第百五十二話 痕跡は告げている~無意味な嘘は喜劇へと~
「・・・はあ、なんか無駄に疲れが・・・」
バスンッ
体から力が一気に抜けた。
一旦は起き上がろうと走った力も、その工藤の姿を見て今までどこにあったのかと思うほど一瞬にして消え去った。力もなにもないスッカラカンの状態で俺はやわらかなベッドと枕に横たわる。衝撃で一瞬跳ねそうになったが、すぐに包み込むようなやわらかさが体全体に伝わった。
(はあ、まさか、な・・・)
不覚だ。完全に不覚だ。俺としたことが、まさかこんなところでしでかしてしまうとは・・・
今工藤の姿をこの目で見た瞬間、俺はホッとしてしまった。とてつもない安心感に包まれてしまった。しかもその相手が工藤だなんて・・・あ~なんか認めたくねえ~~~~。
それがあんないつも憎たらしい工藤もまた、俺の中で大切な存在の一人となっている証拠だった。
「まあいいや。なあ工藤、俺どれぐらい寝てた?」
辺りをぐるりと見渡す。しかしそこが保健室ということはわかるが今のこの状況に関する・・・そう時間とかがわかるものがない。外を見てもただ太陽の日差しがかすかに入り込んでいるだけでイマイチ判断材料に欠ける。
「そうですねえ、丁度今日で一週間ってところですかね」
「ふ~んそうか。俺は一週間寝てたのか・・・」
一週間か。どうりでこんなに体が重いわけだ。それに心なしか腹も減ってきたし、さすがに寝すぎちまったな・・・って
ガバッ!
「一週間!?」
「はい、今日できっかり七日目。丁度一週間です」
いかん、一週間って言葉に頭がく~らくらしてきた。今までのポヤポヤした感じと相まって意識がもうろうとしてきた・・・。これはあれか、またいわゆるドッキリってやつか。だとしたら無意味な笑えないドッキリだなあ~。・・・そういえば、またってこの展開でドッキリだったことってあったっけ・・・。
「そうだ携帯!」
バッ
俺は思い立ったようにポケットから携帯を取りだす。確か携帯には時刻表示と一緒に日にちも書いてあったはずだ。それを見ればなにもかもがはっきりと・・・
「ま、まじかよ・・・」
俺は携帯のディスプレイを見て絶句した。そこには単調な文字ではっきりと「9月22日」の文字が刻まれていた。確か前にこの携帯を開いたのは9月15日。そこから辿れば確かに今日がきっかり一週間経ったってことになる。いかん携帯を持つ手の震えが止まらねえ。いや待てよ、一週間前の15日って・・・
「あ・・・」
その時、俺の頭の中である光景が鮮明に蘇った。御崎シティプラザの先にある山のふもとの神社。その広場に俺が横たわって居て、その俺の目の前に銃を持つ健が居て。
「・・・・・・」
俺は静かに胸元に手を当てた。指先の感触が服を通じて肌に伝わるが、そこに痛みは全く感じなかった。感触からして傷跡もないようだ。だけど服には丸い一つの穴が空いていた。まるでなにかにこじ開けられたように。そういえば今気付いたが今の俺は私服の状態だった。確かにあの時は私服で健に会っていたが、しかし学校で私服というのはいささか落ち着かない。
「さて、目を覚ましてすぐで申し訳ないのですが。一之瀬さんには少しばかり聞かなければならないことがあるんですよね」
スッ
工藤はそう言うとチラリとその一箇所だけ穴のあいた服を見つめてそう口にした。俺はその不気味な視線を瞬時に感じ取り、すばやく手で隠して工藤に背を向ける。
いかん・・・もしここで健が俺に銃弾を放ったなんて言ったら工藤がなにをするかわかったもんじゃねえ。ただでさえ健は要注意人物として捉えられているのに。言うわけにはいかない、例えそれが真実だったとしてもこいつに知られるわけには・・・!
「覚えているかはわかりませんが、かすかな魔力を感知したと市街地方面の情報部から情報が入り、私がそこに着いた時にはあなたが血だらけになって倒れていました。胸部に手を当てながらね。さて、どう考えてもなにもなかったという訳にはいかないわけですが・・・」
やばい、これはやばい。速くなにか言い訳を作らないと。今こそ動け俺の思考回路!え~とたまたま流れ弾に当たって・・・ってそんなことあそこで起きるわけないか。間違って自分を打っちゃった・・・って俺が銃を持っていないことなんかすぐバレる!
どうするどうする・・・ていうかもはやこの状況で言い訳するなんて不可能じゃね?いやいやそんなこと言ったら全てがおじゃんだ。確かに事実かもしれんがいや紛れもない真実かもしれんが、今はそんな常識にかまってらんねえんだっ!!
銃、戦闘、血だらけ、神社・・・そうだ!!
ターゲットと戦っていたと言えばっ!!
「ああ、実は俺あそこでターゲットと戦・・・」
「あそこに残ってた弾丸と魔力の解析結果ならもう出てるぞ~」
「ってたんじゃありません!すいませんでしたっ!!」
ガバッ
俺はその瞬間、完全にパーフェクトに論破された。もはや悔しさや戸惑いなんか木っ端みじんになってぶっ飛んでいった。これだけ見事に論破されると、もう脱帽したくなるほどだ。いやしないとダメだろ!
んん??待てよ。もう「出てるぞ~」???
「って今の声誰だ!?」
今の口調、あきらかに工藤のものではなかった。危うく流れに乗って見過ごすところだった。しかし今の声、よくよく思い起こしてみると、男ではなく女性の声だったような・・・
「私のことを呼んだか?少~年」
コトリ・・・
「へっ・・・?」
そこに現れたのは白衣をまといし一人の女性。保健室なんだから白衣自体になんら問題はない。しかしその女性のほかの部分はあきらかに学校という概念から少しばかり、いやかなり際立っていた。
スラッと伸びる長い脚には黒のガーターベルト。それに合わせた黒地のミニスカート。白衣の合間から覗かせるその脚は女性ならともかく男なら思わず見入ってしまうほどにお色気むんむんの淫靡な肉つきの脚だった。それだけでも通常なら興奮するだろうに、それ以上の爆弾がその上にあった。
白衣の下は淡いピンクのカッターシャツ。しかし異様に胸元が開けていてそこには、・・・豊かな、む、胸が広がっていた。歩くたびにこう、ポヨンポヨンと弾んで・・・
い、いかん。これはあきらかに目の毒だっ!理性が崩れていく!?
「うん~?どうした少年、そんな顔を赤らめて。しかしまあ、ようやく君に会うことができたなあ。ふむ、実に興味深い。隅から隅まで調べ上げたい。あ~ゾクゾクする・・・」
ピタ・・・
「ひ、ひい!?」
その女性が指を俺の頬にそっと当てて顔を近付ける。奇麗な顔立ち、滑らかな唇、ふんわりと香る大人な香水の匂い、そして、その下に破壊力抜群の必殺パンチ!!
「その辺で勘弁してくださいよ、三上先生」
「先生!?」
俺はその言葉を聞いて思わずひっくり返りそうになる。
「ええ、この方は本学園の保険医、三上 薫先生です」
「フッ、相変わらず冷めた奴だな。真一」
驚きと戸惑いで一杯一杯になっている俺を置いて、三上 薫と名乗った先生はそう言って俺から顔を離す。俺は高ぶる鼓動を抑えながらホ~っと一息をついた。
「ちなみにこの方は我々と同じ竜族であり、我々に情報を提供してくれる情報部の一員です」
「へえ~・・・ってまじで!?」
俺は再び三上先生に視線を慌てて戻す。しかし先生はなんの戸惑いも見せないまま、余裕たっぷりに机に置いたままの資料を手にし目を通していた。
「君の体を貫通した弾丸を現場で捜して解析、現場に残った魔力の痕跡を解析。・・・ふむ、この二つの手掛かりの解析結果からいっても、犯行が相川 健人であることは間違いないな。残りし痕跡がそう告げている。あいつの使ってる弾丸はそんじゃそこらの代物とは違うから丸わかりだな」
「・・・・・・」
先ほどとは全く違った雰囲気、三上先生は医者というより研究員気質の空気を漂わしていた。そして先生は解析結果が書かれた紙を読み上げ、真実を隠そうとしていた俺に現実を静かに語りかけるようにそう言った。
「あなたがその事実を隠そうとすることはわかっていましたよ。このことがわかれば相川さんはきっと良からぬ状況に陥る。そう思って頑張って言い訳を考えようとした、違いますか?」
「・・・バレバレだったってことか」
結局俺がどうこう考える前から工藤は全てをわかっていたようだ。つまり俺が今までやってきたことは全て一人喜劇。なにもかもが無駄な事で笑い話だったわけだ。沸々とこみ上げてくる苛立ちと怒り、しかし今はそんなことどうでもいい。俺は聞かなければならない。今度は真っ向から工藤へと。
「・・・健は、これからどうなるんだ?」
俺は認めたくない。だけど、他から見ればこれは仲間への裏切り、竜族に対しての背信行為だ。俺がそうでないと言っても皆そう言うだろう。工藤は言っていた。もし健が自分達を無視して動こうとするなら話は別だと。その別が指すものは、もしかしたら最悪の結末を語っていたのかもしれない。
健が犯したことは、俺が思っている以上に重大かつ許されない行為だった。
「本来なら我々に対する敵対行為ということで、相川 健人をDSK研究部から脱退させ、しかるべき処置を取るところですが・・・。今回の件は見逃すことにしました。全ては見なかったこと、なにも起きていないし誰も傷ついていないってことで」
「・・・そ、それは本当か!!」
俺は思わずベッドから乗り出して工藤に尋ねる。それまでの心配と悩みから解放され、嬉しい誤算に俺は表情を輝かせ興奮ぎみになっていた。
「その様子だと意外に思っているようですが、私だって同じ仲間を処罰するような行為はしたくありません。どんなことがあろうと相川さんが我々と戦ってきたことは事実ですから。それに、どうやら彼には彼なりの事情というものがあるみたいですからね」
「事情?」
俺が尋ねると工藤は胸元から奇麗に畳まれた一枚の紙を取り出す。
「どうやら彼は、なんらかの圧力をかけられているようですね。それもこの学園に居られるかどうかを左右すること。それに関して探りを入れたところ、大体のことはわかりましたが・・・。おそらくですが、一之瀬さん。あなたはそのことをあの神社で直接言われたんじゃないですか?」
「・・・はあ、なんでそこまでわかるんだよ。お前はエスパーか」
俺は思いっきりため息をついた。駄目だ。どうやらなにもかもを知られているらしい。あの時になにがあったか、そして俺がどう思っているか。その全てを工藤はもう握っている。もう俺に、隠す隙間なんてどこにもなかった。
「情報は真実を構築する。まあ、これについても全て三上先生が属する情報部のおかげですけどね」
そう言って工藤は紙を再び奇麗に折りたたみ、今度はポケットへと紙を忍ばせた。