第百五十話 偽りの絆~満月の夜に闇は映える~
「え・・・?」
フワァ・・・
それは突然だった。いきなり目の前の景色が上へ上へと上がっていき、しまいには黒く染まった空が見えていた。かすかに星のあかりが覗いている。大きくくっきりと見えるものから、あるかどうかもわからないぐらいにかすかな光を必死に放つものまで、様々な光が目に映った。
フッ・・・
あれ?
黒と白の色しかないその空に、赤くて丸いものが飛び込んできた。円かと思えばぐにゃりとうねって楕円になって、そしてまた収縮して円になっていく。うねるたびにテカテカと光るそれは、複数の集団を作って俺の動きにあわせながら移動していた。
赤い粒は、空に浮かぶ星の光とは違って非常に近い位置にあるような気がした。まるで、手に届くような・・・
ドサリッ
鈍い音と共に、背中に衝撃が走った。だけどなぜかその衝撃による痛みは体に伝わらない。ただ音がして、いつのまにか下に固いものがあるだけ。冷たく、冷え切ったものが。
多分、それは優先度が低かったからだと思う。本来響くはずの痛みも、それを大きく上回るほどの痛みがもうすでに体に走っていたからだ。ある一点から発せられるその痛みに、俺の体は完全に支配されていた。
「こ・れ・・は・・・」
俺の右手がなにかの迷いを晴らすために震えながらある場所へと動く。結果を欲していたのかもしれない。これが現実でこれが事実でこれが夢ではないことを確かめるために。その手は、その場所を目指した。
パチャッ
その場所に手のひらが触れると、途端にまず水気のようなものに触れた。まるで飲み物でもこぼした後かのように、俺の衣服は冷たくしめっていた。そしてその手は、その結果を伝えるべく俺の目の前へと運ばれる。
「な・・んで・・・」
手は、真っ赤な液体で染められていた。手のひらから耐えきれずに雫がぽたりぽたりと落ちて、俺の顔を濡らす。そこに見えた景色は、現実を受け入れさせるには充分すぎるものだった。
「なんで・・・か。俺もなんでか知りたいよ。だけど・・・今の俺にはこれしか方法が残ってないんだよ・・・!」
ジャリ、ジャリ・・・
足の先の向こうから、なにかが近づく音がする。地面にころがる小さな石や砂利がそれを証明していた。
今この場で、近づいてくる者が居るとしたら、それは・・・
チャッ
健以外に・・・居ない・・・のか。
見上げる視線の先に、また新たな姿が目に映った。暗闇でもくっきりと浮かび上がる銀色の銃。そしてその先に広がる黒き銃口。その時見えたそれは、妙に怪しい光を照らしながら俺へ向けられていた。
「俺だって嫌さ。こんなこと、こんな状況、嫌に決まってるだろ!!」
カチッ
その時なにかが動くとともに乾いた音が聞こえた。それに反応してか、目の前の景色がゆらゆらぐらぐらと揺れ始めて、白みを帯びてくる。目の前の現実を、隠してしまうかのように。
「不思議に思わないか?玲がBランクであることでいじめを受けていた時に、同じBランクである俺が都合よく編入してくるなんて。タイミングが良すぎるとは思わないか?玲の行っていた学校はそれなりに名門で、由緒ある血筋かAランク以上の者しか入れなかった。そんなところに、俺みたいななんの変哲もないBランクドラゴンが編入していて、怪しいと思わないのか??」
景色がぼやける中で、俺のよく知っていたはずの健の声だけが耳元に届いた。なにか悲壮感を含んだ言葉から、力強く叩きつけるように放つ言葉まで。全てが健の言葉であり、全てが俺へ向けられた言葉だった。
そう、それはまるで心の叫びであるかのように。
「俺は偶然たまたまその学校に編入して、そしてまた偶然に玲に出会って知り合ったんじゃない。全ては人為的に作用されたもの、仕組まれていたことなんだよ」
「今なら・・・お前になら言える。俺は、俺の正体は・・・」
ザッ
「柳原 玲、ブルードラゴン正後継者の監視者だ!!」
ギュリリ・・・
その瞬間、銃を持つ健の手に更なる力が込められた。まるで全ての感情と想いをそこに込めているかのように。いや、もしかたらそうでもしないと耐えられなかったのかもしれない。自らの正体を明かすことと、それをずっと隠し続けていたことに。
かけがえのない友に、自らの弾丸を放ったことが。
「玲は確かにBランクのドラゴンだ。だが力が無いわけではない、むしろ強い力を持っている。それがただランク決めに関わらない力だからBランクなだけだ。あいつには、あいつだけが使える力を秘めている。ランクなんて関係ないほどの、ブルードラゴンとしての力が!」
「あいつの家系は由緒正しきブルードラゴンの血筋だった。竜王下において最も権威ある一族の一つ。だがそのブルードラゴンとしての力は一族の中でいつの世にもたった一人にしか与えられない。いつの世でもたった一人だけが存在しその血と力を繋いできた。そして・・・その一人に玲は選ばれたんだ」
「多分まだ自分では気が付いていない。ブルードラゴンの力は通常時に発揮されない。丁度蓮の覚醒と同じ感じだ、ある特定の条件下でないと力は解き放たれない。そして玲は生まれてから今まで、ずっとその力を解放したことはない。だから誰もが玲にそんな力があることに気付かないし誰も知らない。知っているとすれば竜王であるシリウスか、玲の一族か、そして俺の一族だけだ」
「例え今力が無くとも、蓮ほどでなくても絶大な力をもつことに違いはない。そして今や玲の一族は虎族における中枢を占めている。竜王に対抗するためにも、玲の力を、武器を手放すわけにはいかなかった。だからあいつらは言った。柳原 玲を監視し虎族から離脱することを絶対に防げ、と」
「そして・・・その役目に俺が選ばれたんだ」
ピタリと止まった銃口。健はその銃口を俺へ向けたまま静かに言葉を繋いだ。言葉の一つ一つが風に乗って俺へ届く。意識が遠のいていても、それだけは確かに届いていた。
それが、その一つ一つが俺が知りたかったこと全てに繋がることだから。聞かないわけにはいかない。やっとこんな状態になってしまったけど、聞くことができるんだから。
「俺の一族は元々ブルードラゴンと近き一族だった。同じBランク、年齢も同じであり近づきやすいだろうということで俺が選ばれた。最初は完全に任務として捉えていたさ。一人の少女を監視し続ける、そんなこと造作もないことだって思ってたさ」
「だけど・・・」
ギュッ
「あいつと、玲と出会った時、俺は真剣に思ってしまったんだ。こいつは、可哀相な奴だと。そして、こいつを助けたい、守りたいって・・・許されないことなのに、俺はそう思ってしまったんだ!」
「・・・それからさ。玲を任務とかじゃなく、一つの存在として関わっていきたいと思ったのは。純粋に一緒に時を過ごし、一緒に居たいって。そのまま長き年月が経って俺はもう完全に玲と存在として関わっていた。楽しかった、眩しすぎるほどの日々だった。だけどそれも一生は続かない。だって元は偽りから始まっていたんだから」
「お前と、蓮に出会ってその日々は終わりを告げた。偽りのバランスは崩れ、玲は一転して虎族に疑問を抱くようになり、しまいには・・・とうとう虎族を脱退してしまった」
・・・なんと皮肉なことだろう。一人の少女が自分の道を見つけたと同時に、一人の少年が歩いていた道が崩れ去るなんて。
二人は固き絆で結ばれていた。だけどそれが逆に仇となっていた。一人の変化は、近すぎるほどにもう一方の一人に大きな変化、ダメージを与えていた。希望も夢も輝きも、その全てを奪い去ろうとしていた。
これが運命だ・・・なんてことで、片付けられるわけがない。許せない、なぜこの二人にそこまでして苦しみを与える、試練を与える。誰もそんなこと望んでないのに、望んでいないのに・・・
「先に言っておく。これは蓮が悪いんじゃない。俺が悪いんだ。蓮はただ純粋に玲と出会って絆を深めただけだ。だけど俺は監視という目的で玲と出会い、近づいた。そこから結ばれる絆は上っ面だけ。時が経つにつれてそれは歪んで、汚れていった。自業自得だ。俺自身がこの状況を作り出したんだ」
「俺は言われたよ。お前に残された手段は元凶である一之瀬 蓮を殺すこと。それができなければお前はこの世界から去らねばならないってさ。要はもう使い物にならないから消えろってことだ。俺には力もないし満足に任務もこなせない。当然のことかもな」
「俺はもっとこの世界に居たい。みんなと一緒に居たい。だからお前を殺す。殺して俺はこの世界に居続ける・・・と、思ったんだけどな」
スッ・・・
その瞬間、俺へ向けられていた銃口はカクンと下がり、目の前から消えた。
「できるわけねえじゃねえか。今の俺にとっては、お前も玲と同じようにかけがえのない存在だ。そんなお前を、俺の望みのために殺すなんて。そんなのできるわけない。もしそれで望みが叶ったとしても、そんなんでこの世界に居続けることなんて俺にはできない。耐えられない」
「・・・それぐらいなら俺が消える。そんなにしてまで、叶え・・・たくなんかない」
チャッ、パアーーーーンン!!
そして健は、銀の銃を天高く掲げて夜空へ向かって引き金をひいた。空に一発の銃声が突き抜けた。どこまでも、どこまでも届いていくように。
「・・・弾にわずかだが魔力を込めた。小さいが竜族の連中の誰かは気付くだろう。すまないな蓮、勝手なことして。だけどやっておかなければならなかった。だがそれももう終わりだ。・・・俺は先に失礼するよ」
クルッ、ザッ、ザッ、ザッ
「け・・ん・・・?」
足音が遠ざかっていく。辺りから人の気配が消えていく。なにもかもが闇に呑まれ消え去っていく。この場に、血だらけになって倒れている俺を置き去りにして消えていく。
「お・前は・・・それ・・・でも、玲・・を・・・」
ガクッ
そして俺も、しばしこの闇という現実から目を閉ざした。