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第百五十六話 最大の禁忌~近づく影は世界を壊す~



「・・・非常事態です」



ゴクリゴクリゴクリ・・・



ダンッ!



「わかってる・・・」



 乱雑に応急処置がされた窓から差し込む光。朝日のような眩しく輝かしい活力ある光とは違い、突き刺すように、心に呼び掛けるようにこの部屋を淡く照らし、俺達の姿を浮き上がらせる。



空が赤い。夕暮れなんて今まで何度となく見てきたのに、秋の夕暮れは特に赤かった。時に切なく心に染み入って、時にそれは不気味に、恐怖心を抱かせて。さて、今の俺達を見下ろす赤き空は、一体どちらの姿をしているのだろう。



「これまでに比べたらずっとずっと規模は小さいですが、しかし今回の件はこれまでとは違う、いや初めての事態に陥る可能性があります」



「我々にとって、最も危惧すべき事態に、ね」



放課後の部室。いつもと変わらない部室。しかしそこに居る俺達はいつもと同じように居ることはできなかった。



今起きている事態はそれほどに危機的なもので、そして面倒なことだった。



「原因不明の連続窓破損か・・・」



 事の発端はあの俺がお茶を飲もうとした瞬間の出来事。何の前触れもなく突然部室の窓が破損し、辺りに散らばった。破損の理由は不明、不自然な割れ方、そしてガラスに含まれていた微弱の魔力。それだけでも充分に危惧すべき事態なのだが、問題なのはこれからだった。



ここ数日、今回の部室の窓を皮切りにほぼ同じ現象が学校内で続発していた。文化部が集まるこの棟の二階奥の手芸部の部室の窓、同じく二階の廊下の窓、その次は1階のパソコン部の窓、そして最後にこの棟と教室のある棟とを繋ぐ渡り廊下の窓と、立て続けに事態は起こった。



それも状況は全く同じ。なんの前触れもなく割れて均一な破片が散らばり、破片には微弱の魔力。どう考えても同じ現象であることはあきらかであった。



そのため俺達はこの謎の現象が起きる度にそこに出向き、調査および後処理をしていたのだが、今のところ真相は全くわからない。しかし事態は裏腹に確実に悪い方向へと進んでいる、誰もがそう感じていた。



「これまでのことから考えても、やっぱり・・・よね?」



「まあそれは間違いないだろう。誰がどう見てもそうとしか言えないし」



健と玲がホワイトボードに書かれたこれまでの事件をまとめたものを見て話す。これまで起きた場所をマジックペンで書かれた簡略された学校の地図に記し、そこに詳細なデータを書きこんでいるのだが・・・



「確実に、教室のある棟へ向かっている・・・な」



そう、この場所を記した地図を見て真っ先に思いつくことは、事態はあきらかに皆が授業を受ける教室がある棟へと近づいていることだ。この部室から始まり、ものの数日でとうとう渡り廊下にまで及んでしまった。この調子でいけば、明日か、それか明後日には教室の棟に辿りつく可能性が高い。



ただ窓が割れる現象。ただそれだけと言えばそうなのだが、事態はそんなに簡単じゃない。その現象そのものがなんであるかわからない、それも確かに一つの不安の要因だ。しかしそれ以上に、俺達にとって困ること、いや、「タブー」と言える事態に陥る可能性があるのだ。



俺達DSK研究部が、いや違うな。俺達竜族が最もやってはいけないこと。それは・・・



「情報部の方からあの破片に含まれた魔力についての解析結果が出ました。しかし、これは・・・」



「ん?どうした工藤」



 一旦言いかけた工藤の言葉が曇る。どんな現実でも決して動じない工藤からすればそれだけで非情に珍しく、故にその結果がおもわしくないことを匂わしていた。



「・・・少し一之瀬さんに試していただきたいことがあります」



そう言って工藤はガザコソと鞄をあさりだした。なにを出してくるかなんてさっぱりわからない、だけど多分確実に良いものではない。それだけは自信を持って言う事ができた。



「・・・ありました。これに、手をかざしてみてくれませんか?」



そして差し出したのは一つのガラスの破片。しかしそのままではなく透明なケースの中に入れられ、直接触れないようになっている。今目の前に出されているのは、丁度ケースの上部分が開けられ、むき出しになっている状態だった。



「これって、あの時割れた部室の窓の破片だよな。・・・まあいい、これでいいのか?」



スッ・・・



俺はなんの躊躇もなくガラスの破片の上に手をかざした。迷う必要なんてない、だってやらなければ前へ進めないのだから。今の工藤がなぜこんなことをさせるのかはわからない。だけどなんらかの意味はある。



今俺達がしなければいけないことは、一刻も早く真相に辿りつき、最悪の事態を回避することだ。



ブウォン・・・



「な、なんなんだこれは・・・?」



俺が手をかざした瞬間、ガラスの破片を包み込むように黒い煙のようなものが現れた。ふわりふわりと揺れて、誘うようにゆらゆらとうごめいている。



「やはり、そうですか・・・」



その様子を見て、工藤の目つきが一層鋭くなった。



「一体これはどういうことなんだ工藤」



「・・・はい。これは解析結果が本当に正しいものか判断するものだったのですが、今のこの反応を見て確信しました」



「この破片には、「闇」属性の魔力が込められています」



 そう言うと工藤は俺にもういいことを促し、開かれたケースの蓋をゆっくりとしめた。その瞬間にそれまで見えていた黒い煙がフッと灯が消えたように消え去る。



「闇属性って・・・蓮君と同じってこと?」



「はいそのとおりです。しかしこの魔力に含まれる闇は一之瀬さんのものよりもずっと弱いものです。まああれだけ強い闇属性の魔法など普通なら扱えるものではありませんからね。しかし弱くても闇属性は闇属性です。現に一之瀬さんの闇の力に共鳴しましたからね」



そして工藤は破片の入ったケースを鞄へと戻した。



「共鳴?」



「あなたの魔力に反応したってことですよ。火なら火、水なら水、例え見えなくても同じ属性のものは触れ合うとなんらかの反応を見せるんですよ。そしてそれは力が強ければ強いほどにより微弱の魔力でも反応を見せます。あなたの場合その力の強さが桁違いですから、こうして非情に弱い魔力でも反応を見せるんですよ」



要は今やった行為はガラスの破片に含まれた魔力が闇属性だった、ってことを確かめるものだったってことか。確かに俺の手から離れた瞬間、破片から反応が消えた。逆に言えば俺が手をかざした瞬間に反応を見せたもんな。



「しかし、これは困ったことになりました・・・」



ギシッ



そう言って工藤はイスに座り顔の前に手を組む。その姿その雰囲気が、今俺達のおかれている状況がいかに難しく大変なものであるのかを物語っていた。



「現在、学園内の監視を強化しているのですが、それでもこの魔力を感知することができなかった。魔力があまりに弱すぎるんです。これではこれから先、我々はずっと後手後手に回らざるを得なくなります」



「そうなれば最悪の場合、最も我々にとって禁忌。「人間達に我々の世界を見られる」可能性があります」



 俺達が最も危惧すべきこと。それは俺達が今いる世界、つまりターゲットとの戦闘がある世界を人間達に知られてしまうことだ。



もしあんなこの世のものとは思えないターゲットが人間たちの前に現れたらどうなるだろう。それだけで学園内が、いや世界中が大パニックになる。そして被害も甚大なものになるだろう。そしてもう一つ問題なのは



俺達が人間ではなく、竜族であることが知られること。



遠い昔、人間と竜族は共存していた。しかしこの世界にそのことを知っている人間は存在しない。無論ドラゴンなんておとぎ話の中の存在となっている。だから俺達は人間の姿になって表では普通に人間として生活し、裏では竜族としてターゲットと戦っている。



だけどそれは知られていないからできることだ。もし知られてしまえば、俺達はこの人間の居る世界に居られなくなる。だってそうだろ?人間じゃなくてドラゴンであることを知って、それまでと変わらず接することができる奴なんかいるか?いや間違いなく居ないだろう。



この世界には常識というものがある。そしてそれはこの世界の定義として存在している。だけどもしその常識を覆すことが起きたら、世界のバランスは崩壊する。



より強固なものほど、それが壊れる時の衝撃は大きい。誰もが予想せず、誰もが考えなかったことだから。



 もし俺達のことが知られ、竜族の存在も知られた場合に、理解し合って共存の道を歩む可能性は・・・まあないだろうな。自らの種族間でさえ争いが起きるのに、他種族の存在と共存できるわけがない。そりゃあ共存できればこれほど有難いことはないけどな。



とにかく、俺達はこの世界で保たれているバランスを守るのが使命だ。逆にそのバランスを崩すことは最もやってはいけないこと。例え僅かでも、亀裂が入ってしまえば広がっていく。



俺達がやっていることは、バランスを守れるか守れないか、紙一重の世界で戦っているんだ。



「結界を張って、徹底的に調査するってのは?」



健は座りホワイトボードを見つめながら考え込む工藤に提案した。しかし工藤はその提案にすぐさま首を振る。



「それが一番厄介なのです。実はこの魔力、結界自体の魔力よりも小さいんですよ。なので結界を張ってしまったら例え魔力が発生しても結界でかき消されてしまうんです。そうなればもう見つけることも特定することもできません。全く、また厄介すぎる事態ですね・・・これは」



結界が張れない。つまりもし教室のある棟、しかもみんなが居る時刻にターゲットでも現れたら俺達は魔力を使って戦闘をすることができない。いやその前に俺達の世界が知られてしまう。これまでの連続窓破損事件、発生時刻は放課後だけではない。昼時でもあれば、渡り廊下に関しては朝に起きている。つまりバラバラなのだ。



今どんな状況かもわからない、正体も掴めない、そして最もタブーな状況に陥る可能性がありうかつに手出しができない。・・・なんてこった、これでは先手を打つどころか対抗することもできないじゃないか。



ターゲットだけではなく、この世界のバランスとも戦わなければならないとはな。面倒どころの話ではない、俺達はもう既に、かなりのピンチに陥ってるんじゃないか??



「相手の正体さえ掴めればどうにでもなるんですが・・・。まあ愚痴を言っていても始まりませんね、とにかく明日から学校内の見回りをします。今我々にできることは、相手が現れるの待つことしかできませんから・・・」



 今の俺達にできることはない。ただ待つだけ。全ては相手の出方次第、主導権は完全にあちらにあった。



今回初めて俺達は直面する。自分達の世界が、人間達に知られる事態に陥る危機に。



今まで俺達が居た世界が、どれだけこの世界からかけ離れ非常識な世界であったか、今さらながらに感じる俺がそこに居た。





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