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第百四十四話 とある一言の影~募る不安は安らぎを奪う~



「・・・ふあ、もうこんな時間か」



 非常にゆったりとした時間。今までのこと全てを呑みこむような安らぎの時間。世界は走りすぎていたことを反省し、ようやく平和で平凡でくつろげる毎日を進ませてくれた。この時間が訪れるまでに、一体どれだけの苦労をしてきたことか。だけどもうそんなことはいい、今回は許そう。



ようやく流れ出した本来の世界の時間、これが当たり前であるはずなのに世界はえらく飛び過ぎていたものだなあ。



「はい、今日はここまで。各自家でさっき出した宿題をやっておくこと。じゃあ以上、号令」



「はい、起立」



ガタガタガタ



「礼、着席」



「ふう~終わった~・・・」



ドスン



この全ての授業の終わった後の解放感、これはいつ感じても良いものだよなあ。朝登校して今の時間までずっと勉強、勉強、最初の方はまだいいが、さすがに連続で続くとだれてくる。いくら体力に自信はあっても脳の体力までは補えない。そうなってくると最終的には昼飯を食った後ということも合わさって、完全に睡魔に負けてしまう。



その結果がこれだ。な~んにも書かれていないノート。前のページまでにはしっかりとメモを取って蛍光ペンでマークまでしてあるのに、ここだけ白い解放感。見ているだけですがすがしくなってくる感じだ。授業を聞いていませんでしたということをわかりやすく説明してくれている。



なだらかな時間は人のやる気というものまで、そのゆったりとした時間で奪っていった。



「一之瀬君今の授業ずっと眠ってたね。ノート大丈夫?もしよかったら貸すけど・・・」



「ああ、大丈夫だよ篠宮さん。寝てたのははなっから授業を聞く気がなかったわけだからだし、それに今の授業はそこまで重要そうじゃなかったしね」



 授業中に寝ていた人にわざわざ自分が一生憲命書いたノートを渡すなんて一体どれだけ親切な人なんだ。まあそれが篠宮さんの良さだとは思うんだけど。なんにせよ、少し優しすぎるような気もするな。



「大丈夫よ、優菜。蓮君はちょっとやそこらじゃ勉強の一つや二つどうってことないから。隣の誰かさんと違ってね」



チラリ



そして後ろの席に居る玲は篠宮さんに声をかけた後、横に居る人物に冷ややかな視線を向ける。



「俺だって勉強の一つや二つどうってことないぜ?ちなみにこの授業も聞いていたようで実はマンガを書いていた」



そして健はさも誇らしげにノートを掲げる。確かにそこにはマンガの絵らしきものとコメントがいくつか書かれている。う~ん見たところ異世界もののしかもドラゴンと戦うシーンのようだ。話はともかく絵自体はかなりのセンスがあるような・・・



「はいはい、私が悪かったわ。確かにあんたの場合、ちょっとやそこらで現状が変わらないものね・・・。はあ、その情熱を勉強に回せばあんただって充分にいけるはずなのに」



「それをしないのが俺という男だ!」



そして華やぐ談笑。これがいつもの俺達の在るべき姿だった。普通に登校して普通に授業を受けて普通に会話をして笑って・・・。そんな本当にいつもの光景に、少しばかり悲しさを覚えるのは皮肉なのだろうか。



「あ、そういえば篠宮さん足の調子はどう?まだ痛い?」



俺は視線を篠宮さんの足元に向けた。右足だけ靴下の変わりに包帯がぐるぐると巻かれている。この全てが俺が背負わせてしまった傷だと言ってもおかしくはない。気付けなかった、たったその一言が俺は許せなかった。だから、せめてその傷の責任だけでも負わさせていただきたい。もしかしたら本人にとっては迷惑な話かもしれないけど。もしかしたらそれが俺の慰めなのかもしれないけど。



「うんもう結構良くなったよ。さすがにもう一週間も経ったしね。まあお医者さんが言うには後もう一週間ぐらい全治にはかかるって言ってたけど。心配してくれてありがとう、一之瀬君」



「え、ああいや・・・」



そして結局篠宮さんにむしろ俺が励まされるのが最近のオチだった。なんとも、篠宮さんは自分を犠牲にして人に迷惑をかけたくないと思う人だ。だからあの時も、チームの迷惑になりたくなくて怪我を黙っていて、そして倒れ込んでも必死に立ちあがったんだろう。



篠宮さんもまた、強く意志の持ち主だった。だけどその意志は、どちらかというと自分自身を苦しめている気がする。もう少し気を楽にして、素直に自分のことを大事にいてほしいんだが。そうでないと、いつか本当に大変なことに陥る、そんな気が少しばかりしていた。



「さ~て早く部室に行こうぜ~。今日は蓮と昨日のオセロでの決着を着けなきゃいけないからな!」



「わかったから座れ健。例によってまだ終礼が終わってないぞ。たくっ、相変わらずだなお前は」



クスクス、クスクス・・・



俺と健の会話に教室中から淡い笑みがこぼれる。一日の終わりを迎えた教室に再び柔らかな空気が流れた。



「おっとそうだった。すんませ~ん先生。どうぞ始めてくださ~い!」



ドッ!



そして教室に更に笑いの渦が広がっていく。これがこのクラスでのいつもの感じだった。健がボケで俺がツッコミ、なんか漫才みたいになっている俺達二人に、クラスのみんなは表情を緩ませていた。



こんな柔らかな雰囲気が俺は好きだ。しかし、どうしてもどうやっても、この空気に素直に浸れない要素が確かに一つ存在していたのだ。



みなさんもお気付きだと思うが、あの言葉があってもいつもの光景にいつもの健が存在していること。それがどうやっても疑問にしかならないことだった。



 あの体育祭からもう一週間が経った。あの熱気に満ちた生徒達も、普段の授業が始まるにつれてその冷静さを取り戻していった。だけどその熱気に満ちた体育祭の終わった後に、健が放った一言から一週間が経っていることもまた事実。



「俺は、文化祭までこの学園に居られない」



この言葉が、一体どれほど俺に驚嘆を与えたことだろう。いやもはやその言葉を信じることが不可能な域に達していた。だけど、その言葉を口にした健は違った。俺の感情とは裏腹に健はいつものように明るい口調で話を繋げた。



「な~んてな。悪い蓮、少し悪ふざけが過ぎちまったな。今のは全部冗談だよ、忘れてくれ。入学して1年も経たずに学園を去るなんて、そんな野暮なことはしないさ。さて、こんな適当な話は置いといて、そろそろ教室に戻るか。あんまり待たせっとクラスの連中に文句言われそうだからな!」



・・・なぜか健は、自らが発した言葉を自らが否定した。なんでもなかったように、全ては空想の話であったかのように。



だけど、俺はわかっていた。それが、多分おそらく冗談ではなかったことを。長い間共に過ごしてきたんだ、さすがにもう言っていることがウソかホントかの区別はだいたいできる。確証とまではいかないが、多分合っていると思う。それだけの自信はあった。



だが、この一週間の間に、その事に関して展開が進むことはなかった。いたって普通な健がそこに居た。それが普通なのに俺にとってはもはや不気味に思えるほどになっていた。



なぜ健はいつもどおりなのだろう。どうして健はその話をしないのだろう。まさか本当に冗談だったとでも言うつもりか?いやそれはない。第一あの場面であんなことを言う事になんのメリットがある。だとすると、健はわざと隠しているというのか・・・。



そもそも、なぜ健がこの学園を去ることになるんだ?わからない、わからないことばかりだ。でも俺からその話を切り出せば、多分健は「お前まだそんなこと信じてたのか?あれは冗談だって(笑)」とか言って更にごまかしてくるだろう。そして真相はめでたく迷宮入りだ。



だとすると、やっぱり本人が話すのを待ち続けるしかないか・・・。くそ、こんな状態で落ち着いていられるかっての。せっかく世界は穏やかに回り始めたってのに。



「おい、蓮。いつまでそこに座ってるんだ?もうとっくに終礼は終わったぞ。早く部室に行こうぜ」



「え、あ、おう」



気付くと、俺の目の前に自分の鞄を持った健と玲が不思議そうに俺を見つめながら立っていた。周りを見渡せば、クラスメイト達が次々と帰り支度を済ませて教室を後にしている。あれ、俺そんなに長い間考え事してたのか。



「大丈夫?蓮君。どこか具合でも悪いの?」



「ん、いや全く問題ない。パッパーと支度するからちょっと待っててくれ」



そして俺は首をかしげる二人をよそ目にそそくさと帰り支度を済ませて、二人と共にDSK研究部部室を目指したのだった。無論、その間もなんら変わらない俺達の会話が続いていたのは言うまでもない。




<DSK研究部>



ガチャッ



「うぃ~す」



 ドアを開ければもう見慣れてどこか安心感さえ生まれてきた部室の光景が広がった。そしてこれまた恒例となった「ドアを開けたら工藤の姿」というのも、そして伊集院さんが静かに本に読みふけっているのもまた、いつもどおりだった。



しかし、今日の工藤はいつもとは少し違った。いつもなら「やあこんにちわ」的な感じに挨拶をしてくるはずなのに、今の工藤はなにやら一枚の紙を持ってやけに真剣な表情をしながら目を通していた。



なにかある、そう感じずにはいられなかった。



「どうやら、そろそろ教えておかないといけない時期になりましたかね・・・」



そして工藤はなにやらぼそっとなにかを呟き、くるっと体の向きを変えて、その視線を俺達に向けてから言った。



「今日は少しばかり、重要なお話をしたいと思います」






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