第百六十話 光は闇に、闇は光に~唄う、旋律に羽根を乗せて~
「光をここに、奏でるは幸福の旋律」
「闇をここに、奏でるは絶望の旋律」
廊下に響き渡る一人の少年と一人の少女の声。目をつむり、自分に問いかけるように言葉を口にするその姿は、凛々しくも無の心に浸り、まるでこの世界に二人だけが存在しているかのように旋律は流れた。
「光は大地を照らし、闇を飲み込み白き風の唄を歌う」
「闇は大地を覆い、光を飲み込み黒き霧は死の唄を歌う」
全く正反対の意味の言葉を投げ合うように繋ぐ。それもそのはず光と闇、その存在そのものが正反対の存在。互いに交わることもなければ混じり合うこともない。本来ならそうなんだ、互いに相反してこそ世界は保たれる。
だけど今は違う。今俺達は全く正反対な存在でありながら同時に、一緒になって旋律を奏でる。どれだけ真逆の旋律を奏でても、旋律は繋がり一体となって流れていく。
「我が刻むは光の導き。白銀の羽根は空を舞い大空を駆ける・・・」
「我が刻むは闇の鼓動。漆黒の羽根は空を舞い大空を駆ける・・・」
ヒュワアーン・・・
俺、そして伊集院さんの周りにそれぞれの色の光が包み込むようにきらめき出す。俺には漆黒の、そして伊集院さんには純白の光が。
ああ、なんだろうこの感覚。温かくて透き通るような感覚。言葉じゃ表せない、理屈じゃ説明できない。だけどその感覚は俺の心を満たしていく。すんなりと入ってきて、優しく柔らかく満たしていく。
感じる・・・光の胎動を。目をつむり作りだした暗闇の中にその光景は映し出される。澄み切った青空、鮮やかな緑の草原に純白の花が咲き乱れて。優しいこもれびが俺を照らし心地よい風が体を包む。
なんて・・・心地よい感覚なんだろう。ずっと浸っていたい、その優しさを感じていたい。これが、伊集院さんの宿す光というものなのだろうか。なんて美しい世界なのだろう。こんなにも満たされた気持ちになるのは初めてだ。
でも・・・なんでだろう。俺はこの感覚でもう一つ、感じ取ったことがある。俺の体にこの光が入り込んだ瞬間に感じたこと。
懐かしい・・・、俺はそう感じた。
「一体今からなにが始まるの工藤君」
「まあ簡単に言えば「あぶり出し」ってところですかね。ターゲットに選択肢をあげてやるんですよ。同時に光属性の魔法と闇属性の魔法を同じ場所で発動させる。するとその場に相反する魔力が刻まれます」
「お二人の強烈な光と闇の魔力の間に存在し続けるなんて到底不可能です。一見中和されるようにも思えますが、二つの属性は混じり合っているわけではない。つまりもろに両方の属性魔法を食らうわけです。そうなったら最後、存在のバランスは著しく崩れ、消し飛びます。この狭間で生き残れるのは・・・竜王ぐらいですかね」
「まあ竜王は例外にしてそのほかはどちらか一方を選択しなければならない。そしてターゲットは闇属性。わざわざ正反対の光属性を選ぶほどバカではないでしょう。必ず自らの属性である一之瀬さんを選ぶはず。そしてターゲットは自分よりも強大な闇の世界に逃げ出す。乗り移っている人間の体を放ってね」
工藤はなにもかもが突然だった。俺と伊集院さんをターゲットの前後に配置し、剣を構えて詠唱を唱えろと言ってきた。もちろん俺がその詠唱を知るはずもない。だから工藤が言う言葉を必死に記憶していた。
確かにいつも急だし嫌味だしなにも教えてくれない。だけどなんやかんやで工藤はいつも俺達を助けてくれている。いつだって絶体絶命の状況から活路を見出してくれる。
今だって、こうして伊集院さんと詠唱を唱えること。そしてターゲットが間に居る中で小さな動きも見逃さず、動きがあれば弓を放ち動きを止める。だからこそ俺と伊集院さんは詠唱に集中できる。
なんだろうなあこの感じ。でも認めざるを得ない。俺は工藤に対して揺るぎない信頼を、全幅の信頼感を置いていた。ただ結果が付いてきたからそう思うんじゃない。それだったら誰だっていい。工藤だからこれほどまでの信頼をすることができるのだ。
今俺は、凄く心地よい・・・幸せな気持ちだ。伊集院さんと共に旋律を奏でること、工藤、そして玲や健に守られていること。信頼、想い、願い。俺はもうどうしようもないほどに満たされていた。溢れだすほどだった。
俺が居て、みんなが居て。そんなこの世界に居られることが、俺は幸せだった。
一之瀬・伊集院「我の呼びかけに応えよ。世界を二分せし我が力をここに現せ!」
カツーン・・・
俺と伊集院さん、二人同時に眼を開け両手に握られた剣を床へと振り下ろす。漆黒の剣、光の剣、それぞれの剣先が床に突き当たり乾いた金属音が廊下に響き渡っていく。どこまでも、消えゆくまで。
ピキーン・・・シュウォオオンン!
俺の足元が真っ黒に染まる。そして伊集院さんの足元は真っ白に染まる。二つの色が床を染めターゲットの足元でぶつかり合い、白と黒、二つの領域を構築し巨大な譜陣を完成させる。
ブワァアア・・・!
その瞬間、俺の意識の彼方で映し出されていた輝かしい世界に純白の羽根が舞い上がった。
「くっ・・・いやああああああ!!!」
白と黒の狭間に居るターゲット、いや女子生徒はけたたましい悲鳴を上げた。頭を抱えながらのたうちまわり、凄まじい苦痛を味わっているかのように暴れまわりだした。彼女の中でなにかがうごめいている、そしてそれが彼女の表面へと現れている。
その様はもはや人間とは思えないほど。思わず目を伏せてしまいたくなるほどに彼女の中のターゲットは暴れまわっていた。
「体内から離れようとしている。そろそろ来ますか・・・」
キリキリキリ・・・
工藤が深緑の弓の弦を引く。ゆっくりと、その手に持つ一本の矢を構え、その瞬間を訪れるのを静かに待ち構える。
「いや、いやあああ!来ないで、来ないでーーーーーーっ!!!」
その瞬間、彼女の体から小さい黒い塊のようなものが顔を出す。
「今です、一之瀬さん!」
グッ
「我が闇よ、この場に刻め漆黒の唄を!!」
・・・シュバアアアンンン!!
俺が剣に力を込め詠唱した瞬間、俺の足元を支配していた漆黒の闇が限界点を超えて弾け飛んだ。眩い光と共に黒の譜陣は吹き飛び、黒色の霧が辺りに舞い上がった。
シャアアアアアアッ!!!
それに反応するように黒色の塊がするりと女子生徒の体から抜け出す。正面には黄色の点のような目を映し出して。女子生徒は黒色の塊が抜けだした瞬間に吸い取られたように一気に力が抜け、その場にパタリと倒れた。
「工藤、割れた窓に矢を放て!!」
「了解です!」
スッ・・・ビシュッ!
そして矢は放たれる。おそらく工藤、いや他のみんなにはそこになにも映っていないだろう。だけど俺には見える。そこに、痛々しいほどに必死に逃げ出そうと割れた窓の隙間に飛び込む、ターゲットの姿が。
ブシャッ、キェアアアアアア・・・!!!
矢はターゲットの下部分を貫通した。激しい悲鳴を挙げるターゲット。しかしトカゲの尻尾のようにその下部分を切り離してターゲットはその場から消え去った。割れた窓の下に、黒いもやもやとした塊がポトリと落ちる。
「やはり仕留めることはできませんでしたか。しかしまあ、これは良い手掛かりですね・・・」
そして工藤はその床に落ちた黒い塊を手に取り、どこからともなく出してきたケースにしまった。それと同タイミングでチャイムが鳴り響く。これは予礼のチャイム。昼休み終了まで、後5分であることを簡潔に示していた。
<放課後 DSK研究部>
「なんとか、一大事は免れましたね」
いつもと変わらぬ部室。それが更に安堵のため息を増幅させていた。まあ簡単に言えば、変わらぬ場所に真剣にホッとしていたのだ。
「全く、本当にギリギリだったな。あの女子生徒からターゲットを切り離す、それも誰にも気付かれない状態でこなすなんてある意味もう奇跡だよな」
結局、昼休みにあんな大事件があったということを知る一般生徒は、誰一人として居なかった。あの女子生徒でさえその時のことは記憶から完全に欠落しているらしく、覚えているのは「嫌な夢を見た」、それだけだった。
その後も変わった様子はないようだった。むしろ変に顔を赤らめていただけで。それもこれも、工藤と健が「さてどうやって話を合わせますかね」「貧血で倒れているところを蓮が見つけて助ける、ってのはどうよ?」とか言ったおかげで変に話が進んだせいだ。
最終的に俺以外のみんなは隠れて、俺がその女子生徒が目を覚ますのを見計らって言われたとおりに事情を説明した。その後俺が彼女を背負って保健室に連れて行ったのだが、その時も妙にたどたどしい様子だった。周りの目も含めて、おかしな方向に話が膨らまなければいいんだがな・・・。
「まあ残念ながら仕留めそこなったので、目的は果たせませんでしたがその変わりあのターゲットを倒すための重要な手掛かりを掴みました」
工藤はそう言うとポケットから一つのケースを取りだし、机に静かに置いた。