第百五十四話 認めない意味~正義とバカは表と裏の違い~
「ん?おう蓮か」
扉の先に健が居た。それはそうだ。ここは健の自宅なんだから。そもそも健に会うために俺はここに来てこうしてここに立っているんだから。
会いに、伝えるために、健がどこかに消えてしまわないようにここに来たのに。そんな俺を出迎えた光景は俺を真っ向から裏切った。思わず、その場に立ち尽くしてしまうほどに。
「な、なにやってんだ?健・・・」
目の前に広がる段ボールの数々。黒のマジックペンで表面にそれぞれ文字が書かれている。書かれている文字は・・・ええいくそっ!とにかく、この状況はなんだ!?
学生の部屋にしては殺風景すぎる部屋。ベッドと冷蔵庫とテレビ・・・。どれもこれもこの部屋に元々付いていたようなものばかりしか残っていない。ここが健の部屋であると、これを見て一体だれが理解するだろうか。
そして再び俺は健に尋ねる。少し前に、自分でほとんど同じ意味の質問を繰り返したのを覚えているはずなのに。
「ああ、これか。見てのとおりさ。もうここにはそう長い間居られないみたいだからな。荷物をさっさと片付けていつでもここから去れるために・・・」
「お前・・・本気で言ってんのか・・・」
ギュウッ!
「え・・・?」
「本気で言ってんのかって聞いてんだよっ!!」
ダッ!
爆発した。これが怒りなのかどうかはわからない。だけど俺は健を目指して飛びだした。景色も、状況もなにもかもが見えなくなって、ただ健だけがそこに存在している。俺の目の前で、段ボールにガムテープをすごすごと貼っている健の姿が。
ガッ、ダンッ!!
「・・・っ」
俺は半ば吹き飛ばすような勢いで健の胸ぐらを掴んだ。俺の勢いに負けて吹っ飛ぶ健の体は驚くほどに軽かった。なんの力も入っていない。まるでお人形さんかなにかにタックルしているみたいだった。
健の体は部屋の壁に思いっきり打ちつけられた。途端に健の顔が歪みを見せた。だけどそれは怒りの表情ではない。ただ背中に走る痛みからくる歪みだった。俺はそれを見てさらに健の胸ぐらを掴む手に力込める。この手に触れるひん曲がったものを、無理やり真っ直ぐに矯正でもするかのように。
「なぜだ!?なぜお前はもう一人で消えようとしている?俺達になにも言わずに、なに勝手に消える準備をしてるんだよっ!!」
「・・・・・・」
俺の手の下にある健の顔に変化はない。
まるでこうなることをずっと前から予期していて、それがたまたまこの時期というタイミングであっただけというような様子。そんな健の、健のくせしてひね曲がった思想を持つ今この時が、俺は余計に腹が立って更に力強く健の胸ぐらを絞める。
「なぜだ・・・なぜお前は虎族だかなんだか知らねえがそんな奴の言うことに従うんだ。どうして抗おうとしない。それともなんだ、お前はこの世界から消え去りたいとでも思っているのか?こんな世界に居たくもないのか?」
わからない、ただそれだけ。認めたくない、ただそれだけ。皆が健にこの世界に居てほしい、消えないでほしいと心から願っているのに、なぜお前は自分からすすんで荷作りなんてしているんだ!なぜ真っ向からその想いを裏切ろうとするんだ!!
お前は、もうこの世界から立ち去ってもなんの後悔もないっていうのか?
「ああ・・・そうだよ!」
「!!」
更に感情が高ぶる俺、そんな俺に対抗するように健は声を荒げて鋭い眼光を放った。真っ向から張り合って逆に俺を圧倒するかのように。
「俺が居たところで一体なんになると言うんだ。力もそれほどない、頭も悪い、誰かを救う事なんてもってのほか、自分の命でさえ守れない。そしてそれ以上に、俺は玲を、そしてお前を騙してきたんだ!最低なゴミくずだ!!俺がここに居てもなんのメリットもない、あるとすればデメリットだけ。だったら、そんなことだったら・・・」
ギュッ
「消えたって、別にいいじゃねえか!!」
「・・・っ!」
ガバッ!
その一言で、俺の今の感情の頂点へと辿りついた。無意識に全ての力はこの腕、そして拳へと注がれ、あらゆるものをなぎ倒しながらその拳はある一点目指して飛んでいった。
「こんのバッカやろうがあああっ!!」
ビシイイイ・・・
「・・・れ、蓮?」
「はあ・・・はあ・・・くそっ!」
部屋中に鈍い音が響き渡った。それだけで部屋全体が震えるような、そんな感触さえ覚える。
「・・・今のお前を殴ってもなにも感じないしなにも解決しない。だから今はこの拳は預けておく。だがな・・・それだけ今のお前に怒りを覚えているというのは事実だ。俺達が知らない間に勝手に苦しんで、あまつさえ俺達の前から消え去ろうとしたお前の行為に対してな!」
ボロッ
壁に当たった拳からじんじんと、激しい痛みの波がうねるように腕を伝って全身へと響き渡る。拳をゆっくりと離すと壁には軽くヒビが入っていた。大きな亀裂が小さな亀裂と伴ってそこに痕跡を残す。全ての感情と力を込めて、殴ったことの証明を。
「なぜだ・・・俺にはわからない。お前は今言ったよな、俺は誰も救えないって。じゃあ玲はどうだ?Bランクだということだけでいじめを受けていた玲とお前は出会い、そして玲はそのおかげで自分を見出すことができた。それは、お前が居たからじゃないのか?お前が玲を救ったからじゃないのか?それとも、玲が突然勝手に変身したとでも思っているのか・・・?」
「・・・・・・」
健の胸ぐらを握る手が震える。先ほどよりも更に強い感情が俺を満たした。刃を持っていなくても、その気持ちはさっきの気持ちよりもずっとずっと強固で、鋼のごとき強さを持っていた。
「玲だけじゃない。ここに居る俺もだ。今までどれだけお前に元気と勇気をもらったことか。俺が弱気になってなよなよしてうつむいている時も、お前は声をかけて顔を上げさせてくれたじゃないか。それは俺だけじゃない、一体どれだけの存在がお前に勇気付けられて、前を見て歩いて行けたと思ってんだ」
「むしろ俺が羨ましかったよ・・・。誰かに勇気を与えられる、誰かに笑顔を与えられる。そんなお前が、俺はたまらなく羨ましかったよ。でもそれは、お前にしかできないことだ。お前だからできることなんだ」
「・・・やめろ、やめてくれ・・・!」
顔を背けた健の声がかすかに震える。それと同時に体から小さな小さな揺れを手を通じて感じ取った。その時ほど健という存在がこんなにも小さく、そして弱く感じたことはない。今までの健と正反対な健が俺のすぐそこに存在していた。
「玲を救ったのは・・・お前だよ蓮。俺はただあいつの闇を紛らわしていただけだ。なにも変えられていないし解決もしていない。全て上っ面だけだ。なにもかもを偽っていわば現実から目を閉ざしていただけだ。俺は・・・」
「それでも、玲とお前はこの世界に居るじゃないか」
「!!」
スッ
俺は健から手を離した。だけど健の体はぴくりとも動かない。壁にもたれかかってだら~んとしている。魂でも抜けてしまったみたいだ。
「お前と出会えたから今の玲は居る。だから健には頭が上がらないって玲自身が言っていたぞ?もちろん嘘やお世辞でも何でもない。それが玲の本当の気持ちだ。やっぱり玲は、お前に救われたんだよ。助けられたんだよ。なのにお前は、どうしてそうまでしてそれを認めない、否定し続けるんだ・・・」
「それとも、なにか許されないことでもあるのか?」
「・・・・・・」
「虎族の連中か何かが関係してるのか」
「・・・・・・」
健から返答が返ってくることはなかった。ずっと俺から目をそらして動かない。だけど、健に限ってその反応がこの上ない判断材料となる。
健はどうにも真っ直ぐすぎる存在だ。羨ましいぐらいに。故に曲がったことは受けつけないしすることもできない。良い意味で言えば正義感が強すぎる。悪い意味で言えばバカで単純だから複雑な事ができない。いや、それが健の良さであり健だからこそできることだ。
今健は俺の問いに答えられないでいる。もし虎族が関係なければはっきりと否定するはずだ。だけどそれをしない、いやできないんだ。自分の汚れた部分を見せたくない。それは存在として当たり前というべきことなんだ。
背後に必ずなにかいる。今のところ本命は虎族の連中。それが健の影を握っている、闇を作り出している。健という存在がこの世界に居ることを邪魔している。・・・決めた。作戦変更だ!
「本当はさ、お前に少し頼みたいことがあったんだけど。けどど~うもそれでは張り合い、おもしろみに欠けるみたいなんだよな。と、いうことで健」
「次のターゲット、どちらが倒すか俺と勝負しよう」
「・・・はあ?」
ようやく漏れ出した声、緩んだ表情。しかしそれは唐突に突きつけられた提案に対する驚愕と疑問の表情だった。それもそのはずだ。いきなりターゲットとの戦闘で勝負だなんて、あきらかにおかしいし無謀すぎる。勝ち前提ならそれでもいいが、もちろん今の俺達が勝つという保証はどこにもない。むしろ負けたりして(笑)
「お前、自分には力がないとか言ってたけど。俺の予想ではお前は俺達にまだなにか隠し事してるように思うんだが。特にお前自身の力か何かに関係することを・・・」
「なっ・・・って待て待て待て!駄目だそんなの。危険すぎる。それにもしそんなことをやると虎族の連中に知られたら、余計にあいつらが妨害をしてくる。そうなれば俺どころかお前らにだって多大な迷惑がかかるんだぞ。死に繋がるかもしれない。それをわかってんのかお前!」
「ほ~う、やっぱり裏に潜んでるのは虎族の連中か。まあ丁度良い、それなら心配するな健。もうすでに手は打ってある」
ピッ、ヒラヒラヒラ・・・
俺はどっかの誰かさんと同じように胸元から紙を持ち出し、座りながら俺を見上げる健に渡した。
「虎族および諸族へ通達。我々竜族管轄DSK研究部諸メンバーはこれより竜王より与えられし重要かつ重大な任務を行う。それにあたって本任務における妨害および妨げが生じた場合、我々はこれを即刻排除する。また、該当する人物の所属する団体および集団を重大な違反行為とし徹底的に抹殺、破壊する。竜王シリウス、ブラックドラゴン一之瀬 蓮の名において・・・ってこれは!」
「ま、簡単に言えば脅迫文書だ。それを情報部の人に頼んで大体的に配布した。もちろん虎族にもな」
正直我ながらなんだか今一つな感じだが、慎重な姿勢をとる虎族の連中には効果てきめんだろう。俺達にどれだけの優先度を取っているかは知らないが、いきなりこんな情報が渡れば動揺は必至。それに最後に俺と親父の名前も添えておいたからな。まあ俺は本気だが、実はというと親父の名を使う事はな~んにも承諾をとっていない。まあ脅迫文書ですし、いいかな?
とにかくこれであいつらは手出しはしてこない。今までは姿を隠しながらだったかもしれないが、今回はもろに名差しだからな。少なくともこの作戦の間は手出しはしてこないだろう。さて・・・
「さあどうする?俺と勝負するか、それともこのまま消えるか。それも俺達はもちろん、玲もこの世界に残して一人でな・・・」
「・・・もし俺が勝ったらどうなる」
「そん時はお前の好きにすればいいさ。残るのも消えるのも自由。なにも止めはしない。だけどもし俺が勝ったら、お前には強制的にこの世界に残ってもらう。俺達と一緒にな」
正直言うとこんなことしなくても、工藤とかならどうにかできそうだけどな。だが、こうすることにもなんらかの意味がある。俺と健、タイマンで勝負することにな。
「・・・わかった、やる。そこまでお膳立てしてくれたらやらないわけにもいかないしな」
「絶対に逃げるなよ。もし逃げたら・・・、俺はお前をこの手で殺すぞ」
「・・・わかってるよ」
ガシッ
こうして次のターゲットとの戦いで俺と健との勝負が決まった。
思惑、騙し、想い、策略・・・、あらゆるものが密接に絡み合い一つの未来を構築しようとしていた。どんな勝負になるかわからない。どんな結末を迎えるかもわからない。けれどこれが・・・
健が健としてこの世界に居続けるための、戦いだ。
※この後少しだけ小説内の日にちが飛びます。スイマセン><