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第百五十五話 Sound break~いつしか望んだ歪んだ世界~



<10月22日>



「ふわあ~あ・・・」



 なんでこうなるかなあ・・・世界は。



残暑という季節も終わり、活力ある緑に染まった草木もいつのまにか黄や赤に染まっていた。涼しげな、時折肌寒さも感じる風に乗って、はらりはらりと落ち葉が落ちていく。



秋、この世界において最も鮮やかで色とりどりの色彩に囲まれる季節。食欲の秋、読書の秋、運動の秋。どことなく夏と冬というインパクトの強い季節に挟まれたせいで地味に感じるこの季節も、充分すぎるほどに半ば芸術的に、感性を豊かにしてくれる季節である。



しかし、今の状況でそんなまったり芸術を楽しんだりする時間はない、はずだった。



「はあ~・・・。もしかしてわざとやってないか?これ」



訪れて欲しかったが今はいらない。そんな時間がこの世界も俺達の世界も支配していた。日々を淡々と過ごしていく毎日。一枚一枚落ちていく枯葉がまるで壁掛けカレンダーが剥がされていくように見えた。



 本当なら、本来なら俺達の前にターゲットが現れ、そして俺と健の勝負が始まりさあ結末は??という流れになるはずだったのだが、しかしこれはどうしたことだろう。ターゲットが現れないどころかなんの事件や出来事さえ起きない。本当に平凡。平和すぎてあくびしかでない。



この世界の季節、生活をゆっくりと楽しみたいところではあるが、残念ながら今はもう既に俺の心はそっち側にない。というかこんな状態で移りゆく日々を楽しめるものか。結局、想像していた日々との温度差にますます体はだらけていく一方だった。



「ZZZ・・・」



「・・・ふむ、健はどの季節でも睡眠が入るか」



後ろの席で健が大きないびきをかきながら寝ている。それもまた幸せそうな寝顔で。あきらかに授業における騒音妨害だがそのまったり感に誰もが浸っていた。まあそうでなかったらとっくの昔に叩き起こされてると思うけど。



「まったく、なにしに学校に来てるんだか・・・。まあこれだけ気持ちよく寝られたら注意する気にもならないけどね。見てるこっちが和んできちゃうから・・・」



玲がやれやれといった感じで健を見つめる。もはや日常のような光景だが、今はそれだけでも感慨深いものがあった。だって、この御崎山学園1年A組の教室に、こうして相川 健人が席に座って存在しているんだから。



ちなみにあの神社での一件以来、俺と健は一週間もの間学校に休んだことになっていたが、誰の計らいかは知らないが俺達二人は同時にインフルエンザにかかっていたことになっていた。まあ無断で一週間休むというのは問題だが、まさかこうして公欠扱いでまたこの学園に戻れるとは。なんだかせこいというかいたたまれないな、これは。



だけどまたこうして完全ではなくても一応はいつもの形に戻れたのだから、これは喜んでいいのだろう。当たり前のことに安らぎと喜びを覚える、それもまた日々から生まれる魅力というものだ。



「そういえば蓮君も妙にだらけているけど、どこか体でも悪いの?」



「ん?いやどこも悪くないよ。ただ暇だな~って思ってるだけさ」



玲には伝えていない。次のターゲットとの戦闘で、俺と健が勝負をするということを。もちろん工藤や伊集院さんはもう知っているが、あえて玲には教えないでおくことにした。



だってさ、健がここに居続けるかどうかを賭けての勝負なんて言ったら、間違いなく玲は止めてくるだろうし。この勝負は、ある意味で玲の願いである戦闘で絶対に死なないという約束に反している。なぜなら、わざわざ自分からただでさえ危険な戦闘でその中で勝負するという間違いなく危険が高まる行為をしようとしているから。俺達の中で危険と言えば命に関わること。生きるか死ぬか、それだけの世界だ。



だけどこれは生死を賭けてでもやり遂げなければならないミッションだ。命よりも優先度が高い作戦、俺達は自らの命よりも自分達のこれからの運命を選んだ。この世界に存在する者としてな。



正直玲には悪いことをしていると思う。だからせめて玲には知らないでいて欲しい。勝手なことだと思う、だけどこれは避けては通れない道。そこに玲を巻き込みたくないというのは俺と健の二人の意志であり望みだ。



いつか、思い出話のように三人で話せたらと思う。お前の知らない間にこんなことがあり、あの頃は大変だったなあと語り合える日々が来ることを・・・願い続ける。



キーンコーンカーンコーン



「ふわあ~やっと今日の授業が終わった~・・・」



 しかし早くも大きな大きな壁にぶつかっていた。



「う~ん・・・今日の授業は一段と長く感じたわね・・・。ほら健、起きなさいよ。もうすぐ終礼が始まるわよ」



「う、う~ん・・・ふわあ~あ。お、もう終わりか。なんか何事もなくあっという間に終わったな~」



そう、なんにも起こらないこと。それが最大かつ最も難解な壁なのだ。



俺と健との勝負が決まってからもう約一ヶ月が過ぎた。勝負するぞ~と言ったはいいものの、肝心のターゲットが俺達の前に現れない。それに関する音沙汰も全くないし、まるで俺達のやることがわかっていてわざと現れないでいるんじゃないかと思うほどになにも起きなかった。



ターゲットが現れないことはこの世界的に言えば良いことなのだろう。そんな保たれた平和にヒビがはいることを望んでいる俺は、この世界に対する反逆者なのかもしれない。だけど今の俺達には、そんな奇麗な現実は要らない。奇麗な現実なんてそもそも今まで味わったことがない。平坦な道、そんな道などこれまで歩いてきた軌跡に微塵も存在していなかったのだから。



複雑に荒れた道だからこそ、今の俺達がここに存在しているんだから。




<DSK研究部>



「ふう・・・暇だな」



 このDSK研究部、本来ならターゲットとの戦闘に対する俺達の本部となる場所だが、そのターゲットが居ないと途端にただの暇つぶしのためのなんの変哲もない部屋へと変貌する。



一秒一秒確実に時が消耗されていく世界。しかしそれでもなにかが変わることも起きることもなかった。不自然すぎるほどに落ち着いた空間。いつしかこのゆったりと流れる時間に苛立ちさえ生まれるようになった。なんのために、ここまでこぎつけたと思っているんだ・・・と。



もしかしたら、それが焦りというものなのかもしれない。そんなことを考えながら俺はお茶を口にした。



パリーンッ!



「え?」



それは突然過ぎる音だった。なんの前触れもなく、ガッチリと平凡という文字で固められなにかが起きることを拒絶していた世界を、あっさりと破壊するような音が突然この場に鳴り響く。まるでこのお茶に口をつけることが合図であったかのように。



「な、なんなの・・・?」



 騒然とする部室。今までのゆったりとした時間が嘘のようだ。皆の視線が一点に集まる。不自然すぎる音に淡い恐怖感を抱きながら。



「これは・・・」



みなさんは火の無いところに煙は立たぬということわざをご存じだろうか。火があるから煙は立つ、逆に火など全くないであろうところに煙が立てばそれはもう怪しすぎる存在となる。不自然、不可解、ある特定のことが起きるにはそれに伴う原因が必要となるのだ。



さて、突然過ぎて状況が掴めないので一旦整理しよう。今目の前には細かく砕かれた窓ガラスの破片が床に散らばっている。今確かにガラスが割れる音が突然鳴り響いた。それがこの結果だ。散らばった透明なガラスは、床の上で部屋の蛍光灯の灯りの色をその身に映しだしている。



ガラスが割れるにはなにかしらの原因が必要だ。最もポピュラーで考えやすい原因はなんらかの衝撃がこのガラスに加わったこと。ガラスといえど強い衝撃が加わればいとも簡単に砕け散る。例えば野球で誰かが打った球が飛んできてヒットしたとかなんかが代表例かな。



だが、もしそうなら一番簡単に解決できるであろう原因は今回の件では当てはまりそうにもない。



 第一に、もしボールかなにかがぶつかれば辺りにそのボールが転がっているだろうし、そもそもここは文化部が集まる棟のそれも三階の部屋。もちろん付近にグラウンドも運動部の練習場もない。そもそも三階の部屋の窓を割るほどの衝撃なんてなかなかできるものではない。



第二に、散らばっているガラスの破片の細かさ。この床に散らばっているガラスの破片、物理的に破壊されたにしては一つ一つが小さすぎる。普通ならもっと大きな破片も混じっているはずだが、これは小さいししかもどれも同じぐらいの大きさに砕けている。なんというか、砕け方が奇麗すぎる。



どれをとってもこの事態を普通の常識として考えるとなにもかもが不自然かつ不可解になる。しかし起きたことは事実。ただガラスが割れただけなのに、この場を急激に恐怖と緊張が張りつめた。



 ガラスが割れて隙間ができた窓からは心地よい風が入り込んできた。だけど今の俺達にとっては嫌な寒気と不安を助長していた。ただのガラスの破片が、ゆらゆらと揺れて見える。



「・・・ただの、ガラスだよな」



スッ・・・



俺はそれが幻覚ではなく現実であることを確かめるために半分無意識にガラスの破片に手を伸ばした。しかしその瞬間



「だめです!今その破片に触れてはいけません!!」



突然工藤の強い声が飛ぶ。俺はその声に反射的に破片から手を素早く引いた。あきらかに、尋常ではない状態であることを示すような、工藤がそこに居たからだ。



「僅かですが、その破片からは微弱の魔力を感じます。害があるほどではありませんが、その魔力がなんであるかわからない状態で触れるのは危険です。触れたことで、大規模魔術の起爆スイッチになることもありますからね」



「・・・これは、ターゲットによるものなのか・・・?」



俺はもう一度視線を破片に戻す。どっから見ても普通のガラス。その形その姿、どれをとっても俺達の良く知る「ガラス」という存在だった。おかしなことと言えば、割れたことや魔力が伴っていることなどの辺りをとりまく状況だった。



「その可能性は高いです。しかしこれは・・・」



その言葉の歯切れの悪さに不意に工藤に視線を移す。そこにはみんなと同じくガラスに目を向けながらもどこか皆とは違うものを見ているような工藤の姿があった。ガラスを見ている、だけどただそのガラスを見ているのではない。



また一人だけ何歩か先の状況と真実を見つめる工藤。それがなんであるか今の段階では到底わからないことだが、今回は一つだけわかっていることがある。



それは、工藤自身が口にしたガラスに含まれる微弱の魔力に、なんらかの関係があるということだ。



「この破片については情報部に解析を頼み、結果が出しだいみなさんにお伝えします。まだ状況は錯綜していますが、なんらかの事態が起きているのは確かです。みなさんには周囲の警戒と注意をお願いします」



 いつしか望んでしまっていたターゲットが姿を現すこと。もちろんただ現れることを願っていたんじゃない。全ては健との勝負、けじめをつけるためにそのフィールドを求めていただけ。それ以上もそれ以下でもない。



しかし今この時の俺は知る由もない。これが想像していた世界よりもずっとずっと、面倒な状況に発展する序章であったことを・・・

 





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