩を踏み出すことができるんだろうと、俺が知りたいぐらいだ。だからそのお前の決心と意志に、俺も誓うよ。
お前がどれだけ闇に呑まれようと引きずり込まれようと、必ず助け出してやる。正直お前の苦しむ姿なんて見たくない。だけどお前がその選択を取るなら、俺も覚悟を決めて付き合うよ。お前自身が決意した、自分の中の闇との挑戦に。
「健、あなた・・・」
「な~にそんなに心配してんだよ、玲。大丈夫、ちょっと自分と戦ってくるだけだ。それで勝てばターゲットを倒すことができる。簡単かつみんなのためになることだ。だからサクッと終わらせて戻ってくるからよ。ちょっとの間だけ待っててくれな、玲」
ポンッ・・・
そして健は軽く玲の頭に手を置いた。その弾みで玲の金髪のツインテールが軽く揺れる。ただ頭に手を置くという動作だけに、一体どれだけの想いが込められているのだろうか。きっと、想像もつかないぐらいなんだろうな。それだけ、二人はずっと同じ歩みを歩んできたんだから。
「わかった、健を信じる。裏切ったらただじゃおかないからね」
「ハハッ、了~解」
健、俺は真剣に辛いよ。今目の前で笑ってるお前が、もう充分すぎるほどに壁にぶち当たっただろうにこれからもっと大きな壁に立ち向かうなんて。それだけで俺は仲間として、親友として辛い。だけどそれでもお前は前へ進もうとするんだな。自分の力で、お前自身の足で。
それだけ自分自身の心にけじめをつけたいって意志が、もう痛いほどに伝わってくる。
「ふむ、私がやっても良かったんですがねえ、なんの影響も受けないわけですし。まあいいでしょう、ではこの役は相川さんにお任せします。次にターゲットがいつ現れるかわかりませんが、覚悟しておいてください」
「ああ、わかってるよ」
走りだした少年を止めることは誰にもできない。だけど本音を言うなら俺は止めたかった。変わりに俺がやりたいぐらいだった。
だけど健はその道を選んだ。どれだけ険しい道かもわかっていながら、自らその道を選んだ。自分自身をかけて、存在をかけてその道を選んだ。
一人の少年に背負わせるには酷すぎる任務を、健はみんなのために、そして自分のために挑む。