第百五十一話 未来の選択~「無」から始まる物語の1ページ~
光を見た。
眩しすぎるほどにはっきりとした光を俺へ叩きつける球が周りに幾つも浮かんでいた。ゆらゆらと上下に揺れながら、まるで誘うように俺の周りを漂っていた。
自分がどこに居るのかわからない。景色も何もかもがなくそこは完全に「無」の世界。なにもない、ただそれだけの空間にその球だけが存在していた。近づいては離れ、離れては近づいて。
なにもないこの場所を彩るその球達は幻想的で、美しすぎて、この世のものではないほどに・・・いや、俺はその時理解した。感じ取った。
ここは、俺が居た世界とは違う世界。いやもしかたら世界というべきものではないのかもしれない。この空間自体そもそも実体化していないもので、ただ意識の彼方に存在する場所で。そう、例えるならばあのもう一人の俺、フェンリルと出会ったあの空間のようなものだ。
じゃあこれも、俺の意識の狭間というものなのか?・・・なにか違う気がする。
駄目だ、考えれば考えるほどに訳が分からなくなる。どうやら俺の貧相な頭では限界らしい。この空間について考えるのはよそう。なんだか余計にむなしくなるだけみたいだ。
全ては感覚、理屈なんて関係ない感じ取ったもの全てがこの空間の一部となるのだ。
「・・・またここに、紛れ込む者が現れたか」
「!!」
それは、突然の出来事だった。
なにもない、あるとすればこの光の球だけのこの空間にその声が響き渡ったのは。
謎の女「あら、可愛らしいおチビさん。でもここに来たことは事実。また一匹の迷い猫が訪ねて来たのね」
謎の男1「この年でここに辿りつくとは。ううむ・・・、かつての存在をも超える力を、こやつは秘めているということか」
謎の男2「まさに驚嘆に値する、だね」
突然現れた声。しかもその声から察するに複数の存在の声があった。もちろん見渡すまでもない。そこに俺と光の球以外に存在するものなどないのだから。どこを探しても見えないだろう声、その声は不思議にも直接頭に働きかけるような感触がした。
驚くことも戸惑うこともしない。そんな不思議なまでに冷静さを保つ俺に、姿無き声はゆっくりと、噛みしめるように語りかけた。
謎の男1「汝、未来を選択するか」
謎の女「汝、いかなる過去も受け入れるか」
謎の男2「汝、選択した未来に責任を負うか・・・」
三人「さあ、汝の答えを聞かせよ」
「・・・未来を選択?」
突然の質問の応酬、その全てはこのなにもなき無の世界にすっ飛ぶように消えていった。簡単に言えば、わからないことすぎて理解ができていなかったのだ。まるで筒抜けだ。
だけど、頭でわからなくても思考回路は働いていた。純粋に、素直にその投げかけに対して言葉を探り出し、やがてそれが当り前であるかのように答えをはじきだす。
この問題は難しい。だけど本当はとても簡単なことなんだ。上っ面だけが難しく聞こえるだけで、考えれば考えるほどに難しくなって。そもそも、考えること自体が根本的に間違っているんだ。
考える必要なんてない。だって、今の俺の中では自分では気付かなくとももう答えは存在しているんだから。だから頭ではわからなくても意識ではわかる。出ている答え以外を、どれだけ探しても他の答えはなかなか現れない。そもそもその全てが無意味なことだ。
俺は知ってる、なにもかもを。俺は感じている、それがなにを意味しているか。
「未来を選択する、もちろんだ。過去を受け入れる、当たり前だ。過去があるから未来がある。未来があるから過去がある。例えどんなことがあっても、それが俺が辿った道であることに違いはない。良いこともあれば、辛く苦しいこともある。だけど」
「俺はそれでも生きていきたい。みんなが居る、あの世界で。それが俺の、本当の心からの望み」
「俺は、あの世界で誰かに付いていきたい、共に歩いていきたいと言われるような、そんな存在になりたいんだ!」
ピキーーン・・・!
謎の男1「・・・汝の答え、確かに受け取った」
その瞬間、激しい閃光が瞬間的にフラッシュし、この場所を白く染めた。この空間そのものが俺の言葉に反応したかのように、瞬き光が俺を包み込んだ。
ウォン、ウォン、ウォン・・・
「・・・これは?」
光がこの空間から消え去った後、今まで俺の周りに点在していた光の球から浮き出るように、上からゆっくりと俺の前に一つの光の玉が降りてきた。先程の眩い光とは違い、まるでガラス球のようにふわふわと浮かびながら光を反射している。
謎の女「それがあなたの選択した未来。あなたが望む未来。あらゆる可能性を秘めた数ある未来から選ばれた未来」
「これが、俺が選んだ未来・・・」
奇麗だった。浮かびながらゆるく回転するその一つの球は実に美しかった。例えるならヴィーナスの涙、きらきらと煌びやかな光を放つそれは、見惚れ、思わず手を伸ばして直接触れたくなるほどに奇麗だった。
謎の男2「おっと本当にそれでいいのかい?ここには君が選択できる無限の未来が存在しているんだ。君が今触れようとしている未来は、輝かしく幸せに満ちた未来かもしれないし、もしかしたら絶望と混沌に支配された未来かもしれない。チャンスはたった一度きり。君は、その選択に本当に後悔はしないか?」
ピタッ
その声と共に俺の伸びる手は止まる。迷い、戸惑い、恐れ。その全てを一気に与えるような言葉だった。やる瞬間に恐れを与えられる、存在はそれに対し何らかの迷いを生み出す。言葉が状況に与える影響は計り知れない。それが一度きりの、大切な大切な選択だったらなおさらだ。
だけど、その時の俺に迷いが生じることはなかった。逆に更なる揺るぎない自信を構築していた。
「最後の一つが残ってたな。選択した未来に責任を負うか。そんなの、考える前に決まってるじゃないか。これが俺の選択した未来、望んだ未来なのだとしたら、それを選択したことに自らが責任を持つことは当然だ。だって、それが俺自身が選んだものなんだから」
「この未来に、俺は全てをかける。この未来の中で俺は生きていく。もう迷わない。俺は俺として、一つの存在としてこの未来を選ぶ!」
パシッ
そして俺は目の前にぷかぷかと浮かぶ光の球を手で触れた。勢いよく、それが当り前であるかのように。
シュウウウ・・・ピカーーンン!!!
「おわあ!?」
その瞬間光の球は収縮して弾け飛び、激しい閃光が俺を包み込んだ。なにもなかった世界に光が溢れる。一瞬の出来事だった。状況の判別なんてとてもできないぐらいに一気に俺はその光に吸い込まれた。
謎の男1「また一人、旅立っていったか・・・」
謎の女「旅立ちは始まり。あのおチビさんもまた、自分の強き意志を持って自ら未来を選んでいった」
謎の男2「さあて、今度の未来はどんな未来になるのかな」
キュイイイインン・・・!!
三人「ここは新たな偉大なる物語の最初の1ページ。全てはここから始まり、全てはここから刻まれる。今存在は光を選び手にし、新たなる物語が動きだした・・・」
・・・まるで夢のような世界だった。いやもしかしたら夢だったのかもしれない。存在は時に突拍子もない夢を見る。これも、そんなありふれた夢の一つだったのかもしれない。
夢か、そうか夢か。なら話は簡単だな。
ならそろそろ目を覚まさないと。俺にはやるべきことが、嫌というほどに残っているんだから・・・
「・・・はっ!?」
急に目の前の光景が開けた。
白い天井、ふわりとした布団が俺にかけられている。横から涼しげな風が俺の顔を冷やし、その方向へ目を向ければ一つの教務用の机に資料やビンが乱雑に置かれている。・・・ってここ学校の保健室じゃねえか。
良くないことではあるが俺はこの保健室にたびたび訪れている。それも決まっていつのまにかこのベットに横たわっているパターンがほとんど。いつのまにか意識を失って、いつのまにかここに運ばれている。あまり来ることのない特徴のある部屋にこう何度も訪れていたら、なんだかもう雰囲気的にわかってしまう。ここが保健室であることを俺は自分でもびっくりの速度で理解していた。
「やっぱり夢か・・・」
手を額に当てる。特に頭痛とかはないがなんとなくポヤ~ンとする。ふわふわして体が浮いているような、なんだか不思議な感じがした。
「ん?」
バタンッ
その時、不意に扉の開く音がした。態勢的に誰かは判別しにくいが、その人物の第一声でその全てが明らかになった。
「お、ようやくお目覚めですか。一之瀬さん」
そこに現れたのは紛れもない工藤 真一の姿だった。