第百四十五話 歪んだ真実~争いの波は外へと内へと~
ギシッ
ピンと緊張が張り詰めるDSK研究部部室。いつもとなんら変わらない日々がまた続くんだと思っていたら、最後の最後になにやら波乱の匂いがする展開になっていた。
イスに座り真剣な眼差しでこちらを見る工藤。どう考えても楽しい話とは思えなかった。
「まあ重要な話と言っても、一之瀬さん以外は知っていることだと思いますが」
「!!」
工藤がその言葉を口にした瞬間、玲や健の体がピクリと反応した。いつもはどんなに大変な話でも無表情のままでなんの動きも見せない伊集院さんも、本に向けていた視線をゆっくりと上げて工藤を見た。あきらかに、この場の空気が異質なものとなっていた。
しかし、俺以外はみんな知っていること。そして重要な話。なんだ、この期に及んで一体なにが起きていると言うんだ。
「話は前回の件に戻るのですが、一之瀬さんと相川さん、そして柳原さんはある特定の連中と出会い、交戦しましたよね。そしてその連中は我々と同じドラゴンであり、言うなれば同族同士の戦いになったと、そういうことですよね?」
「え、まあそうだけど・・・」
意外だった。てっきりまたターゲットの話かと思っていたら、工藤が口にしたのは以前の御崎祭での戦い、それもあの取りまきに居た竜族のことだった。しかしそうなるとますますわからなくなってくる。一体それになにがあるというのだろうか。
机に置いた間食用に買っておいたフルーツ系のスティックバーの紫の包装紙が、妙に景色から浮き出て見えた。
「ふむ・・・正直このことはもう少し後に回したかったのですが、どうもそうは言ってられない感じになっちゃいましたね。仕方ありません。ではまた一之瀬さんに聞きます。あの戦った連中は、何者だと思いますか?」
「・・・は?」
工藤の言った言葉に、俺の頭の上には奇麗なはてなマークが浮かび上がった。あの時健と戦った相手が何者かって?なんなんだその質問。それがもっと話の最初、切り出しからだったら話の流れは自然だろう。だけどこのタイミングでのその質問はあからさまにおかしい。不自然すぎる。
あの連中がなんであったか。その質問にそれは同族である竜族であったと答える以外に、選択肢はあるのだろうか。第一工藤自身も一度同族同士の戦い、そしてドラゴンとはっきりと口にしているし。・・・俺をおちょくっているのか、それとも真剣に聞いているのか、考えれば考えるほどにわからなくなってきた。
でもまあ、聞かれたんなら答えるしかないか・・・。
「竜族だった、と言いたそうですね一之瀬さん」
「!!」
・・・なんなんだこの展開。迷いに迷って、やっと言いかけたところでの先読み。あ~もうなんなんだよ一体!わかってんなら聞かなくてもって・・・あれ?
ちょっと待てよ、最後の工藤の言葉。それじゃあまるでそれが間違っているような感じではないか?
「・・・そうだよ。あいつらの正体は俺達と同じ竜族、それが答えだ」
「・・・ふむ」
俺がそう言うと、工藤はなにか納得でもしたかのように一度頷いた。手元にある一枚の紙切れに視線を下ろして、そしてコツコツと何回か指で紙を軽く叩く。誰も喋らず、音を無くした部室。今発言権があるとしたらそれは間違いなく工藤だ。だけど工藤はなにも語らない。そんな沈黙に苛立ちを覚えて、俺は半ば強引に話を進めようとする。
「で、どうなんだ。合ってるのか?それとも間違ってるのか?」
正直この沈黙にこれ以上耐えることができなかった。自分では気付かないが、俺はこの沈黙を振り払ったのではなく、負けていたのだ。
そして工藤は、ようやくその視線を俺に戻し、そのふさがったままの口を静かに開いた。
「合っています。だけど間違っています・・・というと語弊を生みそうなので訂正しますが、確かにあなたの言った彼らが我々と同じ竜族であるということは間違っていません。ですがそれではまだ正解には足りていないんですよね」
「・・・・あいつらに、それだけではないなにかがあると?」
「はい」
俺の問いに、異常なまでに自信たっぷりな答えが返って来た。今までの沈黙がなんであったかわからなくなるぐらいに。だけど、あいつらが竜族であるという答えでは、足りないだと・・・。
これ以上のことは俺にはまったくわからない。後は誰かに知識を与えられるしかない。なんだなんだ、まさか人間だとか言わないよなあ。いやまあそれはないだろうけど。じゃあ一体なんなんだ??
わからない、俺には全く思いつかない。
「このことはこれからの我々の活動において、多大な影響を及ばすことです。本来ならもっと早く知っておくべきことですが、あなたにはあくまで目の前のターゲットに集中してほしいということで敢えて教えませんでした。何分、色々と面倒なものでしてね」
ガタッ
工藤はそう言うと、ゆっくりとイスから立ち上がった。ゆるやかなカーブを描きながらその方向を変え、俺に背を向けるような形をとった。まるで、それを言うことを拒絶しているかのように。俺に本当に話したくないかのように。
「あなたのお父上であるシリウス、竜王様が我々竜族を束ねていることは知っていますね?竜族の発端から、今に至るまで長い長い年月といくつもの時代の移り変わりの間ずっと長として居続けていました。実際、現段階で彼以上に力のあるドラゴンは存在しないでしょう。だから多くの竜族は彼に従い続けてきた。しかし」
「どれだけ優れているドラゴンでも、完璧ではありません。完璧な存在など本来どこにも存在しないものです。故に長い年月の中で、竜王であるシリウスに反感を持つ者が少なからず生まれました。そしてその者たちの数は月日と共に少しずつ増えていき、次第に一つの勢力となりました」
ピタ、クルッ
そして工藤はスッと振り向き、俺に視線を向けて言った。
「そんな竜王であるシリウスに反感を持ち、対立しているいわば反逆者のような方達を、我々は「虎族」と呼び例えその者がドラゴンであっても、竜族とは分けて称します」
「虎族・・・」
突然の真実に、俺の頭は困惑していた。そう言われば確かにターゲットなどの魔族に目がいっていて、自分達のことなんて気にもかけていなかった。とと、ちょっと待て。なにを呑気な事を言ってるんだ俺は?
竜族の中で争いが起きている?竜王であり父であるシリウスに反感を持つ虎族。おいおい待ってくれよ、気付かないうちに実は大変な状況下で俺は戦っていたんじゃないのか??
「まあ、虎族が急速に生まれたのはある時期を境にですが、まあそれは今はいいでしょう。ただ今言えるとしたら、虎族の大体にはそれなりの理由があるということですかね」
「・・・・・・」
工藤のその言葉で、この場の空気が少し変わったような気がした。同じ沈黙は沈黙でも、それ以上に重く圧迫感のある沈黙。時が経つにつれて、その圧力は急速に増していった。
特に、玲と健はなにやら深刻めいた顔をしている。なにかあると、思うしかないぐらいに。
「まあ実際その虎族がどの程度の勢力を持っているかはまだ未知数です。気にする程度でもなければ、もしかたら危機に陥るぐらいの状態かもしれない。だけど我々にはわかりません。なにせ実態は闇に包まれていますからね。表面下ではまだ直に争いが起きたわけではありませんから。あくまで対立しているだけですね」
同族同士の対立。今思えばそんなのどこにでもあることかもしれない。この人間たちの世界にだって、戦争という人間が人間を殺し合う争いがあるわけだし。だけど悲しい、今まで見えなかった闇の世界の片鱗が見えた時、俺はたまらないぐらいに悲しい気持ちになった。
それがあるのが当然。そんな世界が、俺には酷く歪んで見えた。
「さて、動揺しているところ申し訳ないのですが、ここでもう一つ伝えなければなりません。正直もう過去の話かもしれませんが、我々がこれからも戦っていく中で知らねばならないことです」
チラリ・・・
すると工藤は、なぜか玲をちらりと見た。玲もそれをわかっていたのか、既に工藤の方を向いていた。両者ともに、その表情にはなにか決意めいたものを感じる。
「よろしいですか柳原さん」
「うん、もう充分すぎるほどに覚悟はできてる。それにもうこのままってわけにはいかないしね」
「そう言っていただけると有難いです。では」
スッ
そして工藤は玲の返答に軽く笑みを見せると、その視線を俺へ向き直してキリッとした真剣な表情を俺へ向けて、言った。
「ここにいる柳原 玲さん。彼女も以前まで、虎族側の存在でした」