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第百四十八話 一通のコンタクト~時の便りは影を広めて~



<9月15日 日曜日>



 それは、なにもなかったはずの時間の狭間に、突然起きた出来事だった。



ガシャリ



昼下がりの休日。俺は前もって買っておいて冷蔵庫にキンキンに冷やしておいた、一つのプリンを冷蔵庫から取り出そうとしていた。スーパーとかに置いてあるやつじゃなくてもっとこう、ケーキ屋さんとかに置いてあるようなしっかりとした代物。通称「牧場からの極上プリン」。



口どけが濃厚でミルクとクリームの味もしっかりとしていて、巷ではかなり話題になっている代物だ。すぐに売り切れてなかなか手に入らないものなのだが、前に偶然通りかかったおみやげ屋さんに特別入荷という形で売られていた。実はこれ本来は普通の店では買えないもの。売られているところはこれを作っているところだけなのだが、その店はここよりもずっと遠い北の方という情報しかない。いわば幻の品。



もちろん俺はそれを衝動買いした。そして大事に大事に取っておいて目一杯くつろげる時間が出来た時食べよう。そう決めていた。これは適当に食べる代物じゃないからな。こう噛みしめるように味あわないと。



そしてようやくそんな思っていた理想の時間がやってきて、さあ食べようと手を伸ばしたその瞬間、計ったかのようなタイミングで部屋にある音が響いた。



ピロリロリン♪



携帯の、メールが来たことを伝える着信。



「・・・・・・」



本来電話の着信でないかぎり、さほど急ぐ必要はない。今のこの時だって、このキンキンに冷えたプリンを食べるというとてつもなく大事な用事がある。よっぽどのことがない限り邪魔はさせない。



だけどなぜだろう。その着信音が聞こえた瞬間、俺の頭の中で様々な光景がフラッシュバックした。突然過ぎてその一つ一つは確認できなかったが、あきらかに俺の中のなにかがその音に反応した。



この感触、前にも一度あったような気がする。気のせいか?だが今はそんなことはいい。どうやら、この極上のプリンを食べるのはまた後になるようだ。仕方がないな、本当に。



ガシャン



そして俺はよく冷えたプリンの容器から手を離し、冷蔵庫の扉を閉めた。消えていく極上プリンの姿を恨めしく見つめながら。



チャッ



 携帯を開くと明るい光と共にメニュー画面が現れる。その上にちょこんと手紙の形をしたマークがついていて、メールが確かに届いたことがわかる。俺は細かにボタンを押していき、メールの受信箱を画面に映し出す。最近は学校も始まったせいか、直接会って話すことが多いのであまりメールは来ない。まあ企業とかからのメールは容赦なく届いてくるがな。もち、即消去。



「・・・健、か」



ズラッと並ぶメール一覧の中の一番上に、まだ開かれていないメールを一つ見つける。その差出人の欄には素っ気ない文字で相川 健人と書かれていた。件名にはなにも書かれていない。



「・・・・・・」



本来なら健からのメールなんて結構来るし、なんらおかしなことはないのだが、今回ばかりはそのメールに対して中央の決定ボタンを押すのをためらっていた。親指がこんなにも、固く感じるのもなかなかない。表面にそっとふれるが、それ以上はなにか壁があるようで押し込むことができない。



今、俺と健の間には見えない溝ができていた。最近の健の異変もそうだが、それよりもあの日の工藤の一言が俺の頭の中で尾を引いていたのだ。



「最近、虎族の動きが活発になっているようです。まあ以前のあの連中の行動は逸脱していますが、それとは別に裏でなにか動いているようです。それがなにかはまだ特定ができませんが、どうにも我々に関わってくるような雰囲気を匂わしています。そして、その中の動きに相川さんも関係していることがわかりました」



「そうか、玲が虎族に居たってことは健も虎族に居たってことか・・・」



 今までずっと同じ道を辿ってきた二人。いや、同じ道というより健がいつでも玲と一緒に居た結果がそれなんだと思う。小学校時代に二人は出会い、そこから様々な出来事、苦難に立ち向かってそしてそれを乗り越えて今の二人の姿がある。そこでつちかってきた絆の固さに右に出るものはないだろう。



二人の結束は、存在をかけるほどの強き絆だったから。



「うん、でも健も私が虎族を脱退する時に一緒に抜けたはずよ。元々健は虎族内での活動はほとんど皆無だったし。それに、確かではないけど一番重要な部分として竜王に対する憎しみはあまりなかったように思う。まあもしかしたら私が知らないだけで持っているのかもしれないけど・・・」



「う~んじゃあなんで健が虎族絡みの話に出てくるんだろう。それに長い付き合いの玲がそう思うんならその可能性は高いだろうし・・・」



な~んでだろう。イマイチ今の状況と健の姿が重ならない。むしろ離れていっているような気がする。今までの健と今の健がなにか違うというのは間違いないのだけれど。それにしてもなぜ健はそれを隠しているのか・・・



「あ~少し説明不足でしたね。今回の件に関すること、特に相川さんが関わっていることはどうも虎族自体の媒体とは少し違うようです。竜王に対する憎しみとは関係なく、また別の作用に関わっている、という感じですかねえ・・・」



工藤が渋った顔をして語る。いつもの理論めいたものよりも今はずっと抽象的だった。それだけ健に関する情報が不足しているということだろう。



「元々の虎族とは違うこと・・・。あっ、そういえば」



その時俺の頭の中にふとあの体育祭が終わった後の光景が浮かび上がる。俺と健の二人、あの静まりかけたグラウンドを見つめながら会話したあの時のことを。



「あ~関係しているかどうかはわかんねえけど。前の体育祭が終わった後に健がこんなことを言ってたんだ。「俺は文化祭までこの学園に居られない」って。まあその後自分で冗談だとか言ってたけど」



「健が、そんなことを・・・」



正直自分でも信じたくないのだが、あきらかにあの時の健からは異質な雰囲気を感じられた。簡単に言えばマジな雰囲気。最後に冗談だと言っている辺り、ますますそれが冗談には聞こえなくなってくる。



「この学園に居られない・・・ですか。ふむ・・・」



困惑する玲。何も言わずただずっと無表情でこちらを見ている伊集院さん。その中でも工藤はなにか心当たりがあるような素振りを見せる。いや多分あるのだろう、あいつだけが知っている情報かなにかを。だがその切り札とも言うべきそれを工藤は容易に喋ったりしない。そう、時期がくるまでは。



「どうやら、仲間に対してこのようなことをするのは心苦しいのですが、これより相川 健人を最低レベルの要注意人物とします。なにか本人から話があったり見たりした場合は、必ず報告してください」



「要注意、人物・・・」



その響きが、心に重くのしかかった。



「大丈夫ですよ一之瀬さん。要注意人物と言っても少しだけ気にかける程度ですから。まあ、あちらが我々の考えを無視して動こうとするなら、話は別ですけどね。まあくれぐれもこのことは本人に言わないようにしてくださいね」




・・・そして今に至る。その話があったのがこの前の金曜日。土曜日を挟んで今日までの間、健から連絡などがあることはなかった。さすがにこちらから連絡を入れるのもなんだか気が引けるし、どうしたもんかと考えていた時のこのタイミング。



不気味だ・・・。不気味すぎる。そもそもなにか大事な話があるとすれば健はメールではなく電話で直接話してくるはずだ。今までもずっとそうだった。どう考えても尋常な状態ではない。



しかしこのまま放置というわけにもいかない。くそっ、なんでこんな面倒な事になるんだ。それもあの健絡みで。一体あいつはなにがしたいんだ。いや、あいつの身になにが起きているのかが問題か。



とにかくメールを開こう。そう思い俺は決定ボタンを力強く押しこんだ。



ピッ



「・・・今から御崎シティプラザまで来てくれないか?ちょっと話がある・・・か。ん?なんだこれ。もしかして呼び出されてる??」



そのメールの文面は実に味気ないものだった。絵文字などは一切使われておらずただ文字だけが淡々と並べられている。しかもその文は健にしてはあきらかに普通すぎた。特に興奮した様子もなくなんというかその・・・そう全く感情がこもっていない感じだ。



いつもならなにかしらのアクションを付ける健。しかしこれにはそんなものは微塵もない。ただ俺を特定の場所へ呼びつける文章が書かれているだけだ。しかも呼び出した場所は御崎シティプラザ。



午前中はまだしも、この時間あたりになると帰りのバスは多いが行きのバスは少ない。次のバスまでまだ結構時間が空くから実質あっちに着くのは夕方ぐらいだろう。それから買い物という流れもいささか疑問を覚えてしまう。



「・・・行くか。なにがあるか知らんが行かないわけにはいかないよな」



スッ



 全てが不自然でおかしい一通のメール。しかしそれは紛れもなく健から俺へのコンタクトだった。今の状態では健から事情を聞くしか方法はない。そういう意味ではこれは貴重な機会だった。



だがしかし、おかしいものはおかしいのだ。例えそこに適当な理由をつけようとも、不自然なものが自然に直ることは滅多にあるものではない。



ガチャリ



そのメールにどれだけの重要性があったか、俺はその時もっと考えるべきだった。





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