第百五十七話 虚構の真実~闇は闇にのみ姿を現す~
ガヤガヤガヤ・・・
少しだけ、自分達の存在に疑問を持った。
本当は、俺達はこの世界に居てはいけない存在なんじゃないだろうか。俺達は、ここに居るだけで世界から拒絶されているんじゃないか。そんなことを、変わらず究めて平凡に時を過ごすこの世界の住人達を見ながら考えた。
この世界は揺るぎないバランスが保たれている。そのバランスがあるからこそ今の世界がある。逆に言えばそのバランスが無ければこんな世界はいとも簡単に崩れ去る。
この世界はバランスで保たれている。だがそのバランスは強固ではあるが貧弱すぎる。なぜなら、そのバランスは「常識」というもので保たれているからだ。どんなにこの世界を支配していても、常識ではないもの、「非常識」なものがこの世界で現実となった時、世界は壊れる。
もしもこの世界を人間側から見れば、俺達はそのバランスを破壊する者。いわゆる「壊し屋」だ。しかし俺達が居なければ、同じこの世界の壊し屋である魔族に人々は命を奪われる。全く、俺達はこの世界を守ってるんだか壊してるんだかわからないな、これじゃ・・・。
ま、そんな存在がこの世界にいるのも、悪くないのかな。多分。
「さて、昼休みの見回りの時間だ。行くぞ、蓮」
「ああ、わかってる」
ガタガタッ
授業と授業の間の束の間の休息の時間である昼休みに、俺達は昼食も摂らずにそそくさと教室を後にした。背中の後ろではさも賑やかで楽しそうな会話がはずんでいる。本来なら俺達もその中に入っているだろう。
だけど今日ばかりはそんなことをしている暇はない。なにせこれまでの連続窓破損事件の展開上、今日か、それか明日にはここのたくさんの学園の生徒が居る棟にも事態は及ぶ可能性が高い。もしもこんな大勢の一般生徒が居る前で騒動が起きてみろ、混乱は必至だ。
だけど今の俺達に黒幕を捜しだす術はない。今俺達にできることは、この事態の黒幕が現れた瞬間に素早く対処し、極限にまでに事態を小さくしなければならない。
この広い学園内で事態が起きてすぐに対応するなんて正直言って不可能だと思う。しかし俺達はそれでもやらなければならない。例え不可能だろうが無理だろうが、なにがなんでも任務を遂行しなければならない。
任務失敗はこの世界から去ることを意味する。全く、こんなにも面倒なこともなかなかないよなあ。
だけどこの世界から去るわけにもいかないし去りたくもない。だから俺達は今できる精一杯の努力をしている。さすがに一日中この学園に居るわけにもいかないから朝学園の校門が開き次第入り、すぐさま学園内を見回り。また授業中も休み時間でも、感覚を出来る限り研ぎ澄ましわずかの魔力でも感知できるよう気を配っていた。
そして今、俺達は昼休みの見回りに出かける。飯もろくに食べられないというのも結構辛いが、最悪の事態が起きてしまえば飯どころではなくなる。わかっているんだけど、それ故に周りのみんなの姿が少し恨めしく思えてしまった。
「さて、これで全員揃いましたね」
俺達は集合場所である渡り廊下前に集まった。そこには既に工藤、そして伊集院さんが先に来ていた。ここから二手に分かれて学園内の見回りを始めるのだが・・・
「さて今朝と同じく二手に分かれるんですが・・・。今回は私と相川さんと柳原さん、そして一之瀬さんと伊集院さんに分かれてもらいます」
なぜか工藤は突然、組み合わせを変えてきたのだった。無論、今朝も俺は健や玲達と一緒に回っていた。今までもそうだったしなんか定番みたいになっていたのだが・・・しかしこれは一体どうしたというんだろう。
「ま、また突然だな。まあ別に構わないんだがなんでまたいきなり組み合わせを変えたんだ?」
伊集院さんと回ることに関しては全く異論はないのだが、どうにも腑に落ちないものがある。そもそもあきらかに不自然だし。それに今朝と同じ組み合わせにした方が同じ記憶を共有しているわけだし回りやすいと思うんだけどな。
「変えた理由ですか?そんなの決まってるじゃないですか~、あなた方二人が今回、我々の中で最もターゲット討伐に適しているからですよ」
「なっ!?」
俺は思わず絶句した。それは俺と伊集院さんが今回のターゲット討伐に適していることに驚いたんじゃない。だけどその言葉は、時が経ち過ぎて影が薄れていった今回のターゲットに関する趣旨に反していたからだった。
「ま、待てよそれじゃあ・・・!」
「まさかとは思いますが、この非常事態に私事を持ってくるなどとは言いませんよね?一之瀬さん」
「!!」
だが工藤は、俺の考えていることなんて全て把握しているかのようにたった一言で俺を制した。その重圧な口調、そして突き刺すような眼差しを俺へ向けて。
「あなたはまだわかっていないようなので言い方を変えますが、あなた方が適しているというよりも我々が太刀打ちできないんです。まず大前提としてわかってほしいのですが、今回のターゲット、何らかの変化がなければ」
「「あなた以外」見ることができないんです」
「・・・はあ!?」
またしても俺は絶句してしまった。こんな短時間で二度も絶句するなんて人生の中でも非常に貴重なことだろう。
「証明してあげましょうか。先日、あなたは私に促されてガラスの破片の上に手をかざしましたよね?その時どんな変化が起きましたか?」
「変化って・・・あの黒い煙のことか?確かにあれには驚いたけどでもお前も目の前で見てただろ?その様子は。なんでそんなことをわざわざ今俺に・・・」
俺がそう言った瞬間、工藤は首をゆっくりと横に振った。
「その変化、我々には見えてませんよ。あの時我々の目にはただのガラスの破片があるだけでした。あなたが手をかざしてもなんの変化も見られませんでした」
その工藤の言葉を聞いた瞬間、俺は凍りついた。背筋に冷たい雫が落ちたように寒気がして、嫌な汗が体中から湧き出てきた。目の前の景色がぐらついて見える。
「う、嘘だ・・・そんなはずが!」
俺は助けを求めるように健や玲に視線を向けた。しかし返って来た反応はその時の工藤と同じ、首を横に振る動作。つまり否定の反応だった。
「なっ、いや待て!あの時工藤は「やはりそうですか」とかなんとか言って納得してたじゃないか。それって、そのガラスの破片の反応を見たからわかったことだろ??」
「私が見ていたのは一之瀬さん、あなたの反応ですよ。あの時のあなたの表情、そして口調にしぐさ。どれをとってもなにかあったとわかるものでした。そして最初っから私もそのつもりで試していました。もし「あなたが」反応を見せたのなら、やはりこれは闇属性なのだろう、ってね」
「・・・っ」
開いた口が塞がらなかった。俺は完全に状況に騙されていたのだ。工藤はあの結果を期待していて、そしてその通り現実になって確信を得た。その時の工藤の反応と目の前のガラスの様子に俺はそう読み取っていた。そう思い込んでいた。
だがなにもかもが違った。そもそも前提が間違っていたのだ。工藤、そしてほかのみんなは、その時なにも見えていなかったんだ。あの黒い不気味な煙が見えていなかったんだ。全て、俺だけが知り得たことだった・・・ってことか。フフッ、なんてオチが待っていたんだ。そしてなんて俺はまぬけだったんだ。俺は、一人で勝手になにもかもを納得していた。
「わかってもらえましたか一之瀬さん。できるなら我々もこの手でターゲットを討伐したいですよ?しかし見えなくてはどうすることもできない。だから一之瀬さん、今の段階でターゲットと真っ向から立ち向かえるのはあなたしかいないんですよ」
「・・・ああ、もう充分すぎるぐらいにそれは理解した。しかし・・・まだ疑問は残っているんだが。俺のことはわかったが伊集院さんは一体・・・」
俺がそう言うと、工藤はおやおやといった感じに大げさに手を広げて見せた。半ば呆れているかのように。
「それこそ愚問ですね。ちょっと考えたらわかることですよ」
「闇に対抗するには、光こそ最も効果的なものです」
<実習棟1F>
そして結局見回りは工藤の言った組み合わせで行われることとなった。
俺と伊集院さんは渡り廊下より実習棟側を、健、玲、工藤は文化部の集まる棟側を回ることになった。そして見回りを開始してもう20分ほどが経っていた。昼休みももう半分以上が終わり、ご飯を食べ終わった生徒達で廊下付近は人が多くなってきた。
俺と伊集院さんは教室付近の見回りを済ませ、今は実習棟1Fの廊下を回っていた。昼休みが終わりに近づけば、午後の授業のためにこの付近にも人が増えてくる。まあ今はまだ少し早いから人は少ないがもしターゲットが侵入しようとするなら絶好の場所。今ここでガラスが割れても、俺達が居なかったら誰も居ないから気付かない。そうなれば姿無きターゲットは人間を襲い放題となる。
しかし今のところなんの異常も見られない。窓が割られた形跡もないし気配も感じない。もし僅かでも魔力を出そうものなら、隣に居る伊集院さんが即刻ターゲットを討伐するだろう。
(しかし本当に淡々と歩いているなあ伊集院さん)
特に会話を交わすこともなくひたすら歩き続ける伊集院さん。ただ前を見つめながら歩くという動作を繰り返している。もしかしたらいつでも魔力を感知できるように感覚を研ぎ澄ましているのかもしれない。そう思うと余計に話しかけづらくなるのだった。
「お、もうすぐ行き止まりか」
そしていつのまにか俺達は実習棟の端まで辿りつくところまで来ていた。先に見える階段を登れば二階へ、そのまま突き進んで突き当たりを裏技(まあ暗証番号だけど)で超えればあの「天使回廊」に辿りつく。
まあさすがに天使回廊まで調べる必要はないだろう。あそこから現れるとは到底思えないし現れても壁のせいでこちらに来れない。そうなると、次は二階か・・・
ピタッ
「どうする伊集院さん。二階も調べる?それとも引き返して教室側を・・・」
正直二階ともなると人は滅多に来ない。まあそれならなおさら侵入しやすそうだけどすぐに被害は出なさそう。それぐらいなら人の多い一番現れると困る教室側を調べた方が良い気がする。そう思って俺は一旦立ち止まって伊集院さんに聞いてみたが
それこそ工藤いわく、愚問というものになるのだった。
パリーンッ!
「!?」
背後で、ガラスの割れるような音が廊下に響いた。