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第百五十八話 光を刃に眼を闇に~相反する力、揺るぎない心~



「な、なんだよこいつは・・・!」



ブウォン・・・



 窓から滑りこむように入ってきた黒い物体、いや気体か。割れた窓の隙間からスウーッと校舎内に侵入すると、この廊下に沈殿するように次々と外から入り込む。初めはただの黒い煙みたいなものだったが、時間の経過と共にその身は凝縮され、次第に体とおぼしき形を形成していく。



シュルシュルシュル・・・ギュロッ



そして完全に体が整った瞬間を見計らって、その黒い煙でできた体には二つの黄色の、まるでマジックペンで丸く塗りつぶしたような目が現れる。辺りをキョロキョロと見渡して、まるで周りのもの全てが初めて見るもののような素振りを見せる。



周りのもの全てが初めてのもの・・・それじゃあまるで、この世界に来たばかりの俺と同じじゃないか。まさか・・・そんな、いやいやそれは違うはずだ。こんな気色悪いのと同じだなんて絶対に認めたくない!それにあいつと俺には決定的な違いがある。



同じ闇を扱うものでも・・・あいつは孤独だ。周りに誰もいない、むしろ奴は孤独に抗っているように見えた。二つの黄色の目は、なにか寂しげに世界を見つめていて・・・



「・・・シャアアアアア!!」



「なっ!?しまった!!」



黒き塊は突然狂ったかのように俺達目掛けて飛んできた。俺は一体どれだけアホなんだ。それがターゲットであるとわかっていたのに、なぜか同情、いや興味の目を向けていたせいで、戦闘の準備を怠っていた。無論武器もなにも持っていないし、今さら出すことも出来ない。



(ハッ!?伊集院さんは)



俺は悟ったかのように隣に居る伊集院さんに視線を向けた。そこに居た伊集院さんは背後で窓の割れる音を聞いて瞬時に対応したのだろう。その手には既に光の剣を収めて構えていた。しかし大問題なのはそこからだ。よく見れば、伊集院さんの目はキョロキョロとあちこちを見渡していた。それを見て俺は確信する。



伊集院さんの眼に、目の前に居る黒き存在は映っていない。



こんなことで証明していても仕方がない、実際伊集院さんは近付く影に視線を向けていない。ああ違う、そうじゃないんだ伊集院さん。ターゲットであるこの黒い物体は、そんな高いところには居ないんだ!



「くそっ、間に合え!!」



バッ!



どれだけ力があっても、姿形がわからなければ戦えるわけないよな・・・。例えそれが伊集院さんでも、闇を照らし滅する光の存在でも、その闇に気付けなければ照らすことも出来ない。闇は深い、深き闇は光を嫌う。光から姿を消し、光から逃げて・・・ってあれ?



闇って・・・そんな弱々しく小さなものだったっけ?そしてそれが、俺だったのか・・・?



違う、違う違う違う!!



キュキイー・・・シュバアア!!



俺と伊集院さんは一緒になって倒れ込む。その後ろをターゲットが物凄い勢いで通過していった。ターゲットが通った道筋にはもやもやと黒い煙がうっすらと床を覆い、壁にはターゲットの体の一部だろうか、黒い筋のようなものが付着していた。



「ふう間一髪。伊集院さんは大丈夫?」



一応伊集院さんの体を抱えて床に強打しないようにしたつもりだが、それでももしかしたらどこか怪我をしたかもしれない。何分いきなりだったからな。それにしても・・・



俺は自分の腕の中に在る伊集院さんの体を見つめる。伊集院さんの体は本当に細くて小さかった。いきなりだったけどすっぽりと抱えることができた。こんな体で、今まであんなに激しい戦いをこなしてきたんだと思うと、少し信じられなかった。脳裏によぎる伊集院さんと今目の前に居る伊集院さんとでは、なかなか結び付かなかった。



「・・・私は大丈夫。それよりも」



グググッ・・・パッパッ



伊集院は体に再び力を込めて起き上がる。制服を軽く手ではたいて付いた汚れをとり、静かにターゲットが通り過ぎて行った場所を見つめる。



「・・・今、なにか通り過ぎた?」



「え、ああ変な謎の黒い物体が通り過ぎていったよ。思いっきり俺達を襲う感じでね」



そう言うということは、やはり伊集院さんにはあの黒い物体は見えていなかったってことか。これでしたくもなかったけど俺しかこの闇属性のターゲットを肉眼で捉えられないということが証明されちまったな。しかしまあ、どうしたものか・・・



通り過ぎて行ったターゲットは少し行ったところで止まり、その場でうにょうにょとうごめいていた。俺達を見失ったことに動揺しているのか、それとも状況を把握しているのか、それはわからない。だけど今の俺達には問題が山積みだ。正直、これはピンチと言ってもいいんだと思う。



伊集院さんは肉眼でターゲットを捉えられないし、俺はまあ試したことないからわかんねえけど同じ属性同士で相性が悪いかもしれない。そしていつもどおり、この世界の時は流れているから大規模な魔法も使えない。一体どうすれば、奴を倒せるのか・・・考えろ俺!



シュルシュル・・・シュルリリ!



 その時、俺達の声が聞こえたのかターゲットが向きを変えて目線を向けてくる。黄色い丸の眼を複雑に小刻みに動かし、俺達の姿を確認しているようだった。くそ、また来る気か。さっきはとっさに避けることができたけど、今度は避けれる自信がない。そもそもあいつの攻撃を食らったらどうなるのか、それすらもわからない。



あ~もう全く状況が掴めない。いつもならもっと冷静に考えることができるのに、もしかして今俺、動揺しているのか??



「一之瀬 蓮」



「え、あ、はい」



その時突然伊集院さんが俺の名前を呼んだ。それもフルネームで。今思うと、伊集院さんから名前を呼ばれたのってこれが初めて・・・ってそんなこと考えてる場合じゃないな。目線はターゲットの居る廊下の先でも、その口調は真剣そのものだから。



「・・・攻撃は私がやる。あなたは私の援護をしてほしい」



「え、でも伊集院さんは相手が見えないんじゃ・・・」



「だからあなたに私の眼となって欲しい。あなたはターゲットの位置を声に出して叫んで、私はそれを頼りに後は感覚でターゲットを攻撃する」



例え相手が見えようと見えなかろうと、伊集院さんの姿勢は全く動じなかった。むしろさらにも増して目の前の状況に集中し、気迫さえ感じた。相手が見えない、それが普通の凡人ならどうすることもできないだろう。だけど伊集院さん、今の伊集院さんならそんなもの壁にすらならない。研ぎ澄まされた感覚は忍び寄る影を決して逃しはしないだろう。



今ようやくわかった。俺と伊集院さんがペアになった理由がな。ほんと、これなら全く負ける気がしないぜ。



「わかった、できるかぎりの指示は出すよ。だから攻撃は伊集院さんに任せる。俺が伊集院さんの眼になってやる!」



一瞬同じ闇に惑わされかけた俺、しかししっかりと光そのものである伊集院さんが俺の目を覚ましてくれた。昼休み終了まであと15分。時間的にもチャンスは一度きり、一本勝負だ。さあ、いくぞ!



シュルル・・・シャァアアア!!!



「来た!」



 そしてターゲットは動き出した。けたたましい叫び声を叫びながら猛然と突っ込んでくる。さあ見極めるんだ俺。今俺が眼となり、そして刃を伊集院さんが握る。伊集院さんを生かすも殺すも、全て俺次第



落ち着け・・・相手の動きに眼を合わせろ。そして導き出せ、この廊下における、俺だけに見えるターゲットと刃の軌道の交差点を!



「・・・伊集院さん!左肩を引いて剣を思いっきり振り抜け!!」



「了解」



スワアアア・・・



 伊集院さんは俺の言葉に瞬時に反応し、素早く左肩を引く。俺達、いや伊集院さんに対して直線的に突っ込んできたターゲットはその勢いのまま伊集院さんの真横に侵入する。だがそこはまさにターニングポイント、その先に待っているのは、伊集院さんの持つ聖なる光の刃だ!



「Angel holy purification sword・・・」



・・・ブウォンンン!!!



伊集院さんの光の剣が、黒き闇の存在を真っ向から切り裂く。眩い閃光の光が闇を飲み込み、ターゲットはなんの抵抗もなく真っ二つに切り裂かれる。その様はまるでスローモーションのように目の前でゆっくりはっきりと見えて、辺りに黒い煙がブワァッと舞い上がると同時に時は正常に戻った。そして黒き存在は弱々しくちりぢりになって伊集院さんの背後にひれ伏す。



やっぱり凄い。俺の言葉に対する反応も凄いが、それ以上に今の一振りの威力が凄まじかった。ただでさえ大きな魔力が使えない中で、闇属性であるターゲットをいとも簡単にねじ伏せた。その一振りは美しく、可憐で、そして鋼のごとき強さがあった。



さっきの俺の腕の中にあった少女と同じ人物が今俺の眼の前に居る。一体誰が、このか弱い体からこんな光景を想像するだろうか。目の前に居る一人の白き少女が、また遠くに感じた。



「・・・やはりこの状態では倒せない」



「え?」



 伊集院さんの言葉を頼りに俺はすかさず視線を移す。しかし、その時に出迎えてくれた光景には、あるはずのないものが確かに映し出されていた。



「そ、そんな・・・」



シュウウウ・・・



そこには、何事もなかったように立ち尽くす黒き・・・闇の存在、ターゲットが居た。分裂した体は元通りに戻り、ただ場所が移動しただけかのようにその身をうごめかせていた。



まさか・・・あの伊集院さんの攻撃が、全く効いてないというのか!?



シュルル・・・シュルル・・・ギュロッ



その瞬間、なにかに気付いたかのようにその黄色の目玉を素早く背後へ向ける。俺達を差し置いて、その眼に宿した景色の先に居たのは・・・



「ま、まずい!!」



そこには鍵を持った一般の女子生徒が居た。おそらくは次の授業が移動で、そして多分彼女は今日の日直なのだろう。昼休みの間はこの実習棟の部屋のカギは全て締められる。簡単に言えば生徒のイタズラ防止だ。この辺の教室には薬品など危険なものも置いてあるからな。



そして昼休み後、5時間目にこの実習棟を利用するクラスの日直は、職員室から部屋のカギを持ってきて開けておくという仕事がある。先生が来た時には、もうみんなが席について準備が出来ているようにするために。



そして彼女もまた同様に、職員室から鍵を持ってきて開けようとしているところなのだろう。だが本来なら早くても10分前ぐらいにしか来ないはずだ。だからタイムリミットも後5分のはずだった。だけど彼女は確かにそこに居る。さしずめ、先生からなにか準備でも頼まれたってところか・・・。



だけどこれは・・・。まさか!?



シュルルル・・・



「ま、待て・・・」



シャアアアアア!!!



「やめろーーーーー!!!」



 黒き闇に染まりしターゲットは、俺達を背後に置き去りにして猛然と廊下を駆け抜けていった。





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